EXⅩ 疑念
―――――――――魔王城・審判の扉―――――――――
「ヒプノシスの失敗はあの少女のせいか……それにしてもツァツェ、お前は一体」
審判の扉から人間界を見ていたギーヴァはヒプノシスを失敗したことを確認して
城の回廊を歩き、自室へと向かっていた。
途中、空間に歪みが出来ると滅多に見ない魔人が姿を現した。
「懐かしいなベルゲゾール。俺に何のようだ?」
ボロ衣を纏い灰色の髪を風になびかせながらその男は口を開く
「ギーヴァ。ジュビアを覚えているか?」
これまた懐かしい名に苦笑しながら「あぁ」と返事を返す。
「昔はよく3人でいろいろな研究に一生懸命取り組んでいたな。今となっては敵同然だが」
「そうか……やはりお前もジュビアを敵視していたか」
ギーヴァは立ち話もなんだからと自室に戻りソファーに腰をかける。
それから豪華なテーブルの上でアメルークをグラスに注ぐ
ベルゲゾールの分も用意しようとするとベルゲゾールはそれを手で制した。
「私はアメルークが苦手でな」
「そうだったな……忘れていた」
ギーヴァはグラスを口にあてゆっくりと飲み干すと静かにテーブルに置いた。
「ギーヴァ、お前は何か策があるのか?」
「策? 何のことだ?」
理解しがたい言葉に眉をひそめる。
ベルゲゾールはさすがにいきなりすぎたかと過程を含めて話し始めた。
「ジュビアは世界を自分のものにするために狂騎士の力を借りて動こうとしている。いくらお前の力があっても狂騎士の前ではどうにもならないだろう。それにお前も世界を自分のものにしようとしているらしいがどうするつもりだ」
「どうする? どうするも何もない。俺は人間に恨みを晴らす為に奴らの上に立ち絶望を与えてやるだけだ。それに世界を自分のものにすることについては今の段階では無理だ。予想だがジュビアが狂騎士の力を使っても奴には必ず勝てない。」
「奴? 狂騎士の力を使っても勝てない相手がいるのか」
「フォレスタンス。こいつは別世界の人間だが今となっては神に等しい存在だ」
「その情報は一体どこから手に入れた?」
その問いに再びグラスにアメルークを注ぐギーヴァは一口飲むと話し始めた。
「先代魔王のザキールを覚えているな?」
「当然覚えている。魔王にしては若いうちにお亡くなりになられたそうだな」
「その死因はフォレスタンスによって殺されたと歴史書には書かれている。まあ私自身がこの目で見たのだから信じるほかない。それに記憶の受け継ぎもある」
ベルゲゾールはしばらく驚いたような様子だった(と言っても目を1,2mm動かした程度)がしかし、すぐに普段の表情に戻った。
「でもその男が別世界の人間だとなぜわかった?」
「幼かった頃の俺にはわからなかったが、記憶の受け継ぎではその内に秘める波動が別世界の人間だったとザキールは感じたらしい。しかもその情報を確定するように読めない言葉で書かれた不思議なカードのようなものを俺は前に拾っていたらしい。そこに写る男はまるでそっくりだった。ゆえに奴は別世界の人間であることがわかった」
「らしいとはどういう意味だ?」
ギーヴァは若干眉をひそめソファーから立ち上げるとテラスへと向かう。
ベルゲゾールはそのあとを静かについて行った。
「俺には記憶が無い。なぜかは全く分からんがな。それにどうやら魔法も使えなくなってしまったようだ」
ギーヴァは魔法を唱えそれを証明した。
しかし、その行動と言葉にベルゲゾールは奇妙な違和感を感じた。
「魔法が使えなくなったもなにもお前自身が行ったことじゃないか。今更疑問に思うことでもあるまい」
その言葉にギーヴァは動きを止めた。
「それはどういうことだ? 魔法が使えないなんて不便ではないか」
ふざけているわけでもなく、と言ってもギーヴァがふざける奴では無いことぐらい見てわかるベルゲゾールは、特に驚く様子もなくこの矛盾の理由を考えた。
「とにかく、狂騎士が暴れだしたらエクスシア国はそれほどの時間も掛からず壊滅するだろうな」
「それはギーヴァにとっては良い事じゃないんだろ?」
「確かに。人間への恨みの鉄槌は我が手によって落とした方がいい」
「ならどうするつもりだ?」
しばらくの間があった後ギーヴァは口を開いた。
「いろいろと考えはある。だが、それを実行するかどうかはわからない」
――――――――ガダルナ地方・ヴェセア城上空――――――――
「うわ~怖っ……あれが狂騎士の力? とてもじゃないけど私は人間の相手だけで十分ね」
綺麗にまとめた緑のツインテールが風になびく
ヴェセア城上空で狂騎士との戦いを見物していたキルスはファンベルはおろか緑目の子供たちも見つける事が出来ずただただぶらついていた。
「これからどうしよっかなー。なーんかどうでもよくなってきちゃったんだよなぁ~」
空中で仰向けになると空を見上げた。
「誰か殺せばこの気持ちも楽になるのかな……」
つぶやくように言ったその言葉は少し強く吹く風によってすぐにかき消された。
『人間と魔人のハーフなんて気持ち悪い』
『あのこと一緒にいると吐き気がするわ』
『俺たち魔族の血以外に人間の血が流れているなんて考えただけでも恐ろしい』
ふと頭に浮かんだ言葉につい軽くため息をついてしまう
この出来事はいつ頃のことだっただろうか……
「まったく私ってば馬鹿ね……迷ってたってどうにもならないじゃない。こんなんじゃ、あの時と同じ」
空中で体制を変え凄まじい勢いで魔界へと向かったキルスはギーヴァの部屋に訪れた。
「あれ、誰もいない……」
部屋の中を見渡し部屋から繋がるテラスにも誰もいなかった。
どこか出掛けているのならここで待てばいいかとソファーに腰をかけたキルスはしばらくして眠ってしまった。
――――――――ボルテキア地方・エクセリアーノ―――――――
「あなたいつまでそんなことしているつもり?」
エルウェールはファンベルと一時的な協力という形で大人しく後を付いて行動していた。
そのファンベルは先ほどから噴水で水汲みをするばかりでエルウェールはさすがに飽きてきて話しかけたところだった。
「そうじゃのぅ。そろそろかの」
ファンベルはそういうと腰に取り付けてあったいくつもの瓶を取り出した。
その瓶一つ一つには先ほど汲んだ水と同じ液体が入っていた。
それらを回りに並べ何かの形を描いていた。
「一体何をするの?」
「この世界の者ではない者が残した手帳。これに書き記されたカイフェレアの花の在り処を見つけるためにこういうことをしているのじゃよ」
「この世界の者じゃないって信憑性あるの?」
その言葉にしばらく間をおくファンベル
「どうじゃろう。50%といったところじゃろうか……」
エルウェールは思わず溜息をつく。
それでもギーヴァの事が気になる為こんなことにもしょうがなく付き合う。
「さて、全部並べ終わったのじゃがこれからどうなるのか」
「わからないの?」
「そこまでは書いてなかったからのぅ」
さっきからため息しか吐いていない気がする。
と肩を落とすエルウェール。
しかし瓶が突然光り出したことにその暗い気分も吹っ飛んだ。
「な、なになに!?」
エルウェールは何も理解できないままファンベルと共にその場から忽然と姿を消した。