1話:初めてのお料理
ストーリー進行とは全く関係ない日常のお話です。
「妾が料理を作ってやろう」
へぇ~。珍しいこともあるもんだ。
全く縁がなさそうだというのにいきなりどんな風の吹き回しなのか
「ま、特にどこかに行く用事もないし楽しみにしておくよ」
それから城の中を散歩でもするかと歩いていると顔が隠れて誰だか解らない人が前方から歩いてきた。
「キャラルで姫様の部屋に飾るために買ってきた造花なんだが、余ってしまってな。城のいたるところに飾っても数が減らないもんで。良かったらどうだ?」
※キャラル:アルタンテ地方にある高級品の扱う街
声ですぐわかった。どうやらギフェアさんのようだがそれだけの量が余るぐらいなら最初にどうにかできなかったのだろうか?
「あ、それじゃいくつか貰っていきますね。……いやーそれにしても本当に綺麗ですね」
せめて顔くらいが見えるように造花を取ると「すまないすまない」と言った後、私の選んだ花を見てくれないかと胸ポケットに指をさす。そこには一輪の花が刺さっていた。
「これまた珍しい花ですね。触ってもいいですか?」
その感覚といったら不思議なものでとてもふわふわしていてさわり心地がとても良かった。
「そうだろ? っと、早く姫様のところに行かなくては、それでは私はこれで」
ギフェアさんはご機嫌な様子で先を行ってしまった。受け取った造花も日本ではとても見れないような珍しい花ばかりだった。赤い花に金色の縁取りがされている花だったり、普段は黒い花なのだが日光が当たると水色に変化する花だったりなど、いろいろな種類の花があった。花で思い出したけど、肉厚系の花ってどうも苦手なんだよな……わかる人はいるだろうか。
なにはともあれ造花を観賞しながら料理が出来るのを待った。それからだいたい30分後のことだろうか?
そろそろ作り始めた頃なんじゃないかと様子見もかねて厨房へと向かった。城には自室にあるキッチンと大食堂にある厨房があるのだがシルクシャシャは厨房のほうを使っている。
「まだ、香りとかは無いな……」
―――その時だった。
厨房から聞こえてはいけないような音が聞こえたのだ。
そもそもあれは音といえるのだろうか……否! 断じて音ではない!!
どんな音かって?
モンスターの奇声? 爆発音?
いやいや、そんなもんじゃない。
……笑っていたのだ。
それもみんなで楽しいときに笑うような声ではなく……例えるなら、そう。大魔王誕生みたいなこの世の終わりと告げるようなそんな笑いだった。
「シルクシャシャー。料理の方は順調か?」
声は平常を保っていたとは思うが、足と手の震えは止まらなかった。
「封印するまで待っていてくれ」
―――っっ何を!!?
もはや頭の中は大柄で貫禄のある仁王立ちの魔王の姿が浮かび上がっている。これは今すぐに料理を止めさせるべきだ。
今すぐにっ!!
「……き、気をつけろよ」
俺は何を言っているんだっ!!
何が気をつけろよだ。世界を震撼させる魔王だぞ、何を恐れている? 恐れることは何も無い。大丈夫だ。まだ間に合う。
「止めるんだシルクシャシャ!」
某菓子パンヒーローのような口調で厨房へと乗り込んだ。
「どうしたのじゃブレイク。妾の料理が待ちきれずに来てしまったのか?」
料理は完成していた。それはまるでベテランのシェフが作ったような盛り付け方だった。まあ、あのときの俺は、魔王なんていなかったんだ! という安堵感しかなかったのだが……
「とりあえずテーブルまで運ぼう」
そういった俺に対し、先に座っててくれと言うシルクシャシャ。どうやら自分で料理を運びたいらしい。
とりあえず俺は席について料理を運ばれてくるのを待った。
しかし、災難はこれからだった。
「魔法で運んでしまえばらくちんじゃな」
そういって運ばれてくる料理の数々。シルクシャシャの視点では何も見えていないのか、ブレイクの視点からはしっかりと見えていた。そして突然ギフェアの言葉を思い出す。
『キャラルで姫様の部屋に飾るために飼ってきた造花なんだが、余ってしまってな。城のいたるところに飾っても数が減らないもんで――』
確かに昨日までは無かった花がこの食堂には飾られていた。飾られてはいるのだが……
「そんなに周りをきょろきょろしてどうしたのじゃ? 妾の料理を見んか」
そうは言うがシルクシャシャが通る道に飾られている造花が
……造花が、造花なのに枯れている。
おいおいおいおいっ! なんだ? 一体全体どうなっているんだ!?
造花をも枯らす力を持つ料理、見た目ではありえない現象が起きている。
こんな料理を食べていいのか?
「召し上がれ♪ なのじゃ」
おそるおそる口へ運ぶ料理、どこからどうみても肉にしか見えないものを食べてみる。
うっ……こ、これ……は………
「どうなのじゃ? どうなのじゃ?」
「う、美味いぞ!! 予想以上に美味い」
あれ? こんなはずじゃなかったのに、いや予期していた展開になっていたら死んでいたかもしれない。これでいいんだ。何も間違っちゃいない。
しかし、その夜のことだった。俺は体に何か異変が起きているということに気付きベッドから体を起こす。体調が悪いわけではないけど何か違和感を感じる。恐る恐る部屋の電気をつけてみた。
「な、なんだよこれ……」
禍々しい角、異常に発達した犬歯、体に刻まれた文様に血走った目、それはまるで魔王とでもいうようなそんな姿だった。ブレイクは角を取ろうと引っ張るがビクともしない、そのうち段々意識が遠のいていくような気持ちになり気付いたら部屋から飛び出していた。
「か、体が……言うことを聞かないっ!」
これから何をしようというのか、不安に思うブレイクは必死に抗おうと体を動かす。しかしそれは無謀に終わり、ついに城の外へ出る。両手を城へ向けなにやら魔法を放とうとしているのがわかる、自分では扱えないようなとても強大な魔力だったが、意識はかなり遠のいていて状況判断が鈍る……
「や、止めてくれっ!!!!」
突如視界一杯に広がる光に魂が抜けたような感覚になる。どうやら夢だったようだ。鏡を確認してもあの魔王のような姿ではないことに心底ホッとする。廊下でも散歩しようかと扉を開けると丁度ギフェアと会った。
「お、ブレイクではないか。ちょっと来て欲しい所があるんだ」
なんだろうと向かった先は大食堂だった。みんなががやがや騒いでいる中、ギフェアさんに手伝って欲しいことがあると頼まれる。
「この花を飾ってくれないか? 食堂が広いせいで時間がかかりそうなんだ」
「はい、もちろんいいですよ」
全てを飾り終え、二人してテーブルに座る。結構な時間がかかりおなかの空き具合も丁度いい感じになった。
「何を頼みますか?」
「いや、料理は決まっているんだ。シルクシャシャのお手製らしい、もちろんブレイクも一緒のやつな」
運ばれてきた料理はとても綺麗な飾り付けでここのメニューには存在しないやつだった。さらに冷めないようにとビニールが被せてある。そして、なぜか俺の料理には【愛する夫へ】などと調味料で書かれていた。
しかし、ここでふと薄っすらと記憶がよみがえる。
「造花が……枯れる?」
何かビビッと来たものがあって辺りを見渡す、飾った造花はいたって元気だった。いや、そもそも造花に元気も何も……というものなのだが。いやいや、さすがに造花が枯れるとかありえないだろ。
「いただきます……あれ?」
ギフェアさんが胸ポケットを見ながらそういった。
「これ、本物の花だったのか、造花の中に本物の花が紛れ込んでいたとはなぁ、綺麗でさわり心地も良い花だったんだが」
料理を口に運ぼうしていた手を止め、ギフェアさんがポケットから取り出したそれは枯れていた。