ブラックサンタの日常的な非日常
クリスマスとのことで。
ちょっと過ぎちゃったけどw w
「もうじきクリスマスだよなっ! プレゼントなににする?」
「えー、どーしよ、まだ決めてない」
「俺ぁ、ヌプラ4にするぜっ! もうサンタに頼んであるんだぁ」
「うわっ、いいなぁ。俺もそうしよーかなぁ」
歩道の前の方を歩く二人組の小学生たちから、子供特有の無邪気で明るい声が聞こえる。
その会話の内容に、思わず口の端がニヨついた。
くっくっく、残念だな、ガキンチョその一。お前にヌプラ4が届くことはない。
クリスマスには必ずプレゼントがもらえるだなんて夢物語、それも春の夜の夢の如し、だぜ。おっと、季節の逆転を起こしちまった、あっはっは。そういえば、夜の長さでいえば夏の方が圧倒的に短いはずなのになんで春なんだろうなぁ。んじゃ、夏至の徹夜寝落ちの浅い夢の如し、とでも言うべきか。
と、そんなどうでもいいことを考えていると、ヌプラをもらう気満々のガキその一が、一層声を張り上げた。
「どうせお前にはサンタじゃなくて『ぶらっくさんた』が来るんだろうよ! だって俺知ってるもん、お前が給食の牛乳を毎回温食の缶にこっそり入れてること!」
「うへぇ、なんでそれ知ってんだよ、だって牛乳ってくせぇんだもん。てか、ぶらっくさんたってなんだ?」
「てかお前、マジでやめろよ、いつも温食が牛乳臭くてかなわねぇんだよ。クラス全員知ってるよ。ぶらっくさんたってのはなぁ、そんな悪いことした子供をどっかに連れ去っちまうこえぇやつだ」
「へー。じゃあ白ご飯とかパンとかに入れればいいのか?」
「そういう問題じゃねえええぇぇぇぇぇっ!」
なんだか非常に臭そうな……とっても愉快な話をしているが、それにしても『ブラックサンタ』ねぇ……。
あー、やべぇ。笑いを我慢するのに必死で腹筋がえらいことになっている気がする。ブチブチと筋繊維が千切れる幻聴が聞こえてきそうだ。
おっと、どうやらここで別れるようだ。クリスマスの話など忘れて牛乳を温食缶に入れる以外の解決法について話し合っていたガキどもは、互いに手を振って、ガキその一の方が曲がり角の向こうに消えていった。こいつらの会話、聞いててめっちゃ面白かったんだけどなぁ。
残された牛乳のガキは、先ほどよりは幾分かもの寂しそうに見える背中にからったランドセルを勢いをつけて背負い直した。
「じゃあ、どうしろって言うんだよ……流しに流すのは『すいしつおせん』になるから、それなら食べてもらった方がずっといいじゃないか……」
うん、それは知らないが、それはそんなに悲壮感を漂わせるようなことなのかな? そして、水質汚染なんて言葉をガキが一丁前に知ってることに今驚愕を覚えているのだが。
それでも、少なくとも他人の給食に牛乳を混ぜ込むのはよくないと思うんだお兄さん。
衝撃ではあったが、なかなか面白い会話を聞けた帰り道であった。
「ただいまぁ」
挨拶はきちんとする派だ。意外とかいう勿れ。
ドアがガチャッと音を立てて閉まり、少しの間の後、妹の声。
「……おかえり」
「めっちゃ渋々って感じの声じゃん。梅干しでも食べたの?」
「うっさい」
妹は俺にあたりが強い。そんな態度をされる謂れは……うん、ざっと思い返すだけでも両の指は超えるなぁ。
だが俺の方も負けちゃいない、俺が親に内緒でこっそりとあるゲームの攻略本を買ったことが、妹がそれを俺に無断で借りやがったことで親にバレた恨みは絶対に忘れない。その時妹を責めたら「お前が私の漫画勝手に読むからでしょうが愚兄!」って怒鳴られたけど。スッと「愚兄」なんて単語が出るあたり、妹の頭の良さが窺える。俺? ははは、お察しの通りだよ。
急な階段を登頂して自室にたどり着き、机の上に何やら古風な巻物が放られているのを見つける。巻物といっても、中世ヨーロッパ的な手紙とか文書のようなものだ。
それを何気なく手に取り、中身を見て、苦笑。
「毎度毎度、どうやったらこんな情報を手に入れられるのやら」
ーーそこには、何人もの子供たちの、ありとあらゆる悪事の情報が、所狭しと書き付けられている。
それだけでなく、それらのイタズラへの制裁の内容も。
明らかに「日常からストーカーしてないと手に入らないだろ」っていうような情報も含まれているが、まぁ、俺には関係ない。それに、あそこならどうにかしてこの世の子供たち全てのストーカーができても不思議じゃないと思っている。
その文書の一番下、送り主の名前は。
「秘密組織ブラックサンタ協会」
ウケを狙っているとしか思えない。あー、腹筋の筋繊維がうぐぐぐ。
それはともかく。
これは、仕事の指示書である。
仕事って何かって? そらもうわかってるでしょうよ、ブラックサンタの仕事だよ。
ブラックサンタ、それは、それはそれは愉しいシゴトだ。
鼻につくガキどもを改心させるという大義名分のもとに、好きなだけイタズラを仕掛けられる素晴らしいシゴトである。
一年に一度の憂さ晴ら……もとい大仕事。
「夜が楽しみだ」
夕食の時もずっとニヤニヤしてたら、妹に気持ち
悪いと言われた……やろー、いつかやり返してやる。
あ、でも今日は勘弁、なんせ今日はめっちゃ疲れること確定だもの。
***
彼が夕食に呼ばれて出て行った際、ドアの風圧で指示書がひらりと宙を舞った。
その裏から、彼が気づかなかった指示書の続きが顔を出した。
「ここ最近、あなたの担当地域周辺で、当協会の構成員を狙ったチョッカイが多発しております。犯人は判明しておりませんが、人外の可能性もございます。幸いにも怪我人は未だおりませんが、くれぐれもご注意くださいますよう」
***
クリスマスということもあって、世の中の空気はかなり浮ついているようだ。
夜のカラカラに乾いた冷たい風に乗って、そんな雰囲気が流れてくる。
白い息を吐きながら、少し鼻を啜って。
「うぅ……」
ツーンと鼻の奥を刺す刺々しい空気にうめいた。
「トナカイが赤鼻な理由がわかるぜ……」
今現在。
俺はこの街で最も高い建物の屋上の端に立っていた。
ーー真っ黒なサンタのコスプレ衣装を着て、白く大きなプレゼント袋を担いで。
笑えよ。
「なんでそこはそんなに基本に忠実なんだあの青だぬき不思議結社は」
頭痛くなってくるぜ。
でもこのコスプレ衣装、見た目はともかく実はとても高性能で便利なものなのだ。
鼻水が凍りそうなこの寒さの中でも、体を快適な温度に保ってくれる。これがめちゃくちゃありがたい。寒さを防ぐために厚着をして逆に暑くなりすぎるといったこともなく、暖房を入れた部屋でくつろいでいる時のような精神的安寧をもたらしてくれるのだ。顔以外には。そう、顔以外には。
顔は、正確に言えば帽子が覆う部分を除いた頭は、布が一切ないため、暖房を効かせた部屋の扉から顔だけ出しているような冷気にさらされる。なんでこう変なとこが抜けてるんだ。どうせなら顔や耳まで覆ってくれる形が良かった……あ、いや、だめだ。一瞬想像したけど、ドン引きされるレベルの変態、という言葉も生ぬるい不審者だ、これ。
この防寒機能だけでもかなり優秀なのだが、このコスプレ衣装、もっととんでも機能を隠し持っている。
まずは、飛翔機能。そう、ブラックサンタは空を翔べる!
そうは言っても、飛行機やドローンみたくブーンと空を飛ぶのではない。なんというか、宙に道を作る、と言った方が正しいだろうか。要するに普通に歩き、走る必要があるのだ。とはいえ、道なりに歩くのと、障害物全無視で直線に歩くののどちらが速いかなんて一目瞭然、この機能だけでも喉から手が出るほど欲しい人はいるだろう。ただ、この機能だけだとあっという間に、空を駆ける変態の出来上がりである。
そしてその問題を解決する機能ももちろんある。正直この機能だけでこの衣装の問題点のほとんどを解決してしまうので、この機能があるおかげでこのコスプレ衣装は超高性能不思議道具の中でも特に有用性が高いものランキングの堂々ナンバーワンに君臨していると言えよう。
その機能とは、何か。
ズバリ、ステルス機能だ!
全ての衣装を正しく着るなどの条件付きではあるが、基本的にブラックサンタは一般人には見えない! ただ、自分には普通に見えるので、本当に見えてないのか心配になったことがあって、試しに十字路の真ん中で今流行りのダンスをしてみたら、見事に跳ねられかけた。大型トラックは減速するそぶりも見せなかったので、どうやら一般人には見えないのは本当のことらしい。これはかなり嬉しい。コスプレ衣装を着て寒さで鼻を赤くした空飛ぶ変態の姿を見られないのだから。
ただし、覗きはできない。自分の私欲を満たすために使った時点で、この衣装は爆散して社会的な死を迎える挙句、ブラックサンタ協会からも追放され、記憶も消されるらしい。記憶にない行為でわけもわからないままジ・エンドになるというわけだ。俺はそんなことはしたことないから、又聞きだけどな。その話をしてくれた先輩ブラックサンタは遠い彼方を見て合掌していたぜ。
とまぁどういう原理なのかさっぱりわからん機能ばっかりだが、便利なのでよしとしている。
ブラックサンタたちに支給されている不思議道具はこれだけではない。他にもたくさんのものが支給されているが、そのほとんどが原理が不明で効果も意味がわからないものばかりだ。青だぬきと言ったのはそういう意味である。
袋に入っている、製法も構造も摩訶不思議な道具の数々が頭をよぎる。
くっくっく……よっしゃ燃えてきたー!
面白道具で楽しくイタズラ、しかも大義名分はばっちし! これで熱くならんやつは男じゃねぇ!!
「さて……仕事の時間だ」
口角が釣り上がる。こういうセリフって言うたびに心躍るよなぁ。
厨二とか言う勿れ、俺はいつだって心に浪漫を秘めて日々を生きてるのさ。
手に持った白く大きな袋を担ぎ直し、空を踏み締め、一歩。
悠々と踏み出したその足は。
宙を突き抜けて地面へと真っ逆様に落ちていった。
「え、あ? お、おおうぅぁあああぁぁぁあっ!?」
本能からの叫び、腹が喉を震わせて脳天からホルモンが飛び出たみたいな絶叫があたりに響き渡った。
あ、一メートルくらい落ちたところで突き出した軒に引っかかって無事でしたよ。軒っていうのか知らんけど。とりあえず一旦軒に上がって、屋上に戻った。
なんだったんだ、と首を回して自分を点検してみると、あれあれまぁまぁ。風に転がって屋上から落ちそうになってるブランクサンタの帽子が。
「って、ちょっと待ってぇえええ!」
そう、このコスプレ衣装最大の問題点。
全ての機能を正しく使うには、全ての衣装を正しく身につけなければならない!
「くそったれぇぇぇ! 帰れなくなってたまるかあぁぁぁぁ!!!」
ここはこの街でもっとも高い場所、そのビルの屋上に登るための階段などは見当たらないし、仮にあったとしてもまず間違いなく鍵がかかっているだろうから、降りるには空が飛べないといけない。つまり帽子が落ちればサンタのコスプレをしたままどうやっても登れないはずのビルの屋上で震えながら救助を待つ滑稽な変態になってしまうぅ!
すんでのところで顔面からスライディングキャッチ。とりあえずここから降りられなくなることは防げた。
内臓が腹から全部飛び出るかと思ったわぁ。
***
「……!?」
それは、バッと視線を彷徨わせた。
声が、聞こえたのだ。
この世にあってこの世ならざるところに在るそれにとって、声を聞くなど本来はありえないこと。この世界の裏側にやってくることができる生物など存在しないのだから。
とある、憎き者たちを除いて。
やがて、彷徨っていた視線は一点に収束する。
漆黒の衣服を身に纏う者が屋上で間抜けに顔面すりおろしを敢行する様を見て、それはニタァッと歪に口角を上げた。
***
いそいそと帽子をセッティングして気を取りなお
「フフフ、フハハ、フハハハハァ!!! やっと見つけたぞ!」
す前になんか変なのに見つかったらしい。笑いの三段活用を素でフル活用していらっしゃる。
とりあえず声が聞こえた方に体を向けて。
「ちょっ!?」
高速で突っ込んでくる物体を目にして慌てて避ける。なんだありゃ。
勢い余って百メートルくらい向こうにいったそれを振り返って確認……また突っ込んでくるぅ!?
慌てて進路から飛び退く。
なんで俺がこういうのに慣れてるかって? こんなシゴトやってると、ファンタジーに対する耐性がつくんだよ、なんせ俺自身がファンタジーだからな! 実際に勝手に妖精とか呼んでる明らかに人外な存在に出会ったこともあるしな。ただ、そいつはこんなに攻撃的ではなかった。
ちょっと思いついて、手に持った白い袋の中をがさごそ漁る。その手が掴んだ、ささくれだった太い糸の感触。俺はニッと笑って。
「くらえぃ! 逃げた子供を捕まえるためのただの漁師網ぃ!」
「な!?」
袋から取り出したのは、かなり古ぼけた漁師網、協会から支給される不思議道具の一つだ。なぜ漁師網なのかとか古ぼけてていいのかとか考え出したら疑問は尽きないが、考えなければオールオッケー! 脊髄反射で使ってくぜぇ!
大雑把に進路を割り出して感覚でタイミングを計り、投擲。網は勝手に広がり、そこに合わせたように敵が突っ込む。
「よっしゃ確保ぉ!」
「くっこのっ! な、切れぬ!?」
「この漁師網はなぁ、見た目は容易く切れそうなオンボロ網だが、その実めちゃくちゃ強靭なんだよ!」
一度試しにハサミで切ってみたことがあるが、ハサミの方が欠けたくらいだからな。一番ほつれて見えて普通なら容易く切れるだろうところを切ったのに、だぞ。どんな素材なんだ。
漁師網の中でジタバタ暴れるそれを、じっくりと観察するーーちょっと離れたところから。だってちょっと怖いんだもの。
黒っぽい人型の体、でもなんかでっかいコウモリみたいな羽とかある……いや、赤茶か? 赤紫にも見える……暗くてよくわからんし、こんなに暴れられるとなぁ。でもこの情報だけでこれだけはよくわかるぞ。
「お前、人間じゃないな、なんだ?」
「フ、フフ、この我を恐れぬとはなかなかの胆力、やはりお前だな! 我が宿敵、ブラックサンタ!!」
「何の話!?」
初対面なのに宿敵認定!?
「いやいやいや、確かに俺はブラックサンタやってるけど、お前に宿敵扱いされる覚えはねぇよ」
「ブラックサンタだと認めたな! ブラックサンタは全て我が宿敵、我が恐怖をその骨の髄まで叩き込んでくれようぞ!」
大暴れしたせいでますます網に絡まって動くこともできない愉快な体勢でなんか言ってる、ははは。
話の内容的にブラックサンタという存在自体に敵意を抱いているようだ。
うわぁ、めんどくせー。こういう手合いは個人は関係ないのにめちゃくちゃ理不尽で自分勝手な理屈をこねて勝手に責めてくるのだ、面倒なことこの上ない。人間の尺度が人外に当てはまるのかは別として。
頭痛くなってきた。こめかみに手を当てる。
「なんでそんなブラックサンタを敵視してるわけ?」
単刀直入に聞いてみた。
するとそれはワナワナと体を震わせて。
「我はクランプス、子供の恐怖と絶望を喰らう悪魔なり! 子供の中でも、歪な環境で育ち、悪事を好む子供の恐怖と絶望は絶品。それゆえ、悪い子供を狙って攫い、地獄に落とし、その恐怖と絶望を味わってきたのに! お前らブラックサンタはいつも、いつもその邪魔をする! おのれ、憎きブラックサンタめ! 早ようこの網を解け!」
「いや解くわけないだろ」
なるほど、悪ガキを改心させる仕事であるブラックサンタは、クランプスとやらが好むガキを減らしちまうのか。それに、悪ガキを攫うって、まるきりブラックサンタと仕事が被っている。いやまぁ、よっぽど改心の見込みがないやつじゃないとそんなのしないけど。
無駄を悟ったらしく、こちらを睨みながらも暴れ回るのをやめたクランプスを、改めて観察する。
山羊の角のようなものが生えた頭、黒っぽいーーいや、やっぱ赤紫かもーー皮膚、イライラを表すように忙しなく揺れるしっぽ。なるほど、悪魔というのは本当のようだ。
ふむ。
俺はおもむろに白い袋の中を探ると、とあるものを取り出し、ぽいっと放り投げた。
「な、なんだそれは」
「どう考えても人に使っちゃいけないタイプの睡眠薬」
そう答えた瞬間、放り投げたビー玉大の薬玉が炸裂した。
「ぐはっ」
「おやすみー」
この薬玉はくらった瞬間に強制入眠させる睡眠ガスが封入されている。協会からは人外にも効果がある可能性があると言われているから、とりあえず信じるが、いかんせんめちゃくちゃあやふやなので早めに漁師網を回収してさっさと撤収しよう。たかが漁師網、されどその効果は折り紙つきの不思議道具だ、意外と使い所も多いし、ここで捨てるのは惜しい。俺は協会の構成員の中でも新米の末端なので、補充されるかわからないというのも大きい。
というわけで、ガスが風で流されたのを確認して、見た感じグースカ眠っているらしいクランプスにおっかなびっくり近づいて、絡みついた網を剥がしていく。
「くっそー、めっちゃ絡まってやがる」
なんとか網を引き剥がし、袋に突っ込んでそそくさとその場を立ち去る。
その間も悪魔は大口を開けてイビキをかいていた。
万が一のために路地裏に降りて、ほっと一息つく。これであいつも追ってこれないだろう。
そして何気なく一歩踏み出した。
「我に睡眠薬など効かぬわあぁぁぁいてっ!」
「!?」
突然の大声に、そして直後に鳴り響いた轟音に、思わずビビってしまった。
さっきまで俺が立っていたところに弾丸が降ってきたかと思えば、勝手に地面と顔面からキスして顔を押さえているクランプスが。
って、睡眠薬全く効いてねぇじゃねーか! 誰だよあんなあやふやな情報信用したやつ! 俺だよ!
まだ痛がっているうちに、と、俺は袋の中に腕ごと突っ込み漁る。取り出した大きめの輪っかを、今まさに俺に飛びかかろうとしていたクランプスに投げつける。
「子供監禁用の異空間行きマジカルフープ!」
「な!? なんだこれは!?」
「知らねぇ!」
クランプスが目を剥く。いや実際この空間のこと俺なんも知らんもん、というか知りたくもないわ。
ここは光も影もない世界。普通のシゴトじゃ一向に改心しそうにないガキを閉じ込めて強制的に改心を迫る魔の空間だ。俺たちブラックサンタの最終手段である。
輪をくぐった相手と、その輪を使ったもの、つまり俺を強制的に異空間に引きずりこむ傍迷惑な道具だ。なんでこれを使ったかって? それこそ知るか、数秒前の俺に文句を言え、バカやろー!
「おのれ卑怯なブラックサンタめ、かような異空間に閉じ込めおって……いや、考えようによってはチャンスでもあるな、どうせならお前の魂胆を寒からしめ、恐怖の谷に突き落としてくれようぞ!」
なんか思考をめちゃくちゃ丁寧に教えてくれるな、やっこさん。そして馬鹿の一つ覚えかよ、こう何度も馬鹿正直な突進を受けてれば、多少は慣れるっての! 多少だけど!
ヒラリと避けて、すれ違いざまに、袋から出しておいた拳大の軽い球を投げつける。
「怖いものだらけの幻覚を見せる悪夢玉ァ!」
「さっきからなんなんだその口上はァ!」
「音声認証だァ!」
しかも正式名称でしか反応しない! 命名者マジふざけんなー!
「な、なな! 小癪な! 大人数でこの我を嵌めるなど卑怯だぞ、ブラックサンタ!」
「幻覚は効くのな」
しかも悪夢を見せる幻覚でもブラックサンタを見るとか、どんだけブラックサンタ嫌いなんだこいつ。
「フ、フフ、ようし、もうあったまきた。お前らまとめて吹き飛ばしてやる!」
こめかみに赤黒い筋を幾本も浮き立たせたクランプスは、何か大事なものが切れたような笑い声をあげて若干子供じみた口ぶりでそう言い放った後、おもむろに何か取り出した。
どこから取り出したのかはちょっとよくわからなかったが、それはどうでもいい。問題は取り出したそれがどこをどっからどう見ても爆弾にしか見えないことである、それもとびきり典型的な、縄の導線がついた黒いまんまるの火薬玉、絵に描いたような爆弾だ。
そしてクランプスはまたもやどこからともなくマッチを取り出し、流れるような動作で導火線に火をつけ、頭上に放り投げた。
って。
「ちょっと待ってそれは割とマジでかなり洒落にならないようなーー」
ひ、冷や汗が。
「フハハハハ! 心地よいぞその恐怖! これは我の手製の爆弾よ、その威力は比類するものなし! 半径百キロくらいなら吹き飛ばしてくれよう!!!」
「そ、それならお前も巻き添えくうんじゃ……」
笑うのをやめて、俺の方を見たクランプス、その猫の瞳孔に似た目を見つめ返す俺。俺たちは、示し合わせたように、頭上の爆弾に視線を移した。心なしかだいぶゆっくりと落ちてくるように見える爆弾の導火線は短くなり、あと数秒で火薬に着火しそうだなまじかぁ。
俺たちが爆弾に向かって駆け出すのは同時だった。うん、俺たち意外と息が合うんじゃなかろうか。
あぁでもこれは間に合わないな、爆弾の動きも遅いが、俺の動きはもっと遅い。極限状態だとものがゆっくり見えるって本当なんだなぁ。クランプスも手を伸ばしているが、全く届きそうもない。俺? 論外だよ。
あぁ、俺、これで終わりなんだなぁ。こうなるなら、もっと色々嵌め外しときゃよかったなぁ、たとえば妹の蔵書を全部読み漁って、家で毎日アニメと漫画とヨーチューブ見放題の日々を送り、親の目を気にせずしたいゲームをする堕落しきった日々ーーあれこれ走馬灯ってやつでは?
スローになった世界で俺は見ていた、導火線が焼け切り、火薬に燃え移ってばくは
「はいそこまで」
つしそうな爆弾をむんずと掴んで握りつぶしたダンディーでカイリキーな爺さんを。
「あ、あんたは!」
「お、お前は!」
声が被った。クランプスも、この爺さんに見覚えがあるらしい。
この爺さんは漆黒の外套とマントをたなびかせ、黒い革靴をカツっと鳴らし、この世の全てを見抜くかの如き目と、それら全てからくる印象を全てひっくり返すチャーミングなおひげ、そして不釣り合いな安っぽい黒いサンタの帽子をかぶる、謎多き爺さんである。
そして、俺をブラックサンタ協会に勧誘した張本人だ。
そんな彼はクランプスを華麗に無視して俺ににこやかに声をかけた。
「やぁやぁ我が協会の構成員Bくん、おひさ〜」
「……俺は構成員Bなんて名前じゃないけど、久しぶりっす。助けてくれてありがとうございます。そしてなんでBなの、どうせならΩとかがよかった」
「いいってことよ、構成員Bくん。儂の中じゃ構成員Bは構成員Bくんだよ。それにしてもいい感じに厨二拗らせてるなー、よきかなよきかな」
構成員Bって連呼すなって。思わず呆れた顔をする。
顔から上を見なければ割とかっこいいダンディーなおじさんであるのだが、顔から上は今風になろうとしてどこかズレた愉快な爺さんだ。感謝はするが、敬語なんて使う気になれん。爺さんもそんなの気にしていないしな。
「で、どうしてここにいるの? いや助けてもらった身で聞くことじゃないかもしんないけど」
「かっかっかっ、ここ最近我が協会の構成員にちょっかいをかけている輩がいると聞いてねぇ。気になってちょっかい出しに……犯人を見物しに来たんだよね」
「意味的には大して変わらない気が」
「……おい、この我を無視するな!」
そんな話をクランプスの頭上で交わしていたからだろうが、堪忍袋の緒が切れた音がした。こいつの緒って切れやすいよなぁ、漁師網みたくどれだけ切ろうとしても切れないものであって欲しかった。
わかりやすくキレたクランプスは、今度は何も取り出すことなく再び弾丸の如く突撃してきた。さっきので爆弾には懲りたらしい。ほんとにバカの一つ覚えだなと思うけど、速度がさっきとは段違いに速いつまり避けきれない!?
と思って慌てた俺だが。
「ちょいちょい、せっかく会話を楽しんでたのに水を刺すなよー」
爺さんがその首根っこを摘んで止めたのを見て口をあんぐりあけた。
急停止の勢いでクランプスはぐへっと声をあげ、爺さんを睨みつける。
「おのれ、原初のブラックサンタめ! また我の邪魔をしようというのか!!」
「君こそ我が協会構成員くんたちにちょっかい出さないで欲しいんだけど。君がどつき回した構成員たちみんな仕事放棄しちゃったじゃないか」
「それが我の目的だからな!」
「え、お前俺のこと殺そうとしてたんじゃないの? それに何? 原初のブラックサンタって」
頭がカオスみたく混乱してきた気がする。
そんな俺の様子を見て、爺さんはかっかっかと笑い声をあげた。
「安心せい、こいつの攻撃は弱っちすぎて効かん。あるとすればストーカー行為による精神攻撃だな、こいつ延々ストーカーしてくるし」
じゃあさっきまで散々避け回ってた俺は一体なんだったんだ。
「それと原初のブラックサンタというのはな、」
「ブラックサンタ協会とやらを創設した張本人、最初のブラックサンタだ」
「お、わざわざ説明変わってくれてありがとね、クランプスくん」
ほへー、そんな人だったのか、ただのスカウトの人だと思ってた。
爺さんの飄々とした態度にむかついたらしいクランプスがまた暴れ出したが、いかんせん首根っこを摘まれたままなのでめちゃくちゃ滑稽なこと鏡に映るおのれに向かって吠える犬のごとしだ。なんかもう警戒するだけ無駄に思えてきた。
あまりにもあんまりな情報の数々に、思わず脱力してしまう。ほんとに今日は散々な日になったなぁ。
「じゃあ、俺もう帰ってもいいっすか」
正直めっちゃ疲れたので、さっさと家に帰ってベッドに寝っ転がってゲームしたい。
仕事? 精神の安寧に比べたら瑣末なことだよ。それに八つ当たりする体力も気力も使い果たしたし。
「あぁ、いいよいいよ、別に今日中に終わる仕事でもないしね。むしろブラックサンタ業には入念な下調べと綿密な計画が必須だから、クリスマスイブまでに終わるのなら別に何日かかっても構わんし」
いつも綿密な計画もなければ入念な下調べもしてないけど、早く帰れるんならいいや。
「それじゃ儂もこれ持って帰るから」
「我をもの扱いするなあぁぁぁぁぁ!」
クランプスが頭に髪があったら燃え上がって天を突いているだろう怒りを見せた。あ、もしかしたら何回も燃えちゃったからこいつに髪ないんかな。悪魔だから気にしてなかったわ。かわいそうに。
俺の心の声が聞こえたのか聞こえてないのかは知らないが、クランプスはうがあぁぁ!っと声を上げてさらに激しく暴れ出した。それでも首根っこを掴んだままの爺さんの方が化け物に見えてくるんだが。
「んじゃバイビー」
そんな軽率な挨拶を残して、懐からするっとでっかい杖らしきものを取り出した爺さんは、それで地面をとんっと軽く叩いて作り出した裂け目を通ってどこかに去っていった。
「くそおぉぉぉぉぉ!」
というクランプスの叫びの残響を響かせながら。
それにしても、いつからブラックサンタは魔法使いになったんだ。
俺はふうっと大きく息を吐いて、吸って。
「どうせなら俺もああいうかっこいいやつがよかったあぁぁぁぁ!」
と魂の雄叫びをあげた。
***
「じゃあバイバイ」
「覚えてろおぉぁああああぁぁぁっ……!」
クランプスをポイっと放り投げたのは、地獄の遥か上空。比喩ではなく、本当の地獄だ。クランプスは次第に遠のく情けない叫び声を地獄に響かせて死者たちを驚かせつつ、血の池へ真っ逆さまに落ちていった。
「この光景も飽きてきたなぁ。ま、一年に一度見てれば流石にね」
実は、クランプスが現世にーー正確には世界の狭間にーーやってくるのはこれが初めてではない。毎年ハロウィンの死者に紛れて現世入りし、儂がつまみ出すまでブラックサンタたちにちょっかいをかけるのだ。
「それにしても、構成員Bくんは面白い子だったなぁ」
最初に会った時からそんな気はしていたが。彼から爺さんと呼ばれている者は、かっかと豪快に笑う。
まぁ彼は協会唯一の少年ブラックサンタだし、大人とは頭の構造が全く違うのだろう。
「んじゃまぁ、とりあえず帰ってさらなる不思議道具の開発でもするかぁ」
クランプスが地獄の王に怒られているのが見える。
原初のブラックサンタであり、協会を束ねる長であり、不思議道具の開発者兼命名者は、かっかっかと笑い声を上げながら、おのれの家へと帰っていった。
***
悪魔が襲ってくるようなことがあっても現実というやつは愛想がなくて、特に変わらない日常を過ごしている。朝起きて手早く朝メシをかっ込み登校ーーちなみに俺はT高だーー授業を受けて体育で大暴れし、部活をして下校、夜はブラックサンタとしてイタズ……もとい仕事、そんで帰って寝る。そんな日常を。
そんな日々も今日で終わりだ、なんせ今日はクリスマスだからな。昨日は残りのシゴトを片付けるのに大忙しだったぜ。
今日からは仕事もない、ゆっくりゲームと惰眠を貪れる。やったぜ。
そんな晴々とした気持ちで登校する気持ちのいい朝。前にはいつぞやのガキどもがいる。多分学校ではなく遊びに行くだけだろう、冬休みだろうし。ランドセルではなく、子供らしいリュックをからっている。
「プレゼントもらえたかよ?」
「うん! 自転車もらったんだぁ、いいでしょ」
牛乳のガキは無邪気に喜んでいるが、残念だったな、その自転車は一月後に壊れる。というか俺がそう仕込んだ。
そんなことは全く知らないガキその一が、意外そうな声をあげた。
「えー、もらえたのかお前。いつも温食に牛乳入れるくせに」
「そのことだけど……やっぱりそれやめるよ。牛乳代わりに飲んでくれない? 牛乳パックを大量に持った悪魔が追っかけてくる夢を毎晩見て、もう牛乳見るのも怖くなった」
「お、おう、大丈夫か? まぁまかせろ! もう温食から牛乳の味がしなくなるんなら、牛乳なんて何リットルでも飲んでやるぜ!」
「ありがとう!」
おー、牛乳の件が無事に解決したようで何よりだ。温食に牛乳とか想像するだけで身の毛もよだつほどだったからなぁ。
ちなみに悪夢を見せ続けたのも俺だ。クランプスに使った幻覚を見せる悪夢玉とはまた違う悪夢玉を使った。
あぁ、いいねぇ、気分爽快! これから補習だけど寝ないで頑張れそうだぜ!
そしてガキその一よ、お前のプレゼントはヌプラ4ではないはずだ。なんせ発売日は明日だからなぁ! くっくっく、俺が手を出すまでもない。まぁ指示書に名前は載ってなかったけど。
さぁ俺をもっと楽しませろ!
「俺はなぁ、ヌプラ4の予約してもらったんだ。発売日がまだだから」
はえ?
「へぇ、よかったね!」
「あぁ、届くのが楽しみだ! なぁなぁ、カセット届いたら、家で一緒にしような!」
「うん!」
文明の利器ェ……今日ばかりは恨むぜ。
ガックリと肩を落とした俺には気づかないまま、友情を深めたらしいガキどもは角を曲がっていった。
「おかえり!」
今日はエイプリルフールじゃなくてクリスマスじゃなかったっけ。槍でも降ってくるのだろうか。
その日の夕方。下校した俺は満面の笑みを湛えた妹に元気よく迎えられるという恐ろしい状況に立ち会っていた。
「あー、どうしたんだ、妹よ?」
「ねぇねぇお兄ちゃん。これ見て」
獲物を目の前にしたライオンの如き悍ましい笑みを浮かべた妹が突き出してきたスマホの画面に映っていたのは。
「っんぐふぅ!?」
「これ、お兄ちゃんだよね??」
はい、疑いようもなく俺の写真ですね。それもシゴト中の。どこかでまた帽子がズレていたのだろうか……これは本格的にゴム紐をつけることを検討せねば。小学生の帽子みたいで嫌なんだけどなぁ。
そしてこの俺の反応は確実に間違いである。あぁほら妹が確信したってふうに笑みを深めたよ。
「深夜に黒いサンタのコスプレして何コソコソしてんだろうねぇ」
「な、なんのことかな?」
「あらおっと、これは誤って手が滑って父さんの前でスマホを落っことしちゃうかも。その時はきっとこの写真が画面に映ってるんだろうなぁ」
「うおぉぉぉ! それはやめろおぉぉぉ!!」
「きゃははっ!!!」
その日の家には悪魔(妹)の笑い声と俺の悲鳴、そして追いかけっこと取っ組み合いの音が響き渡っていた。
そうしてブラックサンタの日常(妹との喧嘩の日々)は続くーー
最後までお読みいただいて、ありがとうございます♪
今回は割と長い文章になってしまいましたが、テンポよく読める文章を心掛けました。
楽しんでくださったのなら幸いです(^^)
設定
秘密組織ブラックサンタ協会
・色々よくわからない組織
・サンタ協会の傘下の組織とかなんとか言われているが、詳細は不明
・本拠地はフィンランドにあると言われているが、詳細は不明
・色々な不思議道具を開発、各地のブラックサンタたちに配っている
・仕事の案内は手紙。内容はどう考えても知り得ないような情報も時々含まれている
ブラックサンタ
・秘密組織ブラックサンタ協会にスカウトされた一般人たち
・色々な不思議道具を駆使して、悪い子供たちを監禁、改心させるオシゴト
・区域が決まっていて、その区域ごとに一人ずつ担当のブラックサンタがいる
区域はその地域の子供の数で決まる。主人公は大体半径三キロ
・スカウトは、突然街で声をかけられる……スーツ姿の髭もじゃおじさんに