推しがいつもお世話になっております(1)
「話はつけておいたから。」
朝、魔総研の所長室に入るなりシア様からそう言われて私は思わず立ちすくんでしまった。
にっこり笑って言うけど、なんとなく物騒な雰囲気が隠しきれていない。
「ええと、一体誰に、何のお話を…?」
国内トップの魔術師が話をつける相手、と言うのは限られているような気がする。
「国王に、リリカが自由に出かけられるようにしないとこの国に災いが起きるわよって。」
うふふ、と笑うシア様。もはや魔王なのでは。
「そんな災いを起こすような力はないですし、あったとしてもここから自由に出入りできないだけでキレたりしませんってば。」
「あなたはもっと国に対して要求していい立場なのに。まれびとってどうしてこうも欲がないのかしらねぇ。」
いや煩悩まみれですけど?と反論したかったけどわかってもらえなさそうなので黙って笑っていると、シア様から銀のネックレスを手渡された。
トップには金属の小さなプレートがついていて、見たこともない模様が彫られていて、指で触れるとかすかに光る。
「これは?」
「街へ出かける時に身に着けてちょうだい。王城に出入りするための身分証明よ。
これで今後何の申請も護衛も必要なく、国内好きな場所へ出かけられるわ。
居場所探知の魔法を付与してあるから、普段身に着けることはおすすめしないけれど。
あなたに何かあってもどこにいるかは把握できるの。
加護の力があるから、危険な目に合うことはまずないと思うんだど。」
まあ、これくらいは手をうっておけば文句は言わないでしょ、とシア様は席に着いた。
なんという女神!
「図書館に続いて外出許可まで。シア様、本当にありがとうございます。」
「いいのよ。あなたがきてからここの仕事も回るようになったし。休みの日くらい楽しみなさい?」
わりといつでも楽しいけど、そう言ってもらえると、なんだかヴィルジニーに住む者としてレベルアップした感じがする。
早速次の休みに買い出しに行こう。
向かいの席で死んだ魚の目をして破損修復届出をめくり続けるダニエルさんのことは、見なかったことにして、私はうきうきで仕事にとりかかった。
◇
「たくさん買うなら馬車で行くといいわ。王城の前からも乗合馬車が出ているけれど、今回は私が手配しておいてあげる。昼食前に御者をよこすわね。」
意味深に笑うシア様がそう言ってくださった週末。
私は予定の時間に家の前で迎えを待っていた。
前回の御者のお兄さんがきてくれるのかと思っていたけれど、時間ぴったりに表れたのは茶色い巻き毛がふわふわのお兄さんだった。
「リリカ様、お迎えにあがりました。」
同い歳くらいかな。
厩番らしく、麻の着古したシャツからのぞく手首や人懐こい顔はよく日に焼けている。
あれ…?
私はぬぐい切れない違和感と、胸が熱くなる既視感にはさまれて思わず声を荒げてしまった。
「…ユリウス様!?」
そう、目の前にいるのは、絶対にユリウス様だと思う。
私は「え?」と戸惑うお兄さんを凝視し続けた。
ああやっぱり、肩甲骨のくぼみ方がユリウス様だ。
私が一歩もひかないのを見て、お兄さんの声が本来の声に戻った。
「顔も声も変えたというのに、こうもあっさり見破られるなんて。
ひょっとしてリリカにはこの手の魔法が効かないのだろうか。」
「いえ、ちゃんと別の人に見えてますよ。」
「ならなぜ私だと。」
「骨格と指が完全にユリウス様でした。」
「…骨で識別されているとは、盲点だったというべきか。」
「そこまで見ている人はなかなかいないですよね。」
だといいが、といってユリウス様は苦笑いを浮かべた。
気付かないふりをしたほうが良かったかな、と一瞬思ったけど、そんなことできるわけもなく。
せめてお忍びがバレないように挙動不審になったりニヤニヤしないように気を付けなくちゃ。
「今日は私が町まで送り届けよう。許されるのなら、同行させてもらえると嬉しいのだが」
「でも、お忙しくはないのですか?」
「今日は非番で急ぎの公務もないんだ。それに言っただろう?町へ降りるのは子どもの頃の楽しみだったと。」
ユリウス様はそう言って片目をつむってみせた。
相変わらず破壊力がすごいな。変装しているからって、お茶目が過ぎるにもほどがある。
シア様のお話を聞く限り護衛もいらないし、庶民の育ちだから買い物くらいひとりで行けるから本当はお連れ様なんていなくてもいいんだけどな。
私のためにユリウス様を付き合わせてしまうのが申し訳ないと思ったけど、こういう機会でもない限りユリウス様はお忍びで街に出かけることができないということに気が付いた。
そうだよ、神のように美しい推し以前に、ユリウス様はこの国の第二王子なんだもん。
私に同行するなんて、ちょうどいい口実じゃない?
「わかりました。そういうことならかくれみのとしてお役に立てるよう精一杯頑張ります。
ユリウス様の行きたいお店を教えてください。」
胸を張る私に、ユリウス様はちょっと困ったように笑った。
「今日はあくまでもリリカの同行者だよ。きみの行きたい場所に行きたいと思っているよ。」
「そうですか…。」
まあ、庶民についてくれば普段行かないお店に行ける楽しみもあるよね、きっと。
「それでは私の買い出しに付き合わせてしまって恐縮ですが、よろしくお願いいたします。」
深々と頭を下げると、ユリウス様は笑って首を横に振った。
「どうか頭を下げないでくれ。今日の私はこのような姿だ。
裕福な平民のお嬢様に御者が荷物持ちとして同行している、ということにしておこう。
私のことはそうだな…マノンと呼んでほしい。」
「マノン。」
「はい、お嬢様。」
今度はユリウス様が頭を下げる番だった。
優雅さが全然隠しきれてなくて、御者には見えないんだけどな。
これで大丈夫、というユリウス様に押し切られて、私は下町へいくための馬車に乗り込んだ。




