異世界転生の果てに
───目が覚めると、そこは白い空間だった。
こんな場所に心当たりはない。直前までなにをしていたのか思い出せない。
ああ、これはよくあるアレですね。
「……異世界転生……?」
「この世界の方は話が早くて助かりますーーー!!!」
思い当たることを呟いてみると、とんでもなく元気な返事があった。びっくりした。
今までなにもなかった目の前の空間にパッと現れたのは女神。
その全体的に色素が薄いが故の神々しさやら当たり前ですと言わんばかりの美貌やらなんかの彫刻で見たようなドレープたっぷりの布を巻き付けたような服(キトーンというのだったか?)にも負けないプロポーションやらもう女神としか言いようのないくらい女神だった。
「というわけで私の世界を救っていただきたいのです」
「いやどういうわけだ」
勇者系は転生ではなく転移が多いのだと思っていたが。
女神はその溢れんばかりの胸の前で祈るように両手を組みながら言った。
「…………説明が必要で……?」
異世界転生に対して話が早かろうと、知らない世界へ行くのに説明は必要ですね。
女神の世界はよくある剣と魔法の世界。よくある魔物がいたりする。
世界を救うと言っても、よくある勇者になって魔王を倒すとかそういうことではないらしい。
現状の危機は、世界の停滞。
魔法や技術や生活がそこそこ発展したのちに落ち着いてしまい、ここ200年ちょっとそれ以上の発展がないと。
世界の発展がないということは女神の力も発展しないということらしく、危機感を覚えたらしい。
つまり自分は一種のカンフル剤ということか。
他の世界でもよく行われていることのようで、こちらの世界の人間は生活しているだけで改革が見込めるので人気だそうだ。
なんの改革かは個人差はあるけれど、確実なのはなぜか主に"食”に対して。
”食”って。
いやまぁ死ぬ前のことはあんまり覚えてないけれどおそらく元日本人として心当たりしかないですね。
よくある感じの女神の加護的なチートスキル的なものもくれるらしいし、ただ生活すれば役立つのだったらまぁ転生するのもアリかな、なんて思い始めると、
「ちょぉっと待ったぁぁぁぁっっっっ!!!!」
これまた元気な声が飛び込んできた。びっくりした。
女神の横に滑り込むようにパッと現れたのはこれまた女神だった。こちらも女神としか言いようのない女神で実に眼福。最初の女神が嫋やかな雰囲気ならば、こちらの女神は凛々しい寄りの雰囲気だ。
「あら、同期の。どうかしたのかしら?」
同期とかあるんですね。
最初の女神が驚いたように手の先を頬にあてながら訪ねると、その同期さんは掴みかからんばかりの勢いで答える。
「今回の!転生は!!私の番のはずでしょ!!!」
「そうは言ってもねぇ……私の方も切羽詰まっているのよ?」
「そう言って前回も転生する魂持っていったじゃない!」
「もう500年も前のことでしょう?それに前回は魔王だったのよ?」
「今回はこちらが魔王なのよ!」
大モメである。
ちなみに緊急で転生させる場合は、現地人の魂が抜けてすぐ、つまり死にたてほやほやの身体に新たな魂を入れるらしい。うんそういうのも見たことあったわ。
モメにモメた結果、魔王ならば仕方ないということで同期さんのところへ行くことになったようだ。
本人の意思は考慮されないんですかそうですか。
いかにも神様らしいなぁと思いながらも、どうせ拒否権なんてないんだしと腹を括って同期さんの手を取ろうとすると、
『だめだめだめだめ!!』
今度は自分の横から元気な声が聞こえ、更には庇われるように同期さんへ差し伸べかけた手を握られた。びっくりした。
「あっ、地球せんぱぁい!」
「地球先輩て」
思わず声が出てしまった。
自分の手を掴んでいるのは今度は神としか言いようのない神だった。おじいちゃんじゃなくてイケメンの方の神。なんかオーラが違う。イケメンすぎてまぶしいとかあるんだ。
それにしても地球先輩って。
『地球、というか、君の世界にはたくさんの神仏がいるだろう?どの神というわけではなくて、その総意というか、地球世界の神の概念と思ってもらえれば……』
あっはい。
ちょっと困ったように微笑む神。まぶしい。
そんな地球先輩に対して女神ズは「お疲れ様ですぅ」などとそのちょっと媚びるようなきゃぴっとした感じOLかよすいません偏見です。
『はいお疲れ様。いや、あのね、君たちね、なんでもかんでもこちらの魂持ってこうとしないでくれるかな?』
「えー?でもそれ私たちだけじゃないですし……先輩のところの魂に助けられたって子が多くて憧れなんですぅ」
「そうそう!改革力も高いし、使い勝手が良………順応性が高くてありがたいんですぅ!」
順応性の高さはね、認めざるを得ないよね。
だって我ら慣らされているというかもはや一種の教科書みたいなものを読んでいるわけだからね。
同期さん、言い方な?とは思うけれども。
『評価が高くてありがたいことだけどね。いろんな所へ持ってかれているせいでこちらの魂の総数が減っているんだよ』
んんん?なんかややこしいことになってきたぞ???
────輪廻転生って知っているかい?
うん、まぁ、簡単に言えば、死んでもまた別のものに生まれ変わるということなんだけれど。
今までは”輪廻”、地球という輪の中で魂は廻っていたんだよ。
生前の行いで次の生まれ変わり先が決まったりすることもあるよね。
ただ、たいぶ前からイレギュラーが発生してしまった。
それが異世界転生だ。
人から人へ転生させようとしていた魂が異世界へ持ってかれてしまう。
そうなると次に生まれる人がいなくなってしまう。そう、少子化になるね。
あとは、そうだね、人の魂が減ったからどこかからリソースを割かないといけなくなる。
神を人にするわけにもいかないから、それが動物だったり、それこそ鬼だったり……まぁ人間一年生が出来上がるということだね。
稀に、人間がやったとは思えない猟奇的な事件があったりしないかい?
たぶんだけれど、前世が人間じゃなかった可能性がある。
そういう魂は……君の管轄はどこかな?仏教だったかな?……えっと、そういう魂は死後、君たちで言うところの地獄に堕ちて魂の洗浄をされてまた転生の輪に乗るわけなんだけど、それは別の話だね。
そして動物から人へ魂を持っていくと、今度は動物の魂が足りなくなる。これで動物が絶滅していくわけだ。
新しく魂を創る方法ももちろんあるし、すでに創っている最中なんだけれどね、完成までに膨大な時間がかかるから、今は対処療法でなんとかしていくしかないんだ。
わかるかい?
つまり、細かい話は端折って要点を言うと、”今、地球、自転車操業、炎上中”、以上だ。
えぇ……異世界転生ってそんな社会問題の根底に関わってたんかい……。
異世界転生の罪深さにちょっと引いた。
『転生後だと他の世界に干渉してしまうことになるからもう手出し出来ないんだけれど。転生前の魂の、今の状態がぎりぎりだったよ』
間に合って良かった、と先輩が淡く微笑む。イケメンのまぶしさで転生前に消し飛びそう。
これが先輩の圧というやつか。たぶん違う。
『とにかく、この子はまだうちの子なんだから連れ帰らせてもらうよ』
異世界転生における転生元の諸事情はなんとなく飲み込めた。
たしかにね、それを聞いたら安易に「異世界いっきまーす!」とは言いにくいよね。
美貌の女神たちに取り合いされて、イケメン神に助けられるっていう、生きてたら有り得ないシチュエーションにも遭遇できたことだし。
生まれ変わったらこの記憶なんてないだろうけど、なんだか優しい人になれそうな気がした。
先輩が差し出した手に自分の手を載せる。
『さて、まずは君をあるべき場所へ戻さないとね。えーっと、君の情報は、と…………』
イケメンは記憶を探るように人差し指で眉間をとんとんと軽く叩く。
時間が経つにつれ、その眉間には皺が刻まれていった。
『…………しばらく地獄で魂の洗浄…………?』
────まぁそれはそれとして、科学の世界出身としては、剣と魔法の世界はとても気になりますよね!!!!
『君……前世でなにやったの……?』