第三十五章 奇跡に助けられた命
――――――――イスナル城・エフィア姫の部屋――――――――
ダロットたちが地下水路に入りリエラと戦っていた頃
レーチェル姫はイスナル城に来ていた。
「久しぶりだなジェミナス。エフィアはどうした?」
窓から突然現れたレーチェルに驚くキルファ
そんなキルファを見て笑うジェミナスは一歩前に出た。
「お久しぶりですレーチェル・ミューナ姫。エフィア姫のことですか?」
レーチェル姫は軽くうなずくと辺りを見渡した。
「話が早いな。それでエフィアはどこにいる?」
そのことについてジェミナスが話した。
「なに? どこにも姿が無いだと?」
「はい。あの戦いの後、部屋に戻ってみましたがどこにもいなくて」
レーチェル姫は近くにあった椅子に腰を掛けると先ほどから気になっていたことを話した。
「そういえば、お前の持っているその剣は妙に新しいな。戦いの後だというのに傷もない」
ジェミナスは刃が剥き出しの鞘の無い剣を腰から外しレーチェル姫に見せた。
断りを入れてその剣を受け取ったレーチェル姫は何か感じるものがあった。
「その剣はエフィア姫の部屋に飾られていた剣です。私たちが戦いから戻ったときには部屋の中心部に落ちていて戻そうと思ったのですが壁の抑えの部分が壊れてしまっていて今はとりあえず私が持っているという感じです」
レーチェル姫は何かを感じたような反応を見せたが軽く首を振るとジェミナスに返した。
「ジェミナスはさっき説明してくれたときにエフィア自体が消えていたといっていたな?」
その問いに対して頷くジェミナスにレーチェル姫は会話を続ける。
「跡形も無く消えていてその近くにその剣があったという状況からしてエフィアは精霊としてその剣に宿ったんだと考えたんだがどう思う?」
「その可能性は考えられなくも無いんですが……」
その反応にレーチェルも頷く。
「ウィータモデラートを魔力なしに使ったことによる反動で命を削り取った後に精霊になることは普通は無理だと聞いた事がある。自身が精霊になることにはそれなりに魔力が必要だと、それなのにもしその剣に宿っているとしたなら、まったくどういうわけなのかわからない」
「はい。それとあと」
ジェミナスが何か言葉を続けようとしたとき突然爆発音とともに城が揺れた。
「な、なんだこれは何が起こっている!」
みんなが周りを見渡していると部屋にキルファと同期のヴァーレットが入ってきた。
「ジェミナス隊長大変です! ガダルナ地方のヴェセア城が……あ、あなたはレーチェル姫ではありませんかっ! これは一体どういうことなんです?」
「話をすれば長くなるんですが……」
そう話し始めようとしたジェミナスをレーチェルが手で制しとにかく何を言おうとしていたのかを言えと兵士の1人に詰め寄った。
「っ! ちょっ、レーチェル姫近寄りすぎです。ちゃんと話しますからまずは離れて………えっとですね。先程、ヴェセア城が誰かの攻撃により炎の城と化しています」
その言葉にみんながテラスに出てその方向を見る。
見た先には黒い煙りが上がっていた。
「何が起こっているんだ? どこの奴らが攻め込んだ?」
レーチェル姫がヴァーレットに詰め寄る。
それに対して詰め寄られた分後ろに下がるヴァーレットは話を続ける。
「どこの地域でもありません。しかも調査した結果では相手は1人だったそうなので」
「1人だと……?」
驚いた様子を見せるレーチェル。ジェミナスは無駄と思いながらヴァーレットに訊く。
「その周辺にウェズペス将軍を見ませんでした?」
その質問の答えにわかりませんとひとこと言って頭を下げるヴァーレットを見たジェミナスは軽く溜息を吐く
「本当にこんな時にウェズペス将軍は何をやっているのでしょうか……」
エフィア姫の部屋でこのようなやり取りを行っているとき治療室ではアラスとロッチェ、ユーマがベッドの上で寝ているユユンを眺めていた。
「こ、これって奇跡ってやつか?」
アラスがロッチェに訊く、それに対してただただ頷くしかないロッチェは驚きの表情を隠せないで居た。
事実、脈が止まり呼吸をしていなかったユユンが普通に静かに寝息を立てて寝ているからだ。
「なぜだか解りませんが、とにかく助かったのでしょう。とりあえずアラスは何か食べてきたらどうですか? もう結構な時間が経ちますが何も口にしていないでしょう」
ユーマがそう言い聞かせるも首を振るアラン。どうやら目を覚ますまでこのまま残るそうだ。
そんな言葉のない返事を受け取ったユーマはとりあえずユユンが生きているという安心感に部屋の外に出た。
「あの魔人……一体何を考えていたのだか……」
今となっては訊く事もできないのだがユーマは少し引っ掛かりを感じていた。
「とにかく、今はあっちのほうで城が燃えていることが気になりますね」
窓から見える黒い煙が上がっている城を眺めるユーマはこのことについて何か知っていることはないかとジェミラスを探しに歩き出した。
結局ロッチェも外の空気を吸いに行くとかで、どこかに行ってしまい部屋に残されたアラス。
目の前で静かに寝息を立てているユユンを見つめ生きていると言う安心感とともに目を覚ましてくれるかどうかという不安もあった。
「ユユン……せめて俺がお前の近くにいてやればこんなことには」
頭で考えている言葉をそのまま口にしてしまったアラスはそのことに気づかず
その声で反応したのかユユンの口がかすかに動く。
「あ…す……気に…しな…で…私……いじょうぶ……から」
あまりに不意打ちだったため良くは聞き取れなかったが大丈夫と言う言葉を聞いて一体どんな夢を見ているのだろうかと気になった。
「そういえば、あの時も大丈夫なんて言ってたっけ……」
ユユンの言葉にふと思い出す昔のこと、アラスはしばらく昔のことを思い出した。
自分たちが生まれてまもなくデュナメイス国で食料を調達していた親たちはファベスト帝国の襲撃に巻き込まれかえらぬ人となったそうだ。物心付いたときにはふーん程度にしか思わなかった。覚えていないのだからしょうがない。治安改善お助け団が出来る前はもう少し過ごしやすい街にいた。国の出入りも自由だったけど親の居ない子供を1人のおじさんが見ていたためその子供の養育費や徴収にお金が足りなくなりおじさんは真っ黒の服に身を包んだ大柄の男にどこかに連れて行かれてしまった。当然、子供である俺たちも容赦なくランクを一番下まで落とされ国の出入りが出来ない街へと連行された。
それからしばらく日が経ち、家族が居ないもの同士で集まって出来た治安改善お助け団。
食べ物に困る人たちに食料を渡したり悪い人たちを成敗したりすることはいろいろ。
夜になるといつも眩しく光る街の中心地に居る人たちを恨み、自分の命を守るために精一杯生きた。
この国の制度はおかしかった。貧乏な人たちから食料を奪い強制的に労働をやらせ裕福な者たちに楽な生活を過ごさせる。一定期間に訪れるお金や食料の徴収。これを払えなければ一番下の位に居るものは死刑。他は1ランクしたの街に追放される。復帰のチャンスは無し。国の外に出ようとするならば門番に殺される。奴隷のような生活を強制された人々。そんな人たちを見て何か助けることは出来ないかと考えたが思いつきもしなかった。当時10数人いた治安改善お助け団も今となっては4人程度、もちろん他は……言うまでもない。そこで、何をするにもここから抜け出さなければ始まらないと国から出る作戦を考えた。
これが今までの俺たちの経緯。
一番ランクの下の街に追放される前から仲が良かったユユンは泣き虫の俺をいつも大丈夫と頭を撫でてくれた。そんな記憶俺にはないが、今でもユユンはからかうネタに使ってくる。いい加減勘弁して欲しいけどそうやって仲間でわいわいしている生活は悪くなかった。
ユユンはなんとか息を吹き返してくれたけど死んだんじゃないかって思ったときは仲間がいなくなる恐怖に怯えていた。……いや、他の仲間と違ってもっと何か違う感情が胸にあった。それが何なのかは分からないけど。
「ちょっと窓開けるぞ」
急に聞こえた声に現実に引き戻されたアラスは軽く頷く。
ロッチェとユーマの2人が同時に帰ってきたため一気に部屋の中が狭くなった気がした。
今この空間はどこか寂しさを感じていた気持ちをなくしてくれた。
「アラス、突然だが俺たちはジェミナスさんたちとガダルナ地方っていうところのヴェセア城っつーところに出掛けてくる」
あまりに突然な展開に頭の整理が出来ないアラスは理由を訊いた。
「―――ということからさっきの城の揺れはそこが原因らしいのです。これは私たちが勝手に決めたことで、既にウェズペスさんからは了承を得ているので少し留守番を頼みましたよアラス」
好奇心旺盛なのは悪くはないけどあまりに危険なことだろと思ったアラスは一度は止めたが
それでも行くと言ったユーマを再びとめることはなかった。
同日、ジェミナスたちはレーチェルの魔法でクライムで走っても二日かかる距離を30分程度で移動した。
「ここがヴェセア城……城という形が残っていながらも所々が酷く抉られていますね。一体誰がこんなことを……」
城からは少し距離をとって様子を見ていたみんなだったがレーチェルが急に伏せろと叫んだ。
そのあまりに急な言葉にぽかんとしているキルファをレーチェルが魔法ですっ転ばせた。
その刹那紅い波動のようなものが耳に不快な音をたてながら通り過ぎた。
「あれに当たっていたら今頃体が真っ二つだったろうな。それにしてもさっきのは……」
レーチェルは遠くにいる誰かから目を離さずにそう言った。その後考える素振りを見せながらも剣の位置を確認した。
「ジェミナス隊長、あの遠くにいる人は敵…ですよね?」
キルファの問いに「たぶんそうでしょう」と答えるジェミナスは後ろにいたロッチェとユーマの無事を確認すると一言。
「少しやばい事になったかもしれません」
その言葉に唾を飲み込むキルファ。そしてレーチェルはその遠くにいる誰かに届く大きな声を発し「お前は誰か」と訊いた。
その遠くにいた相手は何を言わずゆっくりとこちらに向かってくる。
そして片手を軽く振ったかと思えばレーチェルたちの頭上に大量の炎石を降らせた。
「それが返事か……『ツァオベライドレイジャー』」
レーチェルが唱えた呪文に重ねるようにジェミナスとキルファは魔法を唱える。
通常じゃありえない大量の炎石に汗をにじませるレーチェルは何とか防ぎきった。
その様子を見ていた相手は胸の辺りで両手を平行に左右に動かし真っ赤な剣を出現させ走ってきた。
「お前たちは下がっていろ。ここは私が何とかする。ジェミナスとキルファはその二人を任せた」
レーチェルは鞘から碧いオーラを発している剣を取り出すと同じく相手に向かって走っていった。
相手は少し距離があるうちから軽く剣を振り先程見た紅い波動のようなものを飛ばしてきた。
その波動のようなものをレーチェルは下から上へと斬り上げる形で攻撃を防いだ。
しかしその斬られた波動は消えることなく後ろにいるジェミナスたちのほうへと向かってきた。
2人して防ごうと剣を波動に当てた瞬間、キルファの剣はまるで包丁で果物を切ったときのようにいとも簡単に斬られてしまった。それに比べてジェミナスの剣はさっきと違い真っ白なオーラを漂わせ紅い波動からみんなを守った。
「これは……姫…さま?」
(……………………うふふっ)
「―――――っ!!?」
確かに聞こえた。滅多に笑うことのない姫様の声……
思わず笑みがこぼれるジェミナスはそのことをキルファに話した。
「ではやっぱり推測はあっていたんですね」
そんな明るい話題で盛り上がるジェミナスたちとは打って変わってレーチェルはなるべくそちらのほうへ波動が跳ばないようにわずかな調整をしていた。いくつか防いだところでお互いの剣が交わった。
その途端周りに強風を発生させ服や髪をなびかせる。
「赤髪、お前は一体何者だ? 華奢な少女にしては力がありすぎる」
またしても問いに対しての答えはなかった。
そして赤髪の少女と剣を交えるたびに赤い波動が飛び散る。
見たところシオラ石の所持をしている様子はなく先程の魔法をどう使ったのかということと
出現させた剣から感じる魔力は魔法破壊計画が起こった今一体どうやって使用しているのか気になった。
「その魔力。魔人でさえもシオラ石の所持をしていなければ魔法は使用できないはず。何とか答えたらどうだっ!!」
懇親の一撃を赤髪の少女にぶつけるが表情一つ動かさず素手で軽く止められてしまった。
そしてその手から剣を抜こうと引っ張るがまるでびくともしなかった。
しばらく力を入れて引っ張っていると相手はレーチェルのわき腹めがけて剣を振ってきた。
その攻撃にしょうがなく剣を手放すレーチェルは後ろに飛び退く
赤髪の少女は刃の部分から持ち手の部分に持ち変えるとみるみるうちに碧いオーラは真っ赤なオーラへと色を変え再び紅い波動を出してきた。
「くっ! なんて奴だこいつは……」
シオラ石は転移用の物しかなく攻撃に使えるものは何ひとつ持ってきていなかった。
どうすることもないレーチェルはただ立ち尽くすと歯を食いしばり避けるタイミングを見計らった。
そして当たらない位置に回避した時その赤い波動は軌道を変えて再び襲い掛かってきた。
「なにっ!?」
咄嗟の判断で避けようとしたのだが両足に何らかの術が掛かっているせいで動かすことが出来なかった。絶対当たる。そう確信した時、レイチェルはジェミナスによって助けられた。
「何をしているんですか。死なれてしまっては後が怖いです」
「おお、助かったぞジェミナス。この仮は後で必ず返す」
ジェミナスは首を大きく横に振ると赤髪の少女に向き直る。
剣を二本構えた少女は両手を無駄なく動かしジェミナスに襲い掛かる。
「うっ……なんて力なんですか……大柄な男以上に力が強い」
実はジェミナスの持つ剣の特殊効果でかなり威力を軽減しているのだがジェミナスはそれを知らない
だんだん手が痺れてきたジェミナスは防戦一方で攻撃をする隙すら与えてはくれなかった。
もう限界だと思った時、一瞬の気の緩みが少女の剣の一撃をジェミナスの剣を上空へと打ち上げて
そのまま少女はジェミナスの首をめがけて剣を薙ごうと振った。
「攻撃をやめなさい狂騎士」
突如誰かの声が掛かるとともに赤髪の少女はピタリと攻撃をやめた。
その剣はジェミナスの首の皮が切れるか切れないかのギリギリのところであった。
「まったく。どこへ行ったかと思えばこんなところで油を売っていたのですか……もう少し上手く制御できなくては先が思いやられますよまったく……っとすいませんね。私の物が勝手に襲い掛かってしまい」
銀色の長髪に銀色の十字架ピアス
白銀の制服みたいなものを上下着ているうえに
靴の色まで銀色でとことん銀色が好きだろうと思うとても目立つ姿にみんながその男を見る。
「お前は誰だ? その者の仲間か?」
レーチェルの問いにその男は軽く首を振るとその少女に歩み寄りながら口を開く
「私はジュビアという者です。それと、この物とは仲間と言う関係ではありません。私にとっては奴隷のような存在ですかね。それではみなさん、また近いうちに……」
そういうと少女の腕を掴んだと同時にその場から姿を消した。
「なんだったのでしょうか……」
「……あまりに怪しすぎるな。ジュビアと言ったか、あの目立つ銀色に統一された服装は忘れることはないだろう」
「確かにそうですね。それに近いうちにとか言ってましたし……っと、敵の気配もなくなったことですし、レーチェル姫。とりあえず城へと向かいましょう」
ジェミナスの言葉にレーチェル姫はみんなを集めジェキア城へと向かった。