第三十四章 リエラの恨み
――――――――――【キュリオテテス国】ヘルヴァージュ牢獄に通じる地下水路――――――――――――
「おい!なんでこんなことになってんだよっ!!!!!!!」
「うるせーダロット!誰かに見つかったらどうするんだよ!!」
静かにしようとしたマールーの声もずいぶん大きかった
これに対し、ため息混じりにアイゼーンがダロットに魔法を唱えた
「はぁ。静かにしなさい 『サイレンス(静まれ)』」
「ははっお前らはしばらく口を閉じておけ、てか永遠に閉じてろ」
しゃべれないかわりにダロットは隙を突くように
ずいぶん早い拳をマールーに繰り出したが軽やかに交わしまった。
その後マールーのほうに指をさしながらうーうー言うダロットにヴェスティが代弁してしゃべった。
「なになに? 『なんで俺だけ、お前も同罪だろうが』 だってぇ。マールーにもサイレンスかける?」
「嘘だろっ、俺は別にうるさくないだろ?」
その後ダロットがまたしても拳を繰り出してきて
バトルに発展しそうだったため結局マールーもサイレンスをかけられ
しばらくの間その魔法を解いてはくれなかった。
それから30分くらいの時間が経ち
迷路のような水路を確実に進んで行きヘルヴェージュ監獄に向かっていた。
「なぁほんとにギフェア隊長が捕まってるのか?」
敵が居ないか確認しながらもダロットが話し始めた。
「えぇ。そのほかに姫様やブレイク、新人の子も捕まっているそうね」
「なに!姫様だと!?ったくブレイクはなにやってんだよ!!」
思わず拳を水路の壁に叩きつけたダロットを見かねたアイゼーンは再度魔法を唱える。
「『サイレンス(静まれ)』まったく…反省していないようね?一生そのままで生きていく?」
「『すいませんもう二度と大声は出しません。この地下水路のときだけは』だって」
「抜かりないわね。最初だけだったら城に戻ってからもこの魔法が使えたのに」
「『勘弁してくれ、でもそれもいいかもしれないな』だって……って!そんな怒らないでってば」
「『ディスペル(払いのける)』さっきのは嘘だって分かってるからもう気をつけるのよ?」
「わりぃ。もう大声はださねぇ……それよりあの爺さん一体何者だったんだ?」
「地下水路まで案内してくれたあの人でしょ?知らないの?」
「びっくりしたぞあの爺さんシオラ石も持たずに魔法を使いやがった」
「あの人はファンベル爺。魔法の第一発見者にして最高の魔法使いよ」
「へぇーんじゃあの爺さんの隣にいたあの女は誰だ?」
マールーが言ったその質問にはアイゼーンは答えられなかった。
「見たこと無い子だったよねぇ。でもなんか凄いオーラを感じたというかなんというか」
ヴェスティがそう感じたのも嘘じゃない、たぶんここにいるみんなもそう思ったはず。
アイゼーンはそう思った。
それからなるべく声を出さないように静かに進み
なにやらヘルヴェージュ監獄の入り口のような扉が見えてきた。
それと同時に人影も見えた。
「あれは誰かしら?私たちを歓迎してくれてるとか?」
「お前は馬鹿かヴェスティ。んなわけねーだろ?しかもこんなところに歓迎されてもうれしくねぇよ」
「あんたこそ馬鹿じゃないのそのくらい分かるわよ」
「んだとこのやろう!」
またしてもダロットが騒ぎ出しそうになったときその奥にいる人がしゃべりだした。
「うるさいですね。あなたたちはブレイクの仲間ですか?」
姿が見えてきたと思えばそこにいたのは細身の少女だった。
「おうよ!どうやらこんな物騒なところに捕まってるとか爺さんに言われてな助けに来たってわけよ」
「そうですか、しかし、残念ながら助けることは出来ませんよ?」
「はぁ何言ってやがる。お前も助けに来たんじゃねーのかよ」
「ふざけるなっ!!私が魔人を助ける…だと?……笑わせるな」
その華奢な少女から出たとは到底思えない大声を出し騎士団全員が怯んだ。
そしてその少女はその言葉を言い終えると同時に魔法を行使してきた。
「『ライトソード』失せろ魔人の仲間どもがっ!」
光り輝く剣が何本も出現し猛スピードで襲い掛かってきた。
しかし、ダロットたちもただ見ているだけではなかった。
目の前に防御シールドを発動させ攻撃を防ぐ
光の剣とシールドがぶつかった瞬間、物凄い火花と目の前がホワイトアウトするほど強い光が地下水路全体を覆った。
「くそっ、なんつー魔力だ…本当にあいつ1人で詠唱したんか?」
「だろうな、周りを探っても気配がまったく無い」
素敵魔法を使用したマールーがそういった。
「『ライジングアロー』さっきのが防げてもこれはどうかな」
少女の周りがバチバチと音をたて初め放電し始める
その中で怒りの表情を浮かべた少女はその放電から生み出される弓を手に取り
マールーに狙いを定め矢を放とうとする。
「『クラックボルケーノ』少し…時間が…かかったけど…これなら」
息切れしながらもアイゼーンが先頭開始直後から唱えていた魔法が発動し地面を突き破りながらマグマの噴火が少女に襲い掛かる
「『ツァオベライドレイジャー』他愛無いな」
「あいつ一度に二つも魔法を詠唱してやがる!」
「それがどうしたダロット、まとめて詠唱するぶん精度が落ちるだろ?だったらこっちもこの防御魔法でどうにかなる『ツァオベライドレイジャー』」
同じ防御シールドを唱えたうえに6本の剣が重なりガードする
そこに耳をつんざく様なでかい音を立てながら雷の矢が命中する。
マールーの操る6本の剣はまるで小枝のように一瞬で折られ
防御シールドもあっという間にひびが入った。
それとは逆に少女に向かったアイゼーンの唱えた魔法は跡形もなく消え去ってしまった。
「なんて…魔力差なんだっ……これは…防ぎきれねぇ……っ!」
守りきるのは無理と判断したのかマールーは魔法を解除すると同時に矢の軌道をそらした。
がしかし、それでも勢いの止まらぬその矢はマールーの肩を掠めた。
「まだ弱いか……でもそろそろ本気をださないとな『フレア』」
休み無く唱え発動させる強力な魔法の数々にさすがに抑えきれなくなってきたみんなは焦りを見せ始めた。
「おいおいフレアってマジかよ……」
どうしていいのか分からないダロットは戸惑っていた。
マールーやヴェスティ、アイゼーンも同様だった。
「フレアなんて人間が唱えられる魔法なの!?」
レクセルとは魔法の研究をよくするアイゼーンはフレアがどれほど強力なのかを良く知っていた。
威力は詠唱の長さで決まり最大では国の3分の1を壊滅させるほど。
唱えることさえ術者にかなりの負担と魔力を消費するためこの魔法は1人ではなく複数人で唱える魔法。
どう考えてもあり得ないことだと思ったアイゼーンは2つの可能性を考えた。
一つ目はマールーの調べが甘くて実際は何人も隠れている
二つ目はこの子自体が魔人。
確かに二つ目の考えならこのフレアを唱えられることに疑問は無い。
でも彼女は魔人に対してかなり恨みを持っている
だとしたら……
「とにかく非難よ!!」
唱えられる防御魔法ではとても防ぎきれると思わずとにかく複数唱えられる他の魔法に当たらないよう
瞬間の判断で各自がその場から散った。
しかし
「逃がしてたまるか!『スタティックインフェクト(静電気伝染)』」
ヴェスティの予想道理別の魔法を唱えた少女は
ただでさえ強力なフレアを唱えた上にさらに別の魔法を詠唱する考えられない行動と肩傷の痛みに
一瞬判断の遅れた騎士団の一人マールーはその魔法に当たってしまい激しい痺れに思わず足の動きを止めその場に倒れてしまった。
それと同時にまるでマールーに当たったと同様に同じ反応をする騎士団たち
標的を1つに絞ることで誘導性と持続力を高めさらに複数人に伝染させるスタティックインフェクトは
フレアを唱える彼女の格好の餌食となった。
「お前たちを倒したところで魔人に対する恨みは消えないが仲間であることには違いない」
静かな言葉の奥には彼女の魔人に対する強い恨みを感じ取れた。
……ここで死ぬのか?
身動きの取れない騎士団に徐々に一段階目が完成に近づくフレア
一定ごとに音を変えるその魔法は死への秒読みかのように恐怖心を煽った。
「何とかできないのか?」
もはや頼みの綱であるアイゼーンやヴェスティの魔法に頼るしかない男二人はそう訊いた。
しかし詠唱を唱えられたとしても痺れのせいで魔法は完成しないと言う
どうやら最後の時のようだ。
「何も反撃はしてこないのか…それなら遠慮なくやらせてもらおう」
詠唱の長いフレアを発動できる一段階目まで達した彼女は両手を相手に向ける。
「魔人の仲間である以上、私の仲間を殺した罪を永遠に償え」
こちらに向かってくるフレアは骨まで焼き尽くすような熱気と凄まじい轟音を立てていた。
誰もが諦めていたその時、あまりの轟音にはっきりとは聞こえない詠唱声が聞こえてきた。
「『ディザスターインターセプト(天災をも防ぐ防御)』」
白銀に輝くベールが騎士団たちを覆った。
覆われたみんなは暑さが和らぎ何事かと振り向くと少し前に誰もが目にした彼女だった。
「何っ!?私たちの唱えたフレアが防がれた…だと……」
フレアが跡形もなく消えてしまったことに唖然とする少女はしばらくその場に立ち尽くしていた。
「なになに、もうおしまい?」
ニコニコ笑いながら近づいてくる彼女、ミーレは体の回りを螺旋状のようにまわるシオラ石から膨大な魔力を生み出していた。魔人のことを恨むその少女はこの圧倒的な力を前に絶対的な答えを出した。
「貴様、魔人だな?」
そう訊きつつも手を忙しなく動かす。
「魔人? う~んそれはちょっと違うかなぁ」
その答えに何かを生み出す印を結んでいた手がぴたりと止まる
それから数秒の沈黙がその場を支配した。
「では何だというのだ? 人間がフレアを防げるほどの魔力を蓄えているとは思えないが」
「人間でもないかも?」
人差し指を下唇にあて軽く首をかしげるミーレ
またしても意外な答えに少しイライラを見せながらも魔人や人間でなければ何者なんだと
問うと分からないかなと苦笑いしながら頭を掻いた。
「ふざけるなっ私をおちょくっているのか!?自分が何者か分からないだと?記憶喪失で思い出せないというのならこの私が断定する!その圧倒的な力、お前は魔人以外の何者でもないと」
「えっとだから魔人じゃないって」
滴り落ちる水の音しか聞こえない静寂が再び訪れた。
それから今にでも感情が爆発しそうな少女はなんとか怒りを静めた後、名前を訊いた。
「私の名前はリエラ・フェイナだ。お前は?」
「ミーレ」
「下の名は?」
「無いよ?」
間髪入れずに交わす短い言葉はその少女にとっては1つの答えしか出てこなかった。
「下の名の無い者は魔人の証拠、たとえ記憶消失だとしても…いや、お前自身がそう言うのなら魔人以外の何者でもない」
またしても魔法を唱え始めるリエラはミーレを睨む
そんな睨まれているミーレは何も動作することなく魔法の完成を静かに待つ
「私に魔法は効かないって」
その言葉に対しての答えは魔法による攻撃だった。
「『フルメンレァーダス(氷に纏う雷撃)』」
先のとがったツララ状の氷は目で追うことが出来ないスピードで
サンダーとは比べ物にならないほど強力な雷を纏いミーレを襲った。
その魔法に対してミーレは防御をすることなく直接生身の体にその魔法を受けた。
「あの程度の魔法で魔人を倒せたとは思えないが直に受ければ確実にダメージは喰らっているはず」
爆風で舞い上がった煙から相手の位置が確認出来ないリエラだったが
冷静な判断をしながらも次の詠唱を始めた。
そして彼女の魔法がそろそろ完成するころに煙はほぼ消え去りそこには特にダメージを食らった様子も無いミーレが立っていた。
「MFって知ってる?」
ため息をつきながらもミーレはリエラに向かって話し始めた。
「誰もが備えている魔法障壁。さっきのあなたの魔法は防ぐどころか吸収したわ」
吸収したという言葉を聴いて騎士団の数人が声を上げた。
そしてありえないという表情をしながらもリエラが話す
「MFが吸収能力を持っているはずが無い。そんな話訊いたこともないぞ」
ミーレは頷きながらリエラに向かって歩き出す。
「そう。そこが人間でも魔人でもないって言った理由なんだけど……それにこの石は」
「そんな馬鹿な話があるはずない!『トゥルビネクレシェンテ(三日月の旋風)』」
ミーレの話をさえぎりながらも
風の圧縮で三日月の鋭利な刃を作りミーレに向けて飛ばすが当たる瞬間に打ち消されてしまった。
そして粒子のように散らばった魔力は確かに彼女の体内に吸収された。
その現象を目前で見せられたリエラは膝を地面に付かせ俯く
「そんなことが…あるはずない……」
そんなことを言うリエラの横を彼女は通り過ぎ扉へと向かう。
「あなたリエラって言ったよね?言っておくけどブレイクは魔人なんかじゃないから」
そう言葉を残し扉の奥へと消えていった。
「そんなことない…あいつが魔人じゃないなんて」
そう突然声音を変えたことに騎士団たちが驚きながらもつぶやくリエラに向かってダロットが話しかける
「あいつは魔人じゃない。そもそも魔人を倒すための武器を作るためにデュナメイスに向かったらしいかんな」
その言葉にハッと振り返るリエラは理解できないという表情をしていた。
そして霧のように徐々に物体化した少年が1人現れた。
「な、なんでだ?……さっき調べたときには全く気配が無かったのに」
マールーが思わず驚きの声を漏らす。
「互いに魔力を高めた結果、姿と気配を一時的に消す魔法を使うことができた。それだけだ」
リエラはそう言うと静かに魔法を唱えゆっくりと立ち上がる。
その間に少しずつ姿を現す子供たち、その数24人。
ありえないほどの数に頭を押さえるマールー
「キートン、確かにあの男が魔人なんだよね?」
姿を現した内の一人を呼び出し何やら話し始めた。
しかし、徐々に話していくうちにリエラが焦りだした。
「……………それは本当?」
「本当も何も全部お姉ちゃんが判断したことでしょ?てっきり僕たちはその人を倒せばいいのかと思ってたけど……結局違ったの?」
騎士団たちは何がなんだかよくわからなかったがどうやら解決したようでリエラがこっちに向いて歩きだした。
それから目の前まで行くと思いっきり深く頭を下げ謝ってきた。
「これでどうにかなるとはまったく思わないがせめて謝らせてくれ……私の勘違いだった」
「別に謝ることでもないわよ。勘違いなんて誰にでもあることでしょ?」
「んでも危うく殺されそうになったぜ?」
「馬鹿かダロット。今はそういうことを言う時じゃねーよ。別に気にする必要ないからな」
「そうね。この二人の話は特に意味の無い話だから」
「んだとぉおお!」
「そういう落ち着きのないところが」
またしても騒ぎ出す男二人にリエラはクスクスと笑った。
「あんたらは優しいな。人間が優しいことなんてとっくの前から知ってたことなのに……」
人間が~辺りからつぶやくような小さい声だったため聞き取れなかったが
ヴェスティが何かを思い出したように『あっ』と言うとまだ名前を訊いてないと言った。
「私はリエラだ。でさっき話していたこいつがキートン。キートンの後ろに隠れてるのがミゼルそのほかの子達はおいおい話すことにして、今はこんなところで話している暇は無いな。」
そうして騎士団たちはリエラを先頭にギフェアの居る部屋へと歩みを進めた。
歩き出して数分もしないうちにものすごい爆発音と大きな揺れがみんなを襲った。
「ちょっ!なによこれ……」
思わず声を上げたヴェスティの他みんながみんなあたりを見渡す
次にリエラが叫んだ。
「この地下通路が崩れる。みんな早くあの中に!!」
徐々に崩壊する地下通路に急いで建物の中に入った。
それから全く崩れが止まる気配を見せない地下水路はすっかり道をふさがれてしまったため
後戻りが出来なくなってしまった。
「一体なんだったんださっきの揺れは、この牢獄内から聞こえたものでもなさそうだったんだが」
悩むマールーに対しリエラが告げる。
「さっきの音と揺れの発生場所はエクスシア方面だ。何があったんだか」
この共鳴するような場所でだいたいだが方向を判断できたことに驚く騎士団たち
そんな騎士団たちを見て子供たちはお姉ちゃんは地獄耳だと教えてくれた。
「その言い方はやめてくれ。私は生まれつき遠い音が聞こえやすい体質なんだ」
そんな話をしながら進む牢獄は怪しすぎるほど誰一人として見かけることが無かった。
あまりに静かすぎる為みんなが用心しながら歩みを進める。
ある程度歩いた先に明らかに他と色が違い造りたての雰囲気を感じさせる部屋を見つけた。
そして固く閉ざされた扉に手をかけたがどうやら鍵がかかっていたようで開けることが出来なかった。
鍵が無ければ開かないとそれぞれ探そうとした時誰かの声が聞こえた。
「なっ!お前たちどこから着やがった!? というかお前らはあの男の仲間だな」
「さてはお前この部屋の鍵を持ってんだろ?」
さっそく武器を構えるダロットに相手はおどおどし始めた。
「さ、さあな。おいお前あいつらを呼んで来い。数ならこっちの方が多いはずだ!」
隣にいた仲間だと思われる人に話しかけた偉そうなやつはこちらの方を見てにやけていた。
「ふははは。これからお前らは他のものと同じようにこの牢獄に閉じ込められる運命なんだよ」
大声で話す偉そうなやつの後ろからさっきの仲間が声をかけた。
「あの、恐れ入りますがルプッシュ・サフォーネス様。手が空いている者をヴェセア城に向かわせたため、私しかこの場所にはいません」
その言葉に徐々に顔を真っ青にするルプッシュだった。