episode4 ファーストコンタクトが大事
私立の高校に入学してすぐ、両親の転勤が決まり私も一緒に転勤先へと引っ越しをすることになった。
私の両親は転勤が多く、行く先々で友達を作っては別れての繰り返しが普通の日常となっていた。お別れした友達の中には今でもメッセージのやり取りをしている子もいるが、ほとんどとは疎遠になっている。
幼少期からこんな生活を繰り返しているんだ、他人に対して友情が芽生えるなんてことはほぼない。だから別れても全然寂しくなんかないわ。
だって私は愛想がよくて、明るくて、顔がよくて、スタイルがよくて誰からも愛されるような模範的な美少女転校生というキャラクターを行く先々で演出出来るから。だからそんなキャラクターを演じていれば勝手に友達ができるの。勝手にみんなが私のことを好きになってくれるの。
でも私は別にみんなのことは好きでもなんでもないわ。どうせ両親の転勤が決まったら、みんなとはまたお別れするんだから。
それまでの間、私はこのキャラクターを演じるの。それが自分の今までの人生で学んだ私が賢く生きていく方法なんだもの。
私は今日も元気で愛想よく、明るくて可愛い美少女転校生を演じるわ。
担任となる姫川先生はすごく負のオーラが強い女性で、話しをしているときはほとんどの語尾に『鬱です』を付けるような癖のある人物だった。初めて会ったときは本当にこの人が担任で大丈夫なのだろうかと不安が過った。
姫川先生は私と目線を合わせてくれない。陰キャ特有の対人に不慣れなゆえ出る行動なのかなと思ったけど、リアクションを見ていると不慣れっていうよりかは何か太陽を直視したときに目線を避けるような仕草に近く感じた。
どうやら最初に姫川先生が説明をしてから私が教室に入るという話しらしい。
気のせいだろうか。先生の陰りがどんどん濃くなってきているような気がする。版画みたいだわ。
姫川先生は話し終えると同時に一目散に教室へと入っていった。
さて。この高校でも美少女転校生としてみんなに好かれるよう頑張るとしようかしら。
私がフェイスアップをして笑顔の準備をしていると、姫川先生が教室から助けを求めるような視線を送ってきた。
「……そろそろか。ん~! この学校でも天真爛漫な美少女を演じないとねっ」
そう意気込み、姫川先生の『入ってきてください』の言葉と同時に元気よく教室へと入っていった。
「おはようございます! 転校してきました清水六花です! 両親の転勤の都合で引っ越してきたばかりで、まだこのあたりのことも分からないことだらけなので教えてもらえると嬉しいです! これからの生活よろしくお願いします!」
とびきりの笑顔とともに少し胸を張り、人差し指を顔の下あたりに持っていきフェイスラインをシャープに見せる。これで前列の男どもは私の可愛さに太陽礼拝をささげるほどハートを掴まれただろう。
しかしこのアプローチはあまり同性受けがよくない。といってもどうせほとんどの人間は私のことを好きになってくれるだろうから、アンチが沸こうが関係ない。負け犬は吠えさせておけばいいんだもの。
「前の学校では『りっちゃん』『リツ』って呼ばれてたよ! みんなもよかったら呼んでね!」
前列は成仏したわね。
にしてもこのクラスの過半数はもうすでに私のビジュアルに虜になっているものだと思ったのだけども、意外と手ごわいわね。前列の男子どもは鬼籍に入ったというのに、その後ろの列以降はほとんど普通の転校生がきたときのリアクションそのものだわ。
女子に至ってもとくに私に対して嫌悪感を抱いているような表情は見せない。ただ普通に転校生を迎えている絵面だわ。
どうなってるのこの高校? ひょっとして私よりもさらに上の次元の美少女がいるってこと? 私は死神も虚も超越した存在だと思っていたのに、そのさらに上の次元の存在が目の前に立ちはだかっているとでもいうの!?
「それでは清水さんの席はあそこの空いている席でお願いします。隣に座っている蒼君が面倒見てくれると思うので頼ってください。私には頼らないでください。まぶしすぎて鬱になります」
姫川先生に促された先へ目を配ると、そこには私より遥か上の次元に立っている美少女が鎮座していた。
「補足ですが。顔は女の子にも見えますけど男の子ですよ」
「先生、その説明いりますか?」
男の子だったわ。いや、正確にはオトコの娘なのかしら。
いえ、それよりも重要なそこじゃなくて……彼が週末に出会った私の思い描く理想の顔ど真ん中のあの子だったということ!
え!? すごい! え? まって! 改めて見ると本当に男の子なの? 髪サラサラっだし、肌も白くて、まつげも長いし目も大きい! 唇も! ああ! すごい柔らかそう! 体格も華奢でもうこれ完全に美少女じゃない! 興奮してまうわ!
「最近校内で流行っている『星駆ける春』という漫画を読んでから、蒼君の性別が分からなくなってしまって」
「先生、僕今日は早退したいです」
何ですって? その薄い本はぜひとも入手したいわね。私実は家では漫画やアニメを貪り喰らう人種なの。その手の話しを聞くとどうしてもコミケ本番当日の血がたぎるわ。絶対に観賞用、布教用、実用で揃えておかなくては。
今までの人生で男なんて私の魅力に群がるだけのただの羽虫程度にしか思えなかったけど。今この瞬間私の3次元での好みのタイプが分かった気がするわ。私ってこういう女の子みたいなタイプの子が好きだったのね。
別に私の恋愛対象が男だからとか、女の子を好きになれないからってわけじゃないの。 ただ今までそういうタイプの子と会ったこともないし、そんな子がいるなんて聞いたこともないから。でも今この瞬間に私はこの蒼君という子に恋をしたわ。
だって本当に可愛いんだもの! こんな子が男の子なわけがないじゃない! もう私の中で彼は女の子で確定よ! これはもう運命ね! 神様ありがとう! 私がこんなに早く運命の人に巡り合えてくれて! 正直恋人は『商店街の祓屋』という漫画の押しキャラ天道榊様しかいないと思っていたわ!
でも! でもそれはそれとして! 蒼君よ! 蒼君こそが私の運命の人なんだわ! この梅雨、運命が動き出したんだわ! ああどうしよう~! 胸がキュンキュンしちゃうのぉ~。私もう我慢できないっ! 今すぐ蒼君に抱きついてキスしたい気分なのぉ~! あ、でも待って? いきなり抱きついたら嫌われるかしら。それは嫌ね。ならまずはお友達からよね。そう、友達から始めましょう。そしてゆくゆくは恋人に……ふふ、ふふ、ぐふふふふ。
おっと危ない。素が顔に出ちゃうわ。平静を保って席へ移動しないと。第一印象はしくじれないわ。人と会うときは初めの印象が大事だものね。
クラス中が別の話題で盛り上がっている中、私がさっそく蒼君の席へと馳せ参じようとしたところ、少し背の小さなポニーテールの女の子が前に現れた。
「あたし、天野有紀。よろしくね、清水さん!」
苗字呼びをわざと強調したかのような言い方ね? 照れているだけかしら。
……いや、この目は違う。照れなど一切ない! まさか!
「……こちらこそ、よろしくお願いします! 天野さん!」
「文春はあたしと幼馴染でよく一緒にいるからさ、清水さんも困ったことがあれば、文春だけじゃなくあたしに頼ってくれてもいいよ! 文春は今部活で忙しい日もあるから」
そう来たわね! 幼馴染!? 令和のこの世にそんな設定まだ存在しているとでも!? 王道だからこそ存在しているとでもいうの!? それよりこの子間違いない。私にけん制しているんだわ!
「わーい! ありがとう! では天野さんと今日からはお友達ね!」
私が蒼君に、いや文春君に好意があるということを勘づいたというの!? なんて野生の勘!
「いいよ!」
この子、幼馴染というアドバンテージで私の前に立ちはだかるつもりね! いいわ、受けて立つわ! 私の方があなたより美少女な分、そのポテンシャルを最大限に活用すれば勝ち筋は見出せるはず!
そうね。まずは彼女の外見でも褒めて交流を深めようかしら。
「ところで天野さん、その花びらが混じった雫のチャームとっても素敵ね! どこで買ったの?」
「これは週末に文春と出掛けたときにプレゼントしてもらったんだ!」
決別だわ。私の青春一歩目から波乱万丈だわ。でもここでうろたえてしまってはダメよ。まずは二人の仲を探らなくては。
「へぇ、そうなんだ! なんだか二人はカップルみたいだね?」
私の問いに彼女は一瞬顔を赤くすると急に慌てた様子で。
「そ、そそそそう見えるかな!? へ、へへへっ」
この子絶対ポーカーフェイス下手くそだわ。
「そんな綺麗なアクセサリーをプレゼントするなんてセンス抜群だね! 二人付き合ってどれくらい経つの?」
「え? 付き合うって?」
顔を赤くしてにやけた様子で照れていたと思ったら、今度は一瞬で真顔になった。
何この子怖いわッ? 南国から北極くらいの急な温度変化じゃないの!?
「あ、え、いや、あたしと文春は、友達で……」
そう必死に言葉を絞りだそうとする彼女の瞳は徐々に光を失っていく。
なんだかラブコメの負け幼馴染みたいな子ね。見ていてちょっと応援したくなるようなくらい可哀そうに見えるわ。
「そ、そーなんだ! ごめんね、変なこと聞いちゃって」
「ぜ、ぜんぜん大丈夫だよ! …………今はまだ」
この子、彼に恋人が出来たらヤンデレヒロインにジョブチェンジしそうね。気を付けなくては。
でも幼馴染と聞いて少し警戒はしていたけど、この感じだとライバルとしては役者不足感が否めないわね。私の恋路を表立って邪魔にしないのであれば、放っておいてもなんとかなりそうね。
「それじゃあ、私は文春君の隣の席に移動するね!」
「あたしともちょうど隣になるから一緒に行くよ!」
チッ。よりにもよって隣だなんて。これはたぶん邪魔してきそうね。まあ今日のところはまず、この天野さんと文春君がどういう関係なのかを探らないとね。
天野さんと一緒に席へ移動してきた私は金髪のガラの悪そうな男の子と話している文春君のもとへと足を運んだ。
「おはよう! 文春君! これからよろしくね!」
今日一の美少女スマイルをプレゼントしたわ。私って本当につくづく愛想がいい愛され美少女ね。
「うん、よろしくね。あれ? 僕の名前って知ってた?」
「さっきあたしが教えたのよ」
さっそく私と文春君の間に入ってきたわねこの子。文春君も私の笑顔を見たというのに顔色変えずに返事をしてきたわ。やっぱり他の男子とは違うわね。好き。
「俺のことはー?」
「あ、ごめん。忘れてたわ」
「おい」
文春君の後ろの席にいた金髪の不良が彼の両肩に手を置いて前に乗り出す。
何それ羨ましいじゃないの。初めて男に生まれてくればよかったと思ったわ。
「清水さん、この金髪は北斗流星って、あたしたちの幼馴染よ」
「よろしくな。清水さん」
「うん! よろしくね! でもみんな、私のことはぜんぜん名前呼びでいいんだよ!」
「初対面の相手に名前呼びって、なんか抵抗感あるなーって感じだから……僕は慣れてきたらそう呼ばせてもらうよ」
「フミは考え方が変に堅いよなー。俺は六花で呼ばせてもらうわ」
馴れ馴れしいわねこのパツ金。
「あたしも気が向いたらそうする」
「……お前も素直じゃねーな」
天野さんは私のことを警戒しているようね。
それにしても文春君。近くで見るとよりビジュアルの強さが際立つわ。ビジュアルだけで判断するなら、きっと彼は押しに弱いタイプの草食男子よ。漫画やアニメのヒロインにもこういうキャラいたし。だったら私がぐいぐいアプローチをかけていけば彼が私のことを好きになってくれる可能性も高いわ! 実は男の子だったという事実は驚いたけど、私はそれでも彼(のとくに顔)が好きなことに変わりはないわ。むしろそのギャップでさらに好きになっちゃったわ!
「ねえねえ、みんなっていつもどんな話ししているの? 私転校してきたばかりで何も分からないから色々教えてほしいな!」
まずは情報収集が先ね。
「どんなって言われてもなぁ。最近だとフミが入ってるメディア部の取材関係の話しとかが多いかな? コイツうちの高校のいろんな部活に取材行ってるから」
「メディア部?」
「新聞部と放送部が一緒になった部活だよ。僕はそこで今校内新聞の取材を主に担当しているんだ」
よしそこに入部しよう。正直取材なんて興味ないし、早く家に帰って漫画やアニメに興じたいところではあるけども。今は文春君との親密度を上げることの方が最優先だわ。こう見えて私ペ〇ソナやってるのよ?
「あ、天野さん。バレー部顧問の猿渡先生が呼んでましたので体育館までお願いします。連絡遅れてごめんなさい。自分が無能すぎて鬱になります」
「……チッ、こんなときに……わかりました! 今行きます!」
今舌打ちしたわねこの子。
「文春! 余計なことしないでよ!」
「え? 余計なことってなにが?」
「いーから! あーもう! じゃああたし行ってくるから! 流星あとよろしく!」
「あいよー」
その場を名残惜しそうに彼女は教室をあとにした。
よしこれで邪魔者が消えたわ。心置きなく文春君と親密になれるわね。
「メディア部っておもしろそう! 私も取材してみたいなー!」
関係を構築するチャンスだわ。天野さんがいないうちに文春君からいろいろと聞き出しましょうか。
「取材ってことはこの学校のこととかいろいろ知れるってことでしょ? それなら私転校してきたばかりだし、ピッタリの部活だと思うの!」
「たしかに。でも本当にうちの部でいいの? 他にもいろいろ部活あるけど」
「俺は陸上部だけど、六花は何部に入ってたんだ?」
「私は両親の転勤が多かったから部活とかには所属してなかったな~」
何気安く私のこと呼び捨てにしてるのよこのヤンキー崩れ。あ、私が名前で呼んでいいって言ったんだわ。
「へー、部活への入部希望ってことは、今後は転勤の予定がないってことか?」
「そうなの! 今回は卒業までは転勤ないかもって話だから部活に入ろうと思って!」
「なんかすごく大変な生活を送っているんだね」
文春君が私を心配してくれている! 嬉しいわ! 今日は文春君の心配記念日ね!
「いきなり入部ってのも……他にいろいろと部活もあるし、よかったら今日の放課後に取材で校内を回るから一緒に見学に来てみる? できればメモとか手伝ってくれると嬉しいんだよね。今日僕一人しか活動できる人いなくてさ」
「ぜんぜん行くよ!」
早くも二人きりの時間! 運命だわ! ドュフフフっ。
「……あー、フミ。お前さ、このこと有紀には黙っといたほういいかもだぞ」
「え? なんで?」
「いや、その、な。あー、なんでもねえや」
「流星ってたまによくわかんないこと言うよね」
「心配してんだよ」
「ほーん」
何やら二人でコソコソと話しているわね。あんなに顔を近づけてあのパツ金なんて羨ましいことを。そこを譲ってほしいものね。
「それじゃあ清水さん。放課後はよろしくね」
「はい! よろしくです!」
文春君の微笑みが見れたわ! もうこれだけで一生分の運を使っちゃったかしら!? でも後悔なんてないわ! 今日の放課後は取材で校内のあちこちを回るのよね。そこでも彼と仲良くなるために、私はこの学校のことをよく知っておかないとね。
「有紀。これは厄介なことになりそうだぞ」
後ろでひとりごとを呟くパツ金をしり目に、私は隣の顔面つよつよ天使様の周りの空気を静かに吸引した。
放課後が待ち遠しいわね。ちょっと高めの柔軟剤かしら。