episode3 美少女転校生は幼馴染の天敵
休み明けの月曜日。空は昨日と変わらない雨模様。僕は変わらず窓へと顔を向けていた。
「おい、文春。聞いたか? 今日このクラスに転校生がやってくるらしいぜ」
「転校生? この時期に?」
高校一年になってまだ二ヶ月だというのに、こんな早いタイミングで転入する人がいるんだな。
「みんな、おはよう」
いつも猫背の姫川先生が少し姿勢を正して入ってきた。
「先週は授業の途中で抜けてごめんね。あの後カウンセリングを受けてアロマテラピーしてきました。でも鬱です」
仕事しろよ、とクラス全員の思いが1つになった気がする。
「この様子だとみんなも知っているかもしれないけど、この梅雨の憂鬱気な時期に私のクラスに転入してくる子がいるの。みんな仲良くしてね。先生にも優しく接してね」
なんだその導入の仕方は。それに最後のはいらないでしょ。初手から盛り下がることを。
「ごめんね。こんな紹介じゃ初手から盛り下がっちゃうよね。鬱になっちゃうよね」
え? 考え読まれた? この先生いろんな意味で怖い。
「清水さん、入ってきてください。私もう間が持ちません」
そんなネガティブなことばかり言うからでしょうに。
先生に呼ばれて颯爽と入ってきたのは、桃色の髪をなびかせて自身に満ち溢れたような立ち振る舞いをする女子生徒だった。彼女は僕たちの前に向き直るととても元気な声量で。
「おはようございます! 転校してきました清水六花です! 両親の転勤の都合で引っ越してきたばかりで、まだこのあたりのことも分からないことだらけなので教えてもらえると嬉しいです! これからの生活よろしくお願いします!」
何というか陰の者の代表格といっても過言でない姫川先生の隣で、その天使爛漫な笑顔を向けながら話されると後光がさしているのかってくらいまぶしさを感じるな。
しかもモデルかっていうくらいにスタイルも良いし、これは男子生徒の人気トップに出るんじゃないか?
「前の学校では『りっちゃん』『リツ』って呼ばれてたよ! みんなもよかったら呼んでね!」
まぶしい。まぶしすぎて前列の男子が成仏しかけている。
「それでは清水さんの席はあそこの空いている席でお願いします。隣に座っている蒼君が面倒見てくれると思うので頼ってください。私には頼らないでください。まぶしすぎて鬱になります」
仕事しろよ。といってもあれだけまぶしい性格の生徒が相手では先生の身が持たないか。光が強くなるほど影も濃くなると言うし。
「補足ですが。顔は女の子にも見えますけど男の子ですよ」
「先生、その説明いりますか?」
蛇足が過ぎるんだよ。
「最近校内で流行っている『星駆ける春』という漫画を読んでから、蒼君の性別が分からなくなってしまって」
「先生、僕今日は早退したいです」
なんということでしょう。あの本教師陣にも出回っていたのか!? てか教師ならあんなもの没収してよ!
「校長先生が校内ベストセラーとして重版を検討してました」
校長何やってんだよ。
「あ、私も読んだけど最後泣けるよねー」
「俺もこの前先輩におススメされて読んでみたんだけどハマったわ」
「蒼を見ると涙が込み上げてくる」
「深いよね~」
流星を除くクラスメイト全員読破してんのかよ。泣けるって何? ちょっと僕も気になってきたんだけど。
「何だそれ? 俺は知らないんだけど。今度読ましてもらおうかな」
「お前はやめとけ」
「? 何でだ? お前は読んだのか?」
「……勇気と覚悟が足りないんだッ」
「ダンジョンにでも潜んのか……」
創作上の僕というダンジョンって意味なら合っているかもしれない。
僕と流星は被害者なんだ。残酷な事実は知らない方がいい。
「流星、僕たちナニがあっても友達だよね?」
そう僕が潤んだ瞳で流星へ呼びかけると、彼は『ワケが分からない』といった面持ちで呆れたように小首をかしげた。
転校生の挨拶もほどほどにクラス中がホシハルの話題で賑わう。
そんな中、クラスメイトからどやされる文春に視線を送る人物が一人。転校生の清水六花がいた。
彼女は先ほど天真爛漫で愛想の良い明るいキャラクターを演じ切っていたのだが、今この一瞬クラスメイトたちが自分から視線を外している状況で、姫川から説明のあった男子生徒に視線を釘付けにされていた。
――あの人はきっと……私の運命の相手……!
清水六花は誰にでも愛想を振りまき虜にさせるだけさせて男女の関係になるということは一切無かった。なぜなら彼女にとっての異性への憧れは3次元という世界にはなく2次元に存在するからであった。
週末に推し作家の握手会へと出掛けていた彼女は自分の中で三次元の異性へ求める人物像にピッタリ当てはまる少年と出会っていた。
そう、それこそが今、彼女がこの場にいる誰よりも眩しい笑顔を向けている相手、蒼文春その人であったのだ。
清水六花、人生初の一目惚れである!
――ああッ! やっぱり顔が私のタイプドンピシャ過ぎて尊い! 本当は週末あの場で連絡先を聞きたかったのだけど握手会を優先してしまってそれを逃してしまったというのに! こんな運命ありえるのかしら!?
彼女は面食いだったのである! とくに童顔の美少年が好きなのである!
そして時を同じく、人生初の恋心を未だ進展できずに鬱屈した気持ちで過ごす少女、天野有紀も転校生が自分の幼馴染に向ける運命の人見つけた的な視線に野生の勘で気取っていた!
――あの女。文春に惚れているな……!?
文春に対して羨望のまなざしを向ける六花を『恋敵現れたり』といった具合で有紀は睨みつける。
――確信した! オーラでわかる、あの女は危険だ。あの笑顔の裏にはどす黒い私欲にまみれたものがあるに違いない。あたしが守るしかない。文春を!
妙な正義感が有紀を行動に駆り立てていた。
彼女は勢いよく席を立ち、クラスメイトの目を盗んで六花のもとへ移動する。そして。
「あたし、天野有紀。よろしくね、清水さん!」
「……こちらこそ、よろしくお願いします! 天野さん!」
六花は瞬時に感じ取った。目の前に突然挨拶をしに出てきた女子も、文春を狙っているのだと。そして苗字呼びを強調したかのような言い方に、この女は自分のことをけん制しているのだと。
「文春はあたしと幼馴染でよく一緒にいるからさ、清水さんも困ったことがあれば、文春だけじゃなくあたしに頼ってくれてもいいよ! 文春は今部活で忙しい日もあるから」
「わーい! ありがとう! では天野さんと今日からはお友達だね!」
「いいよ!」
有紀は見逃さなかった。自分が『幼馴染』というワードを出したほんの一瞬で、この女の笑顔が引きつったことを。
「ところで天野さん、その花びらが混じった雫のチャームとっても素敵ね! どこで買ったの?」
「これは週末に文春と出掛けたときにプレゼントしてもらったんだ!」
笑顔浮かべる二人の間に激しい落雷が落ちたかのような緊張感が走る。
「あれ? いつの間に有紀は前に出てたんだろ? 清水さんと仲良くしてるっぽいね」
「……そう見えるか?」
能天気な文春に対して、流星は呆れたように言葉をつづる。
「お前そろそろ誰か女子と付き合ったりとかって考えたりはしないのか?」
「流星がそんなこと聞くなんて珍しいね。とくに恋愛沙汰には興味ないし、今のところはないよ?」
「あの転校生の子はどう思う?」
珍しくこういった話しをあまりしない流星がぐいぐい質問をするのに文春は戸惑いを見せる。
「どうって言われても。明るい子だな~としか思わないけど」
「……そっかー……有紀は?」
「友達だけど」
「…………思わせぶりな態度はわざとなのか考えなしなのか」
「どうしたの?」
文春はぼそりと呟いた言葉が聞き取れなかったので聞き返したが流星は『なんでも』とため息交じりに答えると、彼の頭をわしわしと掴み小さく揺らした。
流星の質問の意図に理解出来ない文春は疑問を浮かべながらも、さっそく転校生と打ち解けている有紀を見て、誰とでもすぐに打ち解けるコミュニケーション能力の高さに尊敬の念を抱いていた。
清水六花の訪れは蒼文春を中心にそれぞれ思い思いの青春を描く男女のすれ違い、ぶつかり合いを描いた物語の始まりの合図であった。
「私のクラスからラブコメの波動を感じる。鬱だ」
この後思春期の放つラブコメの波動にあてられた姫川は、生徒が静かになるまで普通にむせび泣いた。