天野有紀の回想~友人として恋敵として~ feat有紀
――人生で初めて好きな人に告白をした。
知らかなった。好きな人を想うことがこんなにも苦しいことだなんて。自分の想いを口に出すことがこんなにも怖いことだなんて。
知りたくなかった。あたしが本当は臆病者で弱虫だったなんて。
放課後、屋上で意を決して文春に告白したあたしと清水さんは文春の予想だにしなかった返事に呆れ、お仕置きをした後にファミレスで二人一緒に女子会をしていた。
本来であればセーラー服を着せるだけの生易しい罰なんかでなく、その場で股間にスパイクを叩き込みたいところでもあったけど。
惚れた弱みか、はたまた告白直後の気恥ずかしさであいつの顔をあまり見れなかったせいか……今回はセーラー服着用姿の撮影と着ていた男子用の制服を没収するだけで許すことにした。
あたしもまだまだ甘いところがあるなと思う。
清水さんは文春の制服を大きなジップロックに入れて持ち帰ろうしたけど、さすがにそれは変態が過ぎるのでその奇行を控えてもらった。
素の自分? をあたしたちにも見せてくれるようになった彼女だけど。あたしの目には時折、彼女がただの変態なのではないかという疑念が頭をよぎってしまう。
そんな中身はちょっとアレなところがある彼女だけど、女のあたしから見ても『美人』だといえるほどに彼女の容姿はとても整ったものだと思う。
艶のある桃色の髪を背中まで伸ばし、毛先は少しウェーブがかかったようにうねりを帯びて上品な印象を感じさせる。
肌も文春同様に透き通るような白い肌で、薄いピンクの唇が存在感を際立たせていた。
瞳も大きく、整ったまつ毛は彼女の自信を表すかのように上へと長く伸びていて、大きな胸を強調するスタイルは雑誌のモデルにも引けを取らないと思う。
みんなからよく「ちんちくりん」と言われるあたしからしてみれば、彼女の容姿には嫉妬を覚えると同時に強く憧れを抱くものでもある。
今、ファミレスで清水さんと向かい合うように座っているあたしは、そんなことばかりを考えていた。
彼女はというと、あたしの前で自由気ままに大きなサイズのパフェを流れるような所作で口に運んでいた。美味しそうにパフェを一口食べる度に、うっとりとした表情を浮かべる彼女の姿を見て、ふと自分でも驚くほど自然に微笑んでいた。
ついさっきまで恋敵として認識していた彼女を前にして。
「……清水さんってさ」
「名前呼びでいいわよ。一緒に告白した仲じゃない。ねっ、有紀?」
彼女は手を止めて、あたしに微笑みかける。今までけん制するつもりでわざと苗字呼びを続けていたけれど……同じ好きな人に告白し、ましてやそれが(文春を)共通の敵として互いに認識した仲だ。もう堅苦しく苗字で呼ぶ必要もないか。
よし、そうと決まれば。
「うんっ、そうだね! 六花!」
彼女を名前で呼ぶことになんだか照れくささを感じながらも、自分自身も彼女に名前で呼んでもらうことをとても嬉しく思っていた。
文春の前で一緒になって告白した、あたしたちの絆は戦友に似たものを感じる。
「ところで有紀は今日の部活どうしたの?」
「あー、先輩に五体投地して、明日練習量を倍に増やす代わりに休ませてもらったんだ」
「……五体投地しても練習量は倍になるのね」
「先輩厳しくてさ」
そう、あたしは今日の告白を行うため、湊先輩に最上級の土下座で必死に頼み込んで時間を確保したんだ。
夏の大会を前にバレーボール部は今、日々激動のスケジュールで練習に臨んでいる。そんな中プライベートな事情で休みたいと話した時の先輩の顔は、魑魅魍魎の主なのではともいえるほどに、その場にいた部員全員が恐れおののく形相をしていた。
あの時の情景を思い出すと、今でも身震いが止まらない。
まあ、そんな努力も虚しく、あたしの……あたしたちの想いは、あのラブコメの主人公に踏みにじられたんですけどね。
「それよりもさ、六花は文春に対して怒ってないの?」
「藪から棒ね。惚れた男の娘の弱み、と言いたいところだけど内心は穏やかじゃないわ」
六花は目を見開くと、ハイペースでパフェを口の中に搔き込んでいく。
そうだよね。許せるわけないよね。「男の娘」って言ってた部分はツッコむのメンドクサイから流すね。
「あたしたち二人、かなり頑張って勇気出して告白したのにさ。ひどいよね?!」
「ええ。簡単に許されることではないわ。でも――」
真面目な顔で彼女は言葉を続ける。
「――服を脱がされている時の文春君は、えっち過ぎてばなづがでぞうになっだわね」
「……出てるよ、鼻血」
だからあの時、目を血走らせていたのかな。あたしはてっきり、涙をこらえているのかなと思っていたけど。
六花は息を漏らしながら、手慣れた手際で鼻にティッシュを詰め込んでいく。やだ。この子すごく興奮してる。
最初に見た時は桃色の髪をした綺麗な子だなと思っていたけれど、正直今のあたしには彼女の脳内がピンク色で染まっているから髪にまで影響したんだとしか思えないでいた。
「それよりも私は、有紀が落ち着いているのが不思議だわ。もう少し癇癪を起して暴れまわる負け幼馴染ムーブをかますものだと思っていたわ」
「六花は普段のあたしがどういう風に見えてるの?」
「最初に戦いを挑む四天王の一人?」
「最弱ってこと!?」
あたしって周りからもそんな風に思われてたのかな? たしかに文春とはずっと一緒にいたのに、今までロクなアプローチも出来ず、転校生の六花が来てから焦りだして…………やっぱり、あたし最弱かもしれない。
「そういう六花こそ、だいぶ冷静じゃん? 素の自分まで出したのに……あんな告白の返事されても」
あたしが少し意地悪な聞き方をすると、彼女はそんなことなど意に返さないといった自信ありげな笑みで口を開いた。
「ふふっ。だって美少女転校生はなんだかんだいって、最後に主人公と結ばれる運命にあるからよ!」
「すっげ――自己評価高いんだね。てか、この場合の主人公がラブコメの主人公でもいいの?」
「顔だけは良いからプラマイゼロよ!」
「プラスになってないけど。たしかに顔だけはいいもんね。あの文春は」
あいつはいつもそんな素振り見せないように振舞っているけど、あたしと流星は文春が自分の顔に自信を持っていて、しかもちょっとナルシスト気味なところが入ってるのもお見通しだ。よく鏡の前で髪の具合を気にしたりするし、時折女子かよって思う。
てか、見た目が美少女だから女子にしか見えん。
――いっそ女の子でいてくれたらな。
今日に限ってはどうしてもそんなことを願ってしまう。だって女子だったら、そのまま友達としてずっと一緒にいることが出来たのに。こんな苦しい思いをしているのがあたしたち女子だけってのは、ものすごく気に食わないし、考えただけで腹が立つ。でも。
「……でも、あたしはあんな主人公でも、まだ好きな気持ちは変わらないから。文春の気持ちがあたしに向くまでアプローチを続けるよ」
好きになってしまったものはしょうがないんだ。あたしはまだ振られたわけじゃない。これから先、いくらでも挽回の余地はある。
「ふふっ。私も同じよ。顔だけしか取り柄のない男の娘だったとしても、私とあなただけは、それぞれお互いに彼の良いところを知っているものね」
「今は悪いところが目立っちゃってるけどね」
そう。だからあたしたちはまだ、これから先もお互いが恋敵として前に立ちはだかるんだ。
「これからもよろしくね。六花」
「こちらこそよ。有紀」
あたしたちは握手を交わす。それは友人としてでもあり、恋敵としての契りでもある。
文春に恋心を抱いてしまった女子たちの固い絆の表れだ。




