今日の放課後のこと忘れてないわよね?
約束の告白の日を迎えた今日、清々しいほどに晴れ渡った青空に包まれ、僕たちは普段と変わらない昼休みの時間を過ごしていた。教室の中は生徒たちの雑談で騒がしく、昨夜から夜更かし気味の僕の耳に散々とこだまするように響いてくる。
昨日の部室で起こった出来事について、どうやら流星は堂島先輩が来たところまでしか覚えていないらしい。
それもそのはず。あの後一度意識を取り戻した流星は、再び先輩から本の中身を見せられては倒れ見せられては倒れ、と繰り返しショックを受けたせいで記憶の一部に障害が残ったんだろう。可哀そうに。
ちなみにそうするよう仕向けたのは、言わずもがなメディア部の横島先輩なんだけど。
僕もあの本をまだ最後まで読んだわけではないけど、流星の反応を見る感じそれは控えた方がよさそうだ。そんなことを思い返していると、件の犠牲者が真面目な口調で話し掛けてきた。
「…………なあ、フミ。俺は一体どうしちまったんだろうな?」
「ん? なにが?」
彼は深刻そうな表情で僕に語り掛ける。
「昨日のことはよく覚えてないんだが…………あの後部室に来た、堂島先輩? って人がいただろ?」
「うん。漫研部部長の二年の先輩だね」
「ああ。俺もお前にあんなこと言ってた手前で恥ずかしいんだが……なんだかあの先輩のことを思い出すと……こう、胸が締め付けられる感じがしてだな」
「うん。動悸だね。早めに病院へ行った方が良いと思うよ」
なんてこった。昨日のショックな出来事が災いして、吊り橋効果で流星が堂島先輩に恋愛感情を抱いてしまったようだ。かわいそ。
「だ、だけどな? 先輩の顔を思い浮かべると、呼吸もしづらいくらいに身体が反応するんだぜ? 恋じゃね?」
「アナフィラキシーショックだね。早めに病院へ行った方が良いと思うよ」
友達である流星に間違った恋心を抱かせてはいけないよね。これはたぶん薄い本に対してアレルギー反応みたいなものを起こしているだけだと思う。
「そ、そうなのか? 今まで女子に対して、こんな気持ちになったことなんてなかったんだけどな……」
「病院に行って診てもらうといいよ」
「恋煩いってやつかな」
「それは違うと思う。断じて」
そりゃ今まで、自分とその友達を掛け合わせた同人誌を作るような女子なんて周りにいなかったからね。この後遺症はしばらく続くだろうな。あまり流星と堂島先輩を会わせないようにしないと。
僕たち二人がそんな話を続けながら昼食をとっていると、有紀と清水さんが珍しく二人でお弁当を持ってやって来た。昨日の件といい、少し僕は気まずい空気に押される。
「あんたら何アホなこと話してんの?」
「お昼一緒に食べよう!」
有紀は僕たち二人を見て呆れた顔で、それと反対に清水さんはクラスの皆の前ではいつもの明るいキャラでそれぞれの席に座る。
「いや、昨日のことでフミに相談してたんだよ」
「相談? なんの?」
「ただの病気の相談だから気にしなくていいよ」
「病気? 北斗君はどこか具合でも悪いの?」
「そうだね、主に頭が(記憶障害で)悪くなっているね」
「それはいつも通りじゃないの?」
「ひでぇなお前ら。てか病気なのか? これ」
「何度も言わせるな! 早めに病院へ行け! 僕がそう言っているんだから、今は気にせず弁当を食べろ!」
「そ、そうか」
腑に落ちない様子の流星は「うッ頭が」と言いつつ、遅いペースで箸を口に運んでいた。
厨二病まで発症したか。僕たち三人にとって、恋愛アドバイザー的なポジションの彼が正常な状態を取り戻すためには、後どれくらいの月日がかかるのだろうか。惜しい友人をなくしてしまった。
僕が慈愛に満ちた表情で流星を見守っていると「ねえ」と、小さな声で清水さんが肩をちょんちょんと叩く。
「今日の放課後のこと忘れてないわよね?」
僕の近くで周りに聞こえないように囁く彼女は、皆の前で演じている彼女ではなく、あの日一瞬、観覧車で僕に素の自分を見せてくれた清水六花だった。
「う、うん。分かってるよ」
「ふふっ。それなら良かったわ」
そう微笑むと、彼女は満足したように口いっぱいにサンドウィッチを頬張る。彼女の横で僕はその姿をボーっと見つめていると、後ろから誰かに頬をつねられた。
「あ・た・し・も・い・る・ん・だ・か・ら・ねッ」
耳元で語気を強めて囁くのは有紀だった。彼女は頬を膨らませて少し怒ったような顔を見せる。
「わ、分かってるってッ」
「ったく」
その言葉を聞いて納得したのか、有紀は僕の頬を掴む手を離して清水さんを一瞥する。
「……あざといね」
「……嫉妬深いわね」
一瞬、二人の間に火花が散っている光景が浮かび上がった。
い、いづらい。こんな調子で放課後は大丈夫なんだろうか。
再び不安に駆られる僕をよそに、流星はニヤついた顔で「見てて面白いわお前ら」と他人事みたいに呟いていた。僕は大きくため息をつくと、水筒に入ったカモミールティーを一気に飲み干し、不安を流し込もうとした。
大丈夫だ。僕が彼女たち二人に出す答えはもう決まっている。自信を持って挑まなくちゃ、真剣な彼女たちに申し訳が立たないだろう。
そう意気込み、不安な自分の気持ちに蓋をするようにと、僕は空になった水筒をキュッと閉めた。




