第三十一章 背水の陣
―――――――――――ガダルナ地方・ヴェセア城―――――――――――
「レクセル、なんか大変なことになってきやがったな」
救援要請に目を通していたレクセルに向かってダロットが元気に話しかけた。
その元気さの理由は刺客以来、久しぶりに暴れられるからであり先程から大剣をブンブン振り回している。
「嘘ではなさそうだ。助けに行くか」
「でも城を空けるわけには……」
そういいだしたのはキューラだった。
となりにはタミンもいて小動物のパピルピを抱いている
「確かに騎士団全員で行動するのは不味いな。何人かに分かれよう」
レクセルがそう言った途端ダロットが「俺を連れてかないなら勝手に行動するからな」と言いだし
さらに勢いよく大剣を振り回す。なんかその勢いで空に飛んでいきそうだ。
そしてダロットは救出メンバーに加わり。そのほかにマールーやヴェスティ、アイゼーンが行くことになった。
残りはレクセルを含めたタミン、キューラ、ピロクの4人。
「よしっ!決まったな。んじゃ俺たちは行ってくるから留守番頼んだぜっ!!」
ダロットは大剣を肩に担ぐと上機嫌に部屋から出て行った。
「新しい出会いとかないかしらね」
「今はそういうときじゃないでしょうヴェスティ」
何かに期待するヴェスティにアイゼーンが冷静に返す。
そして参加しなくて心底ホッとしているピロクをみてヴェスティが一言
「私たちがいないことを良いことに城にこわーい敵が襲ってくるかもよ?」
「えぇ!?そ、それは困ります!」
ヴェスティのからかうような笑顔にため息が出るアイゼーンだった。
そして城から4人が出て行った後、数分してマールーだけが戻ってきた。
「何かあったのかマールー」
「客だ。客が来ている。俺は見たことないから知らないが、お前なら知っているだろうと思って」
そうして後からついてきたその女の子は、まえにブレイクと一緒にいたあの子だった。
あの時、ギフェア隊長と一緒に押し掛けた家の子だったと思う。
「こんにちは。…えっと、ブレイクはいませんか?」
頭を下げてきたその子はミーレという子でここで話すのもなんだと思ったレクセルは応接間に案内した。
「それでブレイクさんに何の用で?」
「はい。実は最近家に帰ってこないんです。朝昼晩とご飯を作って…あ、もちろん裸エプロンで、それで帰りを待っているんですけど連絡もくれないんです…シクシク……こんな可愛い女の子をまったくいつまで待たせる気なんですかって。この気持わかりますよね?」
この気持わかるかって言われても
ここは相談所じゃないんだけどな……
確かにしばらくこの城にいたり地方に出かけたりしてるけど
なかなか帰る暇が無かったのはしょうがない。
連絡をする暇はあったかもしれないけど……
今すぐには無理だが戻ってきたら伝えとくということを話したらその少女は
どこに行ったか場所を教えてくれれば私が直接会いに行きますと言い出した。
「さすがにそれは……」
「何か極秘な事とかしてるんですか?」
別にそういうわけでもないが向こうには姫様もいる。
もしミーレさんが直接会いにでも行ったら姫様の嫉妬で大変恐ろしいことになりかねない。
「いや、もしそこに行かれますと修r…いや、とても迷惑になってしまう恐れがあるのです」
「迷惑? 私はブレイクの足を引っ張るほど弱くは無いわ」
「えっと…別にそういうことを言っているわけではなくてですね……」
参ったな、この状況をどう対処すればいいのか……
むしろ、こうなったらブレイクさんに任せてしまおうか
予想する限り何かいやな予感がするけど
「…ブレイクさんはデュナメイス国のヘゼラル地方に行きました。もし向かうのであれば道中のモンスターには気をつけてください」
「ありがとうございます♪」
そういってソファーから立ち上がると応接間から出て行ってしまった。
「ブレイクさんどうかご無事で……」
―――――――――――マロハス地方・イスナル城――――――――――――
「魔法陣が発動しました!あの大人数だと突破されるまで5分もつかどうか……」
ジェミラスがそう言うとユーマがユユンをお姫様抱っこし、ほかの2人に声をかけ一斉に城壁に向かった。
本当にうまくいくのだろうか?そもそもこの作戦は不確かな事が多く、とても危険だった。
まず、作戦会議の時にロッチェさんは、あいつらは操られていると言いだした。
二つの地域の仲を考えて、いきなり攻めてくるなんてありえないということだそうだ。
確かにそうかもしれないけど、話を聞いただけでそう判断してしまっていいのか?
それにもともとあの地域には5万どころか1万も人がいなくて
一日程度でそんな大人数の兵を集めるのはほぼ不可能。
そして、もし操られているならユユンさんが忘却の魔法オブリビオンを使い効果範囲は数人程度なのでそこでアラスさんの強化魔法フィルマで範囲系に変えてその場にいる兵全員にかければ上手くいくそうで
そのためには城壁の上から兵を見下ろす形で魔法を唱えないと意味が無くなってしまうからそこまで移動することになったけど、相手を城壁にあたらせてから移動しないと気付かれてしまい攻撃をくらってしまう。
あの人数なら城壁の耐久時間は5分程度
正門の城壁に辿り着くにはラファーガを使えば2分程度で間に合う
でも、それだと向こうについてからの詠唱で3分では魔法が完成しない
そもそも強化した魔法+魔力の高い魔法は10分くらいの時間がどうしてもかかってしまう。
そこで、詠唱しながらの移動をすることになった。
しかし、ラファーガを使いながらの詠唱は魔法の質を下げ、相手にかかる確率が大幅に下がってしまう
そのためユーマさんが抱えて持っていくことになり、詠唱するに良い体勢はお姫様抱っこが一番だということになりお姫様抱っこをすることになったけどそのときのユユンさんの顔はとても紅かった。
「お、お姫様抱っこ!?そそそんなの無理に決まってるじゃない!!バカじゃないの!!」
当然こうなるだろうと予想していたいつになく真剣なユーマが
「それ以外に方法が無い。死ぬよりはマシだと思うけど?」
返す言葉が見つからないユユンは顔全体を紅く染めたまま
「だったらアラスに負ぶってもらうわよ、さすがにユーマには迷惑かけたくないし」
「俺っ!? なんで俺なんだよ、ユーマでいいだろユーマで……っておい!ロッチェ!なんでため息ついてんだよユーマもせっかく決まったってのに、とりあえずユーマで決定だからな」
そんな出来事があって現在に至ります。
時間はすでに1分が過ぎ、城壁が壊されることはないが、魔法が失敗してしまったら
一応姫様には頼んである例の魔法を使わなければならなくなる、でもなるべく使ってほしくはない
命を削り発動する魔法、ウィータモデラートは膨大な魔力とともに自分の命をささげ敵を抹殺する魔法
その他に操りの効果を解いたりする効果もあり悪い行いをしたものに死を操られている者に正気を与える。
強力かつ最強の魔法でもあるけれど自分自身の負担が大きいため何度も使ったりすれば死んでしまう。
「上手くいきますよ。彼らを信じましょう」
となりにいたキルファが剣を身に着けながら言った。
そしてジェミラスの目線に気づいたのか、
「もしものことがあれば出撃するのですよ」と剣に目をおとしながらそう答えた。
「失敗すれば姫様に迷惑をかけてしまう。かといって今の私たちの戦力では敵う相手ではない……これほど無力で情けない副官がいますでしょうか?これではウェズペス将軍に顔向けできません」
「そんなことはありません。ジェミラス隊長がいなければ今頃この城の兵たちはパニックでした。もし、間違っていたとしてもそれはジェミラス隊長のせいではありませんよ。自分に自信を持ってください!」
「キルファに励まされてしまうとは……私もまだまだですね。確かに今できることを全力でやれば必ずいい戦果がでるはず」
ジェミラスとキルファは姫様の部屋へ向かった。
姫様の部屋は、最上階の一番奥の部屋、扉の前まで行くとその扉の隙間からは魔力が漏れ出していた。
「ジェミラス隊長!姫様がっ!」
「落ち着いてください。まだ大丈夫です、命が削られる判定は発動時。魔法さえ使わなければどうということはありませんよ」
キルファは安堵したのか深い息を吐く。
今の状態で自分たちの声が届くかはわからないが話しかけるだけ話し
手伝えることがあるなら姫様の答えに全力で答える
そう考えていたジェラミスだったが2人の声は届かなかった……
――――――――イスナル城・城壁通路――――――――
「おい、ロッチェ!本当に操られてるんだろうな!?」
「わからない。これは賭けでもあるんだ!失敗すれば死ぬ可能性もある」
「そうですよアラス。それに助けてもらった恩は必ず返さないとなりません」
「だからって、せっかく助かったのにこれは無いだろ~」
アラスたちは全力疾走で通路を駆け抜けていく、
集中を途切れさせずに詠唱しているユユンの魔法はすでに10分の7は完成していた。
あとは移動中に何も無ければ……それと相手にちゃんと効果が出るか……。
「もうすぐ門の真上だ!詠唱は終わったか!?」
「焦ると支障が出ますよアラス。詠唱の完成は向こうに着いてからです」
いつになく焦るアラスを落ち着かせるように言い聞かせどうにか落ち着いたようだった。
アラスにはそういったが自分だって正直焦っている。
せっかく助かった命、でもだからといって迷いは無かった。
危機に陥っている人が……いや、命の恩人が困っているのに見ているだけだなんて無理だ。
それからアラスたちは門の真上について敵を見下ろす形で城壁の窓から身を乗り出した。
体中から魔力があふれ出ているユユンを静かに下ろし敵に向けて立たせる。
「これであとは完成を待つだけですね」
「間に合わなかったらどうするんだ?」
「逃げるんですか?」
「い、いや…そういうわけじゃねぇけど……あぁもう!やってやりゃぁ良いんだろ?戦ってやるよ!!」
踏ん切りがついたのか既に抜剣したアラスに
失敗したわけじゃないんだから早まるなとユーマが声をかけるが聞こえていないようだった。
「そろそろ完成するか?」
魔法のスペルが理解できないアラスは詠唱の終わりがわからず
いつ終わるのか心配し始めた。
そろそろ魔方陣が壊れる。
徐々にひびが入り始めている魔方陣は青色から赤色に変化し始め限界を示していた。
1分もつかもたないか……
しかし残り1分くらいだと予想していたユーマは想定外の事態が起きたことにさすがに焦った。
「魔方陣が壊れた!?」
先程から剣などで攻撃されていた魔方陣に、自分が飲み込まれるんじゃないかというくらい巨大な炎の玉が衝突し跡形も無く魔方陣は消滅し、あまりの衝撃に転びそうになってしまった。
「おいおい!100人程度が唱えたくらいじゃ、あんな魔法は発動しないぞ」
「そんなことより城に入れさせないために俺たちで何とかしないと!!」
ロッチェが一人で先に城壁から飛び降りた。
「魔法が完成するまで持ちこたえろってか?……へへ、いいだろうやってやるよ!」
次にアラスそしてユーマが城壁から飛び降り戦闘を開始した。
―――――――――イスナル城・城壁周辺――――――――――
「げっ!やっぱトロールがいやがる……あいつ防御かてぇから苦手なんだよなぁ」
「さすがにあの門番よりかは弱いでしょうし私たちも回復は済ませましたからどうにかなるでしょう」
毛むくじゃらで20mの巨体を誇るトロール。その巨体ゆえに防御力攻撃力ともに凄まじく、倒すのに時間がかかり、
攻撃を受けてしまえば防御魔法を唱えていても骨にひびが入る可能性がある。
しかし、動きが鈍く俊敏さに長けている者にとって恐れることは無い。
アラスたちが戦っているトロールは片手に棍棒を持っていないため下級モンスターである。
トロールには、ギガトロール、テラトロールとさらに恐ろしく巨大なモンスターがいるため苦手意識を持つ者が多い。
ちなみにギガは片手に棍棒を持ち、テラは両手に棍棒を持ったうえに魔法まで使ってくる。
「よしっ!『ラファーガ(加速)』」
アラスたちの素早さにトロールはたちまち立ち往生してしまい攻撃も当たらずに空ぶってしまう。
それからロッチェが体制を崩したトロールに岩系の魔法を唱え完全にバランスを崩し転倒させることに成功した。
転倒してしまえばやられる心配は無くなる。倒れると立つことに頭がいっぱいになってしまって攻撃することを忘れてしまう馬鹿なモンスターでもある。
「俺はあっちの兵士たちを倒すから、ユーマとロッチェは向こうを任せた!」
「わかった! それからアラス、さっき剣を交えたときに気づいたんだが、みんな目が虚ろだ。これは操られていると判断して殺すのはやめたほうがいい」
「了解!」
それからしばらくたち魔法が完成している時間はとっくに過ぎているのにもかかわらず
忘却の魔法が発動することは無かった。
「なんかおかしくないか? ユユン大丈夫か」
「確かにおかしいですね」
「アラス、ちょっと様子を見てきてくれ」
「はぁ?ロッチェが行ってこいって」
「俺にはそういう役目は向いてないからな。適任者のアラスがいて助かった」
「お前何を…?」
「これだから鈍い男は困りますね」
「そうだな、ユユンも苦労してるだろう、こんな男が相手じゃ……」
「何言ってんだお前ら?」
ロッチェとユーマが揃ってため息をつく
「まぁとりあえず行ってあげてください、ここは私たちに任せて」
「……なんだかよくわかんねぇけどわかった」
「だいぶショックを受けてるはずですから優しくお願いしますね」
言っている意味が分からず首をかしげたが
すぐにトロールを踏み台にして城壁の上に戻ったアラスはユユンがいた場所に戻った。
しかしそこにいたのはユユンではなく見知らぬ男が立っていた。
「……誰だお前? ってかここに女の子がいなかったか?」
「ここに女の子?…あぁ、この子のことか?」
そういって男がどいた場所にはユユンが倒れていた。
「ユユン!?」
ユユンに駆け寄り声をかけたが返事が無かった。
「お前ユユンに何をした!!」
「ん?……そりゃ厄介な魔法を唱えようとしていたし。邪魔だったから喋らせなくしてやった」
無表情で言葉を返された。
その男は方眼を覆うほど長い銀髪をしていて上も下も青黒い色の清楚な紳士服を着ていた。
「喋れなく? どういうことだ……殺したんじゃないのか?」
「……う~ん。あ、そっちの方が面白くなりそうだ」
「小さくて良く聞こえねぇよ!何をごちゃごちゃ言ってんだっ!!」
「人間ってのは弱い生き物だよな~とでも言っておくか」
「やっぱりお前……ふざけんなよ……」
「なに?あれ…もしかして怒っちゃった?女なんかそこらへんの町でもあるいてりゃほいほい居るだろ?」
「そんなんじゃねぇんだよ…ユユンは俺の大切な仲間なんだ。ユユンじゃなきゃダメなんだ!」
「大切な仲間? ハハハッ。笑っちゃうねぇ。その大切な仲間をほっといてどっか行ってたやつなんかに言われたかないよなじょーちゃん?」
銀髪の男はユユンに近寄り触ろうと屈み手を伸ばした。
「触るな!触ったら殺す!!」
「殺せるものなら殺してもらいたいもんだ。まぁ俺に勝負を挑んだところで魔方陣の時のように魔法で消し去ってやるがな」
「もしかしてあの時、魔方陣を消滅させたのも」
その男は自慢げに片手を見て話し始めた。
「その通り。俺が様子を見に着てみれば、なんか手間取ってるみたいだったから、ちょっとだけ加勢してやろうと思って魔法をぶっ放してやった」
「お前……あの魔法のせいで無関係な人たちがたくさん死んだんだぞ!」
「確かに無駄に兵を削ってしまったことに対してはギーヴァ様も不満を抱くだろうね。正直不満を抱く理由が俺には分からないんだけど…まぁそれはおいおいギーヴァ様に理解してもらいたいものだ。雑魚が吹っ飛ぶ光景は爽快だとね。しかもそれで、なんだかんだ城壁も突破できただろ?それと既に妨害したが、なんか気配を探られるような胸糞悪い魔法を使ってる奴もどっかに居るみたいだったし」
「……てめぇ。お前は今ここで殺す!」
「殺す殺すうるさいな。まぁ俺と戦うなら遺書でも書いとけ、それぐらいの時間はやるから」
にんまりと笑うその男は宙に浮かびながら腕をついて寝そべった
「調子に乗りやがって!!」
そういって駆け出したアラスに声がかかった。
「やめろアラス!そいつは魔人だ、お前のかなう相手じゃない!!」
「くっ!……でも、こいつはユユンを殺したんだぞ!」
「アハハ。面白いなお前!なんか気に入ったから命だけは助けてやる」
そういうと魔人は煙のように空気に溶け込んだ。
「待てよ!……くそっ!!なんで…なんでなんだよ!!ユユンが死ななきゃいけない理由なんて無いだろ」
「アラス……もうユユンは………」
そうアラスに声をかけたユーマのもとにロッチェがきた。
「俺一人に任せるなよな!勝手に移動しないで一声かけて……ってみんなどうしたんだ?」
ロッチェは倒れているユユンを目の当たりにした。
そしてその場の空気を読み一体どうなっているのかを把握した。
「マジかよ……ここなら安全だと思ってたのに」
「ユユンの死はもうどうすることもできない、今の現状をジェラミスさんたちに伝えに行かなければなりません」
この作戦は失敗した。
みんながそう思っていたそのとき何かが体の中を駆け巡った。
「っ!な、なんだこれ……気持ち悪っ!」
アラスたちは、まるで誰かにすべてを見られているようなそんな気がした。
―――――――――イスナル城・エフィア姫の部屋――――――――――
アラスが魔人と会っているくらいのときエフィア姫の詠唱はほぼ完成していた。
「やっぱり聞こえませんでしたか」
「ジェラミス隊長!扉が」
キルファが指をさしているほうを見ると扉が勝手に開き始めた。
中に入っていいか戸惑っているとテレパシーのような力で姫様が話しかけてきて部屋の中に入れられた。
「これが、姫様の部屋……」
どこを見渡しても熊やウサギなど、動物の人形ばかり
と、ファンシー色あふれる部屋に見えたが一本の剣が飾られていた。
あの形状はおそらくファルシオン。でもなぜこんなところに……護身用だろうか?
そして部屋の中央にいたエフィア姫は人形に囲まれるように女の子座りで詠唱をしていた。
体からあふれ出す魔力は見たことの無いほど溢れ出し人形の中に入り込んでいる。
そんな光景を見ていたジェミラスとキルファは頭の中で直接話しかけられるように姫様の声が聞こえ
エフィア姫に目を向けた。
(詠唱中に話すと精度が落ちてしまいますが、どうしても伝えておきたいことがありまして)
言葉を聞き取ることはできたがその声はすでに弱弱しくなっていた。
ジェミラスは命が削られる判定が発動時のみということは知っていたが
唱えるだけでそこまで精神をすり減らさなければならないとは知らなかった。
(私の予知が誰かに邪魔をされているみたいで先を見通すことができないのです。しかし、今までこんなことは一度もありませんでした。あの軍の中に邪魔をする強力な魔法を唱えている者がいるか、或いは考えられないことですが、城壁内に魔人がいるか……おそらくあの少年たちの作戦は失敗してしまうでしょう。もう少し早くわかればどうにかなったかもしれませんが、タイミングが悪すぎました。もうすぐあの軍はこの城の中に攻めて来るでしょう、そして私は姫である立場ゆえ、みなさんの命を守らなければなりません。普通は守られる立場かもしれませんが、この魔法を使わなければ、たくさんの死者がでてしまいます。そして今まで誰にも言いませんでしたが、この魔法を使えば……私はこの世から消え去るでしょう)
「この世から消え去る?……何を言っているんですか姫様!私たちは姫様を守るためだけに居るようなものです。それが勝手に死なれてもらっては困ります。私は全力で守りますよ!だから」
(ジェミラス、もういいのです。それにさすがに消え去るというのは嘘が過ぎました…ふふっ。しかしそれでも魔法は使いますよ)
このとき2人は初めて姫様の笑い声を聞いたのだが全く頭に入ってこなかった。
ジェラミスは姫様が私たちに心配かけないように言っているんじゃないかと思ったから
冗談とは到底思えなかったからだろう。
(それでジェラミス、キルファ。2人に頼みたいことがあるのです)
その言葉に反応した2人は姫様のためならなんでもいたします、と胸に手を当て頭を下げた。
(今からあなたたち2人には城の中に敵兵が入ってこないように守ってもらいます。おそらく信じられないほどの兵が攻めてくるでしょう。でも安心してください、インヴィクタという魔法をかけておきます。自分を信じて戦えば死ぬことはありません。私が保証します)
「約束ですよ姫様。絶対に死なないと約束ですよ?」
(そんなに心配しなくても大丈夫ですよキルファ。それともフラグを立たせたいのですか?)
「フラグ? 旗?それはどういう意味でしょうか?」
(あ、この世界の言葉ではありませんでしたね、気にしないでください。……さぁ、そろそろ行ってください。あなたたちに天からのご加護がありますように……インヴィクタ)
「っ! か、からだが勝手に……姫様!?」
(結局、私は誰かに守られなければ何もできないのですね。……頼みましたよジェミラス、キーファ)
強制的に部屋から出されると扉は固く閉ざされてしまった。
「ジェミラス隊長!あの数…とても2人じゃ相手にできません」
「暇様を信じるしかありません。加護の魔法がある限り死ぬことは無いのですから」
あの軍勢は1つの門に向かって走ってきていた。
他のところから登って侵入しようだとか考えないところを見ると、
やはり操られているとジェミラスは少しホッとしていた。
それにバラバラに分かれていれば2人じゃどうにもならなかっただろうから。
かと言ってあの軍勢が勢い任せに突っ込みでもしたらひとたまりもないだろう
でも姫様の魔法があるなら心配は要らない
走って城の門に向かいながらそんなことを考えていた。
――――――――イスナル城・大正門―――――――――
「あの魔法、一体どういう効果があるんですかね?」
「自分を信じれば死ぬことは無いといってましたし無敵にでもなれるんじゃないでしょうか?」
「まさか。僕の場合はこの戦いに死力を尽くし、死んでも構わないという覚悟でここにいます」
「その覚悟さえあればどんな危機でも超えられそうです」
2人で門の前に立ち走ってくる兵に武器を構える。
既に操られていることが解っているため、殺さずに気絶させようと剣に電気を纏わせる。
「雷の魔法剣なら気絶くらいはしますよね?」
「いい考えです。私もそうしましょう」
あっという間に目の前まで来ていた軍勢に少しひるみながらもキルファは雷魔法で牽制する
それにあわせジェミラスも雷魔法を唱える。
しかし、その雷から逃れた兵士たちが門を突破しようと向かってきた。
刃の部分では攻撃せずに纏わせた雷を当て気絶させることに成功したジェミラスは次の相手に目を向け剣を振りかざした。そのとき、キルファが敵兵の剣を弾き飛ばしてしまい飛んできた剣がジェミラスに向かって飛んできた。
「ジェミラス隊長!!」
そう叫んだがジェミラスは攻撃態勢から身を守ることができず歯を食いしばった。
しかし、その剣はまるで何かに弾かれるようにジェミラスを剣から守った。
「これは一体……?」
「申し訳ありません!!大丈夫でしたか!?」
「私は大丈夫です。それにキルファのせいではありません……しかし、いや、もしやこれは姫様の魔法?」
口は動かすも体は止めず絶えず剣を振っていた2人は敵が押しかけてきても倒れず微動だにせず
まるで地面に根を張った木のように動かなかった。
「これの防御、魔法まで防いでくれますよ?……一体、エフィア姫は何者なんでしょうか」
2人がエフィア姫のことについて考えているといきなり何かが体の中を駆け巡った。
「な、何ですかこれは!? 力が…抜け……る……」
剣を持つのがつらくなるほどそして立っていることも困難になってしまった2人はその場に倒れた。
――――――――イスナル城・エフィア姫の部屋――――――――
「はぁ…はぁ…。なんとか…唱えられましたか……」
部屋の中央、人形に囲まれながら汗だくになってエフィア姫は倒れていた。
体が焼けるように熱く、息をするのが辛い状態で、もはや動くことはできなかった。
だいぶ前から救援要請が出回っていることを知っていたエフィア姫は、効果範囲を最大まで上げマロハスとアルタンテ地方にも魔法をかけた。
「少し…無理を…し過ぎましたか……」
もはや動けば体が裂けるような痛みに襲われるが
それでも構わずやっとの思いで立ち上がると、飾ってあるひとつの剣の場所まで移動した。
「せめて…完全に消えて…しまうまえに……私という…存在が…残せれ…ば……」
自分自身の魔力を使い果たした上にさらに魔法を使おうとすると、命を代償に魔法を唱えることとなり
その命をも使い果たした場合、体はこの世に残らず蒸発してしまう。
「あと…少し……で…届……あっ」
しかしエフィア姫は悲しむ顔はさせたくないと精霊となり剣に宿ろうとした。
そうすれば姿は見えなくともまた会うことはできたから
だが、もともと剣に宿るには魔力が必要であり
魔力おろか命まですり減らしたエフィア姫が精霊となるには無理があった。
そして剣を掴むあと少しのところで体制を崩し倒れてしまった。
「ジェ…ミラス……キ…ファ……ごめん…なさ……い………こんな…私……を…許して…くだ…さ…」
結局剣を掴むことができなかったエフィア姫はそのまま意識を失ってしまった。
しかし、そんなエフィア姫のおかげでマロハスとアルタンテ地方の操り兵は動きを止め
無駄な争いをせずに済んだのであった。
それからどのくらいの時間が経過したか
エフィア姫の部屋に誰かが訪れた。
「あらら~こんなんになっちゃって
……そんな思い残したような顔でこの世から消えちゃうとか見過ごすわけにはいかないじゃない」
エフィア姫に近寄ると額の汗を拭ってあげて楽な体制に変えさせた。
「……今回、がんばったあなたにご褒美っていうことで力を貸すけど、というかこの子ちゃんと聞いてるかしらね……んまぁ、もう二度とこんな無茶はしないようにね♪ 私だってこれ使うのすっごく疲れるんだからっ!それに、こんなところをもし見られでもしたら神羅書に反した罪で殺されちゃうかもしれないし、それにそれに」
その後、さんざん愚痴をわーわー言ったその人は
手のひらサイズだったお気に入りのアクセサリーを一振りで自分の背丈ほどに変え
長い詠唱をした後その場から消え去った。