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episode5 漫研部は僕の天敵

 放課後の学校は、徐々にオレンジ色に染まりはじめていた。一日の疲労が肩に重くのしかかり、僕の足取りも重くなる。

 今日は朝から転校生の清水さんの相手をしていたのだが。距離がすごく近いし、質問攻めにあうし、有紀からは悪態をつかれるしで一段と疲れたな。

 いつもは会話に混ざってくる流星も清水さんに気を使ってなのか、どこか遠慮がちでほとんど僕一人でやり過ごしていたから。

「はぁ」

 思わずため息がこぼれる。

 有紀の僕に対する気持ちは分かっている。新しく来たかわいい女の子と僕がずっと話していることにヤキモキしているんだろうと思う。問題なのは、清水さんの方だ。

 彼女と一日も接していればその好意に気づかないはずもない。僕はそこらのラブコメの主人公とは違う。あんなに露骨にアプローチをされていたら普通に勘づく。そして、彼女はそれを見越した上で僕に迫ってきているんだ。

 僕も一応思春期の男子だし、あんなにかわいい子からアプローチを繰り返されたら正直悪い気はしない。でも、今は部活の方に熱中したいから、やっぱりここもどうにかやり過ごして、僕からの興味を引くように仕向けたいんだ。

 別に恋愛なんてこの先の人生でいくらでもできるんだから。それなら今この高校生活中にやれることを精一杯やりたい、というのが僕の考えなんだけど。

「有紀に変な勘違いされなきゃいいんだけど……」

 親しき仲にも礼儀あり。いくら好意を寄せてくれるからと言って、僕ばかりが不誠実な態度で接していては彼女もきっと気分を悪くするだろう。

 今までも女子に好意を寄せられるなんてことはあったけど、幼馴染がその中に含まれるとなると、なんというか難しく考えてしまう傾向にあるのかもしれない。

「はぁ」

 またため息が出た。なんかこんなんばっかりだな僕は。

 今日は瑠璃川(ルリカワ)さんが家の手伝いでお休み、もう一人の部員は昨日から風邪で学校を休んでいるみたいだし、取材は僕と……清水さんの二人か。

 日中はまだ他に人がいたからなんとかなったけど、放課後二人きりっていうのはちょっとつらいところがあるかな。

 取材先の部活は漫画研究部とテニス部か。テニス部はこの前の取材でいなかった部長のみのインタビューとして、問題は漫研だよな。僕と流星が題材となった作品の没収をしなくちゃいけないし。

 有紀がちょうど実物の本を持っていたから少し読ましてもらったけど、途中で僕の尊厳と貞操が破壊されていく音が頭の中に鳴り響いて最後まで直視できなかった。

 僕の後ろに流星のあんなものが…………おっええ。

「ちょっと憂鬱な気分になるよな……」

 僕が独り言をつぶやいたそのとき。清水さんの声が聞こえてきた。

「文春君! お待たせ!」

「ん。大丈夫だよ。今日は2つしか回らないし、時間もあるからゆっくり行こう」

「うん!」

 清水さんが小走りに駆け寄ってきて、僕の隣に並んで歩く。

 

 そんな疲労気味な文春をよそに六花は喜びに満ち溢れていた。放課後の時間、文春と一緒に過ごせるこの時間を一瞬一瞬脳裏に刻んでいたのだ。


 ――なんだか憂鬱気な表情の文春君も素敵ね。転校初日からこんな幸先の良いスタートを切れるだなんて恐悦至極よ。


「最初は漫研の取材だよね! 私、漫研ってどんなところか気になってたんだ!」

「清水さんは漫画とか読んだりするの?」

「うん! お兄ちゃんがよく漫画を買ってくるので、その影響でアニメとかも観たりしてるんだ!」


 ――男の子ならこういう話しの方が食いつきやすいものね。私が隠れオタクで良かったと今日この日初めて思えたわ。ありがとう、お兄ちゃん。帰ったらアイスを奢ってやらんでもないわ。


 六花は無邪気な笑みとは裏腹に心の中では歪んだ表情でほくそ笑む。そんなことなど知り得ない文春は。

 

 意外だな。僕はてっきりファッション雑誌ばかりを読んでるものと思ってたけど。

 ただただ彼女との会話を素直に続けていた。

「どんなの読むの?」

「いつもは少年漫画がほとんどかな! 最近だと『商店街の祓屋』って漫画がイチオシ!」

「それ僕も読んでるよ。けっこうおもしろいよね」

「ホント!?」

 商店街の祓屋といえば、ヒーローとヒロインがそれぞれ活躍する陰陽(おんみょう)ファンタジーだ。商店街を舞台に派遣された祓屋のヒーローが襲い来る(あやかし)をヒロインと一緒に祓っていく王道ものだったな。ヒロインが有紀に似た勝ち気な性格で炎の術を使うのに対して、ヒーローはクールな性格で氷の術を使って闘うんだよね。

 バトルものを読んでいるのはお兄さんの影響なのかな?

「たしか今は『蘆屋カンパニー襲来編』だっけ? 妖とのバトルから対人戦闘に変わって一層面白くなってきたよね」

「そう! とくに私の推しの天道榊様の登場シーンはすごいよくて! ――ッ!」


 ――やっちまったわ。ついテンションが上がって登場キャラを様付けしてしまったわ。


 六花は自分のミスにハッとし、おそるおそる文春の顔を確認してみる。

「あ、ごめんなさい。盛り上がりすぎちゃったっ」

 そう言って彼女はあざとく舌を出して頬を赤く染める。


 ――これでごまかすしかないわ。もし追及されるようなことがあればここで舌を噛み切ることも辞さないわ。


「なんとなく、清水さんって漫画やアニメとかってあんまり興味なさそうなイメージだったから、ちょっと意外だなっては思ったかな」

 それにしてもけっこう読んでるなこの人。見た目とのギャップがすごい。いや、別に惹かれてるわけではないけど。

「ふふっ、よく言われるの!」

「そうなんだ」

「だから、こうやって趣味のことを話せる人が近くにいるのが嬉しくてついはしゃいじゃうの!」

「あはは、大げさだよ」

 六花、心の中で超ガッツポーズをする。


 ――よっしゃ! なんとか乗り切れたわ! やっぱりこっち系の話しは危ないわね。でも久しぶりに好きな漫画の話しで盛り上がれたわ。自分の好きなものには素直に好きを通さなくちゃね。天道さまに不敬に値するわ。


「そんなことないよっ!」

 明るくてよく笑う子だ。今日会ったばかりの僕にも気さくに話しかけてくれるし。普通の男子ならここで恋に落ちているんだろうな。

「でも、本当に意外だなって」

「そう? 私ってそんなにお堅いイメージ?」

「いや、お堅いというか、もっとこう……女子高生って感じのファッションとかに興味のあるようなイメージだったからさ」

「そうかな?  ふふっ。文春君っておもしろいの!」

 いや、別におもしろくはないと思うんだけどな。

「私はね、自分の好きな(漫画やアニメ限定で)ものには素直でいたいの!」

 そう言って彼女は僕の前に躍り出てくるりと1回転して見せた。スカートがふわりと浮き上がり、彼女の細くて白い足が覗く。

 自分の好きなものには素直に、か。その気持ちは分かる気がするな。

「だから私は自分の好きなものに素直でいるの! それがアニメでも漫画でも、なんでも、ね!」

「そっか」

 素直に自分の好きなものを好きと言えるのはすごいな。ちょっと、羨ましいかも。

 そう話しをしていたら漫研の部室が近づいてきた。

「じゃあ、まずは漫研に行ってみようか」

「うん!」

 二人で漫研の部室の前に立つ。ここが、漫画研究部の部室か。初めて来たけど、意外と普通っぽいんだな。もっとこうオタクっぽいというかアニメチックな装飾とかされてるのかなとか思ってたけど、そんなことはなかったみたいだ。

 扉を開くと目の前には作業用と思われる机が並び、席にはそれぞれ数名ほどの部員が座って僕たちに気づいてないような様子で一心不乱にペンを動かしていた。

「あのー、メディア部の(アオイ)です。今日は校内新聞に載せる部活動紹介の取材で来ました」

 僕たちが入ってきたことに気づいていなさそうだったので、少し大きめに声を張った。

 すると一番奥の席に座っていた部長らしき小柄な女子生徒がその小さな顔には大きすぎる丸眼鏡をくいっと持ち上げて、こちらに振り返った。

「ああ! メディア部の蒼さんですね! お待ちしておりました!」

 彼女はそう言うと席から立ち上がりこちらへ小走りで駆けてくる。

 そして僕たちの前まで来ると、スカートをちょこんと持ち上げお辞儀をした。

「私は漫画研究部部長で二年の堂島絵美(ドウジマエミ)です」

 あ、この人が部長なんだ。なんかすごく大人しそうな人だな。僕と流星で薄い本を出しているというから、もっとこう……オタクっぽいというか、奇抜な髪形とかしてるイメージだったけど。でも、よく見たら髪形は毛先がウェーブのかかった長髪で肌は僕よりも白くて外国の人形みたいだな。

 僕も男子の中ではそこまで背が高い方ではないけど、そんな僕が視線を下に向けないと顔が見れないくらいには身長の小さな人だ。

「部長さんだったんですね」

「はい! よろしくお願いします!」

「こちらこそです。じゃあ、さっそく取材の方させてもらってもいいですか?」

「はい! あ、でもその前に部員のみんなに声をかけてくるので、こちらのソファにお座りください」

 そう言って彼女は作業中の他の部員に声をかけにいった。

 僕たちは堂島先輩に言われたとおり、応接スペースのような空間にあるソファへと座った。

「先輩が戻ってきたら取材始めようか」

「うん!」

 清水さんは元気よくそう返事をすると、漫研の部室の中をきょろきょろと見回していた。

「どうしたの?」

「……『星駆ける春』って本はどこにあるのかなって」

「それは今から僕が没収するんだよ」

 誰だ。彼女に余計なことを吹き込んだのは。

「うお! この前部長が書いた大作のモデルがいる!」

「え!? まって!? 実物初めて見たけどめっちゃかわいい!」

 何やら向こうで盛り上がってるようだけど。あれ描いたのってあの人だったのか。雰囲気的には、木漏れ日のあたる中庭でローズヒップティーを味わいながら文庫本を嗜む方があってる気がする。

「ふふんっ」

 なぜか僕の隣では清水さんが誇らしげに胸を張っていた。


 ――当然じゃない! この人は私の夫になる人なのだから。


 鼻高々な態度の六花をしり目に僕は小さくため息をつく。

「お待たせしました!」

 そう言って堂島先輩は僕たちとは向かい側のソファに腰をおろす。それに合わせて僕も姿勢を正した。

 先輩は僕の隣に座っている彼女に目を配り。

「そちらの女の子は校内で拝見したことのない方ですが……」

「私は今日この学校に転校してきました! 清水六花です!」

「まあ! そうなんですね! ということは、蒼さんと同じクラスでしょうか?」

「はい!」

 先輩が僕へと視線をスライドさせる。

「そうですね。清水さんは僕と同じクラスです」

「そうですか! では改めて、私はこの漫研部の部長をしています二年の堂島絵美といいます。蒼さん、清水さん、本日は取材の方よろしくお願いしますね」

「こちらこそお願いします!」

 清水さんはそう言ってぺこりとお辞儀をした。

「では早速取材の方を始めても大丈夫ですか?」

 僕がそう聞くと彼女は少し申し訳なさそうに眉尻を下げて言った。

「その前に1つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「はい? なんですか?」

 先輩は一呼吸おくと意を決したように口を開いた。

「蒼さんは後ろの方はまだ処女ですか?」

「何言ってんだ」

 いきなり何を言い出すんだこの人は!?

「いえ、この前私が描いた作品では開通済みなのですが、もし現実でもそうなのであれば巻末の注意書きにある『この物語はフィクションです』を『この物語はノンフィクションです。おめでとうございます』に修正した方が良いのかな、と」

「本人目の前にしてよく堂々とそんなこと聞けますね! ノンフィクションですよ! ノンフィクション!」

「その反応は私の作品をすでに拝見されているのですね! 嬉しいです!」

 忘れていた。さっきまでは優雅に中庭でローズヒップティーを飲んでいるようなお嬢様なイメージだったけど、実際この人は他人のヒップにあらぬ幻想と欲望を手掛けた作品を作るような人間だった!

 後ろがもぞもぞしてきたぞ!

「よかった。まだバージンは守っていたのね」

 清水さんがボソッと呟いたけど、声が小さくてよく聞き取れなかった。

「あーっと、堂島先輩。今回は取材の他にその本についても僕の方からお願いがありまして……」

「続編のご希望ですね! すでにペン入れに入っていますのでご安心ください!」

「安心できるか! 没収しに来たんですよ! 没収!」

 そう言うと堂島先輩はキョトンとした顔で小首をかしげる。


「「どうして?」」


 なんで清水さんまで一緒に先輩と同じリアクションしているのかは気にしないでおこう。

「実はこの漫画はですね……もうアップロードしているんです」

「……アップロード?」

 おやおや? おやおやおや? 僕はてっきりアナログな手法だとばかり思っていたんだけど。だって有紀に見せてもらったのはしっかりの本の形になっていたし。

「本という形にしたのはほんの数冊だけで、基本的に私たちの部活動で制作した作品はインターネットにアップロードして、たくさんの人からの感想や評価をいただくというのが主流になっています」

 とてもにこやかな表情で話す先輩の姿が今の僕には悪魔のように写っている。どこかに腕の立つ悪魔祓いはいませんか?

「大丈夫、文春君。私は処女よ?」

 いきなり何を言い出すんだ清水さんは? 同情しているのか?

「あの、清水さん、なにを……」

 ハッとした彼女は慌てて自分の頭をコツンとたたき。

「美少女をかんじゃったみたい! えへへ!」

「そ、そうなんだ」

 脇汗すごいよ、とはさすがに今日会ったばかりの女子の前では言えなかった。


 ――危ないわ。私ったら今日は自制心が効かないわね。脇汗バレてないかしら?


 すでにバレている。

 

「蒼さん。インターネットにアップロードしたということは、もうすでに私たちの作品は多くの人の目に触れているということですよね?」

「……そうですね」

「では、その感想や評価はどうなっていると思いますか?」

「え? それは……良い意見も悪い意見もあるんじゃないですか?」

 あ、なんか嫌な予感がする。この流れはまずい気がするぞ!

「はい! その通りです! つまりですね!」

 堂島先輩は立ち上がり僕の目の前まで来て言った。

「すでに『春×星』『星×春』というカップリング論が私の投稿したページのコメント欄で舌戦が繰り広げられ、一部の界隈では大きな盛り上がりを見せております。今年の夏コミの予定も立てておりますし、一定数以上のファンを抱えるこのコンテンツにおいて! 何者も私たちの邪魔はできないということなんですよ! だって部活動としての実績を出しているのですから! あとはシンプルに儲かるからです」

 この人うやむやにしてこの場を逃げ切る気だ! というか最後の言葉が本心じゃないのか?

 僕の隣で清水さんがうんうんと頷きながら拍手を送っている。その後ろでは漫研の部員たちも同じように拍手を。

 ダメだ、もうこれは諦めるしかない。そもそも校長先生が重版を検討している時点でこの学校に僕の仲間はいないんだ。ごめん、流星。

「文春君? 神の御前よ? そんな悲しい顔をしないで?」

「……清水さん? なんかここに来てからキャラ変わってない?」

 女の子ってなに考えてるのか分からない。

「あー、えっとー。それでは漫研での活動は主に制作した作品をネットにアップロードして評価や感想を得ることで部員全体のモチベーション向上に繋げている~って感じですかね?」

「そうなりますね!」

「それではあと堂島先輩に漫研のおすすめポイント、というのを提出いただけたら取材は終了になります」

「おすすめポイントですね! 分かりました! 後ほど提出しにまいりますね!」

「はい、お願いします」

 疲れたなあ。しばらく漫研には近づかないでおこう。ネタにされそう。

「それでは、取材の方は以上です。ありがとうございました」

「ありがとうございました!」

「いえ! こちらこそ取材のためにご足労いただきありがとうございました」

 なんというか、こういう言葉遣いや立ち居振る舞いはしっかりしているんだけどなぁ。

「清水さん、帰ろうか」

 これ以上ここにいては自分のあずかり知らぬところで恥ずかしい妄想が本になる可能性が増えそうだ。なるべく早く立ち去るに限る。

 僕は清水さんと一緒に部室を後にした。

「なかなか楽しいところだったね!」

「そうかな。僕はすごく疲れたよ。しばらくは漫研に行かなくてもいいかな」

「私はまた来たいな!」


 ――だって例の本を手に入れていないんだもの。軍資金は問題ないわ。


 自分と正反対にはしゃぐ彼女を見て文春は肩を落とす。

「そうだ! 私ってまだ文春君と連絡先の交換していなかったよね?」

 スマホをカバンから取り出すとQRコードが表示された画面を差し出してきた。

LEIN(レイン)! やってるよね? 交換しよ!」

「うん、いいよ」

「ありがと! これからもいっぱいお話しできるね!」

「ははっ、お手柔らかに頼むよ」

 連絡先を交換したあと僕たちは今日最後の取材先であるテニス部の元へと向かった。テニス部の取材は漫研と違ってスムーズに進行することができた。やっぱり普通の人が一番だな。

 今夜は早く寝よう。

 取材を終えた後、僕たちはそれぞれ別れを告げて家路についた。

 僕は家に帰るとすぐに自室へと引きこもった。学校の取材で精神的にも肉体的にも疲れてしまったので、今日はもう何もしたくない。

 ベッドへ横になり、スマホをいじっていると、ふと清水さんからメッセージが届いていることに気づいた。

『今日は取材に付き合ってくれてありがと! 明日もよろしくね!』

『こちらこそ、今日はありがとう。また明日ね』

 僕はそう返信してスマホを枕元に置いた。そしてそのまま目を瞑る。

 仮眠を少しとってからご飯とお風呂にしよう。

 明日からも忙しい一日になりそうだ。

 いつもと違った非日常的な一日から解放された文春はしばしの眠りへとついた。


 その一方で文春の今日一日の疲労の原因となった本人はというと、帰宅して早々ベッドに顔をうずめて悶々としたように体をくねらせていた。

「さいっっっっっこ――――の一日だったわ! こんなに充実した学校生活を送ったのはかつてないわ!」

 文春君ったらところどころで私をエスコートしてくれるんだもの! 扉を開ける時だってまず最初に私を通してくれるし! 紳士だわ! イケメンだわ!

「ふふふっ、文春君。これだけ今日一日でも積極的にアプローチをしたんだもの。きっと少なからず私があなたに対して好意を寄せていることに気づいたはずだわ! ラブコメの主人公じゃなければ! 待ってなさい。きっと私があなたを攻略してみせるから」

 愉悦な笑みに『ふふふふふふ』と込み上げる衝動を抑える(かたわ)らで、ふと六花は我に返ったように今朝の有紀のことを思い出す。

 私ほどではないにしてもあれだけ可愛い幼馴染がいて、しかもデートした上にアクセサリーなんてプレゼントするような仲にも関わらず付き合ってないなんてね。まあ天野さんの方は十中八九で文春君に片思いしているのは明らかでしょうけど。彼自身は彼女のことをただの女友達としてしか認識していないのかしら?

「文春君の真意が気になるわね」

 どちらにしても天野さんはあまり積極的にアプローチをしている節は見られなかったから、私にとっての脅威にはなり得ないでしょうけど。でも幼馴染というステータス自体は漫画やアニメでは大きなアドバンテージとなるもの。決して油断はできないわね。

「スーハ――スーハ――」

 六花は文春と有紀の関係性に疑念を抱きつつ、今日一日文春の近くにいたことによって制服にわずかについた彼の残り香を鼻にくぐらせているのであった。

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