第三十章 フランベルジェの精霊
―――――フェオルト地方・プレンポワレス――――
「ちょ…おい!エクシアっ!?」
「なんれすかぁブレイクさまぁ~」
俺は今なぜかエクシアによってベッドに押し倒されていた
いや、なぜかというのはおかしいか……
「もう早く寝ろって!あんなに大量の酒をのんじゃまずいだろ」
あれは致死量だったぞ……
「らってしららかったんらもん。それよりもぉ~おやすみのチューしてぇ~」
完璧に酔ってるよ。
……思えば、泊まった宿の夕食にギフェアの飲む酒と
エクシアの飲むミチャンドリンクが入れ替わってしまってたことによる事故だ。
ギフェアは普通の人よりも酒に強く今日は普段より強いアルコールの入った……まぁアルコール度数の高いやつ(ギフェアが言うに70とか、とりあえず世界が違うにしても度数の言い方は同じなのだろう……たぶん)みたいなものを水割りで頼んだものだ。
色が似ているせいでたまたま店員が間違えたのだろう。
エクシアはミチャンドリンクだと勘違いをして一気に飲み干してしまった。
正直、あんなに一気に飲んで今現在無事でいられるのが驚きだ。
もともと酒には強い体質なのかもしれないけど……
「なにが、チューだ!するかそんなもん」
「んふっ…もうっ♪ てれらさんらんらからぁ~」
おもむろに手を動かすと光のロープを出現させて巧みにブレイクを拘束する。
「っ!?なんだこれ!!」
「つ・か・ま・え・ら♪」
「つかまえら、じゃねぇーよ!どうすんだよこれ、ちっとも体が動かねーし」
1ミリたりとも微動だにしないロープそしてゆっくりとおぼつかない足取りで近寄ってくるエクシア
こんなところをもし、もしもアイシェス姫に見られたりでもしたら。
――――――なるべく平穏な夜を過ごしたい。
「そこれしるかにしていてくららいねぇ~」
「おいおい脱ぐなっ脱ぐなって!!何やってんだよお前はっ!」
「なにをやってるからんてわかりきってることをきいらうなんてぇ~わらしをさそっれるらけれすよぉ~」
今現在ネグリジェを脱ぎ終わりそうなエクシアを見させられる俺
幸いにも上下ともに下着は付けていたからいいものの、それでもこれは相当やばいっ!
付き合いの無い健全な男子が見て普通でいられるとかありえない!
「いくらなんでも今じゃなくてもいいだろ…な?とりあえずまた日を改めてだなぁ……」
「えいっ♪」
俺の来ているガウンの紐をほどきベッドへと誘導したエリシアは満足そうな顔を浮かべて布団に入ってきた。
「やっやめろ!!勝手に入ってくるなっ!!」
――――しかし動くことは出来ない。
エリシアはアイシェス姫やシルクシャシャ姫と比べれば肌のハリ、肉付きが良く胸も大きかったりする。
そのせいで生肌同士が触れ合うと思考が停止しそうになる。
もういっそのこと意識が飛んでしまえばいろんな意味で辛い思いをしなくても済むのでは?
と考えたけど意識を飛ばす方法が分からない。
お、俺はなんてバカなんだ……平穏な夜を過ごしたいんじゃなかったのかっ!
願いかなわず怒ることもできず、されるがままに……
「ふふふっ。るいぶんびんらんなのれすねぇ」
人差し指で胸から腹へとゆっくりなぞりながら耳元で話しかけてくる。
この先どうなるか、酔ってる勢いだと……。んでもってこのままだと理性が……
「も、もういいだろ?今日はもう終わりだ、お前もこんなことはしたくないはずだろ?」
「さぁ、つきましらよぉ~」
―――ごくり。 ど、どこに?
ゆっくりと冷たく細い手が潜り込んでくる
「ブレイク様の「ブレイクさん?まだ起きていらっしゃいますか?」」
この声はっ!? アイシェス姫!!
頭の中で何回もヤバイという言葉がリピートされ変な汗が出てきた。
さよなら平穏な夜。そして…俺。
エリシアはふらっと布団から出て部屋の扉へと向かっていった。
とりあえず一緒にいるところを見られるという最悪な事態は免れたことにホッとするブレイクだったが、光のロープは解かれなかった。
「なんのようれすかぁ?」
「えっ!?エリシアさん?……あ、酔いの方は……まだ醒めてないようですね。早くお休みになったほうが良いと思いますよ」
「わかりましらぁ~」
よーし、この間に隠れておかないとややこしいことになるぞ……
「って、こんなところで寝ないでください、風邪ひきますよ?ってもう聴こえてませんね。しょうがありません部屋に運びましょう」
……なに?……部屋に運ぶ…だと?
せっかく落ち着いてきた俺の鼓動がまたけたたましく鳴り出した。
ゆっくりと近づいてくるアイシェス姫にロープで拘束されているせいでどうすることもできない俺、このままだとこの状態を見てなんて言われるか……
そんなことを考えているうちにアイシェス姫はすぐそこまで来ていた。
「ちゃんとベッドに寝てくださいね。それでブレイ………………ぁ……………クさんは見当たりませんね。どこに行かれたのでしょう」
『ぁ』とか言って一瞬固まったぞ……
俺に目を合わせて固まったぞ、しかも何も見なかったことにしようとゆっくり目を逸らした。
「次にブレイクさんに会ったときは一体どこにいたのか、何をしていたのか、きっちりみっちり話し合わないとなりませんね。場合によっては……いや、今はとりあえず探しに行きませんと」
『どこにいたのか、何をしていたのか、きっちりみっちり話し合わないとなりませんね』
この部分、なんかものすごい強調して言われたんだけど……
しかも、場合によっては……ってなんだよ。
この状態はその『場合によっては』じゃないのか?
すでにアイシェス姫の姿は見えないが、まったく眠れずにいたブレイクであった。
「おはようブレイク、昨日はよく眠れたか?」
朝からギフェアさんの笑顔が眩しい。
正直まったく眠れなかったけど、よく眠れたと言った。
しかし俺に対してかぶり気味に声が聞こえた。
「それはほんとーですか?部屋にはいらっしゃらなかったようでしたけど?……もしかして私の目には見えなかっただけで部屋にはいらしたのでしょうか?」
……姫様、ジト目でこっちを見ないでください。
おぞましいオーラを感じます。
危険なアイシェス姫に対してエクシアはまるで昨日の出来事を綺麗サッパリ忘れているのだろうか
ニコニコしながら朝食を食べていた。そしてあんまりにも痛いジト目から逃れる為、と機嫌が良さそうだから気になったという理由でブレイクはエクシアに話しかけてしまった。
それは地雷原で走り回るのと同じ状況だということに気付いたのはそれほど遅くなかった。
「なぁ、なんでエクシアはそんなに笑顔なんだ?何かいいことでもあったのか?」
「もちろんありましたよぉ~。実は昨日の夢で」
その話の内容は、俺とエクシアが夫婦で子供二人と家族として暮らしているというアイシェス姫にとっては最大級の地雷話だった。
昨日、実際にあった事と比べればかなり緩和しているけど
今のアイシェス姫にこの話は火に油だ。
まわりの空気がさらに重くなり、アイシェス姫は食べるとき以外は俺の方をジィィ~っと見てくるし
ギフェアさんは愛想笑い浮かべながら食器片づけにどっか行っちゃったし
そんな空気に全く気付かないエクシアはまだ話してるし
「なぁ、その話はもういいから。これからのことを…」
これからが良いところなんですからっ!と自慢げに話すエクシアに俺はどうすることもできずに
アイシェス姫に目を向けると、頬を膨らませながら目元がきらりと光っていた。
さすがに我慢できなくなった俺はアイシェス姫の手を引っ張ってその場からそそくさと立ち去った。
それからしばらく歩いて遠くまで来たけど、アイシェス姫は嫌がる素振りもしなければ何も話してこなかった。
「えっと、アイシェス姫、これには訳があるんです」
振り返るとアイシェス姫はまだ頬を膨らませていた。
「言い訳は聞きたくありません。……でも、ど、どうしても聞いてほしいのなら、私のことをティ、ティーナと呼んで抱きしめてください!…そして…できるなら…その…キスを……」
「アイシェス姫、さすがに抱きしめるというのはちょっと…それに最後の方なんて言ってたんですか?うまく聞き取れなかったんですけど……」
アイシェス姫は顔を真っ赤にしながらとにかくティーナと呼んでくれないなら私は何も聞きませんと見つめられたまま何も言わずに黙ってしまった。
「昨日のあの出来事は酔ったエクシアを寝かしつけようとしたら起きました。いきなり光のロープで縛られてしまい全く身動きが取れなくなってしまったんです。ティーナ姫をだまそうとかそういう考えはこれっぽっちもありません」
人差し指と親指をくっつけて全くないことを表現した。
それからアイシェス姫は疑うようにしばらく目を細めてそれから抱きついてきた。
「その…少し前から気になっていたのですが、丁寧な言葉で話さなくてもいいのですよ?」
「反省している。ということを伝えようとしたらいつの間にかそうなっていて」
「でしたら、今後2人の時はそういうことがないようにお願いしますね」
顔を上に向けてにっこりとほほ笑んだアイシェス姫は癒しそのものであった。
「疲れは取れましたか?」
宿を出るときホテルマンから笑顔で言われたブレイクはたいして疲れは取れてはいなかった。
しかしとれてないなんて言えっこないブレイクはなるべく笑顔で「はい」と答えた
「これからムスラム地方に行くんだが、タイアルク地方を経由してでいいよな」
緑道を歩く途中ギフェアがそう訊いてきた。
「もしかして歩きで行くのですか?」
少し嫌そうな顔でアイシェス姫が答える。
「さすがに歩きじゃ遠すぎるのでクライムを借りていこうかと」
確かにそれならと思っていたけど、またしてもアイシェス姫の様子がおかしい。
もじもじしながら何か言いたそうなようにみえた。
どうしたのかと訊くとあの生き物に乗るとお尻が痛くなるらしく
言葉では言わなかったけど、頬を染めながらお尻に触れた。
ギフェアさんが笑いながらクライムの手段をやめて船で移動しようと言いだし船で移動となった。
――――――――――ルゾ豪華客船――――――――――
リズマーキィを借りての移動は貸出所が近くになかったから無理で…
……リズマーキィ、そういえばシルクシャシャはどうしてんだか。
どこにいるかわからないけど、俺を探しているのだろうか?
あいつのことだ今頃ヴェセア城でギャーギャー騒いでそうだな。
一時期、姫様護衛隊とかいう奴らに城に連れ戻されたとか聞いたけど
シルクシャシャの事だしすぐに戻ってきそうだ。
シルクシャシャのことを行動を予想してしばらく楽しんだ俺は
甲板の後部でのんびりしているギフェアさんに話しかけた。
「お金のことはアイシェス姫のおかげで心配する必要がなくなりましたね」
今の時間帯ですぐに移動できる船はこの客船しかなかった。
かなり値が張っていたせいでアイシェス姫の例の箱が無ければ乗ることは出来なかったと思う。
「確かにそうだな、持っていなかったらアイシェス姫に少し無理をさせてただろうし」
そんな話をしながら水面を眺めているとびっくりしたことに街が沈んでいた。
「ギフェアさん、湖に街が沈んでいるんですが……」
沈んでいるあの街はもとはちゃんとした街でのちになんかしらの影響で湖沈んでしまったのでは?
と予想をしていたブレイクにとってギフェアさんの話にはいろいろと驚かせられた。
「……王国なんですか!」
「そうなんだよ。海底ルゾ王国、今もちゃんと栄えている国だ。この湖の下にしかなかったら国にはならなかっただろうけど、大きさはエクスシアを軽く超えてる。この湖の名がルゾというのもこの王国からきているもので、なかなか凄いところだよ。」
確かに目を凝らしてみてみると人らしき姿が見える。
でも、息とかどうやってしているのだか……
「もちろん。今のこの状態じゃ絶対に街には行けないし、ルゾに住む人たちは地上で暮らす人たちとはまた違う」
「でも、どこからどうみても人にしか見えませんけど……」
「姿かたちは同じようなものだが、体のでき方はまったく違う。ルゾに行ったときは酸素が大量に詰まった一口サイズの丸い玉を飲まなければ長時間の散策は出来なかっただろうしな」
そんな便利な玉あったらぜひとも欲しい。
今は急ぎの用でルゾにはいけないけどいつかは来てみたいところだった。
それからしばらくして通った湖に浮く離れ小島のコル・サーナーティオは、ルゾ王国の人たちが店を開いているらしい、けど一体どうやって商売をしているのか?という疑問があったけどギフェアさんが言うに浮遊する特殊な水の中にいるからそういう心配は大丈夫だそうだ。
それからしばらくしてギフェアは中に戻っていき特に何もすることの無いブレイクは
オクマーサから貰った本を読み始めた。
――――――【デュナメイス国】ヘゼラル地方・リブエイラ―――――――
私の友達、ルーナ・フィアンは剣に宿る精霊
ルーナは喜怒哀楽がハッキリしていて私は旅の道中全く飽きることが無かった。
それから長い間、旧主様に使われ続け、あるとき私だけおいてかれてしまいルーナとは離れ離れになってしまって
しばらくは泣いているんじゃないかととても心配していたけど
ルーナは私に『もう泣かないから心配しないで』と念押しされてしまった。
当時剣の精霊であった私に自ら行動する力はなかったけど、シルクシャシャさんのおかげでこうしてヘゼラル地方に向かうことが出来た。それからヘゼラル地方の街を転々と移り、探し始めて2日
「どこへ行ったのでしょうか……」
旧主様を探せばあの子にも会えると考えていたけど2日がたってもこの地方から気配が消えないということはすでに主様において行かれてしまったということでしょうか……
マーシャ・ミヴィアスはその清楚な顔立ちやスタイルの良さ、
肌の白さから行き交う人の注目の的だったのだが、
本人はその視線に全く気付くことなく街の中を歩いていた。
それからある店の前を通りかかった時に懐かしい声を聞いたその声は
ミヴィアスにあれだけ心配するなと言っていた泣いているその子だった。
「大特価フランベルジェ、今ならお買い得で金貨100枚のところを10枚でお売りします……ですか」
精霊の宿る剣が金貨100枚どころで買えるものではないからここの店主はよっぽどの素人なのだろう
けど、生憎金貨どころか硬貨の一枚もなかった。
(っ!……その声、マーシャ姉さん!?なんてお美しい姿、思わず見惚れてしまいました)
(久しぶりですね、ルーナ。この姿は仲間の協力があったからこそです)
(そうですか…仲間…ですか)
周りの人に聞かれないようにテレパシーの力でルーナに話しかけた。
それからお金を全く持って無いということを話すと凄い焦った声でしだいに泣き始めてしまった。
(え!? と、いうことは…どうするおつもりですか)
(また顔を見に来ます)
(うわぁ~ん。どうじよう…ひっぐ…マージャ姉じゃん…ひっぐ…ごのばばじゃ誰かに売られじゃうよぉ~)
と、そこへ一人の金髪の男が現れた。
「あ、すいませんこれ下さい」
「お客さん、お目が高いですねぇ~金貨10枚でフランベルジェが買えるのもここだけ!現品限りで早い者勝ち!あなたは幸運に恵まれていますよ」
店員はガラスケースからフランベルジェ、ルーナを取り出すと金貨10枚と引き換えに剣を引き取ろうとした。
「あの、それを私に譲っては下さいませんか?」
(こんな私のために……やっぱりマーシャ姉さんは優しい人です)
「お客さん、これは現品限りで早い者勝ちでして…残念ながら――」
しかし店員の話をさえぎりその青年はミヴィアスにルーナを差し出した。
「いいですよ。美しいあなたに頼まれたら断れませんから……でも」
私が受け取ろうとすると剣を引いてしまい渡してはくれなかった
なにか条件でもあるのだろうか……
「僕の婚約者になってくれる約束をしてくれたら、という条件でなら」
ミヴィアスにとってその男は正直タイプではなかった。
金髪が誰しもカッコイイというわけでは無いことを代表して教えてくれているその男は
豚鼻でその下にホクロがあり、なおかつ顔が油でテカテカていた。
しかもその男は、僕の婚約者~というあたりから顔がにやけていやらしい目でミヴィアスを見ていた。
「それは無理です」
「なっ……ず、ずいぶんキッパリと…しかし、それならこれを渡すことは出来ませんね」
もう渡しませんとばかりに剣を下げ残念そうな顔をした。
「そうですか、ならいりません」
(えぇ!? ひ、酷いじゃないですかマーシャ姉さん)
「え、い、いらないんですか!?」
しかしミヴィアスがいらないと言うと途端に焦りだし
結婚ではなく一度だけ付き合ってほしいと懇願してきた。
「お願いします。一度だけでいいので僕と付き合って下さい」
「嫌です」
「せめて一度だけ」
「しつこい人は嫌われますよ?」
ついには欲しいものがあれば何でも差し上げますと言いだした。
さっきとはまるで状況が逆転していたが何がどうなろうとミヴィアスは断った。
そして土地や城などという無茶苦茶なことを言いだした頃にはそろそろ痺れを切らしたのか
怒りの気持ちを露わにしだした。
「そうかいそうかい!だったらもうこんな剣くれてやるっ!!僕を怒らせたことを後で後悔させてやるからな!」
そういうと剣を地面に思いっきり叩き付け、靴の金具の部分を利用して傷やへこみを大量につくった。
(い、痛いっ!!やめてっ!マーシャ姉さん助けてっ!)
ミヴィアスが庇おうと近寄ったが相手の蹴りをお腹に喰らってしまい立つこともままならなくなってしまった。
「ははっ、ざまあみろ!さすがに力を抜いてやったがこの靴の威力は大木でさえ折ることが出来る!テメェみたいな女なんかにこの俺様が負けるかよっ!でもこれだけじゃ済まさねぇー。この剣をボロボロにした後、国の力を使ってお前を捕まえてやる!そのあとはたっぷりと弄んで地下牢行きだ」
なぜ今捕まえないのかという疑問があったがだんだん意識が遠のき目の前が真っ暗になった。
それからどれくらいの時間が過ぎただろうか……
だんだんと意識がはっきりとしてきたミヴィアスはまだ痛むおなかを押さえながら起き上がった。
そして起き上がったところから少し先の場所にルーナを発見した。
刀身の部分はところどころ大きくへこんでいて肝心の刃は使い物にならない状態だった。
(マ…シャ……姉…さん…)
今にも力尽きそうな弱々しい声でミヴィアスのことを呼ぶルーナ
この状態だと実体化させることもできない。
剣に宿る精霊にとって見た目の綺麗さ美しさはとっても重要であり、手入れもそこそこの剣に宿る精霊を無理やり実体化させると消滅することがあるということをシルクシャシャから聞いていたミヴィアスは、何とかして元の状態に戻さなければと思い、その剣を大事に抱え店の外に出た。
(姉…さ…ん…そこ…に…いるの?)
「ここにいますよ。大丈夫です、すぐに元に戻してあげますから」
今時分の言葉が震えずに言えているかが不安だった。
シルクシャシャさんのお話によると
精霊の力が弱まると嗅覚→聴覚→視覚→発覚の順番で失っていき最後には普通の剣に戻ってしまうらしい
それはつまりルーナの消滅を意味することになる。
周りの状況が見えていないということはすでに第三段階まで進んでしまっている。
声まで失ってしまったら次は……
声が震えているかという点での不安は消えたけど
この子を無事に治すことができるかという点ではすでに不安を通り越していた。
それから数時間街を歩き回ったが店の人はみんな同じ反応を示した。
最初は「酷くやったなー。剣は大事にしろよ?んでも直せないことはない」
とか言いつつしばらくすると「直せると思ったんだけどなぁ~」などと言って謝ってくる。
正直謝らなくてもいいからこの子を治してほしかった。
それから焦る自分を落ち着かせながら考えた結果ひとつの答えにいたった。
「シルクシャシャさんに会いに行きましょう」
ミヴィアスは空を飛べる力をつかえば間に合わないということはないと思い
手遅れにならないように早急にエクスシア国・ジェキア地方へと向かった。
―――――――――サフェン地方・ユジェクト城――――――――
マロハスがタイアルクからの戦備行軍を発見してから一日が経過した今日
サフェンもフェオルトの怪しい動きを発見
そして敵に対する最前線に位置する前衛部隊であるフォルティス部隊の隊長だったテペバロクがいなくなって
全体の指揮が落ちたユジェクト城はこの戦いでどうするかという問題になっていた。
「魔法部隊の数は?」
「30人一組で10組います」
「それなら3組をモルサ森林、残りの組をサピエンス部隊に、組み分けはそちらで任せるわ」
「了解しました。アイナ隊長はどうなされるのですか?」
「私はフォルティス部隊の指揮をとるわ、レーチェル姫を守るため、ユジェクト城を守るため。あの時のテペバロクなら許してくれなかっただろうけど今の状況なら許してくれるでしょうね」
私はこういう大勢の兵を率いて戦いに参加するのは初めてだった。
いつもテペバロクには戦いには参加するなと言われてきたから……
正直戦いに参加したくて夜遅くに密かに1人特訓したり、
ギルド通いしていた私にとってこれほどもどかしいものは無かった。
それで、あの魔法破壊計画のとき、どうしても参加したいと頼み込んだら
この作戦で実力を見て大丈夫そうなら考えると言われた。
とっても嬉しかった。これでやっと一緒に戦えるんだと舞い上がっていた。
でも、そんな舞い上がった気持ちであの作戦に参加してたのは失敗だった……
魔人は予想以上に強くて全くと言っていいほど歯が立たなくてどうすればいいのかと必死で考えて
それでもまさか死んでしまうとは思わなかった。
しばらくは何事も無かったように戻ってくるんじゃないかとか思っていたけどそんなことはなく……
「わかりました。私も命を懸けてこの城を守ります!」
「男に度胸は必要だけど命だけは大切にね。もしものことがあれば必ず悲しむ人がいるから……」
「…アイナ隊長?」
「あ、ごめんね。なんでだか涙が出ちゃって……さぁ!いっちょやるわよ!!」
人を失ってはいけない。ここにいるみんなには家族がいて友達がいて……いなくなればもう会えない。
二度と……。
そんなことは絶対にあってはいけない。
テーブルの上に置かれたテペバロクの写真を一目見て、
軽く目を閉じ一度深呼吸してから3バレルフリントロック銃を持ち城の外へ出た。
すでに今の状況に頭を切り替えたアイナは武装をしたフェオルトの兵士たちがなぜサフェン目指して行軍しているのだろうかと考えた。もちろん戦うため、ということはわかっていたが理由が分からなかった。
ここ最近までは、いや、昨日までは普通だった。
今日のいつぐらいからだろうか……午前中には市民からの驚きや怒りの声が届いていた。
それに、戦力なんてほとんど無かったはずなのにあの圧倒的な人数。
ユジェクト城は魔法部隊、即ちサピエンス部隊が300名、剣、槍などの近距離のフォルティス部隊が1万5千、それから騎馬隊のエクウス部隊が5千強、合計約2万の兵力であり。
それに比べてフェオルト地方は城もないのに約5万の兵力。
一体どうやってそんな大人数を集めたのだろうか?
だいたいあの地方に5万もの人がいたのか?
とにかくこの危機を乗り越えるには他の地方の仲間が必要だとかんがえたアイナは早速、マロハスやタイアルク地方に頼んだのだが、タイアルクは返事が無く、マロハスはタイアルクからの攻撃でそれどころじゃないという。
あの2つの地方も戦争に発展するような所じゃなかったはず。
今ここで起きている状況と同じことからアイナは何か不吉な予感を感じた。
「アイナ?」
突然声がかかり驚いて軽く飛び上がりそうになったアイナは、まるで何事も無かったように後ろを振り返ると青いドレスを身に纏ったレーチェル・シューロット姫がいた。
「姫様。あなたも戦いに加わるのですか?」
「もちろん。我が城を守るため粉骨砕身するわよ」
顔立ちの綺麗さや体のラインも美しいけど小麦色に日焼けした肌であるためどうも姫様という気がしない
それに元気がよすぎるというのも姫様らしくない
普通、姫といったら真っ白な肌で落ち着きがある、みたいなイメージが強いからなんとも不思議な気分になる。
偏見なのかもしれないしそれにこんなにも整っている人はどこを探してもいないと思うけど……
それでも戦いに混ざっていても誰も姫だとは気付かないだろう。
「その服装を見ない限りあなたを見てもとても姫だとは思いませんよ」
「うふふ。私のとりえはこの元気さでもある。みなを引っ張っていくのも姫の務め、こんなときだからこそやる気を出さなければいつ出すというのだ?」
「はあ、それは…確かにそうですが……」
「まぁ、アイナに無理やり笑顔でいろなんて言わないわ。大切な人を失った気持ちは私もわかるから」
「姫様も誰か……」
「私の兄様と姉様がね……当時貧乏で食べ物もろくに食べれない私に良いものを食べさせようと、ファベスト帝国の襲撃に傭兵として戦って亡くなったわ。ユーファ将軍から聞かされてね。最後の最後まで自分たちの目標を真っ当して素晴らしい成果を出してくれたと伝えてくれたわ……でも、どんなにいい結果を出したとしても、いくら稼いでくれたところで兄様も姉様も帰ってこなければ意味が無いじゃない。私に必要だったのは稼ぎとか良い食べ物とかそういうのじゃなくて、ただ兄様と姉様だけが居てくれればそれで良かった。あの時の私は長い間、城の中を亡霊のように彷徨って、死んでいたといっていいほど元気のカケラも無かったわ」
「姫様にそんな過去が、私、ぜんぜん知らなくて」
「いいのよ。でもいつまでも昔のことに囚われていても何のいいことも無いわよ?それが私が学んだ唯一のこと、悔やんだところで死人が生き返ることもないしね。……さて、いつまでもこんな暗い話はしてられないわ。即効で決着を決めるわよ!」
姫様の戦いのスタイルは鞭と魔法を華麗に使いこなす。
魔法の種類は攻撃、補助、回復、能力低下など多岐にわたる
それでも鞭の腕は魔法が無くても勝てるんじゃないかと思わせるほど華麗な戦いぶり
この城の男たちではまるで歯が立たないだろう
魔法使いでも同じことが言える。
普通姫様は守られる立場なのだろうけどこの姫様は最強すぎて人間の域を遙かに超えている。
「姫様は私の憧れの存在です。肩を並べることができなくとも少しでも追いつけるためにこれからも頑張ります」
「ありがとう。私もみんなのために頑張らないとね!それじゃあ私はこの城の屋上で全軍の攻撃防御魔力向上の魔法と属性の纏った長距離鞭で敵をなぎ払うわ、アイナ。この戦い絶対に勝つわよ」
そういうと軽やかに階段を上っていった。
アイナもこうしてはいられないと、外の城壁付近で待機させている兵のところまで向かった。
「アイナ将軍、お伝えしておきたいことがあります」
城壁あたりに来て出撃の頃合を見計らってたところに副官のメラネル・ジャスタが声をかけてきた。
「メラネル?……何かあったの?」
「実は各地域から救援要請がありまして調べてみたところどこの地域も同じ状況でして……」
「同じ状況?」
アイナは救援要請の情報を見せてもらった。
救援要請:マロハス(緊急)
タイアロク地方からのいきなりの軍勢に対処できません。
少しでもいいので戦力をお貸ししてくれませんか?
救援要請:アルタンテ(緊急)
買い物をしている人たちをいきなり襲ったり
兵を集めて行軍の準備をしていたりと
ボルテキア地方の人たちの様子がおかしいのです。
捕まってしまった人を助けてくれませんか?
「はい。なんでも昨日までは仲のよかった地域がまるで操られているかのように襲ってきているのだとか……一体どうなっているのでしょうか?」
「私たちと同じね。こうも同じことが起こるなんて偶然とは言い切れない。う~ん…誰かが操っているとしか考えられない」
「にしてもですよ? こんな大人数を操るだなんて無理にもほどがあります」
「とにかく私たちの事で精一杯。こっちだって助けが欲しいくらいよ」
「そうですね。まずは目の前の敵をどうすればいいかを考えましょう」
今攻めてきている軍勢も実際に戦って見なければ操られていのるかどうかわからない
アイナはとにかく出撃の合図を出してフェオルトに向かって行軍を開始した。
ちなみにレーチェル姫は鞭や魔法の腕は凄いですが
指揮をとるのが大の苦手です。