episode6 事前準備は入念に
今日は久々によく晴れた天気だ。最近はずっと雨が続いていたから日差しが新鮮に感じるな。
清水さんが転校してきて二週間が経過した。
あの後、僕と清水さんは他の部活の取材を回り、最終的に清水さんはメディア部へ入部することになった。彼女は誰にでも人当たりがよく、メディア部の他の部員ともすぐに打ち解けていた。美少女転校生のコミュニケーション能力の高さには驚かされる。ひょっとしたら有紀よりも人と打ち解けるのが早いんじゃないだろうか。
ちなみに彼女からのアプローチは転校初日から相変わらず続いており、僕はのらりくらりとかわしているつもりだ。
有紀も最近はよく僕と清水さんが一緒にいるとどこからともなく間に入ってくるようになった。二人とも表面上は仲良さげに見えるのだけど、時折不穏な空気が流れることもあるのでちょっと心配だ。
「おはよう、文春」
「あ、おはよう。有紀」
教室に入ると有紀が話しかけてきた。
「……清水さんとはどうなの?」
「どうなのって。今日も放課後は部室で一緒に取材した内容を記事にまとめるけど」
「そうじゃなくて――」
と言いかけたところで有紀はなにか思いとどまったような表情で。
「いや、とくになにもないならいいや。文春ってそういうやつだもんね」
「なんだよ、そういうやつって」
「なんでもない。気にしないで」
有紀はそう言うと自分の席へと戻っていった。
有紀が何を言おうとしたのかはよく分からないけど、僕は僕でやらなきゃいけないことがある。それは……。
「……よし、こんな感じかな?」
記事のフレームはあらかたできたし、あとはどこに取材内容をバランスよく配置していくかだな。このあたりの作業は放課後に部室でやっていこう。
今日はいつもより授業が進んでいくのを早く感じた。
清水さんはいつものように事あるごとに僕へ話しかけ、それに有紀が入ってきて流星が後ろからからかってくる。何気ない日常の風景だ。
放課後になると僕たちはそれぞれ部活へと足を運ぶ。
部室に入るとすでに清水さんと瑠璃川さんが待っていた。どうやら僕の方が遅かったようだ。
「ごめん、ちょっと遅くなった」
「大丈夫だよー! 私もさっき来たところだから!」
「私も今着いたばかりです」
そんな会話を交わしつつ、僕達はそれぞれの作業にとりかかるのだった。
作業が一段落ついたところで部室の扉が開いた。
「おっつー。みんな調子はどうよ?」
入ってきたのはメディア部二年の副部長、横島希紗先輩だ。僕を漫研に売った張本人だ。
「あ、先輩。いたんですね」
「最近、蒼君は冷たいなー。まだ私が漫研で蒼君のエロ同人誌作ったこと怒ってんの?」
「怒るに決まってるでしょう」
横島先輩は『まあまあ。これでも食べて落ち着けって』と言いながら、駅前のちょっと高めのシュークリームを僕たちに配った。
まあ、僕がいくら甘党とはいえ、こんなシュークリームで許すわけないけど? 今回は部室の空気を悪くするといけないから甘んじて受け入れるとしようか。
「で、今日はみんなどんくらい進んだ?」
「僕はもうすぐ終わるところです」
横島先輩が部室に入ってきてから再び作業を始めた僕は先ほど取材した内容をまとめているところだった。
「じゃあ、私が一番だね!」
清水さんがそう言い、今日の取材内容をノートにまとめて横島先輩に渡す。
横島先輩はそれを見ながら言った。
「いやーでもあんたらこの短期間でよくここまでまとめたよね。これ掲示までまだ一週間あるでしょ?」
「そうですね。最初はそんなに長くないのかなって思ったんですけど、結構やることいっぱいありましたし」
横島先輩の言葉に瑠璃川さんが答える。
「たしかにー。各部活の取材したり、取材メモまとめたり、インタビュー内容考えたりでやること多かったよね!」
「そうですね。ですがなんとか無事に終わったのでよかったです!」
確かにここ二週間は濃密だったと思う。
「まあでもこれであとは写真とか配置していくだけだし、みんな頑張ってね!」
横島先輩がそう言うと、それにつられて他のみんなも『はーい』と返事をした。
「あ、ところで先輩。真宵君の方はどうです?」
真宵寛太は僕たちと同じ一年生の男子だ。たしか彼は病み上がりの後復帰して、今は放送周りの担当をしていたはず。最近見かけないからちょっと気になってんだよね。
「真宵君は引き続き私と一緒に放送の方をやってくれているよ。あっちはあっちで学校行事の打ち合わせとかも兼ねてるから今は手が空いてないみたいね」
「みたいねって、他人事ですよね」
「うん。全部押し付けてきたから」
こういう人が将来会社で部下に仕事を押し付けるパワハラ上司になるのだと思う。
「そうそう! そんなことよりみんなに週末行ってきてほしい取材があってさ!」
「なんですか? 週末ってことは土日ですよね?」
僕がそう聞くと横島先輩は鞄からなにかのチケットを三枚取り出し、僕たちに見せた。そのチケットは僕もよく知っているものだった。
「これ、羊山メリーランドのチケット! 夏休み前に地元の遊園地の紹介記事を書いたらどうかって、先生に渡されたんだよ! 私と一緒に行く予定だった友達が急に予定入ったみたいでさ! よかったら代わりに行ってきて! てか行け!」
横島先輩から渡されたのは地元民なら誰もが知る遊園地のチケットだった。てか強制参加じゃないか。
「メリーランド? 遊園地?」
「そういえば清水ちゃんはこっちに転校してきたばかりで行ったことないんだっけ? ちょうどいいから、蒼君と瑠璃川ちゃんの三人で一緒に行ってきなよ! もちろん蒼君は強制ね」
「なんで僕だけ強制なんですか……」
「だって、蒼君はどうせ暇でしょ。だから一緒に行ってあげて!」
「余計なお世話ですよ! 僕だって予定くらい…………ありますけど?」
「なんで疑問形なの? ないんだから行ってきて」
「は、はい」
半ば強引に行くことになったけど肝心の二人はどうだろう。
「私も週末は家の手伝いがないので大丈夫ですよ」
「私も行きたい! すっごく楽しみだな!」
行く気マンマンですね。
「じゃあ、週末は三人ね! 楽しんできてよ!」
「楽しむっていっても取材でしょう?」
「そんな真面目に考えなくていいって! 取材なんて二の次で普通に遊園地を楽しんできなさい」
そう言うと横島先輩は意気揚々と部室を出て行った。
まったく勝手な先輩だな。
横島先輩が出て行くと今度は瑠璃川さんが口を開いた。
「それでは週末、駅前に集合して地下鉄から向かいましょうか?」
「そうだね。その方が清水さんにとってもよさそうだし。清水さんもそれで問題ない?」
「問題ないよ! じゃあ駅前についたら連絡するね!」
そう言って僕たちは週末に取材もとい遊びに行く約束をした。
最近はイベントで続きでゆっくり休めないことが多いなぁ。はあ。
文春たちは再び作業に戻ると、部室の前をたまたま通りかかっていた有紀はわなわなと口を震わせていた。
有紀は遊園地のくだりから部室の中で交わされていた会話を盗み聞きしていたのだ。
「これはゆゆしき事態ね。まさか、文春と清水さんが遊園地デートに行くなんて……あたしはどうすれば」
有紀はジャージのポケットからスマホを取り出すと、一目散に流星へと週末の予定について連絡をしていた。
「これ以上あの女の好き勝手にされないように監視しなきゃ!」
そんな有紀が盗み聞きしているとはつゆ知らず、六花は週末の予定に喜びを隠せないでいた。
――キタ――――――――ッ! このチャンス逃さまいて!
ここ二週間ほどメディア部の面々と一緒に時間を過ごしてきたが、自分以外の女性が文春に好意を寄せいているような素振りはとくに見られなった。
これはすなわち明日の遊園地取材に瑠璃川翠が一緒に同行しようとも、彼女は文春を異性として意識していないので実質自分と文春のデートになるんじゃないかと。
男性経験皆無の六花はとりあえずスマホでデートの必勝法をググっているのであった。
――『遊園地 デート 処女卒業 方法』っと。ぐっふっふっふ、ここで王手をかけるのよ清水六花。事前準備は入念にしないとだわ。
そして水面下でそんなやり取りが行われていると知らない文春と翠は、週末の取材の段取りを考えつつ目の前の作業に集中していた。