第三十七章 暴走騎士と魔人の思惑Ⅱ
激しい頭痛に襲われていたシルクシャシャはだんだん痛みが治まり
目の前の様子もはっきりと見えてきた。
「あれが…私だというのか? ……とてもじゃないが信じられぬ」
相変わらず子供2人と楽しんでいる彼女を見てあれが昔の自分だとは信じられなかった。
『首飾り作りすぎちゃったからあのお兄ちゃんにもあげてきていーい?』
少女が作った首飾りが大量にあった。
『あのお兄ちゃん?』
『そう。あのお兄ちゃん! おにーちゃーーんっ!!』
彼女が何も言うこともないまま少女は走っていってしまった。
「あのお兄ちゃんじゃと? どこにおる……ってあんな遠くに。…ん?……あれはっ!?」
シルクシャシャは遠くにいる人物が何者なのかわかってしまった。
かなり幼いがあの姿はどこからどう見てもそっくりだった。
「まさかな。だいたいこの時はこの世界にいなかったはずじゃしな」
『こんなところに人が来るなんて珍しいわね。……ちょっと心配だけど』
少女が元気良く渡す首飾りにその男の人は受け取って少女の頭を撫でていた。
何を言っているかはわからないけど感謝の言葉を言っているのだろう。
『大丈夫そうね』
『おねーちゃーーん! お兄ちゃんに渡してきたよ! ありがとう。だって♪』
満面の笑みで走ってきた少女を見て彼女は微笑んでいた。
『あとねーこれ貰ったの!!』
後ろに隠していた手を前に持ってくるとその手の中には小さな花が握られていた。
『なんていう花かしら、ここじゃ見ないような花ね』
『うん♪ さっそく植えてくるね。それから水もあげてくるっ』
疲れの知らない元気な少女はまたしても走ってどこかへ行ってしまった。
『私のほうからもお礼を言ったほうがいいかしら……ってあれ、もういない』
『今度は僕のも見てよ! あいつのより上手く出来たでしょ?』
彼女と子供たちの会話は続くが彼女の最後の言った言葉に反応する。
「いないじゃと? 確かに。いつの間に消えたのじゃ」
……追っていけば何か話を訊けるかも知れない。
本物かあるいは偽者か、後者だとは思うけれど、この気持ちの高鳴りは追ってみるべきか
シルクシャシャはその男の後を追って花畑を駆け抜け森の中に入っていった。
「男に興味なんか無いし、俺はここにいるか」
しばらく様子を見ていたジュビアは木材を魔法で改良しベッドを構築して眠りについた。
・レクセルSide・
「今日はいい天気だ。こんな気分のいい日に城の中にこもっているのは勿体無い」
だがしかし、ピロクを外の見張りとして置いてきてしまったのだが平気だろうか
と私は考えたのだが、こんな日に限って敵などやってくるはずが無いと思い
城の入り口とは逆方向の門から外へ出てしまった。
無論、悪いとは思っている。
こんなに天気がいいのが悪いのだ。
しかし、こののんびりとした散歩日和な時間は直ぐに崩れることとなる。
「レクセルさん!」
急に呼ばれた自分の名前に周りを確認するが誰もいなかった。
だが、その声の主は空からだった。
「大変です。ルーナが大変なんです!」
「ミヴィアスさん? どうかしたのですか?」
ミヴィアスは地面に足を付けるとレクセルに近寄りシルクシャシャの居場所を訊いた。
「シルクシャシャ姫ですか? ヴェセア城には来ていませんが……何かあったのですか?」
レクセルがそういうとミヴィアスは1本の剣を取り出した。
「ルーナが今にも死にそうなんです!」
「は、はあ、その剣が死にそうなんですか……え~っとどういう意味ですか?」
「もうしわけありません……あまりにも急いでいたので取り乱してしまいました。実はこの子は私と同じ、剣に宿る精霊なのです」
「剣に宿る……あ、確かそのようなことをミヴィアスさんが来たときにシルクシャシャ姫が言っていたような……」
「そうです。そして話すと長くなるので省略しますがとにかく命の危機なんです。この状態から救っていくれるのは私の知っている限りではシルクシャシャさんしかいないのですっ!」
ミヴィアスは一時は落ち着きを取り戻したものの話が進むにつれ勢いが増していた。
「そうですね、とりあえず城の方に向かいましょうか」
そう判断したのと同時に城のほうから大きな爆発音のような音が聞こえてきた。
「これは一体……と、とにかく急ぎましょう」
2人して城のほうまで駆けつけると悲惨な状況になっていた。
ピロクが見張っていた城壁から城の門まで黒く深い溝のような跡ができていて
植物は灰と化して大理石は溶けて変形していた。
「レクセルさん、あれはピロクさんではないでしょうか?」
ミヴィアスが指差す方向にはピロクがうつぶせに倒れていた。
レクセルはピロクの傍まで駆け寄った。走ってる途中に感じた暑さは
まるでここの庭の場所だけ風呂の中のようにむしむしとしていた。
「大丈夫かピロク!」
「……レク…セ…ル……?」
何とか声は聞き取れたが、声が弱弱しくかなり危険な状態のように思えた。
レクセルはとにかく涼しいところに運ぶべきだとピロクを持ち上げた。
「とりあえずピロクは城外の木陰に運び出してきます。ミヴィアスさんはどうしますか?」
「私は城の中に残っている人たちをなるべく安全なところへ非難させます」
「すまない。ミヴィアスさんには他にやらなくてはならないことがあるというのに……」
「……いえ、とにかくはやくしましょう」
ミヴィアスは城の中へと入っていった。
・ミヴィアスSide・
城の門は無残に破壊され敵は既に侵入している。
なるべく周りに気をつけながら進むミヴィアスの前に探し求めていた少女が現れた。
「シルクシャシャさん!!」
私はシルクシャシャさんに駆けつけようとしたけど途中で足を止めた。
何か様子がおかしい。そう感じたことは間違っていなかった。
シルクシャシャはミヴィアスに手を向け詠唱の短さとは反比例するように急速に炎の玉を作り上げた。
「―――っ!?」
ミヴィアスは後ろの飛び退いて青く光る炎の玉をかわした。
「ど、どうしたのですか? シルクシャシャさん!」
『ヘルボルケーノ』
体から溢れ出す魔力とともに地面を突き破って出現する炎の柱
これもまたかなり上級魔法のはずなのだが数秒の詠唱で完成させた。
「シオラ石の所持無しで魔法を唱えるなんて一体……」
ミヴィアスが行動を起こそうとした瞬間、何もない空間から銀を纏う男が出現した。
「やれやれ、ここまで派手にやらなくても。ですがやられるわけにはいけませんし思う存分暴れてもらってもかまいませんよ」
男は地面に足をつけると話を続ける。
「ほうほう。人間にしては不思議な力を宿していますね。その剣もまた興味をそそります」
「あなたは誰ですか? シルクシャシャさんに何をしたのですか?」
「おっと、そんな戦闘体制にならなくても落ち着きましょうよ。私の名前はジュビアです」
「ジュビアですか。その姿から感じ取れるオーラからするに魔人だと思いますが、このあとどうなるかはシルクシャシャさんを元に戻すかどうかによってかわってきます」
「ふむふむ。では戻せなかったとしたら? みなさんはともかく私でさえも」
「あなたでさえも戻せない? そんな冗談が通用するとでも思っているのですか!」
「狂騎士の力。聞いたことありますか? この力は発動してしまえばよほどのことがない限り元には戻らないんです。仮に戻れたとしてもその人をまるで別人にしてしまうほどの副作用が起こる可能性が高い、しかし私は戻す方法を知らないのです。少し間違えば私の命も危ういのですからね」
「あなたの目的は一体なんなのですか」
「私の目的ですか……えっと、魔王ギーヴァに正しいあり方を教えるため。今はその演習みたいなものです」
「そのせいでピロクさんが大変なことになっているのですよ」
「フフフ……あの少年からは驚く程の魔力を感じ取ることができた。あの程度では死ぬこともないでしょう。それにこいつが使い物にならなくなった後で利用させてもらう予約もしてある」
「予約?」
「そう予約です。っといろいろと喋り過ぎましたかね。そろそろ勝手に動かれても困りますしおとなしくしてもらいましょうか。おい、魔王ギーヴァをも超える魔法を唱えてみろ」
ジュビアはシルクシャシャにそう言うと機械のように冷たい表情で瞬時に魔法を唱え始めた。
『ヘルインフェルノ』
空間に透明な結界を作り出しミヴィアスを閉じ込めたシルクシャシャは城一つ吹き飛ばす威力の爆発を起こした。
話している途中から防御魔法を唱えていたミヴィアスはそれを無傷で防ぐことに成功した。
相手が死んでいない事を確認すると同時に刀身の紅い剣を何もない空間から取り出したシルクシャシャは一歩目の初速で目が霞むほど速いスピードを出しミヴィアスに襲いかかった。
「速いっ!?」
シオラ石の上限制度を排除されているシルクシャシャは
狂騎士の尋常なる筋力と溢れ出る魔力による加速でミヴィアスを圧倒していた。
さらにシルクシャシャの持つ剣はひと振りするたびに紅い衝撃波のようなものが飛び交い城の壁を貫通していった。
剣を使うことが出来ない為、微力な魔力操作で相手の攻撃を避ける防戦一方な戦い方に
ミヴィアスはこの状況を打破する道を探るも、どれも成功する確率は0に近く行き詰まってしまった。
「さて、そろそろ体力の限界が来ているのではないでしょうか? いい加減諦めたらどうです?」
ジュビアは深い溜息を吐くと言葉を続ける
「それに本気じゃない戦いを見てるこっちの身にもなってくださいよ。もっと危機感を感じてお互いがお互いを殺し合う――――」
「ふざけないでっ!!」
咄嗟に出た自分とは思えない言葉に驚きつつも相手に反論する
「私にとってシルクシャシャさんは仲間のことを大事に思ってくれるとても優しい方でした。そんな彼女を殺すなんて絶対にしません。私はシルクシャシャさんを必ず救ってみせます」
ミヴィアスの反論に含み笑いをするジュビアは口を開く
「ククク……必ずねぇ~。あなたが死んでもなおその言葉を言えますか?」
空中に浮いていたはずのジュビアは知らぬ間に姿を消しミヴィアスの背後に姿を現した。
シルクシャシャの攻撃に気を取られていたミヴィアスは気配に気づかず後頭部に強い衝撃を喰らってしまった。
「くっ……卑怯です…よ……」
「助けたつもりが卑怯呼ばわりですか、あのまま戦い続ければ確実に死んでいましたよ? 私はもうこの城に用はないので移動します。しばらくお休みになってまた出直してきてください」
意識が遠のく感じをなんとか押さえ込みながら相手の隙を探すミヴィアスはジュビアが背を向けた瞬間
傍にあった鋭利な鉄を掴み加速魔法ラファーガを唱え急所を刺そうと手を伸ばした。
「哀れな……」
ジュビアはそう呟きながらジュビアとミヴィアスの間に壁を作り
その壁の中から出てきた半透明な拳にミヴィアスは地面へと叩きつける。
それから続けて一言「やれ」とシルクシャシャに伝える
先程の一言から一秒経たずに魔法を放つ素早さにミヴィアスは体の麻痺から回避が出来ず思わず目を瞑った。
先の尖った燃え盛る炎の欠片はミヴィアスの体を貫こうと襲い掛かる。
(マーシャ…姉…さん……)
名前を呼ぶ、たったそれだけの言葉は病人のように重々しく
だけどどこか明るい気持ちのこもった感情をミヴィアスに伝えると彼女の前に盾になるように炎の欠片を防いだ。
1つ2つ防いでいくルーナはその衝撃に耐えられず徐々にヒビを入れていく。
「ルーナ!もう止めてっ!!!」
パキパキと音を鳴らしながら去りゆくジュビアと魔法を放ち続けるシルクシャシャの攻撃を守りながら
再び言葉を伝えようとミヴィアスにテレパシーをおくる
(さい…ごに…マ……シャ姉…さん……に……会え…て…よかった……)
伝わるテレパシーは涙声なのに嬉しそうだった。
「ダメっ!それじゃルーナが死んでしまうのよ」
手を伸ばそうとするが体全体がしびれていて思うように動かせない
(姉さんを…守れる……ことが……私の…しあわせ……今…まで…ありがとう)
ルーナのその言葉を最後に炎の欠片は剣と共に砕けテレパシーは途絶えた。
「ル、ルーナ? ねぇルーナってば、そうやって黙って驚かすのかしら? やるようになったわね。でもこんな時にそんな冗談はあまりにも辛すぎるのよ……ねぇルーナ、ルーナってばっ!!」
ミヴィアスは大量の涙をこぼしながら剣の欠片を拾い集めた。
「ミヴィアスさん。大丈夫ですか!!」
それから数分後、駆け足で駆け寄ってくるレクセルに城の仲間が全員無事だということを告げると
ミヴィアスはその場から立ち上がった。
「その欠片は……いえ、何も聞きません。私がもう少し速く来ていたら。まさかこんなにも早く接触しているなんて思わなくて……力になれなくて申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げるレクセルにミヴィアスは謝る必要なんてありませんと言うと城の外に出るほうに足を向ける。
「私はこれからブレイクさんのところに向かいます。レクセルさん、城の方を任せても大丈夫でしょうか?」
その言葉にうなづくレクセルを確認すると城の外に出て空高く舞い上がるとあっという間に姿を消した。
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勇者に支配された世界―前編―
暇があれば是非。