思わせぶりな態度を取るのは主人公あるあるだものね
つい先日のことだ。有紀と清水さんの覚悟を決めた告白に対して、「僕は二人と恋人未満友達以上の関係で再スタートを切りたいんだッ!!」と返事をしたのは。
その後だった。僕の平穏な日常が崩れ去っていったのは。
いや、もしかしたら清水さんが転校してきた日から、二人の女の子が僕にアプローチを始めたときから、そんな日常はもうとっくに無かったのかもしれない。
とにかくあの告白の後、僕は二人の宣言通りにそれぞれバレーボール部のサーブ練習で的当て台になったり、漫研部に連れて行かれて女装させられた上に、部員全員の前でスケッチされたりと散々な目にあっていた。
そして事あるごとに二人は、なぜ僕がそんな状況になったのかを周りの生徒たちに説明するので悪評まで広まっている始末だ。
――――バレーボール部では。
『おい、天野? なんでこの子はうちらのサーブ練習の的にされてるんだ?』
『さっきも湊先輩に説明したじゃないですか。このカスがあたしたちの真剣な告白に不誠実な返事したからですよ』
『それは聞いたけど。罰が重すぎないか?』
『そんなことないです! だってあたしたちの告白に『恋人未満友達以上のスタートから』って戯言を返したんですよ!? ギルティですよ!』
『…………確かにそれはないな。そんなやましい返事はないな』
『でしょっ!? 信じられないですよッ!』
『だが、一応好きな相手ではあるんだろ? 良いのかこんなことして』
『……あたしの心の内には今、愛と憎しみが同居してるんですよ』
『愛憎か。昼ドラみたいだな』
『ま、そんなとこですね。よし! みんな! こうなったらあたしたちの手で本物の美少女にしてあげよ! とりあえず股間を狙ってサーブ打ってこ――ッ!』
『『は――ッい!!』』
――――漫研部では。
『いやぁ~、清水さん。とても素晴らしい素体をご用意いただき、私はとぉっても感謝しておりますよ!』
『こちらこそ光栄です! 堂島先輩にはぜひともこの資料を元に素晴らしい聖書を生み出してもらえれば!』
『いえいえ~、それにしても清水さんは本当に絵がお上手ですねぇ。やはり私の目に狂いはありませんでした! デッサンにとても官能的な描写が施されていて、正直これだけでも画集として売りだ――じゃなくて、漫研部の面々に負けないくらいのものが描けますよ?』
『本当ですか!? 実は私、趣味でこういうのも描いたりしていて――』
『す、すごいッ!! これは私、鼻血がでぞうになっつぁいまずね』
『先輩、もう出てます。鼻血』
『お見苦しいところを申し訳ありません。ところで蒼さんは何でこんな状況になったのですか? 彼、こういったことはあまり乗り気ではなかった気が……』
『あぁ、それは私たちの真剣な告白に『恋人未満友達以上のスタートから』と返事したからですよ』
『まあっ。蒼さんがそんなえっちな返事を…………ちょっとメモしておぎまぶね』
『先輩、また鼻血出てます。新作でふが?』
『清水さんも出てますよ。鼻血』
そして、そんな痛みと羞恥に苛まれた二日間を乗り切った僕は、お昼休みに机の上で突っ伏しうなだれていた。
「…………なんでこんな目に」
「それはお前がバカだからだ」
「答えになってないよ……」
「いや真理だろ。扉開いただろ」
流星が嫌味かのように笑って後ろの席から僕を小突く。
まったく。人がようやく罰から解放されて、安寧の時間を過ごしているというのに。
「僕は真面目に、二人の告白に返事したと思うんだけど…………」
「どこが真面目だ、ラブコメの主人公。普通の感性持ってたら、あの場で『恋人未満友達以上』なんてセリフは出てこねーぞ。はたから見ればキープだ、キープ」
僕は別に、二人からの好意をキープするつもりで言ったつもりはないんだけどなぁ。ただ、三人で同じ場所からスタートしてやり直そうと思っただけで。
「まあそれでも、バカなお前なりになんとか考えて捻り出した答えなんだろうけどな。まっ、あの二人の逆鱗に触れて、たった二日で罰から解放されただけでも感謝しとけ。普通の女子ならグループ総出でリンチされてんぞ」
「こわッ。令和の女子高生ってそんな武闘派揃いなの?」
「女子なんていつの時代も武闘派だろ」
「世紀末かよ」
有紀と清水さんは手加減してくれていたのか。
でもバレー部でサーブの練習台にされてた時は股間を重点的に狙ってきたよね? 僕を本物の女の子にしようとしてたよね? そもそも当てるつもりがなかったのか、みんな幸いにも身体に当たらないギリギリのラインでボールをコントロールしてたけど。手加減なのかこれ。
「とにかくお前は、今後も自分の身の振り方を考えて行動しろよな。がんばれ、ラブコメの主人公」
「貶すのか、励ますのかどっちかにしてよ……」
でも流星の言うことも一理どころが百理あるか。僕が不甲斐ないばかりに二人を怒らせてしまったんだから。
それにカス呼ばわりも早めに収束させたいし。今後はもう一度二人と誠実に向き合って、穏便に学校生活を送っていくことにしよう。
「そういえばさ、そろそろ夏休みに入るよね? 流星は部活三昧になる感じ?」
「ん~、そうだな。夏の大会も近いし、夏休み前半は陸上の練習で潰れるなあ」
「そっかぁ」
有紀もバレーボール部の大会が近いみたいで練習の日々を送っているし、夏休み中は三人で集まることは少なくなりそうそうだな。中学校時代はよく三人で出掛けたりしていたけど、全員違う部活に所属しているし。今年は少し寂しい夏休みになりそうだ。
「なんだ? 俺たちと三人で遊びに行けなくて寂しいのか?」
茶化した笑みで流星が「ぷぷ」と手を口元に添える。確かに寂しいとは思っているけど、そう面と向かって聞かれると恥ずかしい。
「別にそんなんじゃないって! それに僕だってメディア部の活動で学校に来るしっ。いつでも会えるでしょ?」
「メディア部も夏休みに活動すんのか? 何やるんだ?」
「とくに活動内容の説明は聞いてないけど……夏休みじゃないと出来ない仕事があるらしいよ」
横島先輩からは「夏休みも部活あるから予定空けといてね」くらいしか話し聞いてないし。もう少し詳細に説明をしてほしいよ、あの人には。
「はーん? そういうことなら、あんまり六花にばかり、変な気起こさないよう気を付けろよな」
「ッ?! おっ、起こさないって!!」
僕が有紀と清水さんから告白を受けたことを知っている、というか覗き見していた流星は最近、度々この手の話題で二人を引き合いに出してからかってくる。当事者じゃない人間は気楽でいいけど、少しは当事者の僕に配慮してほしいものだよ。
そんな僕をからかう流星の顔が一瞬引きつる。何となく察した。だって僕の耳元に顔を近づけてる人がいるんだもの。
「――文春君? 私はいつでも変な気を起こしてもらって大丈夫よ? 毎日、勝負下着だから」
素の性格を僕たちには見せるようになった清水さんが、僕のことを一瞥して微笑んだ。
転校初日は天真爛漫な美少女キャラだったのに、今ではクールビューティーなキャラで時々何言ってるか分からないことを口走る言動が多い。
桃色の髪をさっと手でなびかせ、彼女は僕の隣への席と座った。こうして見ていると、言動以外は完璧に見える綺麗な人なのにな。言動以外は。
「清水さん、大丈夫だよ? 変な気なんて起こさないから」
「起こしてくれた方が私的には好都合なんだけど?」
「起こさないって!」
僕と清水さんがそんなやり取りをしていると、不機嫌そうに顔をしかめた有紀が僕の前へとやって来る。僕の前で揺らめく彼女の茶色のポニーテールが、憎悪で赤く燃えているように思えた。きっと気のせいだと思う。思いたい。
「仲が良さそうだね? あたしも混ぜてよ」
「ゆ、有紀、さん? 何でそんな不機嫌そうに……」
有紀は誰も座っていない僕の前の席の椅子にどかっと座ると、持参した弁当箱を手にふてくされた口調で話し出した。
「たくっ。こっちは夏の大会を控えて猛練習の日々だってのに。文春と六花はどうせ、夏休みも二人でイチャコラするんでしょ?」
ああ、不機嫌なのはそういうことね。
どうやら有紀は夏休みに自分が練習や大会で忙しい時に、僕と清水さんが同じ部で仲良くするのが気に食わないみたいだ。いや、他にも部員はいるし、イチャコラなんてしないんだけど。
「僕と清水さん以外にも部員はいるし、イチャコラなんてしないって」
「私は一向にイチャコラしても構わないわ!」
「イチャコラする気だな!?」
「清水さん、お願いだから口閉じてて!」
なぜそんな火に油を注ぐようなことを言うのか。怒りが積もって、またサーブ練習の的当てにされちゃうよ。
「フミ、モテモテだな?」
ニヤついた表情で僕たちを静観する流星は「そういえば」と有紀の弁当箱を指差す。
「有紀が弁当箱なんて持ってくるの初めて見たな。お前いつもコンビニで買ったサンドウィッチとか総菜パンばかりじゃなかったか?」
「言われてみればそうかも? 僕も有紀が弁当箱持ってきたの見たことないや」
そう指摘された有紀は先ほどまでの不機嫌な表情とは一変して、少し誇らしげな顔で揚々と口を開いた。
「ふふんっ! あたしだって女子だよっ。今日は朝練でいつもより早起きしたからね。自分でお弁当を作ってきたんだ!」
有紀が自慢げに弁当箱のフタを開けると、中にはぎっしりと詰まった白いご飯に、色とりどりのおかずが詰められていた。
卵焼き、ウインナー、ミニトマト、サラダ、そしてメインのハンバーグ。彼女の性格からして、好きな冷凍食品を敷き詰めたものを想像していたが、とてもそうとは思えないクオリティーだ。これひょっとして全部手作りかな?
有紀は僕の視線に気付いたのか、少し恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「あ、あんまりジロジロ見ないでくれる? こんな手抜きみたいな弁当、恥ずかしいからさ……」
「手抜きには見えないよ! すごいね有紀! これ全部自分で作ったの?」
「ま、まあね。お母さんにも少し手伝ってもらったけど」
「それでも凄いって!」
「そっ、そうかな? えへへっ」
「たしかにすげえ美味そうだな。それにしても、あの有紀が手作り弁当か。昔じゃ考えられないな。俺はお前の成長が喜ばしいぞ」
「流星はなに目線で言ってんのよ」
僕と流星が素直に称賛の言葉を贈ると、有紀は嬉しそうに顔をほころばせて笑った。その笑顔を見て僕も嬉しくなる。
そんな光景をよそに。視界の隅で手に持った箸を落とし、マーライオンみたいに口を開けてこちらを唖然と見つめる清水さんの姿が見えるんだけど。何か小声で「幼馴染スキルが上がっているだとッ!?」とか呟いてるんだけど。
「…………文春さ、一口食べてみる?」
「え? いいの?」
「べ、別に一口くらいならっ」
そう言って有紀はハンバーグを箸で一切れ分けると、照れくさそうな表情で頬を赤らめながら僕の口元へと箸を運ぶ。
「……ほ、ほら。ん」
「じゃ、じゃあ、あーむ」
僕は彼女から差し出されたハンバーグをパクッと口に含んだ。口の中へと入れた瞬間に広がる肉の旨みは、調理から時間が経って冷めているというのにジューシーな旨味を充分に閉じ込めていた。うッ、美味すぎる!!
「美味しいよ! 有紀! お弁当でこんなにジューシーなハンバーグ食べたの初めてだよ!」
「そ、そう? よかった。えへへっ」
僕の感想がよっぽど嬉しかったのか、有紀は顔をほころばせて嬉しそうに微笑み、ハンバーグを口いっぱいに頬張った。
「流星も一口貰ってみたら? すごく美味しいよ」
「いや、俺はやめとくわ。もう満たされた」
「何が?」
まるで授業参観で我が子の成長を見守る父親みたいな雰囲気で、流星は有紀に対して「やればできる子なんだよお前は」と頷きながら慈愛に満ちた視線を送っている。
さっきから流星は何目線でいるんだろ。
「…………文春君? 実は私もお弁当を持ってきているのだけど? 一口どうかしら?」
先ほどまでマーライオン状態だった清水さんが颯爽と僕の前に弁当箱を差し出す。
「そういえば、清水さんは毎日お弁当持って来てたよね」
清水さんが弁当箱のフタを開けると、そこには有紀のお弁当と同じく色とりどりのおかずが詰められていた。
玉子焼き、コロッケにナポリタン、そしてご飯の上に桜でんぶが散りばめられている。……全部食べかけだけど。端っこの方に見えるのは、エビフライ……の尻尾かな? 清水さんは尻尾を残すタイプなんだね。
でも何だろう、この弁当箱の懐かしい感じ。僕が小さい頃に、よくお母さんが作ってくれたお弁当みたいなラインナップだ。
「清水さんも手作り?」
「ええ。盛り付けをしたわ」
「え、あ、じゃあ、このおかずは」
「メイド・イン・マイ・マザーよ」
「そうなんだ」
それは作ってきたのではなく、盛り付けてきた、の間違いでは?
そんな言葉をぐっと飲みこむ僕。さすがに思春期の女子高生の健気な見栄を無下には出来ないッ。
清水さんは誇らしげに鼻をひくひくとさせているし。
「私のお弁当も美味しいわよ? 今朝早起きしてこしらえたんだから……マイマザーが」
「清水さんはその時何をしていたの?」
「爆睡してたわ」
寝とるやんけ。
「文春君? あーん」
清水さんがエビフライの尻尾をずいっと僕の顔の前に差し出してくる。なぜここでそのチョイスをしてくるんだ? 他のおかずは渡したくなかったのかな?
何やら有紀の鋭い視線を感じるけど、さっきも同じようにあーんしてもらったし、清水さんだけ拒むわけにもいかない。
差し出されたのが残飯なのは気にかかるけど。
「あ、あーむ」
清水さんから差し出されたエビフライの尻尾をパクッと口に含む。うん。うん。サクサクの衣にエビのカリッとした食感が嚙むたびにまるでせんべいのように口の中で音を奏で、ほのかにエビの身の味が。
「どうかしら?」
「……エビフライの尻尾の味がする」
欲を言えば、完全体が食べたかったな。
「私の食べかけよ? さぞかし美味だと思うのだけれど?」
自分の『食べかけ』で料理にバフがかかっていると思っているのか。彼女は自信ありげにドヤ顔を決める。清水さん。どれだけ手の込んだ料理でも、エビの尻尾はあくまでエビの尻尾の味しかしないんだよ。
「……エビのコクがあって美味しかったです」
エビの殻でダシを取ることもあるし、間違ったことは言ってないだろう。
有紀と流星が苦笑いしているのは僕の食レポじゃなくて、清水さんが自分の食べかけをあげたことに対してだと思いたい。
「ふふっ。次は食べかけじゃないエビフライを持ってくるわね?」
そうしてもらえるとありがたい。
「う、うん。ありがとう」
その後、僕たちは談笑しながら残りのお昼休みの時間を過ごした。いつも三人でいた時と違って、今は清水さんも加わり賑やかさが前よりも増したように感じる。
四人でそれぞれ雑談をする中、ふと誰かがこちらを凝視しているような気がして、僕は視線の先へと顔を向けた。
「…………?」
視線の先、廊下側の窓を見てみたがお昼休みの終了間近とあって、それぞれ教室に移動する生徒たちが廊下を行き来する光景しか見当たらなかった。気のせいかな? でも、誰かがこっちをずっと見ていた気がしたんだけど。
ふと視界の隅に、赤毛の髪をしたツインテールの女の子が駆けるように消えていく姿が映った。ものすごい速さで廊下を過ぎ去っていったなぁ。何か急いでいたんだろうか?
「文春? 何ボーっとしてるの?」
有紀が怪訝な表情で僕の顔を覗き混む。我に返った僕は。
「っ! ご、ごめんっ。ちょっと考えごとしててさ!」
「どーせ、またくだらないことでも考えてたんだろ」
「そんなことないわよ、パツ金。文春君は私とのこれからを考えていたのよね?」
「……パツ金って俺のことか?」
ガシッと僕の肩を掴む有紀は光の灯ってない瞳で僕を見据える。つよいつよいっ。掴む力つよいって!
「六花とのこと考えてたの? 正直に言いなさい?」
「ち、ちがうって! 僕はただ廊下を急いで走っていく赤毛のツインテールの子がいたから気になって――」
「「他のクラスの女ね? 気があるのね?」」
「なんでそうなるのさ!? 別になんもないって!」
尚も僕を睨む有紀と清水さんは一呼吸置くと、二人同時に肩をすくめる。
「このラブコメの主人公のことだから他意はないか」
「思わせぶりな態度を取るのは主人公あるあるだものね」
時々この二人は本当に僕のことが好きなのか? と思うほど僕をバカにすることがあるよね。
「はあ。あ、もうそろそろ午後の授業が始まるよ」
いつの間にか時間が過ぎていたことに気付き、僕たちはそれぞれ自分の席で授業の準備を始める。最近はこんな調子で時間が経つのもあっという間に感じる。
まあ、騒がしくても平穏に日常生活を送れるのならそれでいいか。
窓の外は澄みきった青空が広がり、白い入道雲が浮かんでいる。窓から流れ込む風がカーテンを静かに揺らし、蝉の合唱が聞こえ始める。
夏の本番もそろそろだ。




