気付いていないフリをしてるんでしょ?
「――あれ? もうこんな時間?」
清水さんの言葉にスマホの画面へと視線を送ると、閉園まで残すところ三十分というところまで時間が経過している。辺りは茜色の空に包まれていた。
「そろそろいい時間になったね」
「あっという間の一日でしたねっ」
「そういえば瑠璃川さんはメリーゴーランドに乗らなくてよかったの?」
「さすがにちっちゃな子供たちしか乗っていないところには……恥ずかしくて……」
「年齢制限無いから乗っても大丈夫だと思うけど」
「そういう問題じゃないんですっ」
僕と瑠璃川さんがそれぞれに今日一日の出来事に思い耽っていると。
「じゃあ最後の目的地に向かおうよ!」
未だ体力の衰えを知らない清水さんが、声高らかに僕たち二人を引っ張り遊園地の奥へと進んでいく。
「最後の目的地ってどこなの?」
「最後といえば……アレでしょうか?」
瑠璃川さんの問いかけに「そう! アレだよ!」と彼女が元気よく返すと、僕たちの目の前に観覧車が見えてきた。規模感は小さいが、昔からずっとある年季の入ったものだ。
「あー。たしかに定番ではあるよね」
「でしょ!? デートの定番といえばこれは外せないでしょ!」
興奮したように話す彼女を前に、瑠璃川さんは申し訳なさそうに目を伏せて片手を上げた。
「す、すみませんっ。私、高所恐怖症で観覧車に乗れないので、最後のアトラクションはお二人で乗っていただけると……」
「あれ? 瑠璃川さんジェットコースターのときは大丈夫そうだったけど?」
カフェの後に乗ったジェットコースターではわりと平気そうだったので、観覧車には乗れないのかなと僕は疑問に思い問いかけてみた。
決してカフェでのあの出来事のせいで僕と清水さんに遠慮しているのでは? という下衆の勘繰りではない。
「ジェットコースターのときはずっと目をつぶっていたのと……あまり高い位置からのスタートでもなかったので大丈夫でしたっ」
たしかにこの遊園地のジェットコースターはほぼ平地をなだらかな坂で上り下りするだけだからな。それなら問題ないのかな。疑ったりしてごめんなさい。
「なるほど……それじゃあ観覧車は、私と文春君で乗ることにしよっか!」
「そうだね。僕たちでそれぞれの感想を瑠璃川さんに共有して、記事の最後を締めくくることにしようか」
こうなるとわざわざ断ることも出来ない。気は進まないが。このデートの最終決戦場ともいうべき観覧車に、さっき告白まがいのことを言われた女子と一緒に乗らなければならない。あくまでもこれは取材の一環なんだから、変に意識しないようにしなくては。
「お願いしますっ。私は近くのベンチで待っていますので、お二人で楽しんできてくださいっ」
「はーい!」
「うん! りょーかい!」
瑠璃川さんがその場を去っていくとなぜか一瞬、清水さんは不敵な笑みを浮かべたように見えた。
「ねえ文春君」
「ん? どうしたの?」
「これって、デートだよね?」
「うん……まあ、取材のためのデートって感じではあるけどね……」
僕は彼女の言葉に『取材のための』というところを強調して返すと。
「んー……でもこれってデートに変わりはないよね?」
清水さんが再び僕にそう問いかけてきた。
僕は「え?」と思わず声が漏れる。そして、彼女の言葉の意図を探ろうと頭の中を巡らしていると。彼女は僕の目を見て口を開いた。
「だって私、文春君のこと本当に好きだし」
「……は?」
唐突に発せられた彼女の言葉に理解できず硬直していると。
「あ、ほら! 私たちの番が来たよ! 乗ろう!」
「あっ。う、うん!」
そう僕は彼女にされるがままに手を引かれて、ゆっくりとゴンドラの中へと入って行った。
中へ入ると清水さんが率先して二人掛けの席に腰を下ろしたので、僕もそれにならうように彼女の前へと座る。
僕たちが座席に腰かけると扉が閉まり、観覧車は時計の秒針よりもゆったり刻々と動き出した。
「ふふっ。文春君と二人きりになっちゃったね」
「え? あ、そ、そうだね!」
狭い空間に二人っきりの状況で柔らかい笑顔を向けられると、カフェでのこともあって意識しすぎて照れくさいのだが……。僕はそんな気持ちを悟られないように窓の外へと視線を移して平静を装う。
「なんかデートっぽくて楽しいよねっ」
「あ、うん! そ、そうだね!」
「ふふっ。文春君、同じ返しばっかしてるよ」
「ごっ、ごめん」
僕は『雰囲気に流されちゃダメだ』と自分に言い聞かせながら、なんとか彼女の笑顔にほだされないように受け答えする。
「……文春君は今、私と二人きりだと緊張しちゃう?」
そんな僕の気持ちを察してか、彼女は少し意地悪な笑みで僕に問いかけてきた。
そりゃ意識しないわけがないでしょ! いや! 意識しない方がおかしいでしょ!? 恋愛に興味がないとはいっても、直接的に好意を向けられるとさすがに体が反応しちゃうよ!
「そ、そりゃ……ね」
僕がそう返すと彼女は「ふーん」と、僕の顔を下から覗き込むように見る。その仕草に僕は思わず視線を逸らした。
「あ、今ちょっと照れたでしょ?」
「て、照れてない!」
僕は彼女の視線から逃れるために再び窓の外へと視線を戻した。
そんな僕を見て清水さんは「あははっ」と笑うと。
「文春君ってかわいいよねっ」
そう言ってきた言葉に、それは女の子って意味なのかと、普段なら受け流すよう冷静に答えられるはずなのに……今の僕にそんな余裕はなく。
「男にかわいいってなに!? 失礼でしょーが!」
「必死になってるとこもかわいいよ」
「――もう! 清水さん! 僕のことからかってるでしょ!」
「あはははっ! ごめんごめん」
つい大きい声でリアクションをしてしまう。心臓がもたないからやめてほしい。
動揺を隠せないでいる僕をよそに、清水さんは思いふけた表情で窓の外を見つめ言葉を紡ぐ。
「だって文春君って、すぐ顔に出るんだもん……ほんといつも見ていて飽きないよ?」
清水さんは再び笑顔に戻って、今度は外を見ることなく正面で僕の瞳を捉える。僕はそんな彼女の笑顔を直視できずに、視線の逃げ場を探るばかりだ。
「そ、そう? でも僕なんて顔だけだし……全然つまんないと思うけど……」
「顔には自信あるんだね。でも私、文春君と一緒にいると毎日がすごく楽しいよ!」
「……そ、そうなんだ」
「うん! そうだよ!」
彼女のまっすぐな瞳に吸い込まれそうになる。
そんなやり取りをしている間にも観覧車は頂点に達していたようで、窓の外の景色がゆっくりと回り始める。
「あ! ほら見てっ! 今日私たちが回ってきたアトラクションが見えてきたよっ」
清水さんが指差す方に視線を向けると、園内のあちこちから上がる光のパレードが遠くの方でうっすらと見えてくる。
二人で体を前に乗り出して、その光景を目に焼き付けていった。
「……きれい」
「うん。きれいだね……」
僕が視線を外の景色から外そうとした時――不意に彼女が口を開いた。
「ねえ……文春君?」
「どうしたの?」
彼女の方へと視線を戻すと、清水さんは窓の外を指差して続ける。
「あの光ってさ……何色に見える?」
そんな突拍子のない質問に、僕は彼女の指先へと視線を移すと「うーん」と唸って答えた。
「そうだなぁ……青、かな?」
僕がそう答えると清水さんは頷く。
「うん、正解! 文春君の髪色に少し似てるね?」
「言われてみれば、そうかな? ちょっと明るいけど」
「じゃあ、あの光は?」
再び彼女は外を指差すので、僕もそれに合わせて視線を指先の向こう側へとくぐらす。
「……ピンク、かな?」
「うん! 私の髪の色と同じだね?」
清水さんは目を細めて嬉しそうに微笑んだ。彼女の指先には、ゴンドラの中を照らす紫色のネオンライトの光が反射して灯っているように見えた。
気付けば彼女の顔は触れ合いそうなほどに近く傍まで来ていて、薄っすらと頬が茜色へと染まっていた。
「……清水、さん?」
彼女は息をのむように言葉を紡ぎ始めた。
「……文春君はさ。私の気持ちに気付いていて、でも……気付いていないフリをしてるんでしょ? 天野さんのことも、たぶんそう……」
真剣な彼女の眼差しに、緊張で硬直した僕は言葉を発することが出来ずにただ茫然と目を合わせた。
「さすがに分かるよ? でも私は文春君のそんなところも含めて好きなの。転校した初日に一目惚れしたの」
少しずつ、少しずつだが、たしかに彼女の口調が、声音が――いつもと違う形に変化していくのを感じる。
「私の我儘に付き合ってくれる文春君が好き。私の好きなものの話を親身になって聞いてくれる文春君が好き。私が変なことを言ったりしても、受け流さないでちゃんと返してくれる文春君が好き」
「……し、清水さん?」
僕は彼女の傍から少しづつ距離を置くように、腰掛けた席をわずかに後方へとずらしていった。
「――でも、今の|天真爛漫な女子高生《みんなに好かれようと演技をしている私》で告白するのはダメよね…………文春君にも、自分自身にも、素直でいるとは言えないわよね?」
彼女はそこで一度深く息を吐くと、僕の目をしっかりと見て口を開いた。
「文春君、だから私はね。素直な、ありのままの自分で、あなたに真剣に向き合って告白しようと思うの」
そう覚悟を決めたように強く、けれど優しく微笑む彼女は夕日のせいか少し赤らんだ瞳で静かに僕だけを見つめていた。
今まで異性から告白されるなんてことはあったが、僕はその度に部活や友情を理由に彼女たちの告白を拒んできた。そうすることによって、今の環境や関係が変わってしまわないようにするため。
――でも目の前の彼女は、今の自分を変えてでも僕に告白すると宣言したんだ。
僕はまた、同じ理由で彼女の想いを拒んでもいいのだろうか? 彼女を傷つけてもいいのだろうか?
ゴンドラの揺れ軋む音のみが響き渡るこの空間で、僕はそんな柄にもないことを考えていた。やがて観覧車での時間は終わりを迎え、僕たちはそれぞれお互いに沈黙のまま外へと出た。




