episode11 想いを伝えるのは君のため?自分のため?
いつにもなく静まり返る夕暮れの校舎。時計は一七時の刻を過ぎほとんどの生徒が帰宅したせいか、教室は屋外で掛け声をあげる運動部の声を除いて粛々とした雰囲気に包まれていた。
それは僕たちがいるメディア部の部室も同じだった。
今日は『予定があるからお休みするね』と清水さんは部活を欠席しており、先輩や他の部員も放送の仕事で体育館へと移動していた。
僕は一人きりの部室で週末に行った取材を記事にするため無心でキーボードを叩く。
記事に載せる必要のある内容をほとんど瑠璃川さんがまとめてくれていたので、僕は彼女が唯一同行出来なかった最後の観覧車についてのレビュー原稿の作成に取り掛かっていた。取り掛かっていたのだが――
「…………ダメだ。どうしても余計なことが頭に浮かんでしまう」
観覧車での出来事、清水さんが僕に告白をしてきたあの場面が頭を過り、レビューの『カップルは最後にここで』のところから『夜景をバックにお互いを見つめて』『告白』『キス』と文字を打っては消して打っては消してをループさせていた。
あんな衝撃的なことが起きたんだ、どうしてもあの日の情景がフラッシュバックして思考がまとまらなくなってしまう。
冷静になれない自分を落ち着けようと、僕はペットボトルに入ったミルクティーを豪快に喉に通した。
思考がまとまらない時は甘いものを摂取するのが一番だ。
「んっんっ――ぷはぁッ」
紅茶の風味を逃さずミルクの濃厚な甘さが体中に染み渡る。やっぱりミルクティーは美味しい。
「さてと。もう一度気を取り直して……」
『夜景をバックに』『触れ合いそうなほどに近い顔』『薄っすらと桃色に染まる頬』ってッ!
「あ――――――ッ! ぜんぜん集中できないじゃないか僕ッ!」
静寂に包まれた部室の中で僕の情けない叫び声が響き渡った。
ダメだダメだ! ちっとも集中出来ない! ここの内容をまとめようとすると清水さんの顔が脳内に溢れ出てくる!
一体どうしちまったの僕の脳みそッ!?
いや、現状集中出来ないのは当たり前か。
彼女が最後に言った『文春君、だから私はね。素直な、ありのままの自分で、あなたに真剣に向き合って告白しようと思うの』という言葉。それは後日に告白をする、という認識で間違いないと思う。
そんなことを言われた手前で、僕はいつその告白の日が来てしまうのか、そんな不安に脈打つ心臓を抑えることが出来ない状態で過ごしていた。
僕は彼女の想いに対してどう答えるのがベストなのか。そのことだけを考えて昨夜から悶々とした気持ちでいる。
瑠璃川さんには『目の前で真剣に自分の気持ちに素直でまっ正面から向き合って好意を伝えてくれる女性に対して、蒼君も同じようにきちんと正面を向いて正直な気持ちで向き合ってほしい』とアドバイスをされ、相手の気持ちと正面に向き合うことには決心がついた。だが問題なのは決心がついたからこそ。
清水さんの気持ちに正面から向き合うのに、僕は彼女にどんな言葉を送ればいいのか。
夏姉ちゃんは『告白の返事って『付き合う』か『付き合わない』かのどっちかでしょ?』なんてシンプルに言うけど、僕にはそのシンプルな回答が言葉に出せない。
かと言って無責任に『付き合ってみる』なんてことも出来ないし。
「……恋愛が分からない」
そうポツリと呟いた時、スマホの着信音が僕の耳を小突くように鳴った。
「…………なんだろ。人が悩んでる時に」
机に突っ伏していた僕は気だるげにスマホの画面に目を配った。
――瞬間。胸の鼓動が大きく跳ねた。
『明日、あたしと清水さんの二人から文春に話しがあるから、放課後に屋上まで一人で来て!』
『明日、天野さんと一緒に文春君にお話ししたいことがあるので屋上まで来てほしいわ』
「…………………………んぅぇ?」
自分でもどこから出たのか分からないほど情けない声が喉元を過ぎていった。
夢でも見てるんだろう。きっと記事がまとまらずに週末の疲れもあって眠ってしまったんだ。そうに違いない! これは夢だ! よし、そうと決まれば目を覚まさなくちゃッ。早くレビューをまとめなくっちゃ!
夢から覚めるために思い切り頬を叩いた。…………痛い。
で、でもこれで夢から覚めたよね? よし、スマホには何も通知はきていな――
画面に写るのは先ほど夢で見たものと同じメッセージ。
「ゴフッ!」
思わず咳込んでしまった。
い、一体何が起きているんだ? これってようは『告白する』ってことだよね!?
状況を整理しよう。僕は週末に清水さん瑠璃川さんと遊園地へ取材に行った。そしてそこで清水さんから告白をされたんだ。だけど、彼女は『ありのままの自分で後日にまた告白する』と言ったんだ。それは分かる。それで今このタイミングはちょっと早いとも思うけど、メッセージを送信したのも分かる。
で、有紀?! いや、一応僕に好意のあるようなアプローチをしてきていたのは感じていた。けど有紀も今!? どゆこと!? ホワイ!?
有紀とはたしかにこの前デート、みたいな感じで二人で出掛けたけど……。別にそこから何か清水さんの時みたいなことはなかったはずでは。なんでこのタイミングで!? しかも二人同時に!?
「……わけがわからない」
僕は突然のビッグサプライズに文字通り頭を抱えて思考を悩ませていた。
そもそも二人揃ってって。今の僕にはハードルが高過ぎるッ。でもこれ絶対に断れる雰囲気じゃないしな。
「これって……二人で告白するからどっちか選べってことだよな」
――選べない。どちらも僕にとっては大切な親友であり同じ部の仲間だ。
有紀とは小さいころからよく一緒に遊んでいて、部活のバレーボールに対して熱く真摯に向き合う姿に尊敬しているし憧れてもいる。
清水さんはまだ転校してきて日が浅い関係とはいえ一緒に同じ部活動で協力し合って校内新聞を作ったし、それにこんな僕に対して真剣に想いを伝えてくれた人だ。そんな彼女のことを僕は有紀と同じように尊敬している。
「一体どうすれば……」
唐突に二人の間で揺れる気持ちに動揺を隠し切れないでいる時、僕の沈んだ心を照らすように夕日の光が扉の隙間から差し込む。
「おっ。やっぱり頭抱えて悩んでたな」
それまでシンとした部室に扉を開けて僕を嘲笑うように入ってきたのは流星だった。
「り、流星? 今はまだ陸上部の練習の時間じゃ……」
「あ? ただの休憩だよ。休憩時間にやることねーからこっち来たんだ」
流星はジャージの袖で額の汗を拭うと『ジャマするぜ』と僕の隣の席に座った。
僕が真剣に悩んでいるというのに気楽なやつだな。
ニヤニヤと笑いながら流星は口を開いた。
「お前、明日有紀から告白されんだろ?」
「なッ、なんでそのこと知ってんの!?」
彼の口から出た言葉に驚きを隠せず、僕は前のめりで声を張り上げてしまった。
メッセージはついさっききたばかりだし、もちろん誰にも言ってないし! それに今日はこういうことに目ざとい性格の悪い先輩も見てないはずなのに!
「そんなん俺がお前らの幼馴染なんだから知らないわけねーだろ?」
意地の悪そうな笑みを浮かべると流星は少し真剣な表情で話しを続けた。
「お前ら二人のやり取りをこっちは毎日見てきてんだぜ? ま、有紀はところどころ態度に出し過ぎだけどな…………それでお前はさ、有紀に告白されたら、どうするつもりなんだ?」
「……どうって」
「手っ取り早い話は『付き合う』のか『付き合わない』のかってとこだな」
夏姉ちゃんと同じことを話す彼の瞳は真っ直ぐ僕を覗く。
「……正直、僕は今悩んでるんだ」
「だろうな」
「有紀のことはずっと昔からよく近くで見ていたから、何事にも全力で挑む姿勢とかバレーボールに対しての真剣な姿とか…………本当に尊敬してるよ」
「お前が中学の時にいきなり『陸上始める』なんて言い出したのも、あいつのバレーの試合を見てだもんな」
恥ずかしいことを思い出させるな。まあ事実なんだけどさ。
あの時僕は流星と補習を受けるため土曜日に学校へ登校していた。補習が終わった後に流星が暇つぶしで『体育館で有紀が他校のバレー部と練習試合してるから応援行こうぜ』と言って、僕たちは体育館へ向かったんだ。体育館に向かってすぐ、僕は有紀がバレーボールの試合をしているのを見て息を呑んだ。いつも少年のような無邪気な笑顔で僕たちとふざけている彼女が目の前で、自分よりも背の高い女子たちを相手に真剣にボールを追いかけ、仲間を鼓舞してチームの中心となっているその姿が、当時やりたいこともなくただ過ぎる時間を待っていた僕の瞳に鮮明に色濃く焼き付いた。
その瞬間から僕はすぐにこの行き場のない高ぶった気持ちをどこかにぶつけたいと思い、隣にいた流星に頼んで陸上部へと入部したんだ。
このことは流星にも内緒にしてもらって、僕自身も有紀には話していないことだ。
「――懐かしいことを思い出させるよね」
「わりと最近だろ」
流星はニカッっと笑う。
「そうだね。だから、僕は今真剣に向き合いたいんだ。明日、こんな僕に告白してくれる二人に」
「そうだな。お前みたいな優柔不断なやつに告白する二人のためにも――二人?」
言いかけたところで流星はキョトンと静止した。
「うん。二人」
「明日告白されんの?」
「うん」
「二人に?」
「うん」
流星はまるで事件を推理する探偵かのように額に人差し指をあてる。
「うーん。明日、有紀に告白されるんだよな?」
「そうだね」
「で、もう一人は? まさか」
「清水さんだね」
僕と流星の仲にとくに隠し事はいらないかな、と正直に伝える。
「あたりまえだけど。別の時間によな?」
「いや、同じ時間帯に同じ場所でって、二人に来るように言われたよ。ほら」
そう言って僕は先ほどもらったメッセージを流星に見せた。
「…………意味がわからない」
「そうその気持ちッ! それさっきまで僕がこのメッセージを見て抱いてた気持ちだよ!」
『有紀のやつ何考えてんだ? バカなのか?』と呟く流星は僕の顔を見上げる。
「どうなってんのこれ?」
「分かんないよ! 正直、清水さんには週末の遊園地で観覧車に乗った時に『日を改めて告白する』的なこと言われてたからメッセージ見て腑に落ちたけどッ! 当日に有紀も一緒だなんて考えてなかったよ!?」
「はあ?! お前あの後そんなことになってたのかよ!」
「――あの後?」
「あ、やべ」
何だろう。その途中まで同じ現場にいたみたいなセリフは? ひょっとして流星もあの時どこかにいたってこと?
「……どういうこと? 流星?」
「あ、いや、えーっとだな。俺は別に興味がなかったんだけど、有紀がだな」
こいつら当日に尾行していやがったな?
「ほーん? それじゃあの日、流星と有紀は僕たちの後を尾行していた、と?」
「そうなっちゃうね」
何を開き直ったのか、彼はケロッとした表情で親指を立てる。
「どこまで見てたの?」
「俺たちはカフェで清水さんがお前に告白まがいの発言してから退散したぞ。有紀がやばかったんでな」
「ほーん?」
なるほど。それで有紀も清水さんと一緒に僕へ告白するという暴挙に出たのか。
「話は戻るがお前は二人のどっちと付き合うんだ?」
「むりやり切り替えたね」
いろいろと聞きたいことはあるけど、それよりも今は明日の告白についてが先だ。
「真剣に考えてはいるよ。でも、付き合うとかってなると、まだちょっと分からないんだ」
「それは二人ともか?」
「……うん」
素直な気持ちを出すなら二人のことは好きだ。でもこれが恋愛のそれなのかは分からない。
今まで恋愛沙汰を避けてきた僕にとって、二人からの告白というものはいきなり過ぎるものだ。だけど、だからといって告白の答えを先延ばしにすることは出来ない。
「俺から言えることがあるとすれば『お前らが付き合っても付き合わなくても、俺たち三人の関係なんて変わんねーよ。もし、お前らの関係がギクシャクしたときは、ちゃんと俺がフォローしてやる』って。これ、有紀にも似たようなこと言ったんだけどな?」
「……流星」
本当に僕は情けないな。いつも流星たちには世話になってばかりだ。
「ありがとう。僕、ちゃんと二人が納得すような答えを出すよ」
「お前は大バカだけど、やる時はやる男だからな。影ながら応援してるぜ」
「ふふっ。流星はホント頼りになる僕の悪友だねッ」
「うるせっ」
流星の言葉に安堵した僕は、さっきまでの胸のざわめきが嘘だったかのように穏やかな気持ちに包まれた。
僕は周りの環境に恵まれているな。流星たちと一緒に過ごせてすごく良かったよ。
まだ返信していなかったメッセージに僕は『うん。分かった。僕もきちんと素直な気持ちを伝えるよ』と二人へ送信する。もう後戻りすることは出来ない。ここから僕の停滞していた青春が始まるんだ。
安心した僕に『それにしても両手に花とは羨ましい限りだな』と冗談めかしに話す流星と一緒に、週末から引きずっていた不安な気持ちを晴らすようお互いに笑い合った。
「――申し訳ありませんッ。以前に提出しましたインタビューの部活紹介のところに補足がありまし――」
部室の扉を勢いよく開けて入ってきたのは、漫画研究部の部長である堂島絵美先輩だった。
一目僕たちを見て恍惚の顔を浮かべる彼女に鳥肌が止まらない。
「――嗚呼、尊ひッ」
先輩は流れるように手を前に合わせると、感極まったかのような表情で流星へ薄い本を差し出した。
「私、直接本人にお会いしたのは初めでなんでずよ! あ、鼻血が」
「だ、大丈夫スか?」
冷静に鼻にティッシュを詰め込む堂島先輩。こういう行動がなければ、外国の可愛いお人形みたいな人なんだけどな。
「申し訳ありません。私、不良イケメンが守備範囲でして。あ、いえ、美少年の蒼さんも良いとは思いますけど」
「は、はあ。なあフミ、この人はさっきから何を言ってるんだ?」
「ボクモワカンナイ」
開口一番から意味不明な言動をする先輩に困惑する流星は『あんたもちっちゃくて可愛いスよ』と呑気に話す。
中身は僕と流星を使ってあんなことをしている絵を描く先輩だと知ったら、きっと外面のイメージと真逆の印象を抱くだろうね。
「それはそれはありがとうございます! あ、それよりも私あなたに見せたいものがありまして――」
あれは流星に見せちゃマズイッ!
「流星! その本はッ」
「どうぞ! 私が描いた絵よりもあなたの方が格好いいでしょう!? もっと研究しなくてはと」
バッと本のページを開いた彼女はそれを堂々と流星の眼前に広げ上げた。
部室内にしばし沈黙の空気が流れる。
先輩の凶行を止めることの出来なかった僕は、罪悪感と羞恥心が織り交ざった思いで茫然とした表情をする流星を遠く見つめる。
ごめん、流星。でも僕も被害者なんだよ。
「あら? どうしました?」
薄い本の裏から先輩が顔を覗かせると。
「グエッハァ!」
流星は倒れた。
きっと頭の中の処理が追い付かなかったんだね。
「あらあら? 急にどうしたんでしょう?」
急にどうしたんでしょう、じゃない。あなたの描いた薄い本が原因です。
「せんぱーーーーいッ! AED!」
「CQC?」
「それはクロース・クォーター・コンバットですッ先輩! 僕が言ってるのはオートメイティッド・エクスターナル・ディフィブリレイターです!」
「魔法みたいでカッコいいですね!」
「言っとる場合かッ! 誰か! メーデー! メーデェェェェェェェッ!」
魂の抜けた生気のない流星を僕は必死に介抱した。後ろで堂島先輩が『嗚呼ッ。そんなッ服をッ』とか言いながらスケッチブックを取り出していることなんて気にもしつつ。
この後僕たちのもとに体育館から戻ってきた横島先輩がやってきて、事態は悪化したのだがそれはまた別の話しです。
漫研部に関わるとロクなことにならない。
僕が明日をどんな気持ちで迎えるのか梅雨知らず、騒々しい日常は過ぎていく。




