というか自意識過剰?
あれから僕たちは無言のまま外へと出た。
観覧車から戻る頃、日は沈み、辺り一面真っ暗な風景に包まれていて、人影も少ない園内は昼間の賑わいと対照的な静寂さを物語っていた。
「……お二人とも少し元気がないようですが」
観覧車の中で、僕たちに何があったか知らない瑠璃川さんは心配そうに声をかける。
「ううん! なんでもないよ! ちょっと乗り物酔いしちゃって。ねっ、文春君!」
元気を振り絞ったように、清水さんがいつもの明るい口調で僕に言葉を切り出す。
「う、うん! 久しぶりに乗ったから僕も揺れに酔っちゃって!」
「そ、そうでしたか! 私の思い違いでよかったですっ」
瑠璃川さんは僕たちの返事に安堵を見せると、「閉園の時間になりますので帰りましょうかっ」と先導して入場門まで歩みを進めた。その間、清水さんは普段と変わらない様子で瑠璃川さんと今日の思い出に花を咲かせながら話しをしていた。
僕はそんな二人の背中を静かに追いながらも、ゴンドラの中で起きた出来事について、胸に立ち込める葛藤の靄に向き合おうとしていた。
清水さんは本当の自分をさらけ出してまで、僕に告白しようとしているのに……僕は『恋愛に興味が無いから』なんて理由で、その想いを一方的に拒絶してしまっても良いものなのだろうか?
今まで軽く口に出してきたその言葉は、相手の真剣な想いを蔑ろにする恐ろしい言葉だったんだと、僕は痛感した。
現に、ゴンドラでの清水さんの発言に対して、僕はその言葉を発することが出来なかった。あれほどまでに自分と向き合って、相手に告白しようとする勇気と覚悟を見せた、彼女の姿に感化されて……。
もしかして有紀も彼女と同じ気持ちなんだろうか。
「――蒼君? 大丈夫ですか?」
ハッと我に返る。
「あ、うん! 大丈夫! さすがに一日遊んでると足が疲れちゃってね!」
「たしかにそうですよねっ。ゆっくり歩いて行きましょうかっ」
いつの間にか歩みを止め立ち尽くしていた僕を、瑠璃川さんは優しく気遣ってくれる。その背後で一瞬、清水さんが涙で目を潤ませているように映った。
今ここで悩んでいても仕方がない。変に心配をかけるわけにもいかないし、僕も二人の談笑へと参加することにしよう。
その後、僕たちは軽い雑談を交えながら遊園地の中を並んで歩き、敷地外へ出ると、タイミングを見計らったかのように瑠璃川さんが口を開いた。
それは僕たちに気を遣わせないようにするためか、彼女は今日一番の笑顔で僕たちにこう告げた。
「今日は本当に楽しかったです! お二人ともありがとうございましたっ!」
瑠璃川さんの笑顔につられるように顔がほころぶ、清水さんもまた笑顔で言葉を返す。
「こちらこそありがとうねっ! すごく楽しかったよ!」
「うん……僕もすごく楽しかったよ」
そんな僕たちの言葉を聞いて、瑠璃川さんは「よかったです!」と再び笑顔を見せる。そして、そんなやり取りを最後に今日の遊園地デート取材はここでお開きとなった。
帰りの駅改札ホームで、僕と瑠璃川さんは清水さんに別れを告げると二人きりとなる。
彼女は僕と同じ沿線の電車だったので、僕たちは電車が来るまでの時間、駅ホームのベンチに腰を掛け今日の取材について話しをしていた。
すると瑠璃川さんは唐突に、あのことについて質問をしてきた。
「清水さん、帰りは無理をして元気に振る舞っているように見えたのですが……やはり、観覧車の中で何かありましたか?」
これは素直に答えてもいい内容なのか、僕が「うーん、とね」と言葉を濁すような態度をとると、瑠璃川さんは前のめりに口を開く。
「なにかあったなら教えてほしいですっ。今日一日三人で一緒にいたのに、私だけのけ者扱いはひどいと思いますっ」
「いや、なんといいますか? プライベートな内容だから言いにくいといいますか……?」
「それならなおさらですっ」
「なんで?」と僕が疑問を浮かべると、彼女は得意げな顔で。
「私がメディア部の部員だからですよっ」
妙に説得力のあるセリフに僕はガクッと肩の力が抜けた。部活仲間だとかの云々以前に、僕たちはそういうゴシップネタを集める活動をしてるんだもんね。そりゃ気になるよね?
「き、記者魂ってか、ゴシップ魂がすごいよね」
「メディア部ですからっ。それにこういうことは周囲に漏らしたりなんて絶対にしませんので安心してくださいっ! 私と蒼君だけの秘密ですっ」
なんだか些細なことでも話してしまおうと思える彼女の包容力、というか諜報力には目を見張るものがあると思うな。
「はーっ。横島先輩と違って、瑠璃川さんならそのへん信用できるもんね……分かったよ。話すよ」
「はい!」
僕は観覧車の中で起きた事の顛末を何一つ隠さず瑠璃川さんへと話した。その間、彼女は真剣な表情で僕の話しに相槌を打ちながら聞き入ってくれた。
そして僕は、誰かに今日のことを共有できたのに対して気が緩んでしまったのか、今自分自身が葛藤に大きく苛まれているということまで話してしまっていた。瑠璃川さんの聞き力は恐るべしだ。
「――そう……だったんですね。清水さんは本当に文春君を慕っているんですねっ」
僕の話が終わると、瑠璃川さんはそんなことを口にしながら神妙な顔で僕を見た。
「うん。でも今の僕はそんな真っ直ぐな気持ちを受け止められるほど、彼女に対して誠実じゃないと思うんだよ……」
「そうですねっ! 今の蒼君には無理ですねっ」
「即答ですか」
「即答ですっ」
彼女は驚くほどあっけらかんとした態度で僕の言葉を一蹴した。
「私から言うと、蒼君は無責任に余計な事を考えすぎなんですっ。女の子の気持ちを分かってるようなフリして、ぜんっぜん分かっていないんですっ。浅はかな自己満足でことをなあなあに進めようとしてるんですっ」
「うぐっ」
思いのほか辛辣な意見が出た。どれも心に突き刺さる分余計に辛いっ。
「まず第一に、蒼君と誰かが付き合っただけで、その場の環境や関係が簡単に壊れたりするようなものでしょうか?」
「そ、それはだってさ、今まで友達だったのにー、とか、部活仲間だったのにー、とかで周りからそういう目で見られたりとかで……」
「それは蒼君の思い過ごしですっ。というか自意識過剰?」
瑠璃川さんは僕を軽く一喝すると、少し強張った表情で話しを続けた。
「蒼君が気にしているのは友人との関係を含めて、『周囲からどう見られるか』ってことじゃないですか? 好意を寄せている相手に対して『自分が誠実じゃないから』とかって言えるのは、単純に周りの環境や関係の変化に対して自分勝手に『変わるのが怖い』という理由だけで……そういう言い訳や屁理屈を重ねて答えをうやむやにしようとしているだけですっ」
さすがはメディア部一年で一番仕事が出来るというだけあって、相手の分析能力がピカイチだ。他人事みたいに関心してる場合じゃないんだけど。
僕は彼女の言葉に何も言い返せないまま、黙って俯くことしかできない。
「相手の気持ちに気付いて尚且つそうしているのであれば……同じ女子の私からしてみても、万死に値しますよっ」
「万死ですか……」
「はいっ! 万死ですっ!」
まさかあの精錬淑女の瑠璃川さんの口から「万死に値する」なんて言葉が出てくるとは。これはちょっと怒っているかもしれない。
「でも――」
そう彼女が言いかけたときに、その言葉に重なるように僕の口は自然と開いていた。
「でも、清水さんは僕がそういう態度をとっているってことを分かっていても『好き』って言ってくれたんだよね…………」
こんな最低なことをしている僕に、彼女は真っ直ぐな瞳で好意を伝えてくれたんだ。
「……そうです。なにも私は、蒼君に『清水さんと付き合ってほしい』なんてことは言いません。私はただ、目の前で真剣に自分の気持ちに素直で、まっ正面から向き合って好意を伝えてくれようとしている女性に対して、蒼君も同じようにきちんと正面を向いて正直な気持ちで向き合ってほしいだけなんですっ」
そうだ……そうだよね。僕は今まで最低なことをしてきたんだ。ずっと相手からの好意に、ただ自分を取り巻く環境が変わってしまうことが怖いからって蔑ろにして、後ろを向いて逃げてきただけだったんだ。
自分が『恋愛沙汰に興味がない』からと言って、相手の気持ちに向き合おうとせず、付き合う気がないと一方的な自分の想いばかりを専行させて。
「……ここまで私がアドバイスしたんですから、もう大丈夫ですよねっ? ここからは蒼君が自分で考えて行動する番ですよっ」
彼女はそう言うと、先ほどまでとは変わって柔らかな笑みで僕と目を合わせる。
「うん。瑠璃川さん、ありがとう! 僕、もう逃げないできちんと相手の気持ちに正面から向き合うよ!」
「はい! それでこそ蒼君です!」
僕はもう変化を恐れない。どんな結果になろうとも、正直に相手の気持ちに向き合って前へと進むんだ。
瑠璃川さんの激励を胸に、僕は決意を固める思いで拳を強く握りしめた。
しばらくして帰りの電車が到着し、僕たちはそれぞれの家路へとつく。
自分のどうしようもない性格に、真剣に向き合ってくれる友達はとても良いものだ。
波乱の一日ではあったけど、僕の心に迷いはなく、ただ清々しいほどに夜の冷たい空気を吸い込んで、深く星を見上げた。
◇ ◇ ◇
――清水六花は帰宅早々に、ベッドへと倒れこむように突っ伏していた。
今日一日、文春たちとの遊園地取材を乗り切った彼女は、先日リサーチしていた『遊園地デート特集』のサイトを血眼で見あさっていた。
やっちまったわ! 私としたことがやっちまったわ! 雰囲気に流されてカフェで「好き」とか言った挙句に、観覧車であんなラブコメのヒロインみたいなセリフを恥ずかし気もなく言うなんてッ! やっちまったわ! あーやっちまったわ!
そう、本来であれば六花が今日起こした告白イベントは、早くともデート3回目で実行すべき内容であったのだ。初日は無難に友達デート、が今日の予定だったはずなのだ。
それもこれも瑠璃川さんのあの話しやすい雰囲気がいけないのよ! おかげでゲロっちゃったじゃない! もんじゃ焼き何個作れると思ってるのよ! もんじゃ焼きに失礼だわ!
「はあー、どうしましょう。場の雰囲気で素直な自分でとか言っちゃったし。あ、でも私に迫られて茫然とする文春君は最高だったわ! よく鼻血を吹かずにいられたわね。おかげで帰り際に目がバキバキになって充血しちゃったけど……涙が出そうだったわ」
とにもかくにもあんなことを言ってしまった手前、近日中に私がもう一度素の状態で告白してくると思うわよね。まだ夏休み前よ。飛ばし過ぎじゃない?
「…………引くに引けないわよね。もう」
六花は深くため息をつくと覚悟を決めたように頬を叩いた。
「よし! こうなってしまったら仕方ないわ! 一旦週明けの様子を見て考え直しましょう!」
――――頬を叩いただけでは覚悟が決まらなかったらしい。
今日のあの反応を見た感じ、勝率は五分五分といったところかしら。厳しいわね。いえ、でも今まで積極的にアプローチを繰り返すも流されてきたことを考えれば、ここまで好感度を持ってこれたのは神の御業に他ならないわね。さすがはペ〇ソナだわ。私のバイブル。
そうと決まればすることは一つよね。
「ペ〇ソナ5の二週目で予習をしなくちゃだわ」
夜空に満天と星が輝く初夏の夜。清水六花、彼女の星夜はまだ明けない。
「あ、夜の予習はエロゲがいいわよね。Amazonesでポチらなきゃだわ」




