第三十九章 貴方に会えて……
『………死ぬのは怖い……助けて………』
お互いの剣が交じり合ったときに頭に響いてきた声
それは目の前にいるシルクシャシャの本心だった。
あれからどれくらい時間がたっただろうか……
いや、数分程度しか経ってないのかもしれない。
なぜかといえば、シルクシャシャもとい狂騎士は攻撃パターンが無数にあり
それぞれの対処方法がまったくわからなくこの短時間で濃密な戦闘に時間的錯覚が生じたんだと思う。
「くっ! 間合いに近寄れない」
剣を一振りした紅い残撃は3方向に別れブレイクに収束するように飛んで来る。
ブレイクはバックステップをしながら残撃を防いでいく
しかし攻撃の手を一向に緩めない狂騎士はブレイクが防ぎ終わるタイミングにあわせ
猛スピードで近寄ってくる。
クビチョンパコースを何とか防いだブレイクだったが無理な体勢でしのいだためバランスが崩れ
2撃目で吹き飛ばされてしまう。
『…私は……どうしたら…いいの……』
シルクシャシャの心の声が聞こえたが
木の柱にぶつかり肺の中の空気が一気に抜け、空気を吸おうとするが、
上手く吸えなくて過呼吸状態になったせいで言葉を返すのに時間がかかった。
とはいっても数秒ほどだった。当然のんびりしている時間はない。
「げほっげほっ……悩む必要なんてない! 絶対に助けてやるから待ってろ」
立ち上がる頃には飛ばされた距離を相手に一気に追い詰められ直ぐに剣を交えることになった。
相手の表情は全く変わらない、こちらからしてみれば疲れた様子何て一切見えない。
そのせいか自分の疲れがよりいっそう浮き出た感じになり、疲労感が増す。
そしてその場で5合、10合、15合と火花を散らしながら全力で戦う。
戦況は……芳しくなかった。
『どちらかが……倒れるまで…この…戦いは……続く』
相手の片手攻撃に対し両手で防いでいるこちらの方が押されている
状況的には当然なのだろうが、なめらかな軽い腕の動きは交えたときの衝撃とはかけ離れている。通常の筋力ではありえないギャップに両手で防いでいるのが馬鹿らしく感じる。
「少なくとも2人が倒れない道を俺は探す」
それにしてもとふとブレイクは思う。
かなり大きな音や火花を散らし挙句の果てには当たり一面が燃え盛るような魔法さえ使ってくるというのにこの場所に誰も来ないのは一体何故なのだと。
正直、あまり気を散らせない今に、脳裏に一瞬出ただけの疑問だったため、長考はできなかった。
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「お、目覚めたか、どうだったよ? 向こうの状況は」
「もっとどうにかならんかったのか!!」
シルクシャシャはジュビアを突き飛ばす。
「なんだよいきなり! これでも頑張った方だ。他にできることといえば祈ることぐらいだな」
「私ではない私がブレイクを殺してしまうなんて考えただけでも死んでしまいそうじゃ」
「ならなおさら祈るんだな。もしかしたら届くかもしれないぞ」
「本当に届くのか? 一体、私はどうしたらいいのじゃ! ただ祈るだけなど何の意味がある」
「その祈りに意味を持たせるのは自分自身だ。まあなんにせよ今の段階じゃ身動きできない」
「何じゃその言いようは? もう少し経てばどうにかなるとでもいうのか?」
「どうにかっちゃ~どうにかなるかな。奥の手というやつだ。正直上手くいくかどうかわからない」
「それでもかまわん! なるべく早く実行してくれ、希望があるなら祈る気にもなる」
そしてシルクシャシャは祈り続けた。
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「そっちはどうだ?」
「こちらもダメでした。一体何が起こってるんだ」
ギフェアに対し、マールーが答える。
「ったくこんな派手におっぱじめやがった野郎をなんで見つけられないんだっ!」
ダロットが近く木を殴る。
太い幹に少しばかり亀裂が入っていることがなんとも信じがたい。
「私の前に姿を現さないのか! 卑劣な魔人め……必ず息の根を止めてやる」
先ほどから殺気バリバリのリエラに子供たちがおびえている。
そして子供たちをリエラを除く女性陣が一生懸命はげましている。
「これほど静かなのもおかしい……この時間のずれといいほかに何かあるはずだ」
ギフェアがそう言った直後、空にまばゆい光を発するとともに見知らぬ人物が姿を現す。
「これはこれは皆さんおそろいで……今宵は綺麗な星空ですね、星の観測でもされているのですか?」
「貴様っ! 魔人だな!!」
真っ先にそういったのはもちろんリエラだった。
「ご名答~。まあ、あなたは魔人に対してかなり不満がありそうな表情をしておられますが、私は別に皆さんに危害を加えようだなんてことはまったくありません。……ただ1つ話を聞いてもらいたいのです」
「話? 一体何の話をするつもりだ」
リエラを抑制し一歩前に出るギフェアは魔人と会話する。
「まず、ここの地域の別の時間軸で、ブレイク君とかいう人がある人を助けるために戦っています」
「ブレイクはそこにいるのか」
「ええ、いますとも。まあ死にますけどね。それより、そんなことはどうでもいいのです。貴方たちに1つ頼みたいことがあるのですよ」
「今なんて……ブレイクが……死ぬ?」
アイシェス姫がふらふらと地面に座り込んでしまう。
それを見たギフェアがよりいっそう魔人に近寄った。
「待て、ブレイクが死ぬだと? ふざけたこというな!」
「ふざけた? はははっ! ふざけているのはそちらでしょう。ブレイク君は今、狂騎士と戦っているのです。なんとか対等にやりやっていますが負けるのは時間の問題でしょうね」
「狂騎士? なんだそれは」
「ギフェア隊長、狂騎士というのは魔人によって契約させられたものが莫大の力を手に入れ、無差別に人を殺していく殺人鬼です」
博識のアイゼーンが狂騎士について説明する。
「ほぅ。狂騎士のことを知っているとは意外でした。なかなか幅広い知識をお持ちで、ともあれ、そのブレイク君を助けてあげることも出来るのです」
「助ける?」
「そうです。条件としては、1秒で済む契約ですね」
「私が狂騎士になれと?」
「あなた? いえいえ、『あなたたち』ですよ。そうすれば開放してあげましょう」
「ここにいる全員だと!? そんなの無理に決まっている! そんなことをしたらこの国が大変なことになる」
「すばらしいことではありませんか、みんながみんな私に従うのですよ? あなたたちも狂騎士になってしまえば何もかもが気楽になりますよ。感情なんてなくなるのですから、それにあなたを選んだところで何かしらの方法で死ぬ気だったのでは? まあ、でもそんなこと私にとっては関係ありませんがね」
そこまで言うと「少しだけ待ちましょう」と目を瞑り何もしゃべらなくなった。
「狂騎士にならなければブレイクが死ぬ? そんなバカな話があるわけない」
「……とはいいましても、この城の破壊やいたるところに残した傷は全て狂騎士の仕業、可能性が0とは言いませんがかなりキツイ状態なのでは?」
言いづらそうにアイゼーンが告げる。
「確かに見捨てるわけにはいかねーけど俺たちまで狂騎士になったらどうしようもないぞ」
マールーがそういうと誰一人口を開くものがいなくなった。
しかしそれから数分たったとき、いきなり発せられた声にみんながその人のほうを見る。
「いえ、ブレイクは死にません。必ず死にません。少なくとも私はブレイクのことを信じています」
「でも……」
誰かが言ったその声に対しても
「大丈夫なんです! 必ず生きて戻ってくると……私はそう信じます!」
そのアイシェス姫の熱心な言葉を聞いたエクシアは不安が取り除けたのか大きく頷くとみんなに大丈夫ですといい始めた。
「はぁ~みなさんには脱帽しましたよ……。まあそれもいいでしょう。それもまたひとつの道です。勝ち目の無い者を応援したところでどうにかなるとは思いませんがね。……それではまた」
そういい残すと魔人はどこかへ消え去ってしまった。
「放せっ! くっ…待て魔人!! ……くそっまた逃げられた。貴様、何故私を捕らえた」
「争えばブレイクがより危険な目にあわされたかもしれない。慎重に行動するべき今、これはしょうがなかった」
その言葉に対しての返しは無かった。
「この後、どうすればいいのかを考えなければ」
という言葉に対してアイシェス姫は即座にこう提案した。
「ミーレさんお手製のお守りさえもっていれば見つけられると思うのです」
「とはいってもその子の姿が見当たらないんだけど」
「ん? 私がどうかした?」
突如聞こえた声にヴェスティが驚く
「あなたそこにいたの、驚いたわよ」
「あーごめんごめん。えっとそれで、私のお守りがどうしたって?」
「はい。ミーレさんのお守りがブレイクの場所を教えてくれるのではないでしょうかと思ったのです」
「言われてみればそうだった。ちょっとまってて」
その会話に半ギレなダロットをギフェアが抑える。
ミーレは目を瞑りしばらくじっとしていると突然目を開き指で方向を指した。
「あっちね。あそこら辺に反応があった」
みんなが頷くと一斉に走り出した。
遠くから見る限りでは争っているような雰囲気ではないところを見ると
普通に行っただけではどうにもならないだろうとギフェアは思ったが
それでもとりあえず行ってみるだけ行ってみようとその場所へと向かった。
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『ヘルエクリクシス』
まったく隙を付けないブレイクは防戦一方で徐々に追い詰められていた。
そして彼女を中心に爆発が起きる。
「っ!」
その爆発は周りの木々を薙ぎ倒し、地面を溶かす程で、それでもなんとか範囲外に避けれたブレイクは剣を地面に突き刺し爆風に何とか耐える。
「こんな奇跡が何度も続くわけ無い……」
そろそろどうにかしないと体の部位が一箇所ぐらい消えても可笑しくないとブレイクは思っていた。
「それにしてもなかなか決着しませんねぇ……」
空に浮かぶあいつの声が聞こえる。
高みの見物ってか……胸糞悪い
『過去の…記憶……』
「過去の記憶? っておわ!!」
胸辺りを一刀両断されるところでギリギリ交わす
「お前、ジュビアとか言ったな。昔のシルクシャシャを知っているのか?」
「それはもちろん。幼い頃の彼女……とはいっても3年前くらいですかね。そのくらいの次期に狂騎士化して差し上げたのですよ」
「ぐっ……。 はぁ…はぁ…ふざけやがって」
「ですが彼女が願ったのですよ狂騎士になることを」
「はぁ? 嘘付けっ!」
「家族を助けるために私の力を借りたのです。人との仲など儚いものです」
「お前に家族はいないのか」
「いましたとも……狂騎士、攻撃を中断しなさい。さて、少しお話をしましょう」
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「子供に対して魔人で言う家族は人間で言う愛情などありません。自分以外は敵そう教えられました、唯一、家族と言えることをされたのなら生きる術を教えてもらったぐらいです、しばらくして私は魔界族術属学校といわれるところに通っていました。そこで私はある魔人と仲を深めました。家族より大事な友達が……名前はギーヴァ、ファンベルそして***(ブレイク母)」
「ギーヴァってか、ファンベルと仲が良かったのか!?」
「懐かしいですね。今は見かけなくなりましたが……まぁそれはどうでもいいのですよ。問題は***です。あの人は魔人ではありえないほどの優しさの持ち主でした。今考えても不思議に思いますね、ですがその人は気付けばいなくなっていました。どこか遠くへ行ってしまったのです。私は残念に思いました。4人楽しかったあの頃を思い出すと、あの男を恨んでも恨みきれません」
ん? なんだ?……まさかこんな大事を嫉妬だけでやらかしたとか
まさかなぁ……
「その男の名は***と言いました。同時期にその人も消えていたと聞いたときは何かつながりがあると予測しました。なんとかして探りましたが進展は一向にありませんでした。まあ、魔人は家族よりも友人のほうが大事なのです。そんなこんなで以上です」
「それで終わり!? 嫉妬みたいな話はどうなったんだよ」
「あれですか? あれはもう終わりですよ。特に繋がりはありません。あるとすれば私の性格に支障があったかもしれませんが」
まぁそうだよな。このことと繋がってたら笑えない
ってか自分のことなのに何故に疑問なんだ……
とにかく今はそれ以外に聴きたいことがある。
「シルクシャシャはなんで自分から狂騎士なんかになろうと思ったんだ。助ける方法なら他にあっただろ」
「そんなことは私に聞かれてもわかりませんよ。しいて言えば藪医者に騙されたうえに一刻も争う事態だったということですかね」
「お前の話は本当なのか」
「もしも彼女に記憶が戻ることがあるならば訊いてみればいいでしょう」
そこまでいうのなら本当なのか
「それで、お前はその家族を助けたのか」
「えぇ助けましたとも」
「それなら今も生きてるんだな」
「もちろんです。私の『実験体』として」
――――は?
「な…なんだって? 実験体?」
「はい。私の研究室で眠っていますよ。ちなみに彼女を含めて3人いましたが、2人は強くなりたいとか頼んできたのでいろいろいじっているうちに姿かたちは少々変わってしまったかもしれませんが。あ! 見てみます?」
魔人は魔方陣を展開させるとどこかの研究室の映像を映し出した。
薄暗く周りに何があるのか良くわからない状況の中でぼんやりと怪しく光るガラスケースを見つけた。見たところ青い液体が入っていて筒型で、怪物がその中で血管をうねらせながら眠っていた。その姿は恐ろしく醜く人間かどうかもわからなかった。人間だと言われればかろうじてそんな気がする程度のそんな状態だった。
「どうです? 命に別状はありま――っ!? 何をするんですか!」
「お前、狂ってるな……それで助けたと思ってんのかよ……あぁ!?」
「いやいや、何を怒っているのですか、私には理解できませんよ。命の危機に見舞われている人を助けたのですよ。それのどこが」
「んなもん関係ない! 実験体? 姿かたちを変える? 他の人も勝手にいじった? 人を何だと思っている!! それでシルクシャシャが喜ぶとでも思ったのか!! あんな…あんな姿に変えやがって!!」
「そうですね…喜んだんじゃないんですか? 少なくとも私にはどうすれば喜ぶかなんて考えていませんでした。ただ助けて欲しいと言われたので、それに2人はサービスですかね。私なりに強くしたつもりでしたが、不満は無いでしょう」
「許せない……お前だけは絶対に!」
「はいはい。私を相手にする前にこっちからにしてよ。ほら行きなさい」
「この野郎! ってなんだいきなり足が軽くなって」
後ろで空間がゆがむとそこから現れたのはミヴィだった。
「やっと見つけましたよブレイク」
「ミヴィ!? 遅かったじゃないか! そっちでもなにかあったのか?」
「いえ、ブレイクの戦いはこちらからは隠されていたようなのでまったく気付きませんでした。こうしてここにこられたのもお守りのおかげです」
「お守りか、また役に立ったな。さすがはミーレといったところか」
「そうですね。それで私は何をすればいいのでしょうか」
「シルクシャシャの動きを止めてくれ、そのうちに俺が操っている元凶を壊す」
「わかりました。効果は10秒程ですので気をつけてください」
「10秒か、了解!」
ブレイクがそう答えると狂騎士に向かって呪文を唱え始める。
『インターミッション』
狂騎士の周りに大小の回る銅色の歯車が出現しその歯車の動きが停止する。
止まったと同時に狂騎士の動きも完全に止まり攻撃もしてこなくなった。
もちろんコアの部分はがら空きで今近づけば壊せるチャンスが出来た。
「よし、これでっ!!」
剣をコアめがけて突き刺す。
しかしその攻撃は狂騎士のコアに当たることはなかった。
肉に鋭い刃物が刺さった感触が手に伝わってきた。
ぐにゅっとした感触、その傷口からは黄色い鮮血があふれ出てくる。
その色にしばらくは血だとは思わなかった。
「なんで? 何が起こった!?」
「フハハハハハハッ! コアに突き刺さる瞬間に私がその剣の方向を変えたのです。そもそも2人係りでなんて卑怯だと思いませんか? だから私も参加させてもらったのですよ」
わずかに目の虹彩が戻ったシルクシャシャはその場に崩れ落ちる。
「大丈夫か!! って大丈夫なわけないよな……治癒系統の魔法なんて、てか魔法すら使えないし!」
そんな慌てふためくブレイクを見たシルクシャシャは静かに微笑みブレイクを落ち着かせるように喋る。
「そう…慌てるな。私は大丈夫……じゃよ、しかも…チャンスでは……ないか、今のうちにコアを」
ブレイクは頷くとコアに剣を突き刺した。
「お別れ……さすがに……寂しいな……貴方に…会えて……本当に…良かった……」
「まるで死ぬような言い方だな。大丈夫だ死なせはしない」
「思い…出したんじゃ……狂騎士の呪いは……傷を……い………」
シルクシャシャは気を失うように力が抜けて何も喋らなくなった。
急いで脈を測ったブレイクだったが生きていることを確認してひとまずホッとする。
「はぁ~残念です。本当に残念でなりません。あまりにつまらないものを見せられました」
手のひらを額にあて左右に首を振るジュビアはゆっくりと地面に足を付ける
「ミヴィ! シルクシャシャを安全な場所に運んでくれ!!」
「わかりました。ブレイク、無理は禁物ですよ」
そういい残すと時空を乱しながら姿を消した。
「次はお前の番だ!」
「威勢がいいのは嫌いではないですよ。ですが、そんな剣は今の私にとっては意味ありま」
「くらえっ!!」
ジュビアが話している途中でブレイクはジュビアを真っ二つにするように斬り上げた。
「ってあぶないじゃないですか、いくらなんでもヒヤッとしましたよヒヤッと」
「いつまで隠れているつもりだ。まだなにかたくらんでいるのか」
「近々計画をはじめると思います。ただ……」
ジュビアは空を見上げるようにしてしばらく何も喋らなくなった。
「ただなんだよ」
「天候ですかね、何か嫌な予感がします。状況によっては研究室に篭るかもしれません」
そういいながら少しずつブレイクから遠ざかっていく
「おい待てっ!」
「これで終わったと思わないでくださいね。コアを壊しても狂騎士の呪われた宿命は解かれませんので」
今度こそジュビアは目の前から姿を消してしまった。
狂騎士の呪われた宿命という謎の言葉を残して……
周りを見渡せば気づけば一人だった。
ジュビアが作った空間は恐ろしい程に静かでこの場所に留まるのが怖く感じた。
一瞬、出口が無くて焦ったブレイクだったがミヴィが消えた場所に空間の裂け目を発見し
そこから外に出ることが出来た。
「ブレイク!!」
さん付けでなくなっていたことが微妙に気になったブレイクだったが
周りの目が気になる中、抱きつかれて結構恥ずかしい思いを抱いた時にはそんなことはどうでもよくなっていた。
とにかく長い間はと自分から退けようとする前に、アイシェス姫自らが手を放した。
「ご無事でなによりです。シルクちゃんはミヴィアスさんと一緒に先にヴェセア城へと向かいました。治療専門のタミンさんの手にかかれば大丈夫だと思いますが、様子を見に行きましょう」
その目は心配の色の方が大きかった。
――――――――ヴェセア城―――――――――
「シルクシャシャの様子は?」
ヴェセア城が襲われた時に安全な地下へと身をひそめていた待機組のメンバーたちは無事で、タミンとキューラは
医療室にてシルクシャシャの治療をしていた。
レクセルやピロクはまだ休んでいるようでここにはいなかった。
ピロクの事については驚いたブレイクだったが命に別状がないことを確認すると
そのことについては頭の中からはすぐに消えた。
「腹部に10cmほどの切り傷ですね。タミンが治療魔法を先ほどからかけてはいるのですが出血のスピードを遅くすることぐらいしかできなくて、普段なら数秒あれば傷口を綺麗に塞ぐほどの完璧な治療をしてくれるのですが」
「うぅ~~。なんで治らないのぉ! 絶対におかしいよ……とはいっても他に毒が回ってるとかそういう別の症状が無いし……パピルピは何かわかる?」
「ピピールピルルピー!」
「だよね。わからないよね。これじゃ呪いとかそういうことぐらいしか考えられないよ……」
「呪いか……まさかな」
『狂騎士の呪われた宿命は解かれませんので』
妙に引っかかることばに本能か意図的かその先の事を考えることは無かった。
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「ここは……どこじゃ……私は……生きておるのか……」
周りを見渡しても白い景色しか見えず、どこにいるかまったくわからなかった。
「っ! ブレイクはどこじゃ……いや、私はもう死んで」
(死んでなんかいないよ)
その声に体をびくつかせるシルクシャシャ
「だ、誰じゃ! どこにおる」
(私はあなた)
「え、何を言って……私は私じゃ」
(あなたは私)
「???」
余りに理解できない言葉に言葉が出なくなってしまった。
(少し待ってて、上手くいくかどうかわからないけど)
それからしばらく声が聞こえてこなくなったと思ったら
目の前、それも目先10cm位の場所に突然現れた。
あまりに突然の事に思わずすっころんでしまった。
「大丈夫?」
「大丈夫なわけがなかろう! お、驚いたぞまったく……」
シルクシャシャは目先の彼女をみて夢の中で見たあの子だとすぐに分かった。
「お主か、どうしてこんなところにいるんじゃ」
「今の状態はジュビアさんのおかげ、いろいろ話も聞いたしね。ねえねえ、どうして同じ私が違う性格だけど二人に別れてしまったか分かる?」
「わたしにはわからぬな。記憶自体が無い」
「そうよね。でも私はいつも見ていた。あなたの中にはいつも私がいた。狂騎士になる力を得た私はその後の惨劇に気を失いその時に私を守るために2重人格のようにあなたが目を覚ました。もう結構長い間眠っていたけど外の様子も見ることが出来た。家族を救うためにしたことだったから悔いはないけど出来ることならもう一度会いたかったかな。でも、それも叶わないな。時間も無いしね」
「時間が無いとはどういうことじゃ」
「少し前にあなたは死んでいるなんてこと言っていたけどまだ生きているわ。それでも狂騎士の呪いで傷が治らずにかなり危険な状態らしいの」
「そうか、まだ生きていたか……あの時の出血量からして死んだかと思っていたが、私ながらなかなかしぶといな」
「さて、手を出して」
突然差し出してきた手に戸惑うシルクシャシャ、彼女は見かねて積極的に手を取る。
「何をするつもりじゃ?」
「なんども聞くけどその口調、面白いわね。私なのに私じゃないみたいに……とはいっても別々の感情や思いを抱いている時点で私たちは2人いるのも同然。こうして手を取ったのはその狂騎士の力を全て私が背負う為」
「お主正気か! というかそんなことが出来るのか!?」
「ジュビアさんから聞いた方法でやれば何とか……って、あ! これは私が決めたことだからね。夢の中でアドバイスしたジュビアさんは何にも悪くないよ」
「そんな事を言われてもじゃな……いろいろあった私には複雑な気持ちじゃ」
「こんな状態だから分かったのかもしれないけど夢の中で出てきたジュビアさんは優しい人だった。なにがどうなってあんなことになってしまったのかはわからないけど助けてあげて」
「悪いが、それはわからん。それは約束できぬな」
「ううん。それでもいいよ。さてと本格的に危機が迫って来たから行くね」
「狂騎士の呪いはどうなったのじゃ?」
「心配しなくても私が全て受け取ったわ。あとは私自身がここから消えるだけ」
「ま、まてお主はどうなる!」
「あ、私? 全く考えてなかった♪ このまま上手く消えられればいいけど」
「そういう問題では無いのじゃ! それにまだつもる話が」
「ごめんなさい。またいつか奇跡的にあなたに出会えることが出来たならそしてその時にあなたが私の事を覚えていたら」
光の粒子となって消えていく彼女を最後に視界はブラックアウトした。
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「ブレイクさん! 傷が治りました!!」
「ぎぜぎがおぎだぁ~~ズズズ、もうだめがどおもっだのに~ぐすん」
地面に崩れ落ちるタミンをよそにシルクシャシャにブレイクは近寄った。
「おい! おい!シルクシャシャ!? 聞こえるか!? おい!」
「……騒がしいぞ、妾はまだ治りかけで、ってブレイクではないか、な、こ、これは目覚めのキ」
「心配するなそれはない」
まさに即答だった。
「ぐぬぬ。命の危機だったのじゃぞ、それくらいあってもよかろうに」
「余りに心配し過ぎてそんな余裕も無かった」
「そういえば喜ぶとでも思ったか、妾はもうブレイクと結婚するしか生きる道が無いのじゃ」
ブレイクは少なからず疑問を抱いていた。
「なあ、その『妾』ってのはなんなんだ?」
「妾は最初から妾と言っていたが何か気になったのか?」
「いやいや、一人称は『私』だったろ?」
「そうじゃったか? う~ん……誰かが妾と一緒にいたような……」
「どういうことだ? ……泣いてるのか」
「ん? 本当じゃ…これは一体どうしたものか」
「なにかあったのか?」
「思い出せん……キスが駄目なら接吻をすれば思い出すかもしれぬな!」
「どっちも同じだろ!!」
「それならほれ!妾のベッドに入って一緒に寝るというのはどうじゃ」
「なにするかわかんねーのにそんな易々と入れるか!!」
「妾は病人じゃぞ!! 少しくらいサービス精神を出さぬか、ほれ、ほれっ!」
「ほれほれじゃねー! 看護師に手を出す病人のおっさんかお前はっ!!!」
こんな調子でシルクシャシャは無事に帰ってきた。
魔人たちの動向が気になるがそんなことは今はどうでもいいと思った。
のちに食事を用意して医療室に来たアイシェス姫と再会したかと思えば騎士団達も大勢きたりして
シルクシャシャはどさくさに紛れて俺に抱きついてきたりもした。それをまじかで見せられたアイシェス姫が俺の腕を引っ張り、シルクシャシャの笑顔はいつも通りで、俺もいつの間にか笑顔になっていた。