10【町に帰還】
残念ながら俺はモモシリ草の採取依頼を諦めた。
それと借りていたボロ籠を持ち帰る事も諦めた。
代わりにカンニバルベアの死体を町まで持って帰る事にした。
もしかしたらこっちのほうが金になるのではないかと考えたからだ。少なくともボロ籠の弁償代金くらいの銭にはなるだろう。
「よっこいしょ」
俺は巨漢の人食い熊を背中に背負う。
カンニバルベアの死体は、まるで大きな束子でも背負っているかのよにチクチクと体毛が刺さってきて痒かった。それになかなか重い。でも、持てる。
流石は身体能力を超人的に向上させる全裸の加護である。300キロぐらいならば難無く持ち上げられるようだった。スーパー男にでもなった気分である。
俺がカンニバルベアを背負って森を出てみると、高台の向こうから野盗の三人組がこちらを眺めて驚いていた。
野盗たちは望遠鏡でこちらを覗き見ていたのだが、俺は裸眼で野盗を観察していた。
距離にして150メートル以上は離れていたが、俺には野盗たちの間抜けに驚く表情まではっきりと見えていた。
野盗たちは俺がカンニバルベアを背負っている姿を見て鼻水を垂らしながら驚いている。そんな状況までもが俺にははっきりと見えているのだ。
どうやら全裸の加護はパワーやスピードだけでなく視力すらも向上するらしい。これは案外と凄い能力を貰ったのかも知れない。
もしも野盗たちがミニスカートを穿いていて風に羽衣が煽られることがあったのならば、下着が見えるだろう瞬間まで見逃さないほどの視力アップであった。
「さて、街に帰るか。それにしても、この熊、マジで町で売れてくれって感じだぜ」
それから俺はしばらく全裸でカンニバルベアの死体を運んでトボトボと草原を歩いて進んだ。
やがて街道に出る。するとすれ違う旅商人たちが俺の姿を見て度肝を抜かれたかのように目を丸くさせていた。
そりゃあそうだろう。絶世の美少年が全裸で荒々しい人食い熊を背負って歩いていたら度肝を抜かれても仕方ないだろうさ。惚れ込んでしまう乙女も居るかも知れない。
もしもここが川沿いだったら河童に尻子玉を抜かれてしまったかのような表情をしてビビり散らしていただろう。知らんけど。
そんなこんなで俺は町のゲートに辿り着いた。するとやはりながら門番たちが俺の様子を見て度肝を抜かれていた。否、カンニバルベアの死体に驚いているのかも知れない。
人食い熊を背負ったまま俺は門番の一人に訊いてみる。
「なあ、この熊って町で売れるかな?」
門番は唖然としながら答えてくれた。
「う、売れると思うぞ。酒場のオヤジにでも訊いてみるんだな。解体屋を紹介してくれるんじゃないのか……」
「了解。ならば酒場にでも運び込んでみるかな」
俺はカンニバルベアを背負いながらメインストリートのド真ん中を進んだ。すると素早い動きで通行人たちが逃げるように道を開ける。
なんか、超スピードで開くモーゼの十戒状態だった。初めて町に到着した時よりも道を開ける速度が速い。
それに以前の軽蔑の眼差しから、今回は恐怖心のほうを多く感じられる。態度に返歌が見られるのだ。
そして、俺が酒場の前に到着すると、入り口前で潰れていた貧相な爺さんが目を剥いて驚いていた。前歯の抜け落ちた口をアングリと開けてガクガクと震えている。
「なあ、爺さん。すまんが店内からマスターを呼んできてもらえないか。熊を背負ったままだと、入り口が狭すぎて通れそうにないからさ」
俺がお願いすると貧相な爺さんは頭を上下に何度も振った後に店内に飛び込んで行った。そして、しばらくするとウエイトレスの娘さんを連れて出てくる。
「ちょっと何よお爺ちゃん。何かあったの?」
「あー、あーあー!」
「んん……。きゃぁあああ!!」
最初は俺に気付いていなかったウエイトレスの娘さん。しかし熊を背負った俺を見るなり悲鳴を上げて店内に逃げて行った。それから暫くしてマスターの大きな背中に隠れながら戻って来る。
「おいおい、どうしたんだ?」
「お、お父さん、いいから、これ、見てよ……」
「んん〜。………な、なんじゃこりゃ!!」
今度は酒場のオヤジが俺の様子を見て仰天していた。流石に酒場のオヤジでも人食い熊を背負った美少年を見たのならば驚くようだ。
「なんだよ、そんなに俺の巨根を見て驚くなよ〜」
「おいおいおいおいおい、その熊は!?」
「カンニバルベアだ」
「それは分かってる。何処で拾ったんだ!?」
「拾ったんちゃうわ。倒して持って来たんだよ」
その言葉を二人は信じていない様子だった。疑惑と恐怖が混じり合った表情で俺を見ている。
「誰が倒したんだ……?」
「俺に決まってるだろ」
「どうやって?」
「パンチで殴り殺した」
「パンチで、だと……」
俺はグーを握り締めながら前に突き出して見せた。これで熊を殴り倒したのは事実である。
「ほら、俺は武器を持ってないからな。素手で倒すしかなかったんだよ」
「「うそ〜〜ん……」」
親子が声を揃えて疑っていた。
まあ、仕方ないだろう。俺は熊の死体を二人の前に投げ落とすと額に出来た陥没した痕を指差した。
「ほら、ここに拳の痕が残っているだろ。この痕と俺の拳がピッタリ合うはずだぜ。ほらほらピッタリんこ〜」
俺が陥没した拳の痕に自分の握り拳を合わせてみせるとウエイトレスの娘さんが「本当だぁ……」っと感心していた。どうやら信用してくれたらしい。
これで話が進むぜ。服も買えるだろう。
下着を買うならば高価なスケスケパンツを所望したい。