第二十三章 駆け落ち勘違い
時刻は午前9時を過ぎようとしていた
俺は城で一通り準備を済ました後、誰かに見つかるとうるさいという理由で抜け出してきた。
そんな考えは全くなかったのだが、アイシェス姫がどうしてもそうしてほしいと言ってきたからであって、俺は何も、黙って城を出なくたって良かったと思う
まぁ、そんなこんなで、現在はアイシェス姫とウェイルバザールに向かっている所だった
「ブレイクさん!何見ますか?何処を見て周りますか?」
「そうだなぁ。アイシェ……ティーナに任せるよ」
「ティ、ティーナ…!? さっき、ティ、ティーナと言いましたか!?」
「みんなに知られている名前じゃ絶対に呼んじゃいけないだろ?」
「それもそうですね♪ もうなんだか、それだけで私……」
恥ずかしさを紛らわす為か、心の底から嬉しいのか。
クルクル回りながら服や髪をなびかせ喜びを精一杯、体全体で表現する。
それにしても、はしゃぎ過ぎじゃないか?
と思ってもしょうがないほどの元気っぷりを見せているこの姫はこんなに元気に走り回れたのか……。普段見ることのない元気な行動を目にするとなんとも愉快な気分だ。
「そんなに走って転ぶなよぉ~」と声をかける
可愛い笑顔で明るい返事を返し再び走り出す少女は俺の心配を吹き飛ばさせてくれた。
んで、名前だけ変えても姿で分かってしまうので、もちろん変装中だ。
まぁ。心配を吹き飛ばしてくれたとはいうものの、フードをかぶせメガネをかけている程度の変装ということから、嬉しいのは分かるけど。こっちとしては、その変装が、いつ取れてしまうかハラハラしていた。
ウェイルバザールの入り口にさしかかると急に幅が狭くなり
その店と店の間は5,6mくらいにまでなった。全ての店が赤レンガで統一されていて、看板や彫刻などは、まるでフランス、イタリアにいるような雰囲気を味あわせてくれる。
アイシェス姫が言うように確かに賑わっているから尚、退屈させない
パラソルの下で飲み物などを口にしながらゆっくり休む人もいれば
きらきら輝くジュエルに心奪われる女性たち。
他にも大道芸や道端に絵を描いて遊んでいる子供たち、とても楽しそうだった。
「ほんとに賑やかだな」
「そうなんですよ。来てよかったと思いませんか?」
日本にはこんな雰囲気の場所は無いしな、貴重な体験が出来たかな
って言ってもこれからこの貴重な体験はいくらでも出来るけどな……
「そうだな。ティーナのおかげだよ」
「ぁ……」
何故俺がアイシェスと言わなかったのかはさっきの事で理解できていると思うが
それでもやっぱりこう呼ばれると、そうなるのか……
「なんか悪いな」
「い、いえ大丈夫です。むしろそちらで――」
「なんか言ったか?」
「あ……何でもないですっ」
「それにしてもどの店に寄ればいいのか迷うな……」
周りを見渡してもどこの店も良いから選び難い
「ブレイクさん。この店に入りましょうよ?」
そういって手を伸ばした先を見るとそこは服が売られているところだった
「服が欲しいのか?」
「はい。私でも似合う服があるか試着もしてみたいのです」
そりゃなんでも似合うに決まってるだろ
まったく。こういう子に限って自分がどうだのこうだの言って……
容姿は完璧だっていうのにさ
「そうか。んじゃ入るか」
そういって楽しいお買いものが始まった。
――――ヴェセア城――――
その頃ヴェセア城では……
バダンッ!!
「ギフェア隊長!!」
よほどのことだったのか練習中に着ていた鎧を脱ぐのを忘れて猛ダッシュで入って来た
「どうした?そんなに慌てて?」
俺はどんな状況下であっても平静を取り繕う。
それこそが騎士団隊長としての資格であると思う
「それがですねぇ……」
「なんでも話してみろ?」
話づらいことなのだろう
しかしどんなことであろうと隊長であるこの俺が、的確な指示を与えるべきだ!
「ブ、ブレイク殿と、アイシェス姫様が駆け落ちなされました」
「なっ!! んなぁんだとぉおおお!!!」
「ギフェア隊長!落ち着いて下さい。」
「こんな状況で落ち着けるかぁ!!」
テーブルをバンと叩き立ち上がるギフェア
すでに先ほどまで考えていた隊長の資格など欠片も頭には無かった
「いや、でも…」
「駄目だ!なんとしても駆け落ちなど、駆け落ちなどぉおお!!」
「待って下さい!その情報も確かではありませんゆえ。まずは落ちいて下さい」
部屋から出ていこうとするギフェア隊長を必死に押さえる練習生
「なっ!……そうか、でも2人していないのであろう?誰かにさらわれたのかもしれない。
とにかく、ここらへん一帯をくまなく探して邪魔する敵は全て排除だ!」
「わ、わかりました!!」
「騎士団員は50人いれば十分だろう。ただちに向かわせろ!」
「はい!」
正直こんなことに50人は多いだろうと思いながらも
その後、練習生はクラスB騎士団50人と1人1人武器を持たせ城を出たのであった
――――ウェイルバザール-―――
「どうですか?似合ってますか?」
白いワンピースに白い帽子・そしてライトグリーンの伊達メガネ
まるで天使のようだった
しっかし白好きだなぁ~
先ほどから白を基調とした服ばかりだ
「とても似合ってるよ」
「ほ!ほんとですか!?」
まさにこの繰り返しである
それでも天使のような姿を見ているだけで
この13回目のループでさえも苦痛には思わない
しかし、さすがに疲れてきた
「それで、どれが欲しいんだ?」
「う~んとですね……。迷っちゃって決められません」
そうだよなぁー。普通に考えてそうだよなぁー。
13着も着たらどれを選ぶかなんて
正直、俺はどれを着てくれてもいいと思っている
もちろん適当ではなく。何を着ても似合っているからである
「んじゃ、また後で来るか?」
「それは嫌です」
即答かよ……
んじゃ、待つとするか
30分経過……
「どうだ?決まったか?」
「これもいいしあれもいいし。あっちのもいいし……」
1時間経過……
「まだか?」
「ちょっと待っててください。もう少しで決まりますので……」
2時間経過……
「まだか?」
「ちょっと待っててください。もう少しで決まりますので……」
3時間経過……
すごいなぁ~と俺は思う
アイシェス姫の服選びもそうだが
俺の根気の強さ。これには驚いた。
最初のころに比べれば精神的にだいぶ強くなったと思う
「そろそろいいか?」
「はい!これにします!!」
選びに選び抜いた服は先ほど着ていた
白いワンピースに白い帽子・ライトグリーンの伊達メガネだった
「とっても似合っててよかったぞ」
「そうですか?これにしてよかったです」
女の子の買い物は結構長引いたりするものだと聞いたが
これほど待つのは正直つらかったりする……
でも、可愛いから問題ないか?
「銅貨5枚と銀貨7枚になります」
実に日本円にして7500円
意外に普通だったりする
でも、どうやらこのお金については少し前にキルティ直々に俺がひそかに貯めていた貯金からダイレクトに引き落とすらしい。死んだ今となってはどうでもいいことだが、なんかとても不愉快になった。
当のキルティはいくら女神でもお金を作り出すことは出来ないのよ
っとまぁ、普通の回答をよこしてきた。だからって…………
カランカランッ!
「ありがとうございました」
「ふぅ~なんかもう一日分の力を使い切ったみたいだ……」
隣にいるアイシェス姫はすでにお気に入りの服に着替えている。
クルクル回りながらワンピースをひらひらさせる
「ランラーン♪ランララーン♪」
これほどまでに買ってあげたことを嬉しく思うのは初めてだ
「あ、ここの店。新しく出来たんですかね?」
俺の聞かれても困るが、確かに色の付き具合とか他と比べると違うような……
「凄い綺麗な石ですね。いろいろな色が並んでいます」
ん? これって、シオラ石じゃないか? いや、シオラ石だ。
しかし、シオラ石が店に売り出されるなんて……
緑以外の石は入手困難とされているのに、何かが怪しい……
俺がその店に入ろうとしたその時
右から見覚えのある人が歩ってきた
「ウェズペスさん!?」
「あら?ブレイク君じゃなーい」
なんかすごい人に会ったと思う
イスナル城はマロハス地方にあり、ここガダルナ地方との距離は50kmにも及ぶ
一体何の用で……?
「何しにここまで来たんですか?」
「そうねぇん。トルツ君の好きだった、カイフェレアの花を探しに来たのよ」
「カイフェレアの花?」
「ガダルナ地方の海辺に咲く、太陽と海の色で出来たともいわれる程綺麗な花なんですよ。
葉、茎、根などは綺麗な水色。花は太陽のように真っ赤に染まっていて、アロマな香りがして気分が落ち着くと言われています。」
すかさずアイシェス姫が入ってくる
「よく知ってるわねぇ。ブレイク君の彼女さん?」
「か、かかかの、かの彼女!?」
あーぁ、また頭から煙が……
もちろん例えだが、こうなってしまうと何を言っても聞こえな
い
「この姫にはちょっと刺激が強すぎちゃったかな?」
俺は苦笑いをするしかなかった
と、そこに誰かの大声が聞こえてきた
「邪魔する者は全て排除しろとの隊長からのご命令が下っている!ブレイク殿とアイシェス姫が戻られるまではこのご命令は絶対であり匿う者にはそれなりの罰を覚悟してもらう!そういうことから―――」
「何々何々!?」
全く状況がつかめない
今、どんな状況なの?
「ブレイク君はだいぶ好かれているのねん。
私も、そういう隊長になれるように努力しなくちゃ。」
「えぇ!男に好かれる筋合いはありま……。居ない……」
何と早い人だとこの時初めて思った
人は見かけによらないという事だな……
それにしても今はこの現状をどうにかすることだ……って!
「ここらへんに敵がいる可能性が高い。みな武器を構えろ」
カチャカチャッ!
ぶ、武器!!?俺たちをどうするつもりなんだ!?
俺はとりあえずアイシェス姫を抱っこしてその場から逃走した。
「きゃっ♪」
ビックリしているかというか嬉しそうというか……
とりあえずデート打ち切りには不満も何も無いみたいだった
「こちらB班、ご二人の姿は見えません」
「こちらC班、この付近にはいません」
「了解。しばらくしたら元の位置まで戻ってきて」
クラスB騎士団をまとめるのはメルズ・ファルター
先ほどの練習生である。
ギフェア隊長のご命令によりウェイルバザールまで来ているのだがここにもいなそうだ
と、思いきや……
「ん?」
ブレイクさんらしき人発見!
後は目の色の確認だな。
ササササッーー
見つからないようにおそるおそる忍び寄るとやっぱりブレイクさんだったが
もう一人は……?アイシェス姫??
「おい?何やってんだ?」
びくぅ!
として後ろを振り向くとブレイクさんが立っていた
「えっ?えぇ!」
「何してんだって聞いてるんだけど?」
あそこにさっきまでいたというか俺はずっと見ていたのに
なぜ2人???
「あ、えと、そのですね。ギフェアさんに頼まれまして……」
「俺らを殺せと?」
「いえいえいえいえいえいえ、ち、違います!!この武器は誰かに連れ去られていたらの話です」
慌てて武器をしまうメルズ・ファルター
「そうだったか…」
「この!ブレイクに何をするっ!!」
「えっ? ごふっ……」
「まったくなんという無礼をしているのか」
「おい、シルクシャシャ。俺はこいつと話をしていたんだが……」
全身に戦闘オーラを放っているシルクシャシャが来た
「襲われてたのではなかったのか?」
「そうだけど……」
なんてことをっ!!てな顔で青ざめるシルクシャシャ
はぁ~。まいったな。
言わしてもらうとこの泡吹いてるこの子と会う以前にシルクシャシャとはもう会っていた
そして、追われている事をはなして、シオラ石を使った幻覚術を教えてもらい。この子に見せて今に当るのだが……
「悪かった。悪かった。この私に何かできることでもあれば……」
「何言っても無駄だろ?気絶してんだから」
「ん?なんじゃ?ふむふむ、私が悪いので何もしてくれなくてもいい?わ、分かった。すまないな」
おい、普通に会話してるみたいに見せるな
まったく……。自分を無実にするためにこんな猿芝居を……
「みんな!ブレイクさんを見つけたぞ!!」
ワァー!と走ってくるのはすでに攻撃態勢に入っている騎士団達
「わっ!マズいだろ、逃げるぞ!」
あれ? なんで命狙われてるの?
「待てぇーー」
待てるかっての!!
ってなんか構えだしたし
「弓矢部隊。撃て!!」
部隊をまとめているっぽい人が命令を出した瞬間、雨のように矢が降り注いできた
「おいおい!なんかおかしくないか!!?『プロタクス』(物理防御)」
パシュ!パシュパシュ!!
何とか防いだがこの後はどうすればいいんだ!
アイシェス姫を抱えたままじゃ完璧に相手を撒くことなんてできないし……
「むむぅ~。鉄砲部隊。撃て!!」
てっ!?鉄砲!?!?
「『プロテクス』(絶対防御)」
キンッ!キュイン!パキュン!
「鉄砲が効かないだと!?」
物理攻撃の最強武器ともいわれる鉄砲をいとも簡単に弾き返されてしまい
わたふたと焦り始める……
「ったく。『プラーミャ』(炎)」
ボォォォ!!
「炎!?魔法は使えないはずっ!」
ずいぶん慌ててる様子だな……
赤色のシオラ石を片手に握り、いつも通り魔法を唱えれば使用可能だなんて
手に握る以外は前と変わらないんだな。
当然こんな珍しいシオラ石を持ってる奴なんて居ないに等しいだろうし、知らない者も多いだろう。
と言ってもこのシオラ石。
ちょっとしたかすり傷で割れてしまうほどデリケートだと聞いた
はっきりいって、もろすぎだろ?
「おい、シルクシャシャ何かいい方法は無いのか?」
「何かに変装するってのはどうじゃ?」
「俺も変装できるのか?」
「私とキスすれば大丈夫じゃ」
自信満々に話すシルクシャシャ。
お前の考えは既にお見通しだ!なんて探偵っぽく頭の中で展開した
実際のとこ、キスしなくても平気だろう
「なんじゃ?」
とりあえず手を握る
「手じゃ駄目なんじゃ。魔法が唱えられんじゃろ。せめて私に抱き着いてくれぬか」
抱き着くって………
俺が少しの間黙ると何か察したのか不機嫌そうに
「何じゃ? それくらい良いじゃろ」と言ってきた。
はいはい。そういって俺は後ろから前に手を通して抱いた
「そ、そうじゃ、ブ、ブレイクもやれば、で、出来るのではないか」
いや、これくらいできて当然だろ?
これくらいで照れる奴がキスなんて軽く言うなって
「では」
シルクシャシャの右手には白色のシオラ石が握られていた
「我が身をリューズマキィに変えよ!」
別名、天舞う大鳥
豪雨が来ようが、強風が来ようがお構いなしのタフさを持つ
一瞬、竜とでもいうのかと思ったが平気だった
そんな目立つようなことをするほど、こいつも馬鹿じゃないだろうしな
バサッ!
「んなっ!!姿を変えたぞ!? あ、あれは、リューズマキィだ!」
「どういうことだ!?皆立ち止まるな!追え!追えー!」
はぁー。これからどうしよ……
「思ったんじゃが、どこに行くのじゃ?」
「とりあえず。城に戻ろうぜ」
「……いや、その前に寄りたいところがあるのじゃが、いいかの?」
「どこにだ?」
「サフェン地方のレンファート遺跡跡地じゃ」
「遺跡跡地?どうしてそんなところに?」
「それは行ってからのお楽しみじゃ」
一体シルクシャシャは何を考えているのやら……
大鳥に姿を変えた俺とシルクシャシャとアイシェス姫は城に戻る前、宿で一晩過ごし、サフェン地方のレンファート遺跡跡地へ寄り道をすることになった。
――――マロハス地方・イスナル城――――
その日、イスナル城では、仕事を終えたウェズペスが帰城していた
「ふぁ~あ。トルツ君の分まで頑張らないと!」
資料整理に努めるウェズペスは手元にあるトルツの写真を見ながら言った
時間帯はすでに日付を過ぎていたがここの整理が終わるまでは寝れなかった
「まさか、ブレイク君と“お姫様”まで一緒とはねぇ~。
しかも、あの様子だと恋をしてるのかな?肝心のブレイク君は気づいていないみたいだけど……」
驚異的な観察力を備えているウェズペスにはあんな変装など光の速さで見破れた。
でも、あえて言わなかったのはちゃんとTPOをわきまえていたからこそ。外見や性格とは裏腹に頭脳明晰で、小さい(まだちゃんとした男の)頃は多くの女性によく思いを寄せられていた。といっても当の本人には女性に興味は無く、しだいに男性に対して思いを抱くようになってしまった。きっかけはもうこの世にはいないあの少年……。
「はぁーあ。カイフェレアの花は結局見つけられなかったのよねぇ~ 残念……」
ブレイク君と別れた後も他の店を探し回ったのだが何処にもなかった
というか自然に生えてるカイフェレアの花を私自身が見たこと無い
「トルツ君なら知ってるんだろうけどなぁ~」
そういいながら再び資料をまさぐると変わった色の封筒に入った手紙を見つけた
「ん? なになに……」
手紙にはこう書かれていた
我が隊長ウェズペスへ
正直、こういうのを書くのは苦手ですけど書きます。
僕にもしものことがあった時この手紙を読んでください
少し前にわかったことなんですけど、カイフェレアの花というのは
異世界にいざなう花だそうです。まぁ異世界と言っても想像つかないでしょうけど。
どのような仕組みになっているかとか、どうすれば行けるのかなど詳細は全く分かりませんが、こういう情報は知っておいた方が良いのかと思いまして、かといって今は言葉で伝えるほどの情報でも無さそうなので、こうして紙に書いて保管しとこうと思ったのです。ちなみにカイフェレアの花の在り処はファンベル爺が知っています。
毎年採取場所が変わってしまうので僕には何とも言えないのですがその人に会えばきっと何かわかるはずです。でも、無理はしないで下さいね。体調とか崩されても困りますので
それでは、これからも隊長として頑張って下さい。
忠実なる部下 トルツ・イオナンテ
「トルツ君……」
決して長い文章ではなかったが私を気遣うトルク君の優しい言葉は涙を流すには十分な量だった
そして決めたことがある。これからはファンベル爺という人に会うために旅に出ようと。
「しばらくの間、城のことはジェミラスに任せておけば良いよね」
ぼそっと一言いうと出発する支度を始めた
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