僕は立派な蒼家の弟だっての!
日曜日の朝。いつもならお昼頃まで惰眠を貪り怠惰な一日を過ごす僕だったけど、今日は横島先輩に強引に押し付けられた遊園地への取材のため、朝からいそいそと出掛ける準備を始めていた。
天気はあいにくの雲一つない大晴れ。
もし雨が降っていたのなら中止をすることが出来たのに……と恨めしく思いながらも、僕はウォークインクローゼットに掛けられた衣類の中から今日着るものを物色していた。
「さてと……どれを着ていこうかな?」
独り言を呟きながら、ハンガーに掛かった服をあれこれと物色していく。
休みの日の取材とはいえ、あまりラフすぎる格好はどうなんだろう。かといって、変に畏まった服ではまるで女子とのデートを意識しているみたいに思われてしまう。
今回はあくまでも遊園地の取材という名目だから。そうなると……。
「文春ー。朝ごはんできたよーって、何してんの?」
「夏姉ちゃん、ノックしてっていつも言ってるよね」
着ていく服のコーディネートに悩む僕の前に現れたのは、3つ上の姉で今年から大学に通っている蒼夏目だ。
「知らないわよ、そんなの。妹が姉に文句言うもんじゃないわよ」
「僕は弟だよ」
「まだそんな戯言をのたまってるわけ? いい加減認めなさいよ。あんたは立派な妹よ」
「認めるか! 僕は立派な蒼家の弟だっての!」
「朝っぱらからうるさいわね~」
「誰のせいだと……」
夏姉ちゃんは僕のことを一瞥し。
「なに? 服選んでんの? あんたにしては珍しいわね。どうせいつもみたいに流星君や有紀ちゃんと遊びに行くだけでしょ? ラフな格好でいいんじゃない?」
「いや、今日は部活動の女子二人と遊園地へ取材に行くからさ。いつものラフな格好は控えた方がいいかなって――」
「はあ!? あんたが有紀ちゃん以外の女子とデート!?」
家中に夏姉ちゃんの甲高い声が響き渡る。人にうるさいと言っておきながら、なんて声量のデカさだ。
そしてなぜそこで有紀の名前が出てくるんだろうか。しかもデートじゃないし。取材だし。
「デートじゃなくてしゅ・ざ・い! ただの部活動の一環だよ」
「いやいやいや! いやいやいやいや! 男一人に女二人でもデートは成立するだろ! うっわー、身内がハーレムしてるとかマジ痛いわ」
「言いたい放題だな」
「つか、私はてっきり有紀ちゃんとだと思ってたけど……まあ、あんたカスだからね。顔は美少女のクセして。いや美少女だからこそか」
「マジで言いたい放題だな!」
はあ。夏姉ちゃんは人の話しもロクに聞かず、自分で妄想ふくらませて話しを進める節があるから疲れる。あと美少女に何か恨みでもあるのだろうか?
「しかたない。お姉ちゃんがあんたを『蒼家の恥さらし』と呼ばせないように、しっかり服をコーディネートしてあげますか!」
「ええ!? やだよ! 夏姉ちゃんの選ぶ服って女の子が着るようなやつばっかじゃん! 僕はもう少し男っぽいのがいいんだって!」
「そんなもの家にあるわけねーだろ! あんたの服買ってきてんの私とお母さんだぞ! そんな『漢!』みたいな服なんて買うわけねーだろ!」
「別に『漢!』みたいな服にこだわらなくていいよ! 無難なのでいいの! てかやっぱ狙って女物っぽい服選んでたのかよ! もういい! 今から秋兄ちゃんの部屋に行って服借りてくる!」
「あんたの身長じゃ兄ちゃんの服は絶対似合わない! いいから黙って私の選んだやつを着ていけ!」
「いやだぁッ! 秋兄ちゃんの服がいい!」
僕は夏姉ちゃんを振り切って部屋を飛び出そうとした――が、瞬時に腕を掴まれ動きを止められる。
「いいからお姉ちゃんの言うことを聞けえええええぇぇぇぃぃぃぃぃ!」
家中に響き渡る夏姉ちゃんの奇声に驚いたのか、もう一人部屋に入ってきたのは。
「秋兄ちゃん! 助けて!」
「げっ! アキにい!」
僕らの前にのっそりと出てきたのは、兄妹唯一の社会人であり長男の蒼秋永だ。
夜にバーテンダーの仕事をしているので基本日中は家にいて、両親に代わって家事全般をしている僕たちの頼れるお兄ちゃんだ。
「日曜の朝っぱらから何騒いでんだ? 近所迷惑になるぞ」
「秋兄ちゃん! 服貸して!」
「やめろ! こいつは私の選んだ服でデートに行くんだ!」
「はあ?」
夏姉ちゃんと僕が取っ組み合いを始める様子を見て、秋兄ちゃんは額に手をあて呆れた顔をする。
「デートって、文春に彼女でもできたんか?」
「ちがうよ! 僕はただ、今日部活の取材で遊園地に行くって話しを姉ちゃんにしただけなんだよ! なのに姉ちゃんが暴走して!」
「おい! 女子二人と、をつけ忘れるんじゃないわよ! これはもうデートだろ!」
「ちがうわい!」
秋兄ちゃんは少し「うーん」と考える素振りをしたところで。
「それはデートじゃね? 学生は羨ましいなぁ」
「ええ!? 秋兄ちゃんもそう思うの!?」
どうやらこの家に僕の味方はいないらしい。
「そうじゃろがい! あんたはもうちょっと自分のビジュアルとそのめんどくせえ性根に向き合いなさい! ラブコメのカスがッ!」
「そっちもそっちでめんどくせえわ! 弟に優しい姉であって!」
「無理ッ!」
「即答かよ!」
秋兄ちゃんは『うーん』とまた少し考えると。
「よし、ちょっと待ってろ」
そう言って自室へ戻っていった。
数分後。部屋から戻ってきた秋兄ちゃんの手にはいくつかの服が握られていた。
「ほらよ」
手渡された服を見ると、それはいかにも男物といったテイストのオフィスカジュアル系のものだ。
「ありがとう! じゃあ僕は急いで着替えてく――」
「させるかボケぇ!」
手渡された服は夏の山に流れる清流のごとく、それはもう、なだらかな手つきで夏姉ちゃんによって窓の外に投げ捨てられた。
「あ――――ッ!? 俺の服が――――――ッ!!」
「普通そこまでするか!?」
「あんたの身長にアキにいの服は合わん!」
荒れ狂う姉は僕にコブラツイストをかけると。
「だまって! 私の! 選んだ服を! 着ろッ!」
「ひっひぃぐううぅぅ! に、にいちゃ」
「……あきらめろ」
そう言った秋兄ちゃんは「あれ高いのに」と呟くと足早に部屋を出て行った。
「む、無念ッ」
「オール・フォー・私!」
その後、なんとか夏姉ちゃんの絞め技から解放された僕は、自室で姉ちゃんから差し出された服に着替えを済ませる。
はあ……やっぱこうなったか。
スタンドミラーに映った自分の姿を見て溜息をつく。
そこに映っていた僕の姿は、ゆったりとしたシルエットで五分袖の白いニットに足元がすっきりと見えるスリムサイズのデニムパンツを合わせた、ボーイッシュな女の子といった感じだった。メンズと言っても通用しないこともないコーデではあるけど――僕が着ると女子にしか見えない。
「これはこれで恥ずかしいんだよなあ」
とりあえず少しでも男の子っぽさを演出しようとスポーツキャップを被ってみたが、ただのソロキャンプ女子みたいな無難な姿になっただけだった。
改めて思ったけど、僕って男なのになんでこんなにも女の子っぽい服が似合うんだろ?
いや、まあ確かに小さい頃から「可愛いね」とか「女の子みたい」とは言われてたけどさあ。高校生にもなってコレって。
「もういいや。朝ごはん食べよ」
考えるのをやめて足早にリビングへと向かうと、夏姉ちゃんがソファーに座ってテレビを見ながら寛いでいた。その隣では秋兄ちゃんもテレビを見ていたけど、僕に気づくと「おっ」と話しかけてきた。
「なかなかいいんじゃねえか? さすが俺の自慢の妹だな」
「弟だって」
「わりぃわりぃ」と意地悪な笑みを浮かべる兄ちゃんの横で夏姉ちゃんは「うんうん。スポーツキャップをチョイスするなんてやるじゃないの」と職人のように腕を組んでうなづいていた。姉ちゃんの顔の陰影が濃く見えるのは気のせいか?
「…………姉ちゃんさ、そもそもデートだと思って服選ぶんだとしたらこうはならなくない? 普通はもうちょっとオシャレな男子高校生みたいな感じにならない?」
「自分で服買ったことねえやつが文句言ってるんじゃないわよ。あんたはメンズ似合わないんだからさ、そういう系統の服着て『百合系女子デート』を演出してりゃいいのよ」
「もうめちゃくちゃだなおい」
この姉の理不尽さ具合は家族イチだ。
こんな絶対暴君みたいな人が高校時代はモテていたというのだから世も末だ。これに言い寄るのなら、もっと中身を見た方が自分のためになると思う。
「それにしても、やっぱり私の見立てに狂いはなかったわね。これはもう休日遊園地デートで、彼氏に『いつもと違うアクティブなワタシを見て』っていうスポーツ女子風小悪魔美少女だわ」
「僕は男だっつの。てかなにその盛り設定? 意味わかんない」
「デートってのはこういう架空の設定を心の中でイメージして臨むもんなんよ。おわかり?」
「わかんない。デートじゃないし。もっと言うと女子でもないし」
よく自分の弟を美少女呼ばわり出来るよな。秋兄ちゃんも「たしかに萌えるわ」とか言ってるし。この兄姉は……。
「ま、これなら無難にデートできるでしょ」
「だから! デートじゃないって!」
「はいはい、わかったわかった」
夏姉ちゃんの生返事に僕は少しムッとする。そんな僕の様子を見て秋兄ちゃんは「まあまあ」となだめると。
「待ち合わせまでまだ時間はあるんだろ? のんびりしてろよ」
そう言った秋兄ちゃんは腰を上げるとキッチンへと向かって行った。
そういえば朝食がまだだった僕はテーブルへ向かうと椅子へ座る。
「あ、そうだ文春」
すると夏姉ちゃんが僕を呼び止める。振り返ると姉ちゃんは少し真面目な顔をして言った。
「あんたさ、有紀ちゃんのことはどう思ってるのよ?」
「どうって……普通に友達だけど」
「ふーん……」
僕の答えに納得していないのか、夏姉ちゃんはじっと僕の目を見据える。
「夏姉ちゃん?」
僕が呼びかけると夏姉ちゃんはハッとする。そして少し呆れた様子で溜息をつくと。
「まあ、あんたが誰とくっつこうが自由だけどさ……」
そう言って、冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出すとコップに注いで一気に飲み干した。
「あんたも飲む?」
僕は無言で首を左右に振る。すると夏姉ちゃんはソファーへと戻った。
なんだったんだ一体? そんな僕と入れ替わるようにして、今度は秋兄ちゃんが朝食を手に現れた。
「ほらよ、文春の好きなエッグベネディクトだ」
「ありがとう」
秋兄ちゃんは僕の目の前に皿を置くと、そのまま自分の席についてテレビを見始める。僕も朝食を食べようと手を合わせたところで、ふとあることを思い出した。そういえばまだ言ってなかったな。
「秋兄ちゃん、夏姉ちゃん」
その声に反応した二人は僕を見る。僕は二人に向かって。
「おはよう」
「おはよー」と二人の声が重なる。そんな二人の背を見ながら僕は朝食を食べ始めたのだった。
なんだかんだ言っても、僕はこの兄姉が好きなのかもしれない。女子扱いされなきゃ。
今日の取材、無事に終われるといいなぁ。




