天野有紀の回想~遊園地前~ feat有紀
ある日の放課後。校内にはまだ教室に残る学生たちの話し声が廊下へと響いていた。
梅雨も明けてもうすぐ夏が始まろうとしているせいか、窓の外から射す夕差しはじわりと熱い光を帯びて校内へと突き抜けている。校舎の外では運動部のかけ声、顧問の先生が叱咤激励を生徒たちへ浴びせる光景が色濃く写し出されていた。
そんな中、バレーボール部の顧問を職員室から呼び出しに行くよう指示を受けた天野有紀は、風紀委員に注意されないギリギリの速度で廊下を小走りに進んでいた。
くっそー。またジャンケンに負けちゃったよ。あたしが毎回負けて先生を呼び出しに行ってるんだから。たまにはジャンケン不参加にしてくれてもいいのに。先輩たち、あたしがジャンケン弱いの知ってて参加させるよね。
億劫な様子で職員室へと向かう有紀はふと、幼馴染であり片思いの相手である、蒼文春が所属するメディア部の部室前で足を止めた。
…………今日も文春はあの女と一緒にいるのかぁ。
中学時代からひとえに文春に対して好意を寄せる有紀は、二週間ほど前に転校してきた清水六花に対して日々憤りを募らせていた。
それもそのはず。自分が今までごく自然な感じでアプローチをしてきたのとは反対に、彼女は転校初日から文春に対して、かなり積極的にアプローチに乗り出してきたを目の当たりにしてきたのだから。当然のごとく、そんな彼女に対して、積極的にアプローチ出来ない自分に対して、負の感情が積もっていくばかりだ。
ま、まあ、別に文春は学校でしか清水さんに会ってないみたいだし! それに部活動なら他の部員も一緒にいるわけだし! 毎日二人きりってわけでもないし! あたしは別に心配なんてしてないけどッ。
頭の中で自分に言い聞かせることで、有紀は心を落ち着かせる。
「…………あたしのこと、『かわいい』って言ってくれたのに」
そう呟いた有紀は、なでるように文春から貰ったリボンに付いた雫のチャームに触れ、小さなポニーテールを手でさくように揺らした。
彼女は自分の想い人に積極的に好意を寄せる六花のことを、嫉妬するとともに同じように行動することができない自分と重ねて、内心では羨ましくも思っていた。
初対面からすぐに自分の好意に真っ直ぐ突き進める彼女と、昔からの関係性に甘えて思い切った行動に踏み切れない自分のことを。
「はあ。早く先生のところに行かなきゃ――」
自分の心の弱さに呆れ、ため息をつく有紀が再び足を動かそうとしたとき、メディア部部室から気になる言葉がこだましてきた。
『これ、羊山メリーランドのチケット! 夏休み前に地元の遊園地の紹介記事を書いたらどうかって、先生に渡されたんだよ! 私と一緒に行く予定だった友達が急に予定入ったみたいでさ……よかったら代わりに行ってきて! てか行け!』
有紀は一歩踏み出した足を静止させた。
『メリーランド? 遊園地?』
『そういえば清水ちゃんはこっちに転校してきたばかりで行ったことないんだっけ? ちょうどいいから、蒼君と瑠璃川ちゃんの三人で一緒に行ってきなよ! もちろん蒼君は強制ね』
「――ッ!?」
メディア部の先輩らしき人物が発した言葉に、有紀は動揺を隠しきれなかった。
遊園地!? 文春と!? 清水さんが!? ま、まずい!? それは今の清水さんの文春への態度を見ても……確実にまずい! デートじゃん!
「これはゆゆしき事態ね。まさか、文春と清水さんが遊園地デートに行くなんて……あたしはどうすれば」
有紀の耳に『取材』という言葉は入らず、ただ文春と六花が遊園地に行くという純然たる事実のみが『=デート』という思考に至っていた。
咄嗟に有紀はポケットからスマホを取り出し、こんな時使い勝手のいい、というか頼りになりそうな人物である幼馴染の北斗流星のもとへとメッセージを送信した。
「これ以上、あの女の好き勝手にされないように監視しなきゃ!」
有紀はメッセージを送信したスマホを慌ててしまい、再び職員室へと足を急がせた。
「失礼します!」
職員室のドアをノックもせずに勢いよく開けた有紀は、面食らった表情で彼女を出迎えた顧問の前へと足踏みする。
「先生! 試合形式の練習に移るのでコーチお願いします!」
「……あ、ああ、わかった」
普段毎回ジャンケンに負けて嫌々な態度で職員室に入る姿とは真逆で、今日はハキハキとした強い口調で瞳に闘志を燃やす彼女のその姿に、気圧されたバレー部顧問の教員は戸惑いながらも『やる気が出てきたのか』と歓心していた。
「では! 体育館で待っています!」
「あ、ああ」
有紀は顧問の返答を聞くとすぐに職員室から飛び出し、体育館へと向かった。
これはまずい! 非常にまずい! もしこのまま清水さんが文春とデートに行ったらどうなるかわからない! ……いや、別にあたしは行く気なんてないけどッ!? でも万が一ってこともあるしッ!? それにあの清水さんなら何してくるかわかったもんじゃないしッ! だからあたしは監視して、またあの女が文春に変なちょっかいかけないように――。
「おい天野!」
「わっ!?」
体育館に向かう途中でいきなり後ろから肩を叩かれ、有紀は思わず大きな声を出してしまった。
「……ん? あ、なんだ湊先輩か」
振り返るとそこには、同じ女子バレー部の先輩である加賀湊の姿があった。有紀と同様に小柄な体格から、よく一年生に間違われることがあるが、これでもれっきとした二年生である。
「なんだじゃないだろ? 先生呼び行くのに時間かかり過ぎだ。どっかでサボってたのか?」
湊は疑いの眼差しで有紀を睨む。
「ちがいます! あたしは今自分に課せられたミッションをフューチャーし、奮い立たせようと意気込んでいたところです!」
「なんだそのベンチャー企業みたいな意気込みは? それにお前に今課せられたミッションは大会に向けての練習だ。一年でレギュラー入りしてんだから少しは自分の立ち位置を自覚しろ」
「ぷいっ」
「『ぷいっ』じゃない」
有紀はぷいっと顔を背けた。
「はあ。どうせ例のお前の幼馴染? とかのことで騒いでたんだろ?」
「なんでそれを!?」
「そりゃあお前。ウチの部じゃお前がその幼馴染のことを好きなのは周知の事実だからな」
「……えっ?」
「バレてないとでも思ってたのか? 態度で丸わかりだぞ?」
そんな湊からの唐突な言葉に、有紀は鳩が豆鉄砲を食らったような表情で湊の方に目を向けた。
「……こ、このことは誰にも言わないでくださいねッ!?」
「みんな知ってるっつの」
「うう……は、恥ずかしい……」
「むしろバレてないと思ってたことに驚きだよ」
湊は呆れてこめかみをつまむ仕草をすると、改めて有紀に向き直った。
「で、お前はどうしたいわけよ? その幼馴染と付き合いたいんだろ」
「ふえっ!?」
少しニヤついた表情で出された質問に、有紀は自信なさげに返す。
「……それはまあ、そうなんですけどぉー」
「いつまでも悠長に構えていると他の奴に取られるぞ? 部活に集中するためにも早めに気持ちの整理をつけろよな」
「気持ちの整理、ですか?」
「手っ取り早く告って付き合うか、振られるかしてこいってことだよ」
告白……。あたしが文春に、か。そんな勇気を振り絞れたら苦労しないんだけどな。
「……先輩は彼氏いるから余裕ですもんね」
「なんだ? 嫌味か?」
「べっつにー」
「ベーっ」と舌を出す有紀を小さく小突き、湊は彼女の襟を掴み引きづりながら体育館へと連れて行く。
有紀は途中で通りがかったメディア部部室を恨めしそうに見つめながら、先ほどメッセージを送った流星からの返事がまだ来ていないことに気づきスタンプを連打していた。
――そしてそのメッセージを受け取っていた流星はというと、校庭の隅へ位置する場所に建設された陸上部の部室で、一人険しい表情でスマホとにらめっこをしていた。
「『文春 清水 遊園地 デート 監視 絶対』ってなんだこりゃ? 検索ワードみたいな文送りつけてきやがって」
(どこでこんな情報を知ったのかはこの際どうでもいいが、フミが女子とデートね。それも最近転校してきた校内で美少女と言われてる女子と。…………まあ、口には出さないけど、アイツ面食いなところあるしな。俺としてはやっと女子に対して興味がわいてくる時期になったんかと思うだけだが)
「有紀のやつはそうもいかねえよなぁ」
幼馴染三人でよく行動していたという仲もあり、流星は有紀が文春に対して恋心を抱いていることを知っていた。というか身近にいなくても、彼女のリアクションで周囲の人間もそれに気付くまで時間はかからなかった。
だからこそ、尚更に彼女がどれだけの想いで一緒に過ごしているのかも理解していた。
「『監視 絶対』ってことはこれ強制参加かよ。でもまあ、ぶっちゃけ人の色恋沙汰を遠巻きに見るのは楽しいし、面白そうだから行ってみっか」
陰ながら有紀のことを応援している流星であるが、ほぼほぼ野次馬根性である。
「あっ、やっべ。返信してねーからスタンプ連打してきやがった!」
流星は急いで既読をつけ、有紀に返信を返した。
『面白そうだから行くわ』
そんなメッセージを送った後、すぐに彼女から返事が返ってくる。
『あたしは全く面白くない! でもさんきゅー。バレないように尾行するから変装してきて』
「変装ってなんだよ」
流星は有紀からの返信に、思わず独り言の突っ込みを入れずにはいられなかった。
『てきとーにしてくわ』
そんなやり取りをしていると、部活のマネージャーである少女が部室に入ってきた。
「あ、いたいた! ちょっといい? 北斗君」
「ん? どうした?」
流星はスマホをポケットにしまいながら少女の方へと足を運ぶ。
『面白い一日になりそうだな』と、一人楽観的な彼は肩を躍らせるように揚々とグラウンドへ走って行くのだった。




