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12【全裸の英雄】

 それから俺はカンニバルベアの死体を肉屋の店先まで運んでから前金として1000ゼニルを貰った。残りの3000ゼニルは解体が済んで品物が売れてからだそうな。


 肉屋のオヤジ曰く、解体作業は一日で終わるらしく、商品を捌くのも一週間もあれば済むらしい。残りの代金は現金ができたらとの事だ。


 まあ、一週間や二週間ぐらい待っても問題なかろう。踏み倒されることもないと思う。


 万が一にも代金を踏み倒されたら、今度は俺が肉屋の店ごと踏み潰して解体してやろうと思う。全裸の加護があればそれも可能だろう。裏切りは絶対に許さない。


 そんなこんなで俺は全裸のまま酒場で飯を食っていた。いつの間にか外は暗くなっている。テーブルの上に乗っている食べ物が今晩の夕食になるわけだ。


「不味いな、このパン……」


 俺は皿に盛られた白パンに齧りつきながらボヤいていた。パンがパサパサで不味いのである。


 それにスープも不味い。味が薄くって微温湯の白湯でも飲まされているのかと思う程だった。しかもスープの中に入っている謎肉はカッチカチでゴムみたいだった。こんなに嚙み切れない肉は初めてである。


 唯一美味しく食べれたのはリンゴだけであった。皮も剥いていない、実を切ってもいない、そのままのリンゴが一番の絶品だった。


「なあ、もっと美味しい食事は無いのかよ」


「贅沢なクソガキだな……」


 酒場のオヤジが洗い物をしながらボヤいていた。俺の愚痴が苛ついたのか不機嫌そうにしている。


「そもそも、全部味が薄いんだよ。こんなので銭を取るのかよ。詐欺じゃね〜」


 そう言いながら俺がスプーンをテーブルに投げると、背後でモップ掛けをしていたウエイトレスの娘さんが俺の頭をコチンと叩いた。


「貴方、何様?」


「何が?」


「うちの食事は一般的な家庭の味よ。この辺じゃあこれが馴染みの味なのよ。それを不味いとかって、相当舌が肥えているのね」


「そうなのか〜」


 どうやらこの異世界は食事のレベルが中世並みのようだった。時代的にメシマズ時代なのだろう。もしかしたら塩も胡椒も高級品なのかも知れない。


 掃除の手を休めたウエイトレスの娘さんが自分の肩に乗ったポニーテールの尾を片手で払いながら訊いて来る。


「それより貴方、服はどうしたのよ。お金が出来たから買ったんじゃあなかったの?」


 そうなのだ。まだ俺は全裸のままである。チンチンブラブラなのだ。乳首も丸出しである。


「それが洋服屋がもう閉まってて買えなかったんだよ。仕方ないからさ、キミの服を売ってくれない。パンティーとブラジャーも一緒に売ってくれよ」


「嫌よ、変態。なんで私が下着まで一緒に売らないとならないのよ!」


「じゃあ、服だけ売ってくれ。俺、たぶんスカートとか似合うからさ。たぶん俺の女装を見たら惚れてしまうぞ」


「変態は変態らしく全裸で過ごしなさい!」


 脳天にチョップが落ちてきた。ズシリっと首が少し沈む。


「はぁ〜、もうイケズだな〜」


 可愛らしいチョップだった。しかし効かない。全裸の俺にはその程度の攻撃は無意味だった。


「それよりも早く食事を終えてもらえないかな〜。もう店は閉店よ。とっとと出て行ってもらえない」


「見せが閉店したら、俺は何処に行けばいいんだ?」


「知らないわよ。何処かの宿屋にでも泊まりなさいな」


「ここは宿屋と一体化の酒場じゃあないのか。冒険者ギルドの受付とかやってるんだから宿屋とかも一緒にやってないのか?」


 すると酒場のオヤジがカウンターの中から答えてくれた。


「やってるが今は部屋が満室だ」


「満室……。それは仕方ないな。ならば娘さんと相部屋でも俺は構わんぞ」


「冗談やめてよ!」


 掃除を中断したウエイトレスの娘さんがプリプリと怒り出す。


「なんで私の部屋に貴方を泊めないとならないのよ!」


「この際だから相部屋から愛部屋に進化させても構わないんだぜ。壁紙をハートマークに張り替えよう」


「黙れ、変態!」


 顔を真っ赤にさせた娘さんが持っていたモップをポニーテールよりも高く振り被った。俺の頭をドツク積りらしい。怖くなった俺はテーブルの下に避難する。


 すると酒場のオヤジが本当に済まなそうに言う。


「本当に満室なんだ。だから早く飯を食って出て行ってくれないか」


「そ、そうなのか。しょぼ〜ん……」


「「…………」」


 しょぼくれる俺を見て酒場のオヤジが折れてくれた。


「あ〜、分かった分かった。仕方ないから裏庭の納屋で良かったら貸してやるぞ」


「ちっ、納屋かよ……」


「テメー、贅沢言うな。嫌なら裸のまま路上で過ごせや!」


「あー、分かった分かった。納屋でも何でも良いですよ。有り難く借りますよ〜だ」


「ぬぬぬぬぬっ。む、か、つ、く……」


「お、お父さん落ち着いて。相手は馬鹿なんだから。可哀想な馬鹿なんだから真面目に相手をしても仕方ないんだからさ……」


「そ、そうだな……」


「代わりに宿賃を高く取りましょう」


「そうしようか……」


 俺が片腕を真っ直ぐに高く上げて親子に問う。


「あの〜、深夜に娘さんの部屋に夜這いとかって有りですか〜?」


「お父さん、今すぐあいつを殺して!」


「代金は高く付きますよ〜」


「お父さん、娘の貞操を変態に売りつけないでよ。せめて売るのなら白馬の王子様に売ってくれないかしら!」


 俺が娘さんの背中に擦り寄りながら甘い言葉を囁いてやる。


「キミは乙女だな〜。本当に白馬に乗った王子様が迎えに来てくれるって信じているんだね。ならば僕がキミの理想的な王子様に変身してあげるよ。パラレル、マジカル、ルルルル〜。変身、白馬の王子様にな〜れ〜」


「気持ち悪い変身すんな!!!」


 俺は髪の毛を捕まれテーブルに頭を叩き付けられた。どうやら本当に怒ったらしい。ツッコミの度合いが過激になっている。


「もう知らない!」


 そして、彼女は建物全体が揺れるほどの地鳴りを響かせながら店の裏口から出て行った。


 そんな娘さんを見送った酒場のオヤジが訊いて来る。


「ところで坊主。お前さん、なんて名前なんだ?」


「俺の名前が気になるのかい、オヤジ?」


「いや、宿屋の台帳に名前を書かないとならないからな。納屋でも宿泊客には変わらないしな」


「な〜んだ、そんな理由かよ〜。俺の名前は……。あっ……」


 そこまで言ってから俺は考え込んだ。何故か自分の名前が思い出せない。十六年間馴れしたしんだ自分の苗字も名前も思い出せないのだ。


「あれれ〜ん、俺の名前ってなんだったけな〜……」


「おいおい、自分の名前すら思い出せないのか。お前さん、頭は大丈夫か?」


「いや、名前以外はちゃんと覚えているんだけど……」


「それじゃあ、産まれた国は?」


「日本」


「その国は何処じゃい。聞いた事もない国だな」


「そうなん……」


「まあ、遠くから来たって事なんだな。それなら名前なんぞ適当に新しく決めたらいいんじゃあないか?」


「そう言うのって問題ないのか?」


「名前を忘れたなら構わんと思うぞ。別に誰かに迷惑を掛ける話でもなかろう」


「それじゃあ……」


 俺は腕組みをしながら考え込んだ。勝手に新しい名前を考える。そして閃いた。


「よし、決めたぞ!」


「何に決めたんだ?」


「ヌードマン!」


「やめとけ、坊主。捕まるぞ……」


 アウトらしい。


「それじゃあ〜」


 俺は再び考え込んだ。しかしなかなか良い名前は思い浮かばない。そんな感じでしばらく全裸のまま悩み続けた。


「サブロー……」 


 悩み続けていた俺の口から、そう出てきた。


「この際だからサブローでいいや」


「サブローか〜。そりゃまあ変わった名前だな。お前さんの国では普通の名前なのか?」


「ああ、ポピュラーな名前だ」


 こうして俺の名前はサブローに決まった。この名前がこの異世界で名高く広まるのは、これから数年後の話である。


 全裸のサブロー。それは忌嫌われる英雄の名前である。



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