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episode1 進展しないのは誰のせい?

 青春(せいしゅん)って何だろう。何かに時間を注げるほど熱中できることをいうのだろうか。それは友情か、恋愛か、部活か、勉学かそれともそのすべてを器用にやり遂げることをいうのだろうか。

 それなら僕には向いていない気がするな。

 人生なんとなく自分のやりたいことを気ままにしていたら、いつの間にか高校へと入学していた。中学時代は毎朝かかさず朝練して、休みの日を削ってでも熱中していた陸上も、高校に入ったらスンと冷めてしまっっていた。

 あの時は朝日が(のぼ)る時間から気持ちよく走り込みをした後に登校していても何も苦に感じないほどだったのに、今では朝早くに起きて走ることはおろか登校することすらに気怠(けだる)さをおぼえる。

 僕はつくづく自分が()(しょう)であると自覚する。いや、良く言えば熱しやすく冷めやすいといったところだろうか。

 僕、蒼文春(アオイフミハル)は三ヶ月前に中学校を卒業して高校へと進学していた。僕は一度でも火が付けば、燃え尽きるまで際限(さいげん)なく目の前のものに没頭(ぼっとう)することができる性格であるが、同時に燃え尽きると今までの気持ちの高鳴りがまるで夢であったかのように一気に興味が冷めてしまうところもある。

 そして、友情には厚いところがあるが恋愛面においてはとことん興味がなく小中学校と何度か異性や同性に告白されたことあれど、そのすべてをやんわりと断り、時には相手の気持ちに気づいた段階でその手の話題を避けるなど潔癖とでもいうほど恋愛についてはまるで興味を示さなかった。

 その片方でよく同性のグループと一緒にいることが多く、学校イベントの班分け時には異性からの誘いを断って同性グループに混ざることもあったため、顔立ちも女の子らしいといったところから中学時代は同性愛疑惑が出ていたまである。一部の女子の間では美少年×○○といった妄想の()やしにもなっていたらしい。遺憾(いかん)だ。

 僕が(もり)(みや)総合高等学校へ入学し早くも二ヶ月が経ち、季節は梅雨(つゆ)に切り替わっていた。

 席は窓側。しとしとと雨の音が耳を打つ。湿気を帯びた空気は、いつもより重く、今日は一日中、雨模様(あまもよう)となるだろう。

 憂鬱(ゆううつ)な気分を少しでも晴らそうと、窓の外に目を向ける。校舎の周辺は緑が()(しげ)り、爽やかな新芽(しんめ)の香りが漂ってきた。湿気のせいもあってか、少しうっとおしく感じる髪を耳元に搔き上げる。

 教師の眠たくなるような一定トーンで話される授業を受ける中、夢と(うつつ)の狭間をさまよっているとふと視線を感じ1つ空いた隣の席の人物へと目を配る。

 視線の先は幼稚園からの幼馴染である天野有紀(アマノユウキ)だ。有紀とは幼稚園から高校まで同じという、まさに腐れ縁の関係である。

 中学校では女子バレーボール部で部長を務め、高校でもバレーボール部に入部している生粋(きっすい)のスポーツ女子だ。高校に入学してから染めた少し明るめのブラウンが入った髪を後ろで小さくまとめたポニーテールを揺らし、有紀は口パクで『ボーっとするなよ』と勝ち気な表情で笑みを浮かべる。

 僕は『はいはい』と軽く手を挙げて応える。すると、有紀は満足したのか授業に意識を戻した。

 こんな仕草も中学時代から変わらないな。僕は頬杖をついて、飽きれ気味に目を細める。

 有紀とは幼稚園からの付き合いであり、かれこれ十年近く一緒にいるが、その性格や仕草などほとんど変わることはなかった。

 例えば、有紀は昔から負けん気が強く、よく喧嘩をしては負けて帰ってくるのがお決まりのパターンだ。

 昔はよく、有紀が喧嘩を吹っ掛けてきた男子と喧嘩しては負けていたところを、僕ともう一人の悪友の助け舟で事なきを得ていた。

 そんな性格だからなのか、中学の頃に女子バレーボール部の部長になった時も、最初は部員から反感を買っていたが、持ち前のリーダーシップと実力を徐々に発揮し二年になる頃には部内の誰もが有紀を(した)うようになっていた。

 彼女の後姿は男子から見ても頼れる存在であり、尊敬すべきところでもあった。

「……蒼君。私の話し聞いてましたか」

 ちょっとボンヤリとしすぎたかな。最近部活が忙しいのと低気圧のせいもあって気怠さが抜けないんだよな。

 板書(ばんしょ)を止めて僕へジッと視線を送るのは、現文の教師でありこのクラスの担任を務める姫川綺羅羅(ヒメカワキララ)だ。

 生気を感じない雰囲気を漂わせ長髪はそのままに前髪が目にかかるまで伸ばしており、名前のキラキラネームと相反したギャップの持ち主であった。

「す、すみません。ちょっと眠くて」

「ごめんね。先生の授業が退屈なのがいけないんだよね。先生って昔から誰かと話していてもよく『トーンが同じで話し聞いてると眠くなってくる』って言われるの。あれ? よく見たら蒼君以外の人たちもみんな眠そうにしてる。そっか、みんな私の授業なんてつまらないよね。教科書の音読だと思うよね。実際否定もできないし、私も教師になってからの授業なんて教科書をなぞってするだけで、なんの面白味のない活字のベルトコンベアみたいな授業しかできてないよね。私って教師失格だよね。なんで教師やってるんだろう。なんで社会人になってしまったんだろう。私みたいな社会不適合者の一角が未来ある子供たちのお手本になれるわけないのに。鬱だ」

「ちょ、先生?」

 やばい。姫川先生の鬱スイッチが入ってしまった。この先生はちょっとでもネガティブな要素が発生するとすぐに自虐に走ってしまうんだよな。こうなるともう授業どころじゃなくなってしまう。一部の勉強ガチ勢から僕に対しての攻撃が始まってしまう。

「おい、ブンシュン。お前キララちゃん先生なんとかしろって。また学年主任が『令和のティーチャーハラスメントについて』とかご高説始めに来るぞ」

「このご時世にあんな炎上しそうな話しを長々と聞きたくないよ!」

「責任取って今ここでスカート穿いてみない?」

 一人だけ不純な欲望をぶつけてきたやつがいるな………。

『ブンシュン』というのは僕のあだ名の1つなんだけど、あの出版社と酷似しているからちょっと別ので呼んでほしい感がある。いや、名前が文春(フミハル)でよく出来たあだ名ではあるんだけど。というか僕の両親は狙ってこの名前にしたのか気になるとこでもある。

 ちなみにこのあだ名はダイレクトに名前のとおりでもあるけど、僕が所属している部活動が校内活動の一環である新聞部と放送部を組み合わせたメディア部というものに掛け合わせてでもある。

 どっちにしろ嫌だけど。

「キララちゃん先生! 元気出して! 私たちちゃんと授業聞いてるよ!」

「そうだよ! マスゴミだけが聞いてなかっただけでそれ以外のみんなはちゃんと聞いてたよ!」

「先生の授業の続きが聞きたいな! ねえみんな?」


「「「うんうん」」」


 僕をマスゴミ呼ばわりするこいつら外道共は、僕のみを標的にして合唱コンクールばりにクラスの一体感を演出していた。人は共通の敵を作ると意識がまとまりやすくなるなぁ。

「先生! 文春は放課後に補修を受けさせるとして授業続けましょう!」

 有紀は声高らかに僕を指さして姫川先生にそう告げると、周囲からは『そうしましょう!』と続けて声を上げた。

 あのバレーバカ僕のことを易々と差し出しやがったな!? それにさっきから無駄に一致団結したクラスの動きがすごくムカつく。今度の校内新聞であいつらの中から何人かスキャンダル掴んで学校中にぶん流してやろうか。

 黒板に向かって卑屈な人生譚小学校上学年編の遠足エピソードまで話し始めていた綺羅羅は一転して生徒たちの前に向き直る。

「………みんな私の話し聞いててくれた?」


「「「うんうん」」」


「退屈なんかじゃない?」


「「「うんうん」」」


「蒼君だけが上の空だっただけなのね」


「「「うんうん」」」


 お前らいい加減にしろ。


「じゃあ――教科書の二〇ページの何行目からの話しか分かる?」


「「「…………」」」


「…………」


 姫川先生、白目を()く。

 一瞬賑わいを見せていた教室が瞬間冷凍でもされたのかというほど、秒で静寂に包まれた。朝市の()りに出されるマグロでもここまで死んだ魚のような目はしないだろうというほど、みんな宇宙空間の無を体現したような真っ黒な瞳へと切り替わっていた。

「お前らよく僕のこと言えたな。今後は盗聴と盗撮に(おび)えて暮らせよな」

 僕の憎悪が(こも)った言葉だけが、雨音が窓にしたたる静かな教室へこだました。

 ふと窓の外に目を向けると、雨の勢いは先ほどと変わって勢いを増していて、より一層クラスの悲壮感を体現しているように感じる。

「…………鬱ですねー」

 あ、先生目のクマすご。

 長い前髪の奥から瞳をのぞかせる姫川先生のその姿に僕は『大人になるってなんか苦しそうだな』と得も言われぬ不安に駆られた。

「…………蒼君。私ね、最近なんだか頭が痛くて夜も寝つけないの。だから保健室に行って生と死について向き合ってきます」

 生徒とは向き合わないんかい。と思ったけどこの状況と先生のメンタルパラメーター的に今日は無理そうだな。

 罪悪感を感じる。とりあえず謝っておこう。

「あの、次からは気を付けます。ごめんなさい」

「いいの。きっと低気圧のせいだから。私が憂鬱な気持ちになったのも、みんなが私の授業を聞いてくれないのも低気圧のせいなの。母胎から人生をやり直したい」

「早く保健室行っちゃいましょう!」

 姫川は重い足取りで教室を後にした。


 授業を中断させてまで、僕の席まで来たから何か用があるのかと思ったけど、ただ単純に体調が悪かっただけか。

 それならそうと言ってくれればいいのに。先生はこんな調子で大丈夫なのだろうか。保健室の先生はメンタルヘルスケアを得意とする人だから姫川先生はいつも常連だけど、ほぼ毎日メンタルに支障をきたす教師って、この先の学校生活やっていけるのだろうか。

「キララちゃん先生の授業がまともに進んだことってあんましねーよな」

 そう意地悪な笑みで僕の後ろの席から話を振ってきたのは、小学校から付き合いのある悪友の北斗流星(ホクトリュウセイ)だ。

 流星とは中学校の時には同じ陸上部で日々の厳しい練習を共にし、時には思春期の男子らしい悪ふざけをして教師に叱咤(しった)されるなどと過ごした仲である。

「流星。僕たちもそろそろ自分の進路とかちゃんと考えないとなぁ」

「進路って、まだ高校に入学して二ヶ月しか経ってないんだぜ? それにその言葉はそのまま自分にブーメラン返ってくるだろ。お前いつも熱しやすく冷めやすく、しかも行き当たりばったりな選択がほとんどだろ?」

 ぐうの音も出ない。さすがは付き合いの長い僕の悪友だ。

「俺はスポーツ推薦で行けるとこに行くって決めてるぜ」

「行き当たりばったりってとこは僕とあんまし変わらないじゃんか。て言っても流星は陸上部でも期待の新人だから、部活の結果次第では推薦校も搾れるか」

「だな!」

 流星は中学時代陸上部に所属し、全国大会にも出場した経歴を持っている。中学の最後の大会は惜しくも二位であったため、この高校では次の大会で雪辱(せつじょく)を果たすつもりらしい。

「つーか、もったいねえよな。フミも陸上続けたら、また一緒に全国目指せたのに」

「なんか中学三年で部活終わってから一気に冷めちゃったんだよね。僕なりに精一杯やり切ったとも思うし」

「俺と一緒に全国出て、負けた後に二人でめっちゃ悔しがってたのによく言うぜ」

「あの時はその場の雰囲気も相まってそういう感情が込み上げてきてたんだよ」

「彼女も作らないでマジで部活一筋って感じだったのにな」

「恋愛沙汰はそもそも興味なかったし、陸上のが大事だったからね」

 中学では誰が誰と付き合ったなんて話しはありふれてはいたけど、その時は本当に心から陸上に熱を注いでいたし、そもそも友達以上の関係というのもよく理解できなかったからなあなあにしていたんだよな。

「お前告られてもよく振るから、一緒につるんでる俺とか他の男子の間でカップリングさせられてたらしいぜ」

「不名誉が過ぎる!」

「俺もだわ」

 僕と流星が他愛もない中学時代の会話で盛り上がっていると、もう一人幼馴染である有紀が空いてる隣の席に腰を掛け、体を乗り出して会話に入ってきた。

 ふと懐かしい、陸上をしていた時に僕がよく使っていた制汗剤のシトラス系の香りがよぎると、今でも熱中していたあの頃を思い出す。

「あんたたち自習しなくて大丈夫なの? そろそろ七月も近いし中間テスト始まるでしょ?」

「僕は予習復習を家で少しずつ進めてるから大丈夫だよ。どっちかていうと二人の方が心配なんだけど」

「俺は捨てた」

「流星は昔から赤点ギリギリだけど、陸上の実績で通信簿の評価相殺してきたもんね。有紀はどうなの?」

「あたしも捨てたわ」

 誇らしげに胸を張る彼女も流星に負けず劣らずの成績で、バレーボール部の実績でこの高校に入学したようなものだった。

 僕と流星、有紀の三人はお互いに幼馴染ということもあって親同士の交流も多く、家族のイベントごとでもよく一緒に時間を過ごしてきた。活発な二人に振り回されることがほとんどで苦労もあったが、そのおかげで他に友達が増えたりインドア派な自分自身にコミュニケーション能力が身についたりと、それなりに楽しく充実した生活を送れてきたことには感謝している。

 こういうことを口に出すと調子に乗るので、二人の前では言わないようにしてるけど。

「少しは勉強やっておかないと、補修で夏休みを過ごすことになるよ。この学校自体、総合学科で二年からは自分の好きに時間割を作成して講義を受けることが出来るんだし、一年のうちに普通科の授業くらいは受けておかないと。レベルも中学よりも少し高いくらいだから、予習復習でなんとかなると思うよ」

「え? 二年なんてほとんどスポーツ系の授業取る予定だから大丈夫でしょ」

「俺も有紀と同じだな。それに」


「「テストなんて毎回前日に一夜漬けすればいい(だろ)でしょ」」


「君らよく高校に進学できたね」


「「一夜漬けしたので」」


 ドヤ顔を決める二人を見てると、将来これで大丈夫なのかと思ってしまう。行き当たりばったりでいる僕も人のことは言えないけど。

「そういえば文春は部活の方どうなの? なんだっけ、たしかメディア部? に入ったんだっけ」

 あまり勉強のことを考えたくないのか、有紀が話題を変えてきた。

 後になって流星と二人での〇太くんのように僕へ教えを()う姿が目に浮かぶ。

「部員は三年生が一人、二年生が二人、一年生が三人で少ないけど、取材とかで他のクラスや学年と関わる機会も多いし、けっこう楽しいよ」

「ふーん…………周りに女子とかって多いの?」

「それぞれ学年ごとに女子は一人ずついるから、割合としては多いかもね」

「ふーん」

 有紀はそう聞くと髪先をくるくると触り。

「可愛いの?」

「可愛いってよりかはキレイって感じかな」

 僕は頭の中で同級生の女子を思い浮かべて質問に答えた。僕ら四組の隣に位置する三組の子だ。同世代の子とは思えないほど落ち着いていて、家が花屋を経営していることもありよく部室に花を飾ってくれる。今まで体育会系のハツラツとした人間に囲まれて生活していた僕にとっては、あまり関わり会いのなかったタイプだ。

「俺も陸上の先輩たちから聞いたけど、メディア部は偏差値高いって噂なんだってな」

「ふーん」

 あ、ちょっと有紀のご機嫌がナナメになってきているな。

 僕はそこいらの漫画やアニメに登場するような()()()主人公ではないので、ぶっちゃけ有紀の気持ちには中学二年あたりから察しがついている。

 そして偏差値が高いと言われているのは、主に上2つ学年の変人度という話しだと思う。

「ま、まあ偏差値高いって言っても、みんな部活仲間って感じだし、それに僕も今は校内掲示板に載せる部活紹介の取材とかに集中しているからそっちを楽しみたいなってなんて」

「…………文春ってホント1つのことに集中するの好きだよね」

「またどっかで飽きがくるんじゃねーか?」

「それは否定できないかも」

 そっち系の話題は逸らせたかな?

 僕は今の三人の関係が一番だと思ってるから、なるべくこういった恋愛事はこの中では起こしたくない。

「ん、チャイム鳴ったな。昼飯にすっか。俺は購買に行くけどお前らはどうする?」

 そうこう話しをしていたらもう昼休みになっていたのか。結局ただ雑談しただけでおわっちゃったな。

「僕は弁当持ってきてるからいいかな」

「あたしも」

「おー。じゃあ俺は購買行ってくるわ」


「「おっけー」」


 流星が教室を出ていくところを見計らったように有紀は口を開く。

「ね、文春。今度さ、時間あるとき一緒に買い物付き合ってくれない?」

「いいけど、何買うの?」

「んーとね、服を買いに行きたいんだけどさ。あたしってスポーティーなものばっかじゃん? だから高校に入ったのを機に新しいジャンルに踏み込みたいなって」

「女性向けの服なら女子と行った方よくない?」

 おそらくデートの誘いではあると思うんだけど、別に服なら女子で買いに行った方がいいと思うんだよな。

「だって、あんたの私服って女の子っぽいから」

「僕は男子ぞ?」

 え、僕の服って女子っぽいのか? 服なんて基本母親か姉が勝手に買ってくるから、ずっとそれを男物だと思って着ていたけど。いや、でも思い返すとたしかに女性用のファッション雑誌に載っていた公園デート特集のモデルに僕の着ている服と酷似したものがあったけど。最近のファッションってそういう性別の壁にも囚われないものだと割り切って見て見ぬ振りしてたけど。

「あたしが言うのもだけど、文春って肌白くて目パッチリしてまつ毛長いし髪の毛サラサラだし華奢(きゃしゃ)な体格だし、女から見ても女の子っぽいから、私服着てるときはマジでただの美少女だよ? もう全方位から見ても女子にしか見えないから、あんたが男子トイレ行く時は引き止めて女子トイレに連れ戻そうとしようとしたことが数回あった。かわいすぎ」

 後半息が荒くなる彼女に対して僕は思わず苦笑(くしょう)交じりに会話を続ける。

「それ言われて素直に喜べないんだけど」

「性格はクソガキだけど見た目は良い流星と並んだら、美少女×イケメンのカップリングとかってバレー部でも話題になってるよ」

「そのネタ提供してるの有紀じゃないよね?」

「たしか漫研部ではすでに薄い本が発行されてるって聞いたわ」

「そのネタ提供してるの有紀じゃないよね!? 発行って学内に出回ってるわけではないよね!?」

 なんてこった。この学校でも僕は強制カップリングをされた上に創作の中とはいえ流星と…………おえ。

「服を一緒に見に行くのはいいけど。あんまし僕のセンスに期待はしないでね。あと漫研に情報提供するなよ」

「やった!」

 二人で一緒に出掛けるなんて珍しくもないのに、有紀は意気揚々とサンドイッチを口いっぱいに頬張っていた。

 女子の考えることってよく分からないわけでもない気がするけど、恋愛感情に疎い僕にとっては共感が難しいものだ。

「じゃあ明日のお昼過ぎに駅中のステグラのとこにに集合ね!」

 僕ら学生の待ち合わせは同じところで決まっている。駅の中央改札を抜けて進んだ先に位置するところには大きな壁一面にステンドグラスが張り巡らされた箇所があり、そこには毎日のように友達やカップルなどといった人たちが立ち並んで相手を待つ姿がよく見える。

「ん。そういえば明日は土曜日だったね。有紀は午前中に部活行ってからくる感じ?」

「うん! 家に戻って着替えてから来たいし」

「そのままのが楽じゃない?」

 僕がそう言うと彼女はわざとらしく(ほお)をふくらまし。

「文春はホント女心ってもんが分かってないよね!」

「だっていつも流星と三人で遊びに行くときとかは部活の格好のままだったでしょ?」

「それはそれなの!」

 ちょっと()ねたような態度でそっぽを向く有紀の頬は少し赤く染まっていて、彼女が何を言いたいか察しがついた僕にも伝染したように顔が熱くなる感覚を感じた。

 僕はその場の雰囲気に耐え切れなくなりそうだったので会話の話題を変えるように言葉を選ぶ。

「あー、まあそうかな? えーと、あ、それはそうとさっきの僕と流星の創作物の件なんだけど」

「『星()ける春』のこと?」

「それは薄い本のタイトルか?」

 星駆ける春って、流()×文()から取ったってこと? 無駄に凝ったタイトルしやがって。今度漫研に取材行ったときに没収してやろう。

「言っておくけど、あたしは別に創作に関与していないからね。作品は好きだけど」

「持ってるのかよ」

「たしかメディア部の先輩がネタを漫研に持ち込んで、直々に完全監修して描いたって漫研の知り合いの子から聞いたけど」

 心当たりのある人物が一人しかいない。あの先輩、入部当初の自己紹介の話しからネタ提供していたのか。自分の欲のために身内売るとか外道もいいところだ。

「お前らなに面白そうなこと話しているんだ?」

「流星と僕にとってはなにも面白くはないと思うよ」

 購買でパンを買ってきた流星が戻ってきた。

「なんだそりゃ。そういや購買に新しいパンが入ってたからさ、それ買ってきたんだけど食べるか?」

「いや、僕は遠慮しとくよ」

「あたしもいいかな」

 自分がそういうネタにされてる事実を知った後で食欲が沸くはずもなく、残りは家に持ち帰って夜にたべることとしよう。有紀もサンドイッチを食べ終えたようで自販機に飲み物を買いに小走りで教室を出た。

「お前らさっき何話してんだ?」

「ん、有紀が服を買いに行くから明日一緒に行くって話ししてたんだ。流星も暇だったら一緒にどう?」

 一応いつも遊びに出掛けていた流星のことも誘ってみようと僕は試しに誘ってみた。

「……いや、俺はいいわ」

 流星は神妙(しんみょう)面持(おもも)ちでそう答えた。

「何か用事でもあったの?」

「いや……ちょっとな」

「無理には聞かないけど、困ったこととかあったら相談乗るよ」

「……ああ。どっちかていうと有紀の方だと思うけどな」

「? そうなんだ」

 二人でいると時々会話に間を置くことがあるけど、何か思い詰めるようなことでもあるのだろうか。本人が無理に話したがらない以上、僕もそれ以上は詮索しない。親しき中にも礼儀ありってことだ。

「お前は狙ってやっているのか、それとも天然かましてんのか、分からんとこあるよな。攻めきれないアイツにも問題はあると思うけど」

「何の話し?」

「ひとりごとー」

「ほーん」

 その後有紀が戻ってきて三人で雑談をしていると昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、午後の授業が始まる。

 雨はまだ止まない。


 時間はあっという間に過ぎて放課後。僕は一人教室の掃除をしていた。

 カーテンの埃を払っていると、背後から声をかけられた。

「あ、蒼くん」

「ん? あ、三組の」

「うんっ、瑠璃川(ルリカワ)です」

 声をかけてきたのは三組の女子で僕と同じメディア部に所属している瑠璃川翠(ルリカワミドリ)さんだった。

「どうしたの?」

「あの……その……」

 瑠璃川さんは何故か顔を赤らめもじもじとしながら言葉に詰まった様子でいた。

 おかしいな? 昨日も一緒に取材していたときは普段通りの態度だったのに…………いや待てよ。まさか。

「横島先輩に、お勧めされた本を読んだんですけど……その、蒼君が、その……」

QED(証明完了)! 大丈夫! みなまで言わなくても状況が理解できたからそれ以上は話さなくてオーケー! そしてできれば今日読んだ本の記憶は忘れてもらえると幸いでございます!」

 この仕打ち僕じゃなかったら登校拒否してるぞ。

「あ、うん。なるべく頑張ってみますっ」

「……ありがとう」

 泣いてないもん。花粉症だもん。

 それにしてもこの手の話題、僕の身近な界隈なら墓掘り起こして荒らすくらいする奴らばかりだけど、瑠璃川さんは僕の気持ちを察して配慮してくれるからすごく新鮮だ。育ちがよきことだ。

「それと先輩から蒼くんへ『今日は部活お休みなので帰宅していいよ』って言伝をもらいました」

「わかった。瑠璃川さんも伝えに来てくれてありがとう」

「いえ、隣のクラスでしたのでこれくらいはどうってことないですよっ」

「そんなことないよ。瑠璃川さんはもう帰るの?」

「はいっ、今日はお母さんが早く帰ってくるので」

 なるほど。ならこれ以上引き留めるのも悪いな。

 それにしても、瑠璃川さんと話していると和むなあ。言葉が優しんだよな。この部活に瑠璃川さんがいなかったら僕はとっくに退部してたと思われる。

「じゃあ僕は掃除用具を戻してそのまま帰るよ。また週明けで~」

「はいっ。週明けによろしくお願いしますっ」

 瑠璃川さんが教室から出るのを見送った後、僕も掃除が終わったので箒とちりとりを元の位置に片付けて鞄を持ち下駄箱に向かった。

 僕の所属しているメディア部では基本学年ごとにチームを組んで行動することが多い。一年生チームは僕と瑠璃川さんと一組の男子の三人で校内新聞の取材を行う。二年生は二名のチームで主に校内放送を担当していたのだが、現在男子一名が停学中のため、先ほど瑠璃川さんが名前を出した横島希紗(ヨコシマキシャ)という女子の先輩が一人で担当している。ちなみに横島先輩は僕のことを漫研部に売った外道だ。

 もう一人の先輩が停学にはなったのかは詳しく聞かされてはいないが……上級生陣は生徒会に目を付けられていると話しを聞いているのでおそらくロクなことではないんだろうな。入部してからまだ一度も会ったことがないので、どんな人なのかは気になるところでもあるけど。

 今日は入部して初めてのお休みだったけど、メディア部の活動は基本的に平日は毎日ある。校内新聞を作るためには取材が必要で、一年生チームは校内でのイベントの取材を、二年生チームは主に放送室でのアナウンスや校内ラジオなどの収録を行っている。

 瑠璃川さんは新聞の取材のほか、先輩方の手伝いや校内放送で流れる曲を選んだりと裏方仕事に従事していることもある。同じ日に入部しているのに任せられる仕事量に差があるとちょっとへこむ気持ちもあるけど、取材はコミュニケーション能力の技量が問われる仕事でもあるから、最近はそこを買われているんだと思うようにしていた。

 下駄箱で靴を変えていると、後ろから声をかけられた。振り返るとそこには有紀がいた。

 そういえば今日は体育館の点検があるから休みだったんだっけ。

「あれ? 今日部活じゃなかったの?」

「うん、さっき同じ部の子から休みの伝言もらってさ。今日はまっすぐ帰るんだ」

「……伝言って。スマホのメッセージとかじゃなくて?」

 たしかに今思ったけど、僕は瑠璃川さんとスマホで連絡先を交換しているから、わざわざ直接言いに来なくてもよかったよな。とくになにも考えてなかったや。

「隣のクラスだし、帰るついでに~ってことだったんだと思うよ」

「ふーん。ついでにね」

 何だろう、その腑に落ちない顔は。瑠璃川さんに限ってそんな深い意味はないと思うけど。

「一緒に帰る?」

「! うん、そうする!」

 僕らは靴をはきかえて学校の外に出て正門へ向かった。僕と有紀は徒歩通学だ。家も近くで部活をしているときは三人とも同じ時間帯におわるからよく一緒に帰っていたけど、そうか、流星は今日練習があるのか。外はまだ雨が降っているのに大変だなぁ。

 こうして一緒に帰ることも珍しくはないのだが、考えてみると有紀と二人で帰ることはあまりなかった気がするな。流星とは同じ部活動にいたから大会の後とかはよく二人で帰ることがあったけど、部の違う有紀と帰ったのは数回程度だったかもしれない。

 最近、有紀の僕に対する気持ちとかを察するようになって、この二人きりで下校するという現状に少し緊張感が走る。


「「…………」」


 って、なに話そう? いや、有紀がなにか話したそうなそぶりを見せてはいるんだけど、なにか遠慮している節がある。僕の気にし過ぎなんだろうか。

「ねえ、文春」

「なに?」

「あの……さ。その……あ! そうだ! あんたって彼女とかいないの!?」

 有紀はなにかを言いかけた後、突然話題を変えてきた。

「え? いや、彼女いないのは有紀も流星も周知の事実でしょ」

「…………ごめん、忘れて」

 本当は話したい話題があったけど、急転換したことで突拍子もない質問が出てきたのだろうか。

 有紀は耳を真っ赤にしていた。

「その、あんたは彼女ほしいとか思わないの?」

「全然」

 即答した。考える間もなく僕は有紀の質問に即答する。

「なんで? いや、たしかにあんたってそういう浮ついた話しないし、女子に興味ないのは知ってるけどさ。……流星が本命だってことも」

「いや、興味は普通にあるよ! やめてよ! なんで彼女つくらないと矛先がソッチ系の話しに向くのさ!? それと絶対昼に話してた創作の方に引っ張られてるよね!?」

「じゃあさ、仮に流星と付き合い始めたら……あんたどうする?」

 有紀が僕の顔をじっと見つめる。

「何そのおぞましい例え話は。画用紙にエンボス加工できるくらいの鳥肌立ったんだけど」

「……ごめん、今のも忘れて。どうかしてたかも」

「本当にどうかしてるよ?」

 昼に忘れかけていたのに。僕が流星となんて……おええ。

 有紀はそれっきり黙り込んでしまった。気まずい空気が流れる中、僕らは無言のまま歩き続けた。

「…………誰のせいで進展しないと思ってんの」

 帰り際、そう呟いた彼女の言葉に、僕は有紀が本当に言いたかったことの想定は付いていたが、まだそれを言えるほどの進展がないのも理解していた。心の底から現在の三人の関係を崩したくないという思いが強かった。

 けれどそんな思いとは裏腹に、人生には必ず転機が訪れるものであるということも理解はしているつもりだけど、まずは明日の有紀と二人での一日をどう乗り切るかを考えるとしよう。

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