蒼君は大ばかやろうっです!
屋上で受けた告白の返事を「恋人未満友達以上から再スタートさせたい」と言った僕は、有紀と清水さんの反感を買い、その罰としてセーラー服姿に着替えさせられた上、自分の制服を流星に取り上げられてしまった。
どうやら今日はセーラー服のままで帰れということなんだろう。こんなことが許されると思っているのか? 社会問題になるぞ。
こんな女装丸出しの姿で素直に帰れるはずもなく、部活動をしているほとんどの生徒が帰るまで、僕はメディア部の部室に籠城することを決め込んだ。
ただでさえあんな薄い本を漫研部の魔の手によって校内にばらまかれて、巷では「性別が男子なのか女子なのか分からない」という声までもが上がっている中でこんな姿を他の生徒に見られては、もう僕の美少女キャラは確定的なところまでキてしまう。それだけはどうしても避けなければならない!
幸い今日は一番厄介な横島先輩も他の部員もいない。
清水さんはあの後、有紀と一緒に意気投合したのか「ファミレスで女子会する!」と言って去って行ったし。不幸中の幸いだ。
「はあー。疲れた」
僕はようやく安堵したせいか、机に突っ伏して大きく欠伸をした。しばらく沈黙のまま、ボーっとしていると部室の扉を開けて誰かが入ってきた。
「…………蒼、君?」
声の主である瑠璃川さんは、僕を見るや否や固まった表情で上から下まで視線を動かす。
「やっぱり、女の子だったんですか?」
「違うよッ! てか、やっぱりって何?! いつもそう思ってたってこと?!」
油断していた。まさか、瑠璃川さんが部室に来るなんてッ。いや、同じ部員だからここに来るのは当たり前なんだけど。
「なぜセーラー服を? それにウィッグまで付けて……一瞬、誰かわかりませんでした」
「…………話せば長くなるんだけどさ」
そう言って、今日の告白のことや僕がこうなった経緯を含めて、全てを包み隠さず瑠璃川さんに説明した。やっぱり瑠璃川さんは聞き上手だから、何でも話したくなってしまう。
「――――なるほど。それで二人を同じくらい好きで? 今は選べないから恋人未満友達以上からスタートしよう、と……」
彼女は少し考えこむと、いつもの穏やかな表情とは違って真顔で口を開いた。
「それはアウトですね。万死です」
「……やっぱり万死なんだね」
「はいっ」
僕の出した答えはやはり間違っていたのか。自分なりにベストだとは思ったんだけど。
「普通ならこんな下衆の所業、上と下の半身が泣き別れですよっ?」
前々から思ってたけど、この人って朗らかな態度で言うこと辛辣だよね。
「そっかー。泣き別れかー。じゃあ、セーラー服羞恥プレイはまだマシな部類に入るんだね……」
「そうですねっ。すでに全校生徒の大半に美少女として認識されてる蒼君にしてみれば、セーラー服を着ることなんて罰にもなりませんよっ。きっと二人が、まだ蒼君に好意があるから情けを掛けてくれたんですよっ」
「……そっか。ん? 今、瑠璃川さん聞き捨てならないこと言わなかった?」
僕の全校生徒からの認知に対して、重要なことを言ったと思うんだけど。
「蒼君はもう少し、自分の置かれている現状というものに対して、もっと周りに感謝をして行動しないとダメですよっ?」
「うぐッ。……はい、おっしゃる通りです……」
「わかればいいんですっ」
瑠璃川さんにはホント頭が上がらないな。
「とにかく、蒼君は今日のことを教訓に……まずは二人に対して、少しずつでも誠意を見せるべきだと思いますっ」
「誠意、ですか」
そうだよね。真剣に告白してきた彼女たちの気持ちに答えようとして、結局僕は空回って見当違いなことを口走ってしまったのだから。これからはもっと、彼女たちに真面目に向き合って接していかないといけないよね。
「僕はこれから何を償っていけばいいんだろう?」
「償う、というのは私は違うと思いますよ? それにこういうことは当人同士の問題になるので、蒼君自身が考えることですっ」
「ですよね……」
瑠璃川さんは頬を膨らまして、プンプンとちょっと怒った態度で話す。
「蒼君はほんと――――うにっ、女の子の気持ちがわからないんですねっ」
「…………はい。ラブコメの主人公が僕です。愚かな僕はカス虫なので女の子の心が分かりません。害虫です。鬱です」
「……何もそこまで自分を卑下しなくても。それに語尾が姫川先生みたいになってますよ?」
姫川先生はいつもこんな気持ちで過ごしていたんだな。僕、明日から先生のことを温かい目で見れそうです。こんにちは、イマジナリー姫川先生。
「僕は本当にダメなやつなんだ。流星にも憐れみの目で見られるし……所詮、僕は顔だけの美少女(男)なのさ」
「……顔だけには自信があるんですね」
だって僕から顔を取ったらただの『主人公』にしかならないでしょうに。ただの主人公になるくらいなら、僕は美少女(男)になるッ!
僕が捻くれた態度を続けていると、瑠璃川さんは困ったように微笑み僕の手の甲の上に自分の手を重ね合わせた。温かい彼女の体温が伝わってくるのを感じる。
「蒼君って意外と手のかかる人ですよね?」
彼女の聖母にも似たその微笑みが、憂鬱な僕の気持ちを少しずつ晴らしていくように思えた。
イマジナリー姫川先生が消えていく。さようなら、先生。僕はまだそっちには行けません。だから白目を剥かないで。
「る、瑠璃川さん?」
「大丈夫ですよっ。別に私は蒼君を異性として見てませんからっ」
なんかそうハッキリと言われるとちょっとショックだな。振られたみたいで。
「だって蒼君はラブコメの主人公なんでしょう? 私にはもったいないですよっ」
彼女はそう言って花でも愛でるように笑いかける。どういう意味だろう? 皮肉かな? ナチュラルに罵倒されただけかな?
「ひどいよ。瑠璃川さんも流星みたいに僕を『大バカヤロー』って思ってるんだッ!」
もう誰も信じられない! みんなして僕をサンドバックにするんだ!
僕が一人でひどい現実に悶え苦しんでいると、彼女は弾むような声色で言葉を続けた。
「ふふっ、そうですね。私もそう思いますっ」
「ええ!? やっぱり瑠璃川さんも流星と同じ!?」
「はいっ」
彼女は意地悪に微笑む。
「――蒼君は大ばかやろうっです!」
それはまるで夏に咲く満開の向日葵に似て、今の僕には彼女のその笑顔がとても眩しく思えた。だからきっと、これは夕日のせいなんだろう。僕の頬が熱く火照るのは、彼女の後ろから射す夕日のせいなんだろうと。
青い春の名残を惜しむ間もなく、新たな人生の転機を迎える季節はもうすぐそこまで来ていた。




