それって『友人関係』でも同じこと言えるでしょ?
空に満天と星が輝く初夏の夜に、僕はどこか宙に浮いたような気持ちで天を仰いでいた。
今日は部活の取材で友達と三人で遊園地へと行った。きっといつもと変わらない一日で、ごく平凡に幕を閉じるものだと思っていたんだ。でもそれは、清水さんからの告白未遂で一遍することとなってしまった。
あんなに素直な好意を直接伝えられたことのなかった僕にとって、今日起きた出来事というのはとても刺激的なものだった。
そして恋愛沙汰に興味はない、といつもどこか他人事みたいに考えていた僕は今日ほど相手に対して、自分がしてきた行動が棘となって自身の胸に突き刺さり、慚愧の念へと駆られたのも初めてだった。
僕はもう一度自分の気持ちを整理しようと、夜の冷たい空気を肺いっぱいに吸い込み、小刻みに震える手を落ち着けて家の玄関のドアを開いた。
「愚弟。ここへなおれ」
閉めた。玄関を開けたら仁王立ちで待ち構える姉がいた。恐怖を感じた。あの目は絶対に今日のことを根掘り葉掘り聞き出そうとする、そんな目だった。怖いなー。やだなー。
僕は早く自分の部屋に入って今日のことを整理したいっていうのに。あんなところに我が家のボスがいたら大人しく部屋に入れないじゃないか。
もう一度僕はドアノブに手をかけ、恐る恐る扉を開いてみる。
「あ、いなくなった。よかっ――」
そこからは一瞬の出来事でした。瞬く間に口を塞がれ、一番上の秋兄ちゃんは僕を米俵を担ぐ百姓みたいにリビングへと連れ去り、夏姉ちゃんは手足を縛ったのでした。
もしこれが家の外で行われていれば、確実に誘拐犯の実行現場です。警察沙汰は免れません。
「――ッ! いきなり何するのさッ!?」
「愚弟。私はな、帰ってきたお前がどこかおかしいことに気がついていた。そう、あのワンコンタクトでな」
「は?」
最初に玄関を開けたときのことを言っているのだろうか。何もおかしな様子ではなかったと思うけど。
「そして、お前は一度逃げた。実に怪しいよなぁ。だから私はお前にお仕置きをすることにしたのだ」
「いやいや! 僕は別に何も怪しいことなんてないし! てか口調がなんか変だよ? キモイよ?」
そう、僕は何もやましいことはしていない。ただ、清水さんに告白未遂されただけだ。でもそれを正直に家族へ言うのはなんだか恥ずかしいし……それに、姉ちゃんたちに言えば絶対に茶化されることこの上ない。だからここはなんとかして誤魔化さないといけない。
「いいから、とっとと吐けよ! ラブコメしてきたんだろ? 酒池肉林かオイ」
「うぇ? なんで僕が夏姉ちゃんたちに言わなきゃいけないのさッ! まず酒池肉林はしてない!」
「酒池肉林はしてない? つまりそれ以外のことはあったということね? アンサー?」
「あ、いや、その……」
何だこれ? 誘導尋問されてんの?
僕がどう説明しようか言葉を詰まらせていると、秋兄ちゃんが肩に手を置き温かい目で囁く。
「文春。(女に)目覚めたか?」
「(行間の)意味わからんけど(何を言いたいか)わかるのがムカつく」
「妹が立派になってッ」と涙ぐむ兄に、僕は軽蔑の眼差しを向ける。どんだけ僕を妹にしたいんだこの人は。
「で? 何があったの?」
そんな兄を払いのけて、夏姉ちゃんは「しゃべらんと玉潰してホントにホントにホントにホントに女にする」と物騒な言葉を交えながら僕を問い詰める。某サファリパークか?
ぐうぅッ! やむを得ないか。まあ瑠璃川さんにも相談してたし、身内に話すくらい(本当は嫌だけど)いいか。もしかしたら、何か年上としてのアドバイスも貰えるかもしれないし。それに本物美少女へ転生するリーチがかかった今、四の五の言ってられないッ。
「…………その、女子に告白未遂された」
「ほーん。未遂ね? で、返事はどうしたの?」
「え? 返事って?」
「は?」
夏姉ちゃんは拍子抜けしたような顔をしていた。
「……だから、その告白に対しての返事だよ」
「えと、未遂だから……また告白されるまで保留ってことになってるけど……」
「マジで言ってんのか? このラブコメのカスは」
夏姉ちゃんは呆れたようにため息を吐く。
「未遂とは言え、女の子が勇気を出して告白したっていうのに……何やってんだオメーはよ」
「文春くんサイテー」
兄妹二人そろって『仲良し女子グループが友達のために、告白された男子を詰めに来た』みたいな構図で僕に責め立てる。
「ちょっと話を聞いてって! 今日のは未遂なんだって! 『また別の日に告白する』って言われたんだから、その場で答えなんて出せるわけないだろ!」
「ほーん? それならその別の日に、あんたは何て返事をするわけ?」
「え? いや、それは……」
正直迷っている、と言ったら嘘ではない。今までの僕なら即答で断っていたのだが、今回清水さんが自分の素直な気持ちをさらけ出してくれたことが今までの自分の態度に重くのしかかり、はっきりと自分の中で答えを出せないでいた。
「どうすればいいか、わからなくて……」
「はぁ? あんた、迷ってるってワケ?」
「ち、違うよ! 迷っている、とういか、僕はただ、その……今までアプローチされてたのを避けるようにしていたのに……」
僕はポツリと言葉を続ける。
「その子はそれを分かっていても僕のことが『好きだ』って言ってくれたから、僕も正面からきちんと相手の気持ちに向き合おうとは思うんだけど。どう答えればいいのかわからくなって……」
「まあ、お前みたいなラブコメの主人公キャラにそんな高等テクニックは無理だよな」
秋兄ちゃんは僕の頭をポンポンと叩き「ドンマイ。カスでもお前は俺たちの家族だ」と励ましてくれる。いや、励ますならもうちょっと優しくしてくれよ。
でも、やっぱり僕は恋愛がわからない。今まで誰かを本気で好きになるという経験をしたことがないし。だから、今はこんな優柔不断な自分自身が嫌だし、情けないとも思っている。
「童貞どころか恋愛拗らせて、無駄にモテると人間ここまで醜くなるものね」
「それはさすがに言い過ぎじゃない? 泣くよ?」
「私だったら、迷うくらいなら試しに付き合うけどね」
夏姉ちゃんならそういう選択肢も出てくるだろう。けど僕には無理だ。
「だってさ、告白の返事って『付き合う』か『付き合わない』かのどっちかでしょ? 別に自分がちょっとでも『良いな』って思ったら付き合うでしょ? 相手のことどう思うかなんて付き合ってから考えていけばいいんだし」
「夏姉ちゃんならそうすると思うけど。みんながみんな同じ考えってわけじゃないでしょ?」
そう聞くと夏姉ちゃんは隣に視線を向けて「秋兄ちゃんはどう思うよ?」と話しを振る。
「俺は顔とおっぱいがタイプなら付き合う」
「うわぁ」
「引くわぁ」
あまりのストレートな返答に、僕と夏姉ちゃんはドン引きする。まあ、それが秋兄ちゃんらしいと言えば秋兄ちゃんらしいけど……。
「エロ兄のことはほっといて。小難しいことばっか考えてないで、純粋にその子と付き合ってみたときのことをイメージしてみればいいんじゃない? 例えば、手つないでデートしたり、出先でキスしたりセッ――」
「もうわかったから! もう充分だから!」
僕は夏姉ちゃんの言葉を遮るように叫ぶ。いくら身内とはいえ、下ネタを直に聞かされるのは恥ずかしい。というか身内から聞く下ネタは嫌だ。
「で? なんであんたは『付き合う』って答えが出ないわけ?」
「……やっぱり、正直いうと……僕は自分が本心から好きになった人と付き合いたいな、って」
「面倒臭いカスだな。そんなん付き合ってから考えたらいいじゃんかよ」
「そういうのとは違うんだよ……」
恋愛経験のない僕は、どうしても付き合う=お互いに両思いであるといったイメージがある。だから相手からの一方的な『好き』という気持ちだけで、すぐに付き合いを始めるというのは違う気がする。
そして、もっと大切にしたいことがある。
「僕は自分が好きになった子と一緒に、周りの人たちから祝福されるような、お互いに肩を並べて切磋琢磨できる関係で過ごしていきたいって思うんだ。だから、そういう関係性を大事にできる人と付き合いたい」
「それって『友人関係』でも同じこと言えるでしょ?」
僕は夏姉ちゃんの言葉に少し驚いたように目を丸める。そして秋兄ちゃんはどこか納得したような様子で頷いていた。
「まぁ、正直なとこ文春は今『恋愛』で悩んでるわけじゃないもんな」
「それはっ……そう、かもだけど」
秋兄ちゃんの言葉に図星をつかれ、思わず心臓が脈打つように跳ねたのを感じる。
ふと脳裏に浮かびあがったのは、瑠璃川さんに言われた「蒼君が気にしているのは友人との関係を含めて、『周囲からどう見られるか』ってことじゃないですか?」その言葉だった。
秋兄ちゃんは僕を一瞥すると「それじゃこの話しはここまで~。飯作るから、夏目も少し手伝え」と残しゆっくりとキッチンへ向かっていった。夏姉ちゃんは僕の煮え切らない態度が気に入らないのか、少し不服そうにしながらもその後を追いかけていく。
僕は瑠璃川さんに言われたことをもう一度掘り起こすように頭を悩ませ、自分の部屋へと戻っていった。
『お互いに肩を並べて切磋琢磨できる関係』か。それは今のあの二人に対して、僕が心の底から思えることでもあるよな。
でもこれは友情なのか、恋愛の感情なのか。
「……恋愛って難しいな」
窓の外からうかがえる夜空に輝く星々にも、僕の曇った心を照らすことはできないだろう。僕はただただ暗闇の中で、自分がどうしたいのかを茫然と考えるのだった。
夜はもう遅く、もう少しで時計は明日を迎える。




