引っ越し
「え⁉」
私、坂井美来は、自分の伊達メガネがずり落ちそうになるのを止めながらお母さんの言葉に声を上げた。
「い、今、なんていった?」
「え?私の愛人の守人さんの家に引っ越すっていったけど」
というかお母さん愛人がいたの⁉電話で長話をしているってことは知ってたけど、相手は誰かわからなかった。というか、お母さんの長話相手がその守人さんとはわからないけれど。
「午後にはあっちの家に行ってなきゃいけないから、12時ぐらいに荷造りを終わらせて、車で運ばなきゃ」
「なんで午後には行かないと行けないの?」
「この家を売るからよ。もう籍も入れちゃったし、これからあっちに住まなきゃ。」
も、もう籍をいれたの⁉つまり、守人さんとお母さんは夫婦……ってことになるんだよね。私は守人さんとお母さんの娘……?お父さんが亡くなってからまだ2年と半年しかたってないのに……。私にはしかなのかもだけどおかあさんにとってはもうなのかな……?
「やっぱり籍は入れたけどまだこの家にいる?さすがに美来は男の人が苦手だし……。まだ雪彦さんの傷も癒えてないと思うし、やっぱり一緒の家に住むっていうお話は……」
「大丈夫だよ!お母さんの幸せが私の幸せだから。お母さんがうれしいと私もうれしいよ!」
「雪……」
お母さんは瞳に涙をいっぱい貯めて、私を見ている。
「ありがとう。でも無理はしないでね」
お母さんの言葉に、私はうん!と元気な声でうなずいた。しばらく二人でギューってして、荷造りを始めた。いらないものはここに置いといていいとお母さんは言っていたけど、私の持っているものは全部思い出があるからおいていくなんて無理だった。家を出るとき、この家に今までありがとうと言って少し涙ぐんでしまった。
「え、こ、これに乗るの……?」
「えぇ、そうよ」
目の前の黒塗りのリムジンを見て目を見開く。後ろのトランクにとりあえず段ボールを入れたけれど、トランクも広い……。というか、運転手さんもいるよ……。おろおろしながら後部座席に座る。ふぁ……椅子ふわふわだぁ……。助手席を見ると、黒髪の美男子さんが座っていた。
「守人さん、来てくれたのね。」
「あぁ。この子が美来ちゃんかな?」
「えぇ。美来は今は眼鏡をかけているけれど、本当はとってもかわいいのよ」
お、お母さん、お世辞は言わなくていいよ……!心の中でそう思った。
「そうかい。まぁ雪乃さんが美人だからね。」
守人さんのそれは同意です……!
「お世辞はいらないわよ」
実は私のお母さん、坂井雪乃は超々美人なんだけれども、なんと自覚なし!どうしたらこんな美人なのに自覚なしに育つのか……。それが本当に不思議でしょうがない。というか、なんで私はその遺伝子を受け継がなかったのだろう……。といつも思っている。しばらく車に乗っていると、ある豪邸の前でリムジンが止まった。
「え、ここですか……?」
目を見張るほどの豪邸に、ポカンと口を開けた。
「うん。これが僕の家。僕には息子がいるんだけど、榎川直人っていうんだ。確か美来ちゃんと同じ中2だよ。」
へぇ……直人君かぁ……。私と同い年っていうことはお兄ちゃんって呼べばいいのか、それとも弟って呼べばいいのかわからない……。それより直人くんって呼ぶ方がしっくりくる気がする。どういう人かわからないけど、守人さんもいい人だし、きっと直人君もいい人だよね……!私は、自分の荷物をもって新生活スタートのドアを開けた――――




