第二十九章 不穏な空気
約一年ぶりの更新ですかね
これからまた続けていきますのでよろしくお願いします。
―――――――――――ガルヘント城周辺―――――――――――
「さて、城を出たのはいいのじゃが、どこへ行けばいいのやら……」
100mは軽く超えている高さから猫のように華麗に回転しながら地面に降り立ったシルクシャシャの足は自然とヴェセア城に向かっていた。
……とそこへ
「お久しぶりですね。シルクシャシャ姫」
「だっ誰じゃ!?」
私の目の前には見知らぬ奴が立っていた。
銀色の長髪に銀色の十字架ピアス、白銀の制服みたいなものを上下着ている。靴の色まで銀だ。
自らが正義とか言い出しそうなやつだな。
こんな目立つ奴を覚えていないのだから忘れるはずがない…はず……。
一体何の用なのだか……
「お忘れになったんですか?…まぁ仕方ないですね。私が記憶を消してしまったからでしょう」
記憶を消した?何を話しているのかサッパリだ
ニヤニヤして気持ち悪いしとっととここから立ち去りたい……
「ところで姫様には家族はいらっしゃいますでしょうか?」
家族?私は最初から一人っ子じゃぞ?
シルクシャシャがしばらく黙っていると相手が話し始めた。
「姫様には家族が居ました。父、母、弟、妹。そしてあなた。5人家族じゃありませんでしたか」
「お前は何を言っている?」
「姫様と私は契約を交わしました。それも忘れてしまったのですか?」
「お前を覚えていないのだから契約も何も私には分からん」
「可哀そうに……。久しぶりに会えたのにこの反応とは、まぁこの反応は当然なんですけどね」
男はおもむろに手を振り上げ何かを唱え出したかと思えば
その刹那、赤色の粉みたいなものが降りかかった。
「な、なんじゃこれは……」
体に当たっても何ともない。
「だいぶ効力が弱まっていますね。例の力も劣化してしまったか」
「う、うぬぬぅ~。ぼんやりとした感覚になっているというのに力がみなぎってくる……この感覚は一体なんなのじゃ」
でも、しばらくして体全体が火照るこの感じ、熱くはないけどなぜか力が湧いてくる……
なのにめまいや頭痛がして……今にも吐きそうだ。
「その程度じゃ覚醒もしないし力を与えしまうだけで逆効果ですね。…では記憶を呼び覚まして差し上げましょう」
「な…なにをするんじゃ!?」
両手を私に向けると、その手の中から光のロープみたいなものを出現させ拘束されてしまった。
こっちが行動する隙も与えない速さに驚いた。
でも、驚いたのはそれだけじゃなかった。
その光のロープは普通の術者じゃ到底扱うことのできない超がつくほどの上級魔法であり、それをうまく使いこなしているのを見て、あいての魔力の容量を感じたとったシルクシャシャは身の毛がよだった。
「少し眠ってもらいましょう。記憶を目覚めさせるのも時間がいるもので」
「記憶?…どう…い…うこと…じゃ……」
睡眠作用の効果のあるロープに縛られものの数秒でシルクシャシャは眠りについてしまった。
「記憶を目覚めさせ、しばらくあなたには働いてもらいましょう、魔人界の頂点に立つのは私だ、今の魔人界はぬるい、もっと人々に恐怖を味あわせないと面白くない。ギーヴァとかいうくそみたいなやつが王だなんて笑わせてくれる。私が黙っていれば何もせず平穏な日々が続いているのもあいつのせいだ。これからは私の時代だ、と言ってももう少し時間はかかるがな……ククッ………ハハハハハハッ!!」
――――――フェオルト地方・プレンポワレス――――――
「オクマーサさんは今日も実験らしいですね」
家の屋根にはアンテナらしきものがいくつもくるくる回っている。
そしてときどき晴れた空からアンテナに向かって突然雷が落ちるという地球では理解し難い現象を見る。
これもなにかの実験の1つなんだろうか……。
「おーい。いるかー?」
と家の中に入り探し回るギフェアは二階へと昇って行く。
「お。ギフェアじゃないか、どうしたんだい?」
「ここに来る前にリエラという少女の住む家に行ってきたんだ。それで、魔人を倒す薬品という物を貰いに来た」
「特殊な防御シールドを強制解除する薬品です」
ブレイクがギフェアの話の後に続けた。
オクマーサはリエラからなら大丈夫だなと言うと部屋の奥へ歩いて行った。
しばらくすると真っ赤なビンを持ってきた。
「これがその薬品か?」
「そうだよ。これがシールドブレイクという物だよ。名前は僕が勝手につけたんだけどね、んで、今から魔人並みの結界を張ってある。まずあの場所に強化魔法をぶつけると……」
シオラ石がいくつも連なっている機械が近くに置いてあった。
これは2結合の魔法を放つことが出来るらしい。
「ブレイク君。そこの機械のレバーを引いてほしい」
言われるままにレバーを引くと少しずつ大きくなる音とともに機械の発射口と思われる筒みたいなところが徐々に光だしこの家が揺れるほどの魔力がシールドにぶつけられた。正直、家の方が心配になったが、その心配は無駄に終わりシールドもかすかにひびが入る程度であった。あんな凄い魔法を当てたのに……という驚きは魔法破壊計画の時に戦った魔人が張ったシールドに魔法をいとも簡単に防がれた時に思い知らされたから驚きはなかった。
「それで、次にこのシールドブレイクを使ってみると」
瓶の蓋を開けてあの忌々しいシールドが張ってある場所に液体をかけた。
すると……
「シールドブレイクか、いかにもだな」
ガラスが割れるような音とともに魔人が使うシールドが粉々に砕けた。
「す、凄いです!あっという間に消えてしまいましたっ」
アイシェス姫が手と手を合わせながら目を輝かせている。
いや、確かにすごい、こんな液体に強力な魔法を上回るほどの力があったなんて……
もっと早くこの薬品があれば、あの二人は犠牲にならなくて済んだのかもしれない
でも、それはもう過ぎたこと、今はこれからのことを考えないと。
「ブレイク様……あっ。 ブ、ブレイクさん!!この薬品は凄いですね!!!」
俺があの日のことを思い出しているときに突然誰かに肩を叩かれた。
声の主に目をやると、頬を赤らめたエクシアが俺の名前を様付で呼んでいた。
「なんだエクシア、いきなり様付で呼ぶなんて、ってか今までどもってたのって……。はぁ~、とにかく様付だけは困るからそれ以外で呼んでくれ」
「そ、そうですね、ではブレイク様と呼ばせてもらいます」
「お前、話聞いてたか」
「はい。何でもいいと言いました」
そこだけかよ。
「………好きにしてくれ」
実験の様子を見ていたオクマーサとギフェアは頷いていたが、その後オクマーサは少し悩む顔をした。
「どうせなら武器にその力を込めた方が良いとは思わないか?」
「確かにそうだな。それなら無駄な手間が省けそうだ。んじゃそれもついでにやっておいてくれないか」
「すまないがそれは私にはできないんだ、実力不足で本当に申し訳ないんだが……ムスラム地方という場所を知っているかギフェア?」
「ムスラム地方? あぁ…デュナメイス国か」
どうやらオクマーサさんよりレベルの高い合成師にやってもらわなきゃならないようだけど
デュナメイス国ってどこだ?アイシェス姫もエクシアもぽかんとした顔をしている。
いや…姫様は知っていなきゃだめなようなきがするんだが……
「気を付けて、あとこれを持って行ったほうが良いかもね」
というと引き出しから1枚のコインのようなものを出した。
「これはなんだ?」
「ギフェアならわかると思ったんだけど国から国への移動のときにはそれが必須なんだよ。向こうで作るのもいいと思うんだけど思いのほか時間がかかるし、基本的に誰が誰に貸しても無効になるという制限はないんだ」
そんな簡単な入国審査で大丈夫なのだろうか……
話を終えて家から出るときにオクマーサさんが俺に一冊の本を渡してきた。
「これは?結構古そうな本ですが……」
「役に立つかどうかわからないけど、その本の後半は私には読めない字で書いてあるんだ、もしかしたらブレイク君、君が読めるんじゃないかと思ってね。もし読めたら後で感想を聞かせてほしい。内容が気になっても文字の勉強はできないし周りにこの字体を知っている者がいなくて困り果ててたんだ」
「オクマーサさんも本を読んでいるんですね。てっきり研究ばっかりだと思っていました」
「あはは。本くらいは読むさ、研究に詰まったときとか息抜きにね。その本はたまたま拾っただけだけど」
「ブレイクにはその本が読めるのですか?」
オクマーサさんの家からでてすぐ隣に密着してきたアイシェス姫がそう訊いてきた。
「読めるよ。この国の言葉も、元いた自分の国、日本の言葉も」
考えてみるとこれって2か国語わかりますってことだよな?
そう思うとなんか凄いな。日本に帰れたとしても自慢は出来ないけど……
「ブ、ブレイク様はこの国の言葉も読めるのですよね?でしたら頭が良いです。そんなこと私にはできませんから」
遠慮がちだがちゃっかりエクシアが腕にしがみついてくる
「俺の腕に絡みついてくるなって……歩きづらいだろ?」
そういうとしぶしぶ手を放してしまった。
腕に当たったあの柔らかい感触が無くなってしまったのは残念だが…って俺はなんかおかしいぞ
あぁ~きっとシルクシャシャのせいだな。
「ブレイク、もうすでに日が沈んでしまっていることだしデュナメイス国に行くのは明日にしないか?」
確かに、知らないうちに日が落ちてしまっていた。あたりのランタンがぼんやりとひかり、狭い道を照らしている。
その両脇にはもう閉まってしまった店などが続いている、そんななか宿もいくつかあった。
「どうせならいい宿に泊まりたいがあまりお金を持って無いからな……」
ギフェアがポケットに手を突っ込んで数枚の金貨や銀貨を取り出す。
そんな様子を見たアイシェス姫は「それならっ!」
とドレスについている小さなポケットの中から箱みたいなものを取り出した。
「それはなんです?」
ギフェアが訊くと、わからないのですか?といいながらその箱を3回たたいた。
すると徐々に大きくなりながらあっという間にかなりでかい宝箱のようなものに変化した
「えっ!?何がどうなってんだ?」
俺が驚くとアイシェス姫はニコニコしながら説明してきた。
その笑顔を見ると宿に泊まる必要なんてないんじゃないかってくらい癒しの効果があった。
「これは魔法箱という大小の大きさが変わる箱です3回叩けば小さくなりもう3度叩けば大きくなるというものです」
「ずいぶん前に私がプレゼントしたものですね。懐かしいです」
「やっと思い出したのですか?まったくあきれますねギフェアは」
頬を膨らませて両手を腰に当てるアイシェス姫に
ギフェアはすいませんと申し訳ないように謝った後、姫様に断りを入れ箱を開ける。
「うわっ!? し、失明したーーーー!!」
エクシアがそういうのも当然。一瞬目がくらんでしまった。
ブラックアウト?ホワイトアウト?
いや……ゴールドアウトというべきか。
目の前が金色でいっぱいになって、とにかくまぶしかった。
「この…今入っている金貨はどのくらいですか?」
ギフェアさんに訊くと「広大な土地とそこそこの城が買えるほどです」と答えた。
落としたとかでは決して許されない金額をアイシェス姫に持たせておいていいのだろうか?
と、心配になったが、最初にであった頃と比べると少しは大人になったかなと感じるところはある。
そして、この晩、今までにない葛藤を強いられることになるなんて
この時の俺は想像もつかなかった。
正直、死ぬかと思った………
――――――――ボルテキア地方・サルザ森林―――――――――
「た、大変だっ!!」
「どうしたキートンそんなに慌てて」
リエラは普段通り落ち着いている。でも、こんな事実を知らせたらっ!
でも早く知らせないと……手遅れになる!
「ミゼルはどこにいる?」
「ミゼル?ミゼルなら……ミゼルー?」
ミゼルは台所で料理をしていたらしい、キッチンからひょっこり顔を出した。
「なにー?お姉ちゃん」
この匂いはタルタンテ、みんな大好物のご飯だ。でも、ここにいられるのも……
「話があるんだ、手遅れにならないうちに話しておきたいことが」
「なんだー?そんな深刻な顔して、相談なら乗ってやるって」
そんなリエラの笑みが僕の心に突き刺さる。でも話さないとっ
「実は―――――――」
僕はここに来るまでのことを全部話した。リエラの表情がだんだん変わっていくのが嫌だった。
かなり怒られるんじゃないかと、ドジをしてしまった僕を怒るんじゃないか
でも、リエラは最初にこう言ってくれた。
「キートンが無事でよかった」
リエラは僕を抱きしめてくれた。てっきり怒られるんじゃないかと思っていたから驚いた。
自分は何も悪くないのかと聞くと優しい笑顔を浮かべて悪くないって言ってくれた。
「うん。キートンは悪くない。悪いのはあの黒い青年、ブレイク。私は何があろうとあの者を殺さなくてはならない、とにかくまずはここを離れるから準備して、脱出用の魔法陣があるから……そうね、トピアがいるヘゼラル地方に行けば安全だと思うからそこまで行こう」
そして数分もたたないうちに3人はサルザ森林から姿を消した。
―――――ララズルト地方・ポポーネ―――――
疲れた……今日は特に疲れた、噴水の能力改造で記憶が戻るなんてことは無かったし。
いろいろ調べるのに時間がかかってやっと記憶を戻す薬品を見つけたと思ったら
聞いたことも見たこともない材料のせいでそこでまた時間かかるし……
でもなんとか薬は完成した。これで、これでやっと記憶が戻るはずだろうけど本当に大丈夫なんだろうか?
なんか飲ませていいのかと心配になるくらい黒色で泡みたいのがたくさん出てきてるし……
死なない……よね?
心配もあったけどすでに疲労が限界だったので今日は寝ようと家に戻った。
私が家に着くと、ここの家の主人ロブが意味の分からない機械をいじっていた。
「どうした? イナミ、気分が悪そうじゃねぇか、隈もできてるし……」
「だから私はイナミじゃないっているでしょ!?」
「んだってよぉ、お前を見つけた時に名札があっただろ?それにそう書いてあったんだって」
それだけは私自身よくわからない、イナミっていう子が私なのかどうか……
「私の名前はオルレリアン・ルーゼンスって言ってるじゃない」
ロブは長ったらしくて覚えてらんねぇんだよと頭をかきながらいつの間にか止めていた作業にまた戻った。
オルレリアン・ルーゼンスというのは偽名だ。
しかし、偽名だと分かっているのに頭にはこの名前が浮かんできた。
何も覚えてないはずの記憶の中で唯一覚えていたことの一つ
あとはブレイクは私の……
「んで何かあったのか?」
「しばらく研究してようやくできたのよ、記憶を思い出させる薬が」
「へぇ~。噴水の能力改造をやってるかと思えば媚薬を作ってたのか」
「媚薬じゃないって!噴水の能力改造は手詰まりで今はどうにもできそうにないから記憶だけ思い出させようといろんなところで調べてやっとの思いで作ったのよ」
「はぁ~ったくお前は、一途だねぇ~あの男に」
「あの男って…知ってるのロブ?」
そう訊くと変な物体をいじる作業を止めて椅子に座ると飲み物を口にする。
「……城に来る刺客を倒したって情報なら聞いてるぜ、この目で写真も見てる」
これでもロブは顔が広いらしくて悪そうな人と絡んでいるのをよく見かけるしそういう店にも出入りしている。
どうやら情報集めが趣味らしく、興味深い情報ならいち早く知りたいそうだ。
「まぁ、行きたきゃ行ってくればいいじゃねぇか、帰ってくればまた泊めてやるって」
「わかった。ありがとう」
私は身支度を済ませ家から出た。目指す場所はデュナメイス国・ムスラム地方……必ず思い出させてみせる。
その後、外に出て行ったイナミを見送ったロブはある1枚の写真を見る。
そこにはロブともう一人の男が一緒に写っている。
「あの男、コウジによく似ていたな。……しっかしあいつ、元気にやってっかな~」
―――――――――――マロハス地方・イスナル城――――――――――――
「いつになったらウェズペス将軍は帰ってくるのでしょうか……」
テラスにて考えにふけるジェミラスはウェズペスの帰城を待っていた。
もう結構日にちも過ぎているし大丈夫だろうかと心配になる。
それからしばらくして、いつの間にかジェミラスは眠ってしまった。
「ジ……ミス…長、起きて…ださ…ジェミラス隊長!」
「どうかしましたかキルファ?」
銀髪の少年、キルファがなにやらあわただしい様子で何かを喋っているがいまいちよくわからない。
「もう少し丁寧に内容をまとめて話してくれませんか?」
「アルザナ城から5万の兵を率いてこのイスナル城目指して行軍しているんですっ!」
……タイアルク地方のアルザナ城から?どういうことだ、言っていることがわからない
「なぜそんなことに?」
「わかりません、とにかく何もかもが急でして私たちではどうにも……なのでジェミラス隊長に判断を願おうと思いまして」
その話の内容はほんとうに急な話だった。
もともとタイアルク地方とマロハス地方は一つであり
タイアルク地方という地方は無くマロハス地方だけであった。
しかし、反乱がおきてしまったせいで二つの地方に分かれてしまった。
でも、それはそれで、もうとっくの昔に収拾はついていたのだが……
今日にでも攻め落とすという意味の分からないことをいきなり言い出したらしい。
もう敵は動いていて残された時間は残りわずか、
この城周辺の城壁に仕込まれた魔法陣が発動してもどのくらいもつか、
ウェズペス将軍さえ帰ってきてくれれば、最良の判断が出来たのかもしれない……でも今は私しかいない。
「こうなったら立ち向かうしかないでしょう、出撃の準備です」
「わかりました。それともう一つあるのですが……この城に助けを求める子供が4人ほど来ています」
「この城に助けですか?その子供たち4人はどんな状態で?」
「かなりボロボロです、私たちの判断で申し訳ないのですが治療室へ運びました」
「良い判断です。無事だといいんですけど、私の方で一度会ってみます」
その後、キルファにこれからのことを話し、私は治療室へと向かった。
「ジェミラス?」
治療室へと向かう回廊の一角で突然後ろから声をかけてきた主は姫様であった。
「エフィア姫!これはこれは…こんなところにどんな御用ですか?」
エフィア・キスリユ姫は常時人形を抱いている、部屋には大量の人形があるのだとか……
そのほかにも不思議なところが多い姫様だけど、お持ちになる能力は凄まじくその能力を知るまではその姫様の凄さを何も知らなかった。ただの子供とさえ思ってしまっていたあの時の私をぶん殴ってやりたいと今では思う。
「少し散歩に。………よもやこの城は終わりを迎えてしまうのでしょうか」
ガラス窓の外を眺めながら少し悲しげに言う
エフィア姫は自室から出なくてもある程度の情勢を感じ取ることが出来る能力を持っている。
確かにあの軍勢が押し寄せてきたら勝ち目はないのかもしれない。
「たとえ終わりを迎えようと私は最後まで戦いますよ。逃げてしまえばウェズペス将軍に合わせる顔がありませんので」
「さすがです。しかし私も一人逃げるわけにはいきません。出来る限りのことをしてこの城を守りたいと思います」
こんな危機迫るときでもクマの人形をぶらぶらと揺らさせたり頭に乗せたりしている
そのしぐさが可愛らしいのだけれども年齢相応の感情表現をしてくれないというのが残念だったりする。
「いや、いざとなったらお逃げ下さい。姫様ほどのお方なら何度でもやり直すことができますでしょう」
「気持ちだけ受け取っておきます。この城以外に私の生きる場所はありませんからね。では私はこれで、あなたに天からのご加護がありますように」
ほんとに小さな笑みを浮かべ軽くお辞儀すると歩いて行ってしまった。
自分もいつまでもここにはいられないとこんどこそ治療室へと向かった。
「あなたはウェズペスさんですか?」
治療室に入るのと同時に黒髪短髪で眼鏡をかけている少年にいきなりそう訊かれた。どこでウェズペス将軍のことを知ったのか分からないけれども一度も会っていないのだろうということだけはわかった。
「私はウェズペス将軍の副官であるジェミラスというものです。ウェズペス将軍は今は出かけているので……それよりあなた方のお名前を教えてもらえませんか?」
最初に名乗った黒髪短髪で眼鏡をかけているユーマ・ジルクスという少年。
ここにいるみんなのことを紹介がてらどうしてこんなことになったのかを話してくれた。
「この青髪ツインテールの女の子はユユン・キュロスと言います。こちらの坊主はロッチェ・ボスラ、そして最後、茶髪の少年はアラス・レイアン。それにしても助けてくださって本当にありがとうございました。命からがら逃げてきて今にも死にそうでそんなときにこの城を見つけたので……って、あ!それよりなぜこうなったか、ですよね。実は僕たちはキュリオテテス国のアムスタル地方というところから来ました、あの国は貧しい者に容赦がなく不自由で稼ぎの少ない重労働を無理やりやらされるのです。僕たちもそうさせられる前に絶対突破不可能と言われてきた門を長い間練ってきた作戦を実行してなんとか出ることに成功しました。しかし、追いかけてきた門番にユユンが捕まってしまいそれでも僕たちが力を合わせて何とか助けだしたのです。そのせいで体中が傷だらけになってしまって……でもまだ追手が来るんじゃないかと恐怖で気が抜けなくて、どれくらい逃げてきたのかもわからないところで城を見つけたんです」
「そうですか、とりあえずここにいれば安全です……と言いたいのですが、いまこの城はアルザナ城から宣戦布告を受けると同時に…いや、何も答える前にいきなり攻撃を仕掛けられてしまい、この城は安全とは言えません」
「そうですか……。でも助けてくれた恩を返さなくてはなりませんので、私たちも援護させていただきたいのです」
ユーマは他の4人と顔を合わせ頷いた。
「そんな体では……無理をなさらないでください」
「いえ、手伝わせてもらいます。相手はどのくらいの数ですか?」
あまり無理をさせたくなかったがどうしてもというので今置かれている状況を話した。
「この城2万5千の軍に対して相手は5万3千…約2倍強ですね。ですがこの城の城壁には魔法陣が張ってあってしばらくの間は相手の侵入を防ぐことが出来る。……なんとかなりそうですね」
「この状況下でなんとかなるというのはどうしてですか?」
それはですねとユーマは作戦を話し始めた。
ユーマの作戦は正直上手くいくかわからなかった。
でも、手段を考えている暇なんてないし、全力でユーマたちを補佐することを誓った。
しかしジェミラスはその作戦の事より気になることがあった。
あんなに平穏だったタイアルク地方がなぜいきなり攻めてこようとしているのか?
ふだんならそんなことは絶対にないはず。
仲だって悪くもないしそれぞれほかの地方としてお互いに了解を得たはずなのに
いったい何が?
なんだか嫌な予感がする……
ウェズペス将軍、早く帰ってきてください。
次回はEXです。