地界編1話「訪問の異空間」
栄慈自身は『神』に殺されて死んだと思っていたが、刹那の間に目の前に広がったこの空間はどうにもおかしい。栄慈が今いる場所は、真っ白で何も無い、空白の空間。物理的時間はどうなっているのかなど考える。
そんな事を考えていた刹那、栄慈の目の前に光が現れて点滅し、気がつけば目の前に謎の生物がいた。
「やあ!びっくりした?」
少し甲高い声で謎の生物は栄慈に話しかける。謎の生物は、手と足がとても短い。人間で言えば、四歳ほどの長さだ。
「——誰だ?」
栄慈はハッと驚いた様な素振りを見せた後、この小動物のような生き物は何なのだと訊こうと思ったのだが、何というのはどこか失礼かもしれないと感じ、誰なのかを訊いた。
「僕は、ポセ。栄慈さんが地界『アンネルファーズ』に行く手続きをする役です。少し違うかもしれませんけど、地球で古くから言い伝えられてきている閻魔大王のようなものです」
そんな栄慈が問いかけたに謎の生物、ポセが答えた。地界というものがどういった場所かは分からないが、栄慈は取り敢えず夢では無いのだなと思った。もっとも、最初から夢だとは殆ど思っていなかったのだが。
「地界?そんなの存在するのか?」
栄慈はほんの少し状況を理解し、冷静さを取り戻すことで問いかける。
「天国とか地獄ってあるでしょ?その天国と地獄は天界っていう場所の一部でありまして、その天界の中層部を地界っていうんですよ」
「俺以外の人間はどうなっているんだ?」
「栄慈さん以外の地球にいた約七十億の人も、悪人を除いてみんな地界へ行ってもらいますよ。ちなみに栄慈さん達はさっき死んだんじゃなくて、この異空間にワープさせられただけです」
地界に転移されるのは栄慈だけではく、悪人を除く地球人全員のようだ。悪人を除くということは、地界では犯罪が〇とまでは行かないかもしれないが、滅多におこらない筈だ。
「それでは、急ですが、地界に行くのに備えて新しい名前と祝福を決めてもらいます。なるべく急いだ方が良いですよ。ここでの時間は地球や地界の八万倍ですから。でも、精神が成長するだけで肉体は成長しないので安心して下さい。ただ地界に着くのが遅くなるという話なので」
栄慈は、物理的時間がどうなっているのか考えていたが、地球や地界よりも八万倍の速度で過ぎているという回答が出された。八万倍ということは、1分ここにいるだけで、地球や地界では約五十五日経っていることになる。
「祝福?」
「はい!地界は魔物とか龍が多いですから、それに対抗する策として祝福が与えられるんですよ。持って行ける祝福は二つ。まあ、一つは能力で固定なんですけど」
「じゃあ、もう一つは何なんだ?」
「それは...」
ポセが残りの一つの概要を勿体ぶった態度で時間を少し空けて話す。
「何でもです」
思っていた何倍も大雑把な内容を耳にし、栄慈は顔を下に向け、やれやれと言わんばかりに首を振る。
「何ですかその表情は。本当に何でもいいんですよ!例えば、最強の武器だったり、天才の頭脳だったり、強固な肉体だったり。あるいはもう一つ能力を選ぶことだって良いんですよ!」
本当に何でも良いらしく、栄慈は先程まで下に向けていた顔をあげた。何か、良いことを思いついたかのように、ニヤけた顔をして。
「まあ、取り敢えず名前と能力を決めるとしよう。名前はまあ、思いついてるから良いとして。問題は能力だな。ポセの能力は何なんだ?」
能力を選ぶ参考として、栄慈はポセにポセ自身の能力を問う。
「僕の能力ですか?それはズバリですね、『分身』です。この能力が無いと、この仕事なんてやっていけませんよ。だって、今回だったら七十億人くらいの人に毎度毎度同じ話をするのは面倒じゃ無いですか」
「『分身』か。結構便利そうな能力だな」
「まあ、そんな感じの能力を選んで下さい」
そんな感じの能力といっても何にしようかと栄慈は熟考する。
能力を考えている間、栄慈は天界について少し話を聞かせてもらった。栄慈がこれから行くのは地界『アンネルファーズ』と呼ばれる天界の中層部にある場所らしい。天界の他の層は下層部に地獄『カーセルニューズ』。上層部に天国『センカーミュール』。この三つに分けられる。
そんな話を聞いている間に、いくつか能力の候補が上がってきた。
『重力操作』や『ベクトル操作』などの案が上がってきた。しかし、もっと応用の効く能力がいいと考えた栄慈。
長時間悩んだ末に、栄慈が決めた能力は。
「俺の選ぶ能力は...『引力操作』だ!」
「成程!物理学者らしい能力ですね!それで、名前の方はどうしますか?」
「名前は予め決めていたからな。俺の新しい名前は...」
ここだけの話、栄慈は地球にいた頃から考えていた。もし名前を変える機会があるとするなら、変えたいと思っていた名前が。その名前は、
「エイジ・アインシュタインだ」
そう、何も無い真っ白な空間に一人の少年である成瀬栄慈——否、エイジ・アインシュタインの声が響いた。