episode9 幼馴染は幼馴染をストーカーしてもいいんです
ある日の夕方、まだ教室に残る学生たちの話し声が校内の廊下へと聞こえていた。梅雨も明けてもうすぐ夏が始まろうとしているせいか、窓の外から射す夕差しはじわりと熱い光を帯びて校内へと突き抜けている。
校舎の外では運動部のかけ声、顧問の先生が叱咤激励を生徒たちへ浴びせる光景が色濃く写し出されていた。
そんな中、バレーボール部の顧問を職員室から呼び出しに行くよう指示を受けた天野有紀は、小走りで廊下を進んでいた。
くっそー。またジャンケンに負けちゃったよ。毎回負けて先生を呼び出しに行くことになってるんだから、たまにはジャンケン不参加にしてくれてもいいのに。
億劫な様子で職員室へと向かう有紀はふと、幼馴染の蒼文春が所属するメディア部の部室の前で足を止めた。
…………今日も文春はあの女と一緒にいるのかぁ。
中学時代からひとえに文春に対して好意を寄せる有紀は、二週間ほど前に転校してきた清水六花に対して憤りを募らせていた。
それもそのはず。自分は今までごく自然な感じでアプローチをしてきたのとは反対に、彼女は転校初日から文春に対してかなり積極的にアプローチに乗り出してきたを目の当たりにしてきたのだから、当然そんな感情が積もっていくばかりだ。
ま、まあ、別に文春は学校内でしか清水さんに会ってないみたいだし! それに部活動なら他の部員も一緒にいるわけだし! 毎日二人きりってわけでもないし! あたしは別に心配なんてしてないけどッ。
そう自分に言い聞かせるように有紀は心を落ち着かせる。
「…………あたしのこと、『かわいい』って言ってくれたのに」
そう呟いた有紀はなでるように文春から貰った雫のチャームに触れ、小さなポニーテールを手でさくように揺らした。
彼女は自分の想い人に積極的に好意を寄せる六花のことを嫉妬するとともに、同じように行動することができない自分と重ねて羨ましくも思っていた。
初対面からすぐに自分の好意に真っ直ぐ突き進める彼女と、昔からの関係性に甘えていつでも思い切った行動に踏み切れない自分のことを。
「はあ。早く先生のところに行かなきゃ――」
自分に呆れたようにため息をつく有紀は再び足を動かそうとしたとき、メディア部部室から気になる言葉がこだましてきた。
『これ、羊山メリーランドのチケット! 夏休み前に地元の遊園地の紹介記事を書いたらどうかって、先生に渡されたんだよ! 私と一緒に行く予定だった友達が急に予定入ったみたいでさ! よかったら代わりに行ってきて! てか行け!』
有紀は一歩踏み出した足を時が止まったかのようにピタリと止めた。
『メリーランド? 遊園地?』
『そういえば清水ちゃんはこっちに転校してきたばかりで行ったことないんだっけ? ちょうどいいから、蒼君と瑠璃川ちゃんの三人で一緒に行ってきなよ! もちろん蒼君は強制ね』
「――ッ!?」
メディア部の先輩らしき人物が発した言葉に、有紀は動揺を隠しきれなかった。
遊園地!? 文春と!? 清水さんが!?
ま、まずい!? それは今の清水さんの文春への態度を見ても確実にまずい! デートじゃん!
「これはゆゆしき事態ね。まさか、文春と清水さんが遊園地デートに行くなんて……あたしはどうすれば」
咄嗟に有紀はポケットからスマホを取り出し、こんなとき使い勝手のいい、というか頼りになりそうな人物である幼馴染の北斗流星のもとへとメッセージを送信した。
「これ以上あの女の好き勝手にされないように監視しなきゃ!」
有紀はメッセージを送信したスマホを慌ててしまい、再び職員室へと足を急がせた。
「失礼します!」
職員室のドアをノックもせずに勢いよく開けた有紀は、面食らった表情で彼女を出迎えた顧問の前へと足踏みする。
「先生! 試合形式の練習に移るのでコーチお願いします!」
「……あ、ああ、わかった」
普段とは違うやや強い口調と様子に気圧された顧問は戸惑いながらも、首肯した。
「では! 体育館で待っています!」
「あ、ああ」
有紀は顧問の返答を聞くとすぐに職員室から飛び出し、体育館へと向かった。
……これはまずい! 非常にまずい! もしこのまま清水さんが文春とデートに行ったらどうなるかわからない! ……いや、別にあたしは行く気なんてないけどッ!? でも万が一ってこともあるしッ!? それにあの清水さんなら何してくるかわかったもんじゃないしッ! だからあたしは監視して、またあの女が文春に変なちょっかいかけないように――。
「おい天野!」
「わっ!?」
有紀は体育館に向かう途中でいきなり後ろから肩を叩かれ、思わず大きな声を出してしまった。
「……ん? あ、なんだ湊先輩か」
振り返るとそこには同じ女子バレー部の先輩である加賀湊先輩の姿があった。小柄な体格からよく一年生に間違われることがあるが、これでもれっきとした二年生である。
「なんだじゃないだろ? 先生呼び行くのに時間かかり過ぎだ。どっかでサボってたのか?」
湊は疑いの眼差しで有紀を睨む。
「ちがいます! あたしは今自分に課せられたミッションをフューチャーし奮い立たせようと意気込んでいたところです!」
「なんだそのベンチャー企業みたいな意気込みは? それにお前に今課せられたミッションは大会に向けての練習だ。一年でレギュラー入りしてんだから少しは自分の立ち位置を自覚しろ」
有紀はふいっと顔を背けた。
「はあ。どうせ例のお前の幼馴染? とかのことで騒いでたんだろ?」
「なんでそれを!?」
そんな湊からの唐突な言葉に、有紀は少し戸惑いを見せる。
「そりゃあお前、ウチの部じゃお前がその幼馴染のことを好きなのは周知の事実だからな」
「……えっ?」
有紀は鳩が豆鉄砲を食らったような表情で湊の方に目を向けた。
「……こ、この事は誰にも言わないでくださいねッ!?」
「みんな知ってるっつの」
「うう……は、恥ずかしい……」
「いや知らん。むしろバレてないと思ってたことに驚きだよ」
湊は呆れたように息をつくと、改めて有紀に向き直った。
「で、お前はどうしたいわけよ? その幼馴染と付き合いたいんだろ」
少しニヤついた質問に、有紀は少し自信なさげに返す。
「……それはまあ、そうなんですけどぉー」
そんな煮え切らない有紀の様子に湊は続ける。
「いつまでも悠長に構えていると他の奴に取られるぞ? 部活に集中するためにも早めに気持ちの整理をつけろよな」
「気持ちの整理、ですか?」
「手っ取り早く告って付き合うか振られるかしてこいってことだよ」
告白……。あたしが文春に、か。そんな勇気を振り絞れたら苦労しないんだけどな。
「……先輩は彼氏いるから余裕ですもんね」
「なんだ? 嫌味か?」
「べっつにー」
ベーっと舌を出す有紀を小さく小突き、湊は彼女の襟を掴み引きづるように体育館へと連れて行く。
有紀は途中で通りがかったメディア部部室を恨めしそうに見つめながら、先ほどメッセージを送った流星からの返事がまだ来ていないことに気づきスタンプを連打していた。
そしてそのメッセージを受け取っていた流星はというと、校庭の隅に位置する場所に陸上部の部室で一人険しい表情でスマホとにらめっこをしていた。
「『文春 清水 遊園地 デート 監視 絶対』ってなんだこりゃ? 検索ワードみたいな文送りつけてきやがって」
どこでこんな情報を知ったのかはどうでもいいが、フミが女子とデートね。それも最近転校してきた校内で美少女と言われてる女子と。…………まあアイツ面食いなところあるしな。俺としてはやっと女子に対して興味がわいてくる時期になったんかと思うだけだが。
「有紀のやつはそうはいかねえよなぁ」
幼馴染三人でよく行動していた仲もあり、流星は有紀が文春に好意を抱いていることを知っていた。というか身近にいなくても、彼女のリアクションで周囲の人間もそれに気付くのに時間はかからなかった。
だからこそ、尚更に彼女がどれだけの想いで一緒に過ごしているのかも理解していた。
「『監視 絶対』ってことはこれ強制参加かよ。でもまあ、ぶっちゃけ人の色恋沙汰を遠巻きに見るのは楽しいし面白そうだから行ってみっか」
陰ながら有紀のことを応援している流星であるが、ほぼほぼ野次馬根性である。
「あっ、やっべ。返信してねーからスタンプ連打してきやがった!」
流星は急いで既読をつけ、有紀に返信を返した。
『面白そうだから行くわ』
そんなメッセージを送った後、すぐに彼女から返事が返ってきた。
『あたしは全く面白くない! でもさんきゅー。バレないように尾行するから変装してきて』
「変装ってなんだよ」
流星は有紀からの返信に、思わず突っ込みを入れずにはいられなかった。
『てきとーにしてくわ』
そんなやり取りをしていると、部活のマネージャーである少女が部室に入ってきた。
「あ、いたいた! ちょっといい? 北斗君」
「ん? どうした?」
流星はスマホをポケットにしまいながら彼女の方へと足を運ぶ。
『明日は面白い一日になりそうだな』と一人楽観的な彼は肩を躍らせるように揚々とグラウンドへ走って行った。
◇ ◇ ◇
約束の週末となり舞台は遊園地の入場門前広場……のベンチの後ろに切り替わる。
入場門前の近くでは文春たち三人がチケットの売り場へと並ぶ姿が尾行する二人のサングラス越しに映っていた。
「お前さ……」
「……なに?」
先日、文春が女子と二人でデートをすると連絡をもらっていた流星は今日という日を楽しみに待っていたのだが、実際に来てみればそこには女子二人と文春一人という構図で、どう見ても友達同士の付き合いにしか見えない光景に大きく落胆していた。
「これはデートとは言わねえだろ」
「……ごめん。部室の前から聞こえてきた声を頼りに聞いてたから、その辺聞こえてなかったのかも」
有紀は若干申し訳なさげにその場に俯く。
「で、でもハーレム状態には変わりなくない? あれはどう見てもハーレムでしょ!」
「まったく思わん。ただの女子会にしか見えねえ」
女子二人はともかく、フミは女子みたいな恰好しすぎだろ。たまにアイツが同性と思えなくなってくる自分を客観的に見て死にたくなる。
「てか、これって俺らまるっきりストーカーだよな?」
「知らないの? 幼馴染は幼馴染のことをストーカーしてもいいんだよ?」
誇らしげにそう答えるポニーテールに俺は憐みの視線を送る。可哀そうに。そもそもこいつらの恋愛事情が進展さえしていれば、こんな小物じみたことなんてよかったものの。
「――――許せない」
唐突にそんな言葉を発した有紀は怒りのこもった瞳で文春たち三人を見据えていた。
「ど、どうした?」
心の中で『小物』とか思ったのバレたか?
「文春のやつ『かわいい』って言われたことに対して笑顔で『ありがとう』って返してる。あたしのときは『そんなこと言うな』と冷たく返すのにッ」
「俺にはありがたくなさそうに見えるんだけど」
マジかコイツ。この調子で一日中目くじら立てるとか言わねえよな? 来るの断ればよかったわ。
呆れた表情で嫉妬に燃える有紀をしり目に、流星は自販機へ飲み物を買いに向かおうと背を向けると、文春たちの会話がおぼろげに聞こえてきた。
『そんなの『遊園地デート』に決まってるよ!』
あろうことかこの言葉を発した人物は今有紀が最も敵対視する六花本人であった。
有紀は下唇を噛みしめ苦渋の表情に顔を歪ます。
「くぅぅぎぃぃうぅぅッ! やっぱりデートじゃんかああああああああああああああッ」
「遊園地で出す声じゃねえぞ?」
それにしても前々から思ってはいたけど、六花って文春のこと好きなんだな。周りから見てたらモロ態度に出まくりだわ。もう一人のお淑やかな感じの女子は文春の友達か? つっても有紀が部室前で盗み聞きしたとか言ってたから同じ部のやつか。
「てかこれ普通にアイツの部活の取材かなんかでここに来たってだけじゃね? デートってのも話しの流れで六花が言っただけだろ」
「あたしにはそう思えないよ……だって」
有紀は大きく深呼吸をすると顔を上げて。
「メスの顔しとるやんけッ!?」
「メスの顔ってなにッ!?」
カッと見開いた目を血走らせた彼女に流星はツッコむ。だが、興奮しきった様子は収まらずにさらに続ける。
「今時あんなあざとさマックスのテンション高め、距離近め、上目遣い多めのやつが現代に蔓延るか!? アイドルみたいな感じで文春に接近して! 文春が男だったら確実に食われてるよ!?」
「いや、アイツは男だから」
たしかに遠目から見ても六花の一挙動は自分のポテンシャルを生かしたアプローチに見えなくもないが。
「なーんか、俺には六花が作ってるようにしか見えないんだよなぁ」
六花の言動に違和感を覚える流星はどこか腑に落ちない様子で三人を凝視する。
「そうだね。『かわいいは作れる』って言うもんね」
「そういうことではねーんだけど」
流星たちがそんなやり取りを続ける中、当の三人はアトラクションの方へと移動を始めた。
そしてそれを後から追うように流星たちも一定の距離を保って尾行していく。
「おっ。最初はゴーカートか」
「懐かしいね。あたしたちもよく遊園地に来たときは必ず乗ってたよね?」
「お前が『ここに乗りたい!』って駄々こねるから俺たちは付き合ってやってたんだよ」
「えー? そうだっけ?」
俺たち三人はよく有紀が先導切って前を歩いて、俺と文春はその後ろからコイツが何かやらかさないかをハラハラしながら見守るって感じで一緒にいたよな。
「あたしたちの思い出の場所に今、文春は知らない女と来ているんだね」
「『知らない女』って。クラスメイトだろうが」
ゴーカートを楽しむ文春たちの光景を遠目から見る彼女の後姿が哀しく映る。
『おお――――っと! これは今日の最速記録が出た――――っ!』
アトラクションの会場内に響き渡るアナウンスを聞き、ふと我へと返った有紀は大きく目を見開いた。
「え? なんか清水さん一人でゴールしてるけど? え? なんか文春がもう一人の女子とイチャイチャしてるんだけど?」
「お、すげえなッ。フミの方はフォローしてるようにしか見えねえけど?」
「いや、あれはイチャついてるよね? コースアウトしてお互いに顔を合わせて通じ合ってるみたいな感じ出してるよね?」
「出してねえよ」
もう一人の女子にまで目を付け始めやがったな。惨めすぎていよいよ目も当てられなくなってくるぞ。
「なんか今日の文春いつもと雰囲気違くない? すごい楽しそうに女子としゃべっててさ」
「そうか? わりと俺たちといるときもあんな感じだろ?」
「そうだけどそうじゃないの!」
「意味がわからん。てかお前もさ、そこまで気になるんだったらとっとと告は――」
言いかけたところでそれを遮るように有紀は流星の腕を引っ張り歩き始めた。
「カフェの方に移動し始めた! 行くよ!」
ホント人の話し聞かないのな。そういうとこだぞ。
賑やかなに会話をしながら移動する文春たちに続いて、有紀たちはカフェへと入って行った。
店内に入ると有紀は『すみません。あそこのグループの近くの席にしてもらってもいいですか?』と女性の店員に懇願し席へとつく。
『はい! 今日ここに来た一番の目的のものはどれでしょうか!』
『えーっと、デートなら、スペシャルストロベリーWダブルチョコレートシェイクパフェ……かな?』
『正解! よくできました! さすが文春君! じゃあこれ注文しようか』
「う、上手いッ。文春にあんな甘々のカップルしか頼まなそうなパフェを注文させるなんてッ」
「ちょっと評価しちゃってるぞー」
流星は退屈そうにコーラを一口飲み、文春たちの動向に逐一目を光らせるデートGメンを静観する。
「やっぱりこれはデートだッ。もう一人の女の子はきっと見届け人みたいなポジションなんだ!」
「さっきも聞いたわ。つうか高校生のデートに見届け人呼ぶようなやつなんて聞いたことねえよ」
『はあー』と流星は大きくため息をつくと少し真剣な表情で口を開いた。
「お前もこの前フミとデートしてきたんだろ? そんなやつが他人のことに口出せる立ち位置にあるかね。ましてや恋人でもないのに」
「ぐッ! で、でもあたしのときはああいうデートっぽいことはなかったよ!」
「でもプレゼント貰ったんだろ? その髪のやつ」
「それは! そうだけどさ!」
そう言うと有紀は嬉しそうに頬を赤く染める。
「お前がフミのことを好きなのはわかるけどさ。こんな後つけていちいち嫉妬なんてするくらいなら、告白してアイツの気持ちを聞くことくらいに踏み出したらいいんじゃないか?」
この先まだ二年も残ってる高校生活をこんな風に過ごさせたくないしな。いち幼馴染として。
「そ、そりゃあたしも告白はしたいよッ。でも、文春はあたしのアプローチを軽く受け流すからさ……脈ないのかなって思って。告白したあとに関係がギクシャクするのが嫌なんだよッ」
俺自身、フミが有紀の気持ちに気付いていてわざと好意を避けているんじゃないか、とは思ったこともある。いや、事実アイツは避けているんだろう。その理由は、おそらく有紀と同じだと思うが。
だから、今目の前のコイツに必要なのは周りの人間からの言葉なんだろう。
「でもそれは『自分可愛さ』にお前が告白に踏み切れないようにしか見えないけどな」
「ッ!」
「結局さ、お前も、たぶんフミも、今の関係がなくなるかもしれないってのが怖くて前に進めないでいるだけじゃねーの?」
俺は別にコイツらに気の利いたアドバイスなんて出来ないが、背中を押してやることは出来る。
「告白して、付き合おうが振られようが、俺たち三人の関係なんて変わんねーよ。もし、お前らの関係がギクシャクしたときは、ちゃんと俺がフォローしてやるから安心しろ」
「……その言い方だと、あたし振られる前提になってない?」
「そうか?」
流星は意地の悪そうな顔で微笑むと、つられて彼女も笑みを零した。そこには彼の言葉に安堵したのか、柔らかな笑顔で真っ直ぐに瞳を輝かせる少女の姿があった。
「ま、流星がフォローしてくれるって言うんだったらさ。あたし、文春に告白したいと思うよ!」
「思うだけ?」
「今は!」
本当に世話のかかる幼馴染だ。お前らは。
「応援してくれてありがとうね! 昔からここぞというときに流星は頼りになるよね!」
「そう思うんならあんまし面倒ごとは控えてくれよ? お前とフミは根っからのトラブルメーカーなんだからよ」
「善処します!」
「……ホントかよ」
有紀にいつもの笑顔が戻ったところで、店内が混んできたからか雑多なざわめきが止まない中で文春たちの会話が二人に聞こえてきた。
『そういえばですねっ』
『ん? どうしたの?』
『蒼君と清水さんって最近すごく距離が近いというか……仲良しですよねっ』
どうやら見届け人と思しき女子が文春と清水の関係に言及しているところらしい。
その言葉を聞くや否や、有紀は獲物を求める狩人の形相で三人を静かに覗く。
『そー見える?』
『はいっ。同じ部活の部員として転校生の清水さんが馴染んできたのも蒼君と一緒にいたからかなっと思ってましたが……』
「そんな身構えて聞く内容か?」
「しッ! 会話が聞こえなくなるでしょーがッ」
彼女はぼんやりと呟く流星を一喝し再び聞き耳を立てる。
『だって私、文春君のこと好きだからね』
場の空気が一瞬にして凍り付いたのを流星は実感した。
「マジでか。って有紀、さん?」
殺気を感じた流星は恐る恐る有紀の顔を覗き込む。
悪鬼羅刹がおった。
「あの女許すまじてッッ!」
「そ、そうだよね~。さっき決心ついたところで告白なんて先越されちゃね~。で、でもな有紀。告白に早いも遅いもないんだぜ? な? だからそのフォークを一旦テーブルに置こうぜ?」
やばい。死人が出る。主に八つ当たりをされる俺が。
そう直感した流星は荒ぶる有紀を抱えて店内を後にすることにした。
その間彼女は何やら会話を続ける三人から目線を逸らすことなく『ぽっと出のくせに。ぽっと出のくせに。ぽっと出のくせに。ぽっと出のくせに』と呪詛でも流し込むように言葉を吐き続けた。
そんな有紀の様子に女性店員は終始ドン引きした様子で愛想笑い混じりに『ま、またお越しくださいませ~』と二人を見送る。
カフェから離れて二人は再び入場門前のベンチに腰を掛けていた。変わらず有紀は呪詛のような言葉を吐き続けており、流星は『なんてタイミングで告白してんだアイツ』とうなだれる。
「はあー。とんだ瞬間に出くわしちまったな」
「……」
「あ、呪詛止んだ?」
フミのことだからあの場で告白の返事を、なんて度胸はないだろうけど。それに後半で『んー! 友人としてライクなのはあたりまえだけど……そっちは内緒!』という六花の声が聞こえてきたから、今日のアレはガチの告白ってわけでもなさそうだ。
「とりあえず、あの後の会話の感じだと本気の告白ってわけではないだろうから、ひとまずお前は落ち着け」
そう有紀をなだめると流星は自販機で買ってきた炭酸飲料を渡す。
「……ありがと」
力なく返事する彼女に流星は居たたまれない気持ちで話しを続けた。
「今日は半分フミをからかうつもりで六花はああ言ったんだと思うが、どのみちアイツは告白すると思うぞ」
「……そうだね」
フミも普段ならああいう冗談まがいのやり取りは受け流すもんだと思っていたが、あながち満更でもない反応をしていたからな。これはちょっと頑張んないとだな。
「別に今すぐ告れなんてことは言わねーけど。お前も本気で決心して向き合わねーと」
この場を励まそうと言葉を絞り出す流星に有紀は重たい口を開く。
「……うん。わかってるよ。正直、清水さんがあんなに本気で文春のことを好きだなんて思わなかったし」
有紀は気付いていた。冗談めかして話しを続けた六花の表情に一瞬哀しげな様子を覗かせいたことを。同情するつもりではないが、彼女もまた自分と同様に何か不安を抱いているのだということを。
「あたしはさ。たぶんあの子が転校してきてこなかったら、ずーっと今の関係のまま何もできずにいたんだと思う」
彼女の瞳にもう迷いは消えていた。流星の言うとおり『告白に早いも遅いもない』というのは事実だ。もし、あの後二人の間に何かがあったとしても自分の胸にあるこの想いは伝えなくちゃいけないんだと、そう心に薪をくべるように有紀は自分を奮い立たせていた。
「あたしは自分のために。今まで言えなかったこの気持ちを正直に伝えるために。文春に告白するよ」
「あぁ」
やっと良い面構えになってきたじゃねえか。お前が真剣にバレーボールやってるときの面に。
これは直接言わねえけどさ。中学の時に、フミはお前がバレーやってるときの姿を見て、そのひた向きで一生懸命に好きなことへ熱中する姿を見て、興味がないとか言ってた陸上部に入部してきたんだぜ。
「俺が応援してるんだ。どっちに転んでもいいように保障してやるぜ?」
「そこは『成功する方に賭けるぜ』とかって言えよ」
有紀と流星はお互いに笑い合った後、家路へとついた。来るべき、告白の日に向けて。
『告白するときは近くで見守ってて』
「…………え? 俺もそっち行かないとダメなの?」
帰宅後、スマホに届いた有紀からのメッセージを見て流星は今日一番の深いため息をつくのであった。