11【買取価格】
俺は酒場のオヤジに店の裏庭に回るように言われた。カンニバルベアを背負ったまま酒場の入り口よりは広い脇道を通って裏庭に出る。
「どっこいしょ」
全裸の俺はじじい臭い言葉と共に巨体の熊を地面に降ろす。ズシンっと重々しく裏庭が揺れた。
「ちょっぴり重たかったかな〜」
熊の死体を降ろした俺は、カンニバルベアの背中に座り込む。その熊はこめかみが陥没していてだらしなく舌を口から垂れ出していた。
酒場のオヤジが少し離れたところから訊いてきた。
「そいつは、死んでるのか……」
「ああ、死んでるぞ」
もう熊はピクリとも動かない。脳味噌を損傷していて死んでいる。
俺の返答を聞いた酒場のオヤジがカンニバルベアの前に座り込む。そして、首筋に手を当てて脈を見ていた。その後にこめかみの陥没を確認する。
「す、凄いな……。一撃か……。頭蓋骨が砕けてるじゃあねえか……」
「腹部に一発、頭部に一発の計二発で仕留めたぞ」
「マジで素手で仕留めたのか……?」
「パンチだけで仕留めだぞ。嘘じゃあないからな」
酒場のオヤジがしゃがんだまま俺を見上げる。
「お前さん、本当は強かったのかよ……」
「らしい」
胸の前で両腕を組んだ俺は仁王立ちで答えた。ちょっと誇らしい。
これもすべてゼンラの加護のお陰である。女神には少しぐらいは感謝せねばならないだろう。今度会ったときには乳の形ぐらいは褒めてやる事にしようかな。
「ところでオヤジ。この熊は売れるのか?」
「ああ、売れるぞ」
「いくらぐらいで?」
「それは解体屋に聞いてくれ」
「解体屋?」
「肉の解体屋で、動物や魔物の解体を専門にやっている職人だ。いま娘が呼びに行っている。近所だからすぐに来るさ」
「おうよ」
しばらくするとウエイトレスの娘さんが体格の良いデブオヤジを連れてきた。
デブオヤジは髭面で肥満体。顔は厳つい。上半身はタンクトップで、その上に血塗れで茶色く変色した白いエプロンを締めていた。如何にも肉焼きオヤジって感じである。
その肉屋のオヤジが言った。
「おいおい、マジか〜。一人でカンニバルベアを狩って来た野郎が居るってのは」
言いながらノシノシと歩み寄ってきた肉屋のオヤジは裏庭に置かれたカンニバルベアの死体を見て仰天する。丸い顔に付いた丸い目ん玉を剥き出して驚いていた。
「す、すげぇ〜。成獣のカンニバルベアじゃあねえか。一人で倒し立って言うから幼獣かと思っていたのに……。しかも、普通のカンニバルベアより少しデカイぞ。こりゃあ大物だぜ……」
どうやら俺が仕留めたカンニバルベアは少し大きいようだ。大物をゲットだぜ。これで買取価格もアップしてくれると嬉しいのだが。
「どれどれ〜」
肉屋のオヤジは俺たちを無視して熊の死体を調べ始める。慣れた手付きで死体を弄っていた。
「しかも、状態が良いぞ。刃物や弓の傷が無いな。これだけ綺麗ならば毛皮も高品質で売れる。両牙も太くて立派だから高く売れるぞ!」
なんか死体を調べる肉屋のオヤジのテンションが上がって行く。高品質な品物を見て興奮しているようだった。
俺は一人で騒いでいる肉屋のオヤジに背後から話し掛けた。
「なあ、オッサン。これは高く売れるのか?」
「うるせい、ガキ。いま忙しいんだ。話しかけるな!」
「おいおい、なんだ、このデブは……」
すると酒場のオヤジが代わりに言ってくれた。
「おい、お客に対して、その態度はアカンだろ」
「誰がお客だって!?」
「こいつがだ」
酒場のオヤジが俺を指差す。その刺された先を見て肉屋のオヤジがキョトンと目を丸くさせた。
「もしかして、この裸のガキが、このカンニバルベアを狩って来たのか……?」
「そうだ」
「一人で……?」
「そうだ」
「ガキなのに……?」
「そうだ」
「全裸なのに……?」
「そうだ」
「変態っぽいのに……」
「そうだ」
「こいつ、童貞だろ……」
「そうだ。ガキで全裸で変態っぽい童貞だが、こいつがそのカンニバルベアを一人で狩って来た張本人だ」
「嘘だろ……」
「俺も嘘であってもらいたい……」
「クソオヤジどもが、好き勝手言ってくれるな。それと、オレが童貞とかって何か関係あるん〜。ないよね〜!?」
するとウエイトレスの娘さんが俺を庇ってくれた。
「そうよ、お父さんたち。こんな全裸で変態っぽい童貞少年だけれども、一人でカンニバルベアの巨体を運んできたんだから、まんざら嘘でもないと思うわよ」
「それもそうだな……」
「てめー、そんな言い方すると、あんたの処女膜で俺の童貞を強制的に卒業させちゃうぞ!!」
「きゃー、変態。触らないで!!」
騒ぐ若者二人を無視して肉屋のオヤジが熊の頭をポンポンと叩きながら言う。
「お前さん、この巨体を持ち上げられるのか……」
「当然だろ。証明してやる」
そう言うと俺はカンニバルベアの巨体の下に潜り込むと死体を肩に乗せながら立ち上がった。悠々と巨体を持ち上げる。
「な、なんちゅうパワーじゃ……」
「これで信じてもらえるか?」
「ああ、信じる……」
「それで、オヤジ。これをいくらで買い取ってくれるんだ?」
「買取価格か?」
「そうだよ、見積ってくれ」
「そうだな。少なくとも3000ゼニルは硬いと思うぞ」
俺は酒場のオヤジのほうを見て顔色を伺った。相場が分からないから訊いて見たのだ。
すると酒場のオヤジは何も言わずに首を縦に振った。どうやら相場通りらしい。
続いて俺はウエイトレスの娘さんに問う。
「3000ゼニルあったら服とか買えるかな?」
「何いってるの貴方。3000ゼニルもあったら服なんて何着でも買えるわよ」
「そうなのか。俺はこの辺の出身じゃぁないから、その辺が良く分からなくってさ〜」
「3000ゼニルってね、この辺の一般市民からしてみれば、一ヶ月分の生活費に値するわよ」
「ええ、そんなにするの!?」
それじゃあ。カンニバルベアを一頭狩れば、一ヶ月は遊んで暮らせるって事じゃあないか。これは良い商売を見つけだぞ。シメシメである。
更にカンニバルベアの死体を擦りながら肉屋のオヤジが言う。
「これだけ状態が良いから、買取価格にいろを付けてやるぞ」
「マジ!?」
「4000ゼニルでどうだ!」
「売った!」
「その代わりなんだが〜」
何故か急に肉屋のオヤジが揉み手をしながら擦り寄ってきた。顔色からして媚びている。
「今後カンニバルベアを狩ってきたら、うちに全部降ろしてくれないか〜な〜」
「なるほどね」
俺からの買取を専門に扱いたいと言うのだな。この肉屋も商人って訳だ。なかなか賢いのぉ〜。
「カンニバルベアの牙は装飾品として加工したのならば高く売れる。毛皮もだ。肉も高級食料品として貴族に高く売れるんだよね〜」
「なるほど、なるほど。それらを刃物で傷付けずに狩ってこれる俺は重宝されるって訳だな」
「そう言うことだ」
「くっくっくっ」
俺と肉屋のオヤジは嫌らしい笑みを浮かべながら仲良く握手を交わした。交渉成立である。