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天地の円舞曲  作者: 成瀬くま
地界編 第二幕「暗躍する星」
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地界編幕間「運命」

 ミシェルが、エイジに神の寵愛(ディオギフト)について話したのは、エイジに『運命』を歩ませる為である。

 『運命』とは、神の寵愛(ディオギフト)を持つ者と、知っている者。即ち、『真・寵愛者』と『認識寵愛者』に与えられる、歩めば良い結果を迎えると言われているもののことだ。『認識寵愛者』は半強制的に歩まされるのだが。

 少し話が変わるが、ミシェルがエイジに対して言ったことを少し掘り返してみる。「『運命』に抗ったら、『神の呪縛』によって消える」と言った部分である。これは、言葉のままの意味であるが、付け加えるべき部分がある。

 消されるのは『認識寵愛者』のみということだ。先程、『認識寵愛者』は半強制的に歩まされると言ったのはそう言う意味だ。

 ちなみに、『運命』を歩めば、途中で分岐点が現れる。その分岐点をターニングポイントと呼ぶ。

 

 色々と開示する情報があるが、順を追って説明する。


 まず、『運命』について。

 『運命』は、与えられた者以外は内容を知ることが出来ないが、『運命』が与えられたことは感覚で理解することはできる。ミシェルが、エイジの『運命』は動き出している。と言ったのは、『真・寵愛者』としての感覚による発言である。

 さっきから言っている、『真・寵愛者』と『認識寵愛者』の違いだが、それは神の寵愛(ディオギフト)を持つ者か、持ってはいないが知っているものかで分けられる。『寵愛者』はその二つの総称である。


 次に、『神』について。

 『神』は三人とも、生まれつき『神』である。正確に言えば、生まれつき『神』というレッテルを貼られた、先代の『神』の子供である。カエルの子はカエルという言葉があるように、『神』の子供も『神』なのである。

 『神』にも、当然の如く寿命がある。その寿命を迎える前に、一人だけ子供を残さなければならない。

 一人だけだ。

 そうしてきた為、今まで何億年もの間、『神』が失われた期間は一度もない。

 そして、勘違いをしないで貰いたいのが、『神』だからと言って、祝福(ギフト)がいくつも貰えると言ったことはない。現に、『大地の神』であるポセイドンも、二つしか祝福(ギフト)は持っていない。

 ——祝福(ギフト)は。


 その次、『寵愛者』について——はある程度最初に明かした為、少しだけ付け足しを。

 言っていなかったが、神の寵愛(ディオギフト)を持っている『真・寵愛者』には、『時空の寵愛者』などの呼び名が付く。『時空の寵愛者』は、ミシェルの呼び名である。神の寵愛(ディオギフト)を知っているだけの『認識寵愛者』には、呼び名は付けられない。


 最後にまた、『運命』の話に戻す。

 今回エイジが歩むことになった、否、歩まされることになった『運命』は、ムルジムを説得することである。説得の内容がどうであれ、もし戦闘になろうと、それは『運命』のターニングポイントを超えた場所。どう転がるかは、誰にも分からない。

 

 これが、『運命』である。


「『運命』に抗うとは、何とも滑稽なことであろうか。『運命』に従えば皆、平穏な暮らしが出来るだろうに。少し話し過ぎたか?ならば、ここで話すのはここまでじゃ。続きはまた別の機会にな」


 そう、『大地の神』を除く残り二人の『神』の内の一人。『地界の神』が、何者かに告げるようにそう呟いた。

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