15【ブーメランパンツ】
「カーカッカッカッ」
笑いながら俺の前に立ち尽くす男が最後の冒険者だった。残りの面々は逃げるか伸びるかしている。
「にーちゃん、俺様は他の連中とは違うぞ」
長身の男は身長が2メートルは超えていた。最初にドロップキックで倒した戦士風の冒険者よりも体格が大きいだろう。
だが、装備が貧相だった。武器は持っていない。鎧も着ていない。着ているのは少しばかり上等に伺える洋服だけである。
しかし、その洋服の下に分厚い筋肉が隠されているのが明白なほどに上半身が大きかった。パンパンで厚みを感じられる。
首も太いし、袖から出ている腕も太い、お尻も大きく両腿も太かった。なのに腰だけが細いのだ。たぶん腹筋と背筋が引き締まりすぎて細く見えているのだろう。
服の上からでも、その体型が異様なのは感じ取れた。逆三角形で、かなりのマッチョマンである。
それにさきほど納屋の中で食らったのは体当たりだと思う。しかもショートレンジのタックルだ。
納屋の中は狭いから助走なんて付けれない。そのタックルに全裸の加護を手に入れたはずの俺が突き飛ばされたのだからパワーも上等だと悟れる。
「俺様を他の連中と同じだと思っていると痛い目を見るぞ、にーちゃんよ〜」
長身の男は刈り上げられた横髪を撫で上げた後に黒髪をオールバックに整える。ニヤける顔は不敵だったが年齢は若そうだった。
「にーちゃん、俺様は疑っているんだ」
「何をだ?」
問いながら俺は立ち上がる。それでも俺は刈り上げオールバッグの顔を見上げていた。身長差があり過ぎるのだ。
長身の男が答える。
「たかだか痩せっぽちな小僧がカンニバルベアを一人で倒したってのが、どぉ〜も胡散臭い。俺様には信じられないんだわ〜」
「だが、それが現実だぜ」
「ならば、試したい!」
「試してみろよ!」
睨み合う二人の中で、挑発のままに同意が結ばれた。それを二人が察する。
すると長身の男が衣類を脱ぎ始めた。最初に上半身を脱ぐと、続いてズボンも脱ぎ捨て靴まで脱いだ。パンツ一丁になる。
パンツは漆黒のブーメランパンツ。真っ黒過ぎてモッコリが少し和らいでいた。
「えっ、なんで行き成り服を脱ぐの。変態かよ……」
「全裸のにーちゃんが言うなよな」
呆れる両者。しかし、その体は美しい。まるでローマ時代の彫刻だ。マッチョマンで一つ一つの筋肉が黄金のように輝き凛々しかった。
そして、男は漆黒のブーメランパンツを見せびらかしながら言った。脇を引っ張りパチンとゴムを鳴らす。
「俺様の加護はブーメランパンツの加護だ。俺はブーメランパンツを履いている限り無敵なんだぜ。筋力と耐久力が段違いに向上する。それは人食い熊より凄まじいのは当然なんだぜ」
「ブ、ブーメランパンツの加護だと……」
驚いた。正直マジで驚いた。
まさか俺以外にも加護持ちが居るとは思いもしなかった。しかも異世界転生して二日目に出会ってしまうとは複雑な気分である。
もしかして、この異世界では加護持ちって案外と多く居るのかも知れない。そんな気がしてきた。
「き、奇遇だな。実は言うと俺も全裸の加護を持っていてね……」
「ほほう、貴様も加護持ちか。しかもレア以上と見た」
レア以上?
加護ってレアリティーがあるのかな?
まあ、その辺は今は置いといてだ。
「ならば加護持ち同士で思いっきりやれそうだな!」
「パワー系とパワー系のぶつかり合いだ。どっちが優れた加護持ちかを証明し合おうじゃあねえか、にーちゃん!」
言うなりブーメランパンツの男は足元に土から盛り出ていた石に手を伸ばす。そして、石を鷲掴むと地面から引っこ抜いた。
しかし、引っこ抜かれた石は思ったよりも大きかった。地面から顔を出していたのは氷山の一角。その全体は地中に隠れていて見えなかったが三倍以上の大きさがあった。人の頭ぐらいの大きさである。
その岩をマッチョマンは両手で挟み込むと力を込める。
「見ていろよ、ぬぬぬぬぬ!」
力む筋肉。全身に走る血管の数々。そのパワーに岩が二つに割れた。握力だけで岩を真っ二つに捻り割ったのだ。
捻り割られた岩は両掌に半分づつ均等になる。その岩を今度は挟み込むようにぶつけ合い木っ端微塵に粉砕してしまう。
砕けた岩の塵が舞う。そのような中でマッチョマンは不敵に笑いながら述べた。
「どうだ、これが我が加護の力。俺様はブーメランパンツを穿いている限り無敵なり!」
言いながら拳を振り被る。そして、俺の顔面を狙って問答無用に振り下ろしてきた。
「死なない程度に死ね!」
迫る巨拳――。
しかし、遅い。迫り来る速度が遅すぎてスローモーションに見えてしまう。
俺の反射神経が異常なまでに向上しているのだ。これもすべて全裸の加護のお陰なのだろう。
「ふっ!」
俺はマッチョマンのパンチを躱すと懐に潜り込んでショートアッパーを四角い顎に打ち込んだ。ガゴンと鈍い音を鳴らしてマッチョマンが上を向く。
「ふっ!」
更に引き締まったクビレにフックを打ち込んだ。そのボディーブローで横向きに反ったマッチョマンが蹌踉めいた。そして、フラフラの足取りで後退する。
「な、なんて重たいパンチだ。目が回って、内臓が響いたぞ……。熊殺しは嘘でもなさそうだな……」
どうやらこいつの加護は速度や反射神経の向上までは無いようだ。だから俺にスピードで負けたのだろう。
だが、耐久は優秀らしい。カンニバルベアを薙ぎ払った俺のパンチを二発も耐えやがった。熊は今の二発で死んでしまったと言うのにさ。
そもそも俺は他の冒険者たちを本気で攻撃していない。おそらく本気で殴ったら死んでしまうか大怪我を負うと思ったからだ。
なのにこいつは耐えた。それが強者だと知らしめている。
「今度はパワーの差でも見てみるか」
そう言いながら俺は片手を開いて大きく前に出した。手四つを誘う。するとマッチョマンも乗って来た。
「俺と力比べで競り合おうっ手言うのかい。骨ごとミンチにしてやるぜ!」
俺の伸ばした左手にマッチョマンの右手が重なり合った。ガッシリと掴み合う。そして、左腕と右腕で押し合った。
「ぐぐぐぐぐぅ……」
デカイ手の平である。だが握力が弱い。
「んん〜、思ったよりも力が無いな」
「な、なんだとぉ!!」
俺の素直な感想にマッチョマンが怒りを表す。非力と言われたのが揶揄だと取ったのだろう。見る見ると顔を赤くさせて、額に青い血管を浮き立たせる。
しかし、いくらブーメランパンツの男が力んでも俺の体は微動だにしない。マッチョマンに押されても揺るがなかった。その力差を男も察したのだろう。本気で押していた。
「ぐぐぐぅ。クソが!」
マッチョマンは皿に左手を出して来た。その手で俺の首筋を掴んで来る。喉輪だ。
それでも俺は片手だけで長身の男を押す。
「なななななぁ……」
両手で押すマッチョマンに対して片手で押す俺。それでも俺は体格差を物ともせずに巨漢を押して行く。俺の加護のほうがパワーでも勝っているのだ。
「クゥ……ソォ……」
そして、押されていたマッチョマンの踵が納屋の壁にぶつかって止まる。後が無い。
「舐めるなぁぁあああ!!」
唐突に怒鳴ったマッチョマンが俺の片手を振り解いた。叫びながら俺の体に両腕を回して組み付いてくる。今度は羽交い締めだった。
俺は何も抵抗を見せずに組付を受け入れた。だが、男同士の素肌の触れ合いが少し気持ち悪かった。裸の男同士が抱き合っているのだ、他から見ても気持ちの良い光景ではないだろう。
そして俺の体をマッチョマンが力任せに持ち上げる。
「どぉりゃぁああ!!」
ベアハッグからの垂直ジャンプ。
「おおう!」
少し驚く俺。何せ身長2メートルの大男が自分を抱えたまま2メートルはジャンプしていたからだ。欧米のバスケット選手だってここまでは跳べないだろう。
「どぉぉらああ、スクラップバスター!!」
そして、俺を抱え込んだまま腰をスイングさせて全力で地面に叩き付けてきた。ジャンピングからの投げ技とは大胆である。
「げふっ!」
背中から地面に叩き付けられた俺の口から苦痛の言葉が漏れ出る。でも、そんなに痛くない。漏れ出た言葉は反射的だったからだ。
地面に投げられたから痛い、はず。
痛いから声を漏らす、はず。
そう思ったから声が漏れた。それだけの事だった。本当は対してダメージは感じていなかったのだ。