北斗流星の回想~遊園地当日~ feat流星
――文春たちが遊園地へ取材に行った当日のこと。流星が有紀と約束した日曜日、舞台は遊園地の入場門前広場……のベンチの後ろに切り替わる。
入場門前の近くで、文春たち三人がチケットの引き換え場所へと並ぶ姿を、尾行する俺たち二人のサングラス越しに監視していた。
「お前さ……」
「……なに?」
先日、フミが女子と二人でデートをすると連絡をもらっていた俺は、今日という日を楽しみに待っていたのだが……実際に来てみればそこには女子二人と男子一人という構図で、どう見ても友達同士の付き合いにしか見えない光景に大きく落胆していた。
「これはデートとは言わねえだろ」
「……ごめん。部室の前から聞こえてきた声を頼りに聞いてたから、その辺聞こえてなかったのかも」
どうせ自分の頭の中で、会話の内容を『=デート』と直結させてたんだろうな。
そんなことを思い、俺は嫌味を吐こうとしたが、若干申し訳なさげにその場に俯く有紀を見て言葉を飲み込んだ。
「で、でもハーレム状態には変わりなくない? あれはどう見てもハーレムでしょ!」
「まったく思わん。ただの女子会にしか見えねえ」
「それはそれでどうなの?」
女子二人はともかく、フミは女子みたいな恰好しすぎだろ。たまにアイツが同性と思えなくなってくる自分を客観的に見て、激しく居たたまれない気持ちになる。
「てか、これって俺らまるっきりストーカーだよな?」
「知らないの? 幼馴染は幼馴染のことをストーカーしてもいいんだよ?」
誇らしげにそう答えるポニーテールに、俺は憐みの視線を送る。可哀そうに。そもそもこいつらの恋愛事情が進展さえしていれば、こんな小物じみたことなんてしなくてもよかったのにな。
「――――許せない」
唐突にそんな言葉を発した有紀は怒りのこもった瞳で渦中の三人を見据えていた。
「ど、どうした?」
心の中で『小物』とか思ったのバレたか?
「文春のやつ『かわいい』って言われたことに対して笑顔で『ありがとう』って返してる。あたしのときは『嬉しくない』って冷たく返すのにッ」
「俺にはありがたくなさそうに見えるんだけど」
マジかコイツ。この調子で一日中目くじら立てるとか言わねえよな? やっぱし、来るの断ればよかったわ。
呆れた表情で嫉妬に燃える有紀をしり目に、俺は自販機へ飲み物を買いに向かおうと背を向けた。すると、三人の会話がおぼろげに聞こえてきた。
『そんなの『遊園地デート』に決まってるよ!』
あろうことか、この言葉を発した人物は今、有紀が最も敵対視する六花本人だ。有紀は下唇を噛みしめ苦渋の表情に顔を歪ます。
「くぅぅぎぃぃうぅぅッ! やっぱりデートじゃんかああああああああああああああッ」
「遊園地で出す声量じゃねえぞ?」
それにしても前々から思ってはいたけど、六花ってやっぱりフミのこと好きなんだな。周りから見てたらモロ態度に出まくりだわ。もう一人のお淑やかな感じの女子はフミの友達か? 有紀が部室前で盗み聞きしたとか言ってたから同じ部のやつか。
「てかこれ、普通にアイツの部活の取材かなんかでここに来たってだけじゃね? デートってのも話しの流れで六花が言っただけだろ」
「あたしにはそう思えないよ……だって」
有紀は大きく深呼吸をすると顔を上げて。
「メスの顔しとるやんけッ!?」
「メスの顔ってなにッ!?」
カッと見開いた目を血走らせる彼女にツッコむ。だが、興奮しきった様子は収まらずにさらに続ける。
「今時あんなあざとさマックスのテンション高め、距離近め、上目遣い多めのやつが現代に蔓延るか!? アイドルみたいな感じで文春に接近して! 文春が男だったら確実に食われてるよ!?」
「いや、アイツは男だから」
たしかに遠目から見ても、六花の一挙動は自分のポテンシャルを生かしたアプローチに見えなくもないが。
「なーんか、俺には六花が作ってるようにしか見えないんだよなぁ」
六花の言動に違和感を覚えた俺は、腑に落ちない様子で三人を凝視する。
そういうキャラを演じてる感? というか、わざとらしいというか、転校初日からそんな感じがするんだよなぁ。
「そうだね。『かわいいは作れる』って言うもんね」
「そういうことではねーんだけど」
俺たちがそんなやり取りを続ける中、当の三人はアトラクションの方へと移動を始めた。そしてそれを後から追うように一定の距離を保って尾行していく。
「おっ。最初はゴーカートか」
「懐かしいね。あたしたちもよく遊園地に来たときは必ず乗ってたよね?」
「お前が『ここに乗りたい!』って駄々こねるから、俺たちはしぶしぶ付き合ってやってたんだよ」
「えー? そうだっけ?」
よく有紀が先導切って前を歩いて俺とフミはその後ろから、コイツが何かやらかさないかをハラハラしながら見守るって感じで一緒にいたよな。
「あたしたちの思い出の場所に今、文春は知らない女と来ているんだね」
「『知らない女』って。クラスメイトだろうが」
ゴーカートを楽しむフミたちの光景を、遠目から見る有紀の後姿がいやに哀しく目に映る。
『おお――――っと! これは今日の最速記録が出た――――っ!』
アトラクションの会場内に響き渡るアナウンスを聞き、ふと我へと返った有紀は大きく目を見開いた。
「え? なんか清水さん一人でゴールしてるけど? え? なんか文春がもう一人の女子とイチャイチャしてるんだけど?」
「お、すげえなッ。フミの方はフォローしてるようにしか見えねえけど?」
「いや、あれはイチャついてるよね? わざとコースアウトして、お互いに顔を合わせて通じ合ってるみたいな感じ出してるよね?」
「出してねえよ」
もう一人の女子にまで目を付け始めやがったな。惨めすぎていよいよ目も当てられなくなってくるぞ。
「なんか今日の文春いつもと雰囲気違くない? すごい楽しそうに女子としゃべっててさ」
「そうか? わりと俺たちといるときもあんな感じだろ?」
「そうだけどそうじゃないの!」
「意味がわからん。てかお前もさ、そこまで気になるんだったらとっとと告は――」
言いかけたところでそれを遮るように有紀は俺の腕を引っ張り歩き始めた。
「レストランの方に移動し始めた! 行くよ!」
ホント人の話し聞かないのな。そういうとこだぞ。
賑やかなに会話をしながら移動する三人に続いて、俺たちは時間差でレストランへと入店する。店内に入ると有紀はすぐ、「すみません。あそこのグループの近くの席にしてもらってもいいですか?」と女性の店員に懇願し席へとつく。
何だ今のやり取り? 既視感がある……あ。刑事ドラマでよく見る、タクシーに乗って「運転手さん! 前の車を追ってください!」てシーンのやつだ。たぶん。知らんけど。
『はい! ここで文春君はデートだったら、どれを選ぶのが正解かわかるかな!?』
『えーっと……デートなら『スペシャルストロベリーWチョコレートマウンテンパフェ』……かな?』
『正解! よくできました! さすが文春君! ――じゃあこれ注文しようか』
「う、上手いッ。文春にあんな甘々のカップルしか頼まなそうなパフェを注文させるなんてッ」
「ちょっと評価しちゃってるぞー」
俺はコーラを一口飲み、三人の動向に逐一目を光らせるデートGメンを静観する。
「やっぱりこれはデートだッ。もう一人の女の子はきっと見届け人みたいなポジションなんだ! お見合いだ!」
「さっきも聞いたわ。つうか高校生のデートに見届け人呼ぶようなやつなんて聞いたことねえよ。お見合いでもねえし」
「はあー」と俺は大きくため息をつくと少し真剣な表情で口を開いた。
「お前もこの前、フミとデートしてきたんだろ? そんなやつが他人のことに口出せる立ち位置にあるかね。ましてや恋人でもないのに」
「ぐッ! で、でもあたしのときはああいうデートっぽいことはなかったよ!」
「でもプレゼント貰ったんだろ? そのリボンのやつ」
「それは! ……そうだけどさ!」
そう言うと有紀は嬉しそうに頬を赤く染める。
「お前がフミのことを好きなのはわかるけどさ。こんな後つけていちいち嫉妬なんてするくらいなら、告白してアイツの本音の気持ちを聞くことくらいまで踏み出したらいいんじゃないか?」
この先まだ二年も残ってる高校生活をこんな風に過ごさせたくないしな。いち幼馴染として。切実に。
「そ、そりゃ、あたしも告白はしたいよッ。でも、文春はあたしのアプローチを軽く受け流すからさ……脈ないのかなって思って。告白したあとに関係がギクシャクするのも嫌なのッ」
俺自身、フミが有紀の気持ちに気付いていてわざと好意を避けているんじゃないか、とは思ったこともある。いや、事実アイツは避けているんだろう。その理由は、おそらく有紀と同じだと思うが。
だから今、目の前のコイツに必要なのは周りの人間からの背中を押す言葉なんじゃないのか。ここは二人の親友の助け舟として、俺が先陣切ってリードしてやりますか。
「――でもそれは『自分可愛さ』にお前が告白に踏み切れないようにしか思えないけどな」
「ッ!」
「結局さ、お前も……たぶんフミも、今の関係がなくなるかもしれないってのが怖くて、前に進めないでいるだけなんじゃねーの?」
俺は別にコイツらに気の利いたアドバイスなんてもんを出来るわけじゃないが、友人として背中を押してやることくらいは出来る。
「告白して、付き合おうが振られようが、俺たち三人の関係なんて変わんねーよ。もし、お前らの関係がギクシャクしたときは、ちゃんと俺がフォローしてやるから安心しろって」
「……その言い方だと、あたし振られる前提になってない?」
「そうか?」
俺が意地の悪そうな顔で微笑むと、つられて彼女も笑みを零した。そこには俺の言葉に安堵したのか、柔らかな笑顔で真っ直ぐに瞳を輝かせる少女の姿があった。
「まっ、流星がフォローしてくれるって言うんだったらさ。あたし、文春に告白しようと思うよ!」
「思うだけ?」
「今は!」
本当に世話のかかる幼馴染だ。お前らは。
「応援してくれてありがとうね! 昔からここぞというときに流星は頼りになるよね!」
「そう思うんならあんまし面倒ごとは控えてくれよ? お前とフミは根っからのトラブルメーカーなんだからよ」
「善処するかも!」
「……『かも』かよ」
有紀にいつもの笑顔が戻ったところで。店内が混んできたからか、雑多なざわめきが止まない中でふと三人の会話が聞こえてきた。
『そういえばですねっ』
『ん? どうしたの?』
『蒼君と清水さんって最近すごく距離が近いというか……仲良しですよねっ』
どうやら見届け人と思しき女子がフミと六花の関係に言及しているところらしい。その言葉を聞くや否や、有紀は獲物を求める狩人の形相で三人を静かに覗く。
『……そー見える?』
『はいっ。同じ部活の部員として、転校生の清水さんが馴染んできたのも蒼君と一緒にいたからかなっと思ってましたが……』
「そんな身構えて聞く内容か?」
「しッ! 会話が聞こえなくなるでしょーがッ」
有紀はぼんやりと呟く俺を一喝し、再び聞き耳を立てる。
『――だって私、文春君のこと好きだからね』
場の空気が一瞬にして凍り付いたのを実感した。
「……マジでか。って有紀、さん?」
殺気を感じた俺は恐る恐る有紀の顔を覗き込む。そこには悪鬼羅刹がおった。
「あの女許すまじてッッ!」
「そ、そうだよね~。さっき決心ついたところで告白なんて先越されちゃね~。で、でもな有紀。告白に早いも遅いもないんだぜ? な? だからそのフォークを一旦テーブルに置こうぜ? な?」
やばい。死人が出る。死人は八つ当たりをされる俺だが。
そう直感し、荒ぶる有紀を抱えて店内を後にすることとした。その間、彼女は会話を続ける三人から目線を逸らすことなく「ぽっと出のくせに。ぽっと出のくせに。ぽっと出のくせに。ぽっと出のくせに」と呪詛でも流し込むようかのように言葉を吐き続けていた。
そんな有紀の様子に女性店員は終始ドン引きした様子で愛想笑い混じりに「ま、またお越しくださいませ~」と俺たちを見送ってくれた。
しばらくこの店来れねーよ。
◇ ◇ ◇
レストランから離れて、俺たちは再び入場門前のベンチに腰を掛ける。変わらず有紀は呪詛のような言葉を吐き続けており、俺は「なんてタイミングで告白してんだアイツ」とうなだれていた。
「はあー。とんだ瞬間に出くわしちまったな」
「……」
「あ、呪詛止んだ?」
「やんだ」
フミのことだからあの場で告白の返事を、なんて度胸はないだろうけど。それに後半で『んー! 友人としてライクなのはあたりまえだけど……そっちは内緒!』という六花の声が聞こえてきたから、今日のアレはガチの告白ってわけでもなさそうだ。ひとまずは安心だな、有紀。
「とりあえず、あの後の会話の感じだと、今日のは本気の告白ってわけではないだろうから、ひとまずお前は落ち着け」
そう有紀をなだめると俺は自販機で買ってきた炭酸飲料を渡す。
「これ飲んでスカッとしろ」
「……ありがと」
力なく返事する彼女に、俺は居たたまれない気持ちで話しを続けた。
「今日は半分フミをからかうつもりで六花はああ言ったんだと思うが、どのみちアイツは告白すると思うぞ?」
「……そうだね」
フミも普段ならああいう冗談まがいのやり取りは受け流すもんだと思っていたが、あながち満更でもない反応をしていたからな。これはちょっと頑張んないとだな。
「別に今すぐ告れなんてことは言わねーけど。お前も本気で決心して向き合わねーと」
この場を励まそうと言葉を絞り出す俺に、有紀は重たい口を開く。
「……うん。わかってるよ。でも正直、清水さんがあそこまで積極的に出るとは思わなかったな」
――言い聞かせながらも、有紀は気付いていた。冗談めかして話しを続けた六花の表情に、一瞬哀しげな様子を覗かせていたことを。同情するつもりではないが、彼女もまた自分と同様に何か不安を抱いているのだということを。
「あたしはさ。たぶんあの子が転校してきてこなかったら、ずーっと今の関係のまま……何もできずにいたんだと思う」
――彼女の瞳にもう迷いは消えていた。流星の言うとおり『告白に早いも遅いもない』というのは事実だ。もし、あの後二人の間に何かがあったとしても、自分の胸にあるこの想いは伝えなくちゃいけないんだと、そう心に灯した火へと薪をくべるよう、有紀は自分を奮い立たせていた。
「あたしは自分の弱さに打ち勝つためにも。文春に告白して、今まで言えなかったこの想いを正直にさらけ出すよ!」
「あぁ――それでこそ、俺たちが見てきた負けず嫌いの有紀ってもんだなッ」
やっと、いつもの面構えになってきたじゃねえか。お前が真剣にバレーボールやってるときの面構えに。
これは直接言わねえけど。中学の時に、フミはお前がバレーやってるときの姿を見て、そのひた向きで一生懸命に好きなことへ熱中する姿に感化されて、俺が誘っても「興味がない」とか言ってた陸上部に入部してきたんだぜ。
「俺が応援してるんだ。どっちに転んでもいいように保障してやるよ」
「そこは『成功する方に賭けるぜ』とかって言えよ」
「保険かけてんだよ。自分に」
「あたしにかけろよ!」
俺と有紀はお互いに笑い合った後、家路へとついた。
あとは来るべき、告白の日に向けて。俺は影ながら応援することにしよう。
『告白するときは近くで見守ってて』
「…………え? 俺もそっち行かないとダメなの?」
帰宅後、スマホに届いた有紀からのメッセージを見て、俺は今日一番の深いため息を漏らした。




