推しの幸せが私の幸せ
「さて。」
マクシミリアン様との会合を終え、まれびとの装束を脱ぎ捨てて一介のオタクに戻った私は、一息つこうとお茶を淹れることにした。
魔石というものがいまだにつかいこなせなくて、火力調整に地味に気をつかうんだよね。なんて思っていると、とコンコンとひかえめなノックの音。
直前にデュカスさんに会ったから予想はしていたけど、思っていたより早かったなとドアをあける。
いつもの騎士団服に、心なしか後ろでひとつに縛っている髪が少し乱れているのが妙に色気があって…なんてこんな時でもオタクの目線を休めない自分にこっそり喝をいれた。
「リリカ…。」
「ユリウス様。お疲れ様です。」
私はユリウス様がきた理由をたずねることなく静かに迎え入れた。
お庭のテーブルから空を仰ぎ見れば、太陽はまだ空高くにあって、午後の気持ち良い光があちこちに降り注いでいた。日陰にはいると少し肌寒い、そんな秋をはらんだ風が気持ちいい。
「どうぞ。お口に合えばいいのですが。」
私はチャイをお出しした。こないだ街へ買い出しに行ったときに買ったスパイスで作ったもので、何度か試して一番納得のいくレシピができたところだった。
貴族がたしなむミルクティーと違って、鍋でふつふつとミルクを沸かして煮出す庶民の飲み物。
本来なら王族出すなんてありえないんだけど、きっとユリウス様なら飲んでくれるはず、と思って。
ナッツ入りのビスコッティを添えて二人分を出すと、ユリウス様は懐かしいなと目を細めた。
「子どもの頃、お忍びで街歩きをしていたころに屋台で2度ほど飲んだことがあるんだ。あまりに美味しくて王宮でも作ってもらったんだが、同じ感動は得られなくてね。ずいぶんシェフを困らせてしまったよ。」
「きっと屋台で飲むっていう特別感があったんでしょうね。」
「そうだな。ここで飲むとあの頃を思い出すよ。」
素朴な木のマグカップでも、ユリウス様が飲むとものすごく高い茶器に見えてくる。
いつものクセで、心の中でそっと拝んでいると、ユリウス様はテーブルにカップを置き、まっすぐ私を見た。
「君にはできればこのままここで、ずっと変わらず笑っていて欲しかった。そう思うのは私の傲慢かもしれないが、無理だけはしないで欲しいと思っている。」
私がマクシミリアン様と何を話したのか、直接聞いてはこないのに、殿下に何を依頼されていたかはもうずっと前から分かっているような口ぶりだった。
「孤児院での慈善バザー、楽しかったですね。」
「ああ。」
あの時市井の人達の中にまぎれて一緒に歩いたユリウス様はとても楽しそうだった。
なんのしがらみもなく、ひとりの青年としてリラックスして過ごせる時間が、ここ王宮にはどれくらいあるのだろう。
あの時からずっと気になっていた。
ユリウス様はどんな状態なら幸せなのだろうって。
少なくとも、腹違いの兄に遠慮して王族席に座らなかったり、西の僻地に少人数で魔物の討伐に行くことじゃないのは確かだ。
ユリウス様がここで肩身の狭い思いをすることなく笑えるように、私は私にできることをしたいと思っただけ。
思いあがるつもりはないけれど、まれびとを発見・保護したのがユリウス様だと世に広まれば、その影響は王城内でも無視できないはず。
ついでに堂々と概念グッズを売り出すこともできる。私が人前に立つことでなにかが減るもんじゃない。どころかユリウス様への愛と概念グッズが増えてマクシミリアン様への貸しもできる。
もういいことしかないんじゃない?
…と思うのは私だけのようだった。
「私は、リリカに見世物になんかなって欲しくないんだ。」
ユリウス様の伸ばした手が、私の指先にそっと触れた。
まれびととして公務をこなすことは、不幸になると思っているんだろう。
実はグッズを作るために仕方なく取引した、なんてとても言える雰囲気じゃない。
でも言わなきゃね。
私の進退ひとつでユリウス様を苦しめるなんて絶対にあってはならないこと。
私は内心めちゃめちゃに緊張しながら、ユリウス様の手を握った。
握手会でもない平時に、こんな風に触れていいものか迷うけれど。
これだけはきちんとお伝えしたかった。
「ユリウス様になんの相談もなくマクシミリアン様のもとへ出向いたのは早急だったかなとちょっと反省しています。でも、自分のこと見世物だなんて思ってないですよ。私はここに来られて良かったですし、ユリウス様が幸せに生きていてくださればそれでいいんです。そのために必要なことをしただけです。まあ、ちょっとばかり私にもメリットがあるわけで。だから誰のせいでもないし、本当に嫌だったら王族相手にでも嫌だと意思表示できるだけの力もありますから。」
そう、誰も私を力づくでどうこうできない。武力行使に出られたら、相手も私もどうなるのかは分からないけど。
「だから、安心してください。」
手汗をかいていないか気になるのを隠してにっこり笑ってみせたけど、ユリウス様の表情は晴れなかった。
「私の幸せのために動いてくれるのは嬉しいけど、ならばリリカの幸せは?あなたの幸福は、一体どこに存在するというのだろう。」
ぽつりとこぼしたユリウス様の言葉に、私の中の全米が立ち上がった。よくぞ聞いてくれました。
「私の生まれ育った国にはこんな格言があるんです。推しの幸せが私の幸せ。推しというのは以前にも説明しましたが、贔屓にしている非常に身分の高い人たちのことです。
もう一度いいますよ。推しの幸せが私の幸せ。ユリウス様が幸せになれば、私も幸せになるんです。そしてまた、推しは推せる時に推せ、という格言もあります。
欲しいグッズがあるのなら、財力でもコネでも権力でも、使えるものはあますことなく使って入手にベストを尽くす。先行抽選に落ちようとも、何度だって立ち上がる。それがオタ…いえ、我々日本人のたしなみです!」
つい勢いで日本人とか大きなくくりで言い切っちゃった。
もしこの先私と同じように異世界転移してくる日本人がいたら先に謝っておきたい。
変なイメージをうえつけてごめんなさい。次にやってくるまれびとも同志であることを祈るしかないけど、今は目の前のユリウス様の幸せを全力で祈ることに専念しなきゃ。
「私の幸せがリリカの幸せ、か。」
ユリウス様はしばらく考え込んだあと、考えるだけ無駄だと悟ったのかふふっと笑ってみせた。
「ここにきてお茶をご馳走になり、君の途方もない話を聞いていると、驚く半面とてもほっとするよ。」
「え、私の話そんなに途方もないですか?」
ユリウス様はこれには応えず、笑顔のままビスコッティを齧った。
「リリカが覚悟を決めてくれたように、私もまた、腹をくくらねばならない時がきたということか…。」
お庭を眺めながらそう言ったユリウス様の横顔が美しすぎて、私はこの時、彼の本意がどこにあるのかなんてろくに考えもしなかった。
二人で楽しむこのお茶の時間がいつまでも続けばいいのにと思いながら、私は温め直したチャイのおかわりをユリウス様のカップに注ぐだけだった。




