はじめての同担拒否
「昨日は何の力添えにもなれず、すまなかった。」
国王夫妻への拝謁が終わった翌日。
私はユリウス様に誘われて王宮の庭園を散策していた。
王宮の正面にある南の大庭園は、綺麗に刈り込まれた樹が左右対称にデザインされ、噴水や銅像が置かれた立派なものだった。
私たちがいる東の庭園は遊歩道や東屋があって自然を活かした造りになっていた。
公園みたいな感じで、ずっとお城の中にこもりきりだったから気持ちが良い。
後ろに護衛の騎士となぜかデュカスさんもついてきているけど、これは実質二人きりという認識でいいよね。
そんなボーナスステージ。
お庭のお花もユリウス様のご尊顔も美しすぎて、一度死んだだけに天国かと思ってしまう。
「後ろにいてくださっただけで元気百倍でしたよ。」
今はユリウス様が近すぎて死にそうですが。
「そうか。前から見守ることができればよかったんだが。」
ユリウス様は困ったようにそう言って笑った。
あの子の母親は別のところにいるの、というシア様の話を聞いた後では、ファンとしてはしんどいと思う笑顔だった。
「でもユリウス様の騎士団の礼装姿、もっとじっくり見たかったなぁ。後ろだとチラ見もできないじゃないですか。」
話の流れを変えたくて、心の底から残念に思っていたことを口にした。
そう。公式行事などに限り、騎士団は戦うことを前提としていない黒い礼装なのだ。
黒マントを颯爽となびかせて、金ボタンと勲章がならんだ胸元と詰襟。
なにより後ろで一つに結いあげた髪の毛。
心ゆくまで眺めたかった…
「リリカもまれびととして認定されたことだ、望めば公式行事に参加することもできるだろう。
私の礼装でよければいつでも見れるさ。」
「まれびと認定…。」
そう、天然記念物に指定されたようなもので、私の存在は全面的に王室の保護下に入ったということだ。
それほどの力が私にあるとは思えないけど、そういうことらしい。
私の住居についても、過去のまれびとが住んでいた場所がいいだろうということで、王宮内のはずれに残っている建物を手入れしてもらうことになった。
王室からはもっと綺麗で新しい屋敷を用意すると言われたけど、丁重にお断りをした。
閑静な住宅街に建つ古い一軒家(小屋)をフルリノベって、そんなの絶対楽しいに決まってるもん。
「1か月後に再度国王へ意見申し立ての機会がある。
魔総研のことだけでなく、ここでどんな暮らしを望むのか、それまでに考えをまとめておいてほしい。
なにかあれば私かシア殿がいつでも相談に乗ろう。」
「ありがとうございます。
とりあえず、住むところを整えてシア様のところで正式採用してもらえるように頑張ります。
ユリウス様もお忙しいでしょうから、私のことは気にせずお仕事に集中なさってください。」
王宮内とはいえ、地味に遠いもんね、ここ。
「ああ。でも、無理はしないでほしい。キミはまだこちらに来て日が浅い。
この世界の慣習で戸惑うことがあったり、急に故郷に帰りたくなったりもするだろう。
そういう時は私を呼んでくれ。」
ユリウス様は少しためらってから手を出した。
この方はどこまで優しいんだろう。
私はちょっと緊張しながらその手を握り返すとまっすぐユリウス様の目を見て言った。
「私、ユリウス様のことを応援しています。
だから、きっと話を聞くくらいしかできないと思いますが、ユリウス様も何かあったら声をかけてくださいね。」
あ、ダメだ。顔がよすぎてこの距離では5秒以上直視できない。
握手会に来たのかと錯覚しそうになるところだったよ。
私はそっと手を離すと、視線をユリウス様の右肩にずらして落ち着いた。
「私が、きみに?」
ユリウス様は心底不思議そうな顔で呟いた。
そりゃそうだよね。
こんな一般庶民が王族の力になるとかおかしいですよね。
その発想すらなかったんだろうな。
でも私、ファンですから!
生意気なには承知の上で、ここは、ここだけは強火で行かせてもらおう。
「わかります。私なんかに頼るとかおかしな話ですよね。
でも、覚えておいてください。
私は助けてもらったご恩も含めて、ユリウス様を一生推します。
どんなことでもユリウス様が選んだ道なら応援しますし、もし落ち込むことがあったら私がユリウス様の良いところをとりあえず100個挙げます。
うっかり濡れ衣を着せられて流刑になったとしても、差し入れもってついていきます!」
「リリカ…。」
こいつは何を言っているんだ、と思っているかもしれない。
それでもいい。
これは私がこの世界で生きていくための決意表明だから。
なんて自分に酔っていると、デュカスさんが私たちの間に割り入って、私の肩をつかんで押しのけた。
「貴様、先ほどから黙って聞いていれば、ユリウス様に向かって不敬なことを…。」
後ろで護衛にまわっていたはずのデュカスさんに低い声ですごまれたけど、今度はもう怖くない。
今の私は天然記念物扱いだもんね、そうやすやすと傷つけられないはず。
これはただの制止にすぎない。
いつまでも怯えているだけの弱者じゃない。
ガチ勢をなめるなよ。
「不敬かどうかはあなたが決めることじゃないでしょう。
それに私がユリウス様に危害を加えようとしたわけでもないのに安易に立ち入ってくるとかどうなんですか。
デュカスさんちょっと血の気が多すぎますよ。」
アンガーマネジメント超大事。
そう思いながらデュカスさんの肩をぽんと叩くと、小刻みに震え始めた。
「貴様…。」
「リリカの言う通りだジル。
護衛として、今のは動くのが早すぎたな。
私には何の危険も迫っていないし、気分を害したわけでもない。
思慮深い行動と言えただろうか?」
「…申し訳ありません。」
あくまでも私ではなくユーリ様に、デュカスさんは深く頭をさげた。
「あー騎士団のエースにすごまれて怖かったなー。
夜中デュカスさんの怖い顔思い出して眠れなかったらどうしよう。」
まったく心のこもっていない声でそう言うと、ユーリ様が吹き出した。
「ジルに対してここまで言える令嬢はリリカくらいだろうな。
私の顔に免じてどうか許してほしい。」
「…ユリウス様っ!」
デュカスさんは、自分のかわりにユリウス様が謝罪したことにひどくうろたえていた。
魔術学校を主席で卒業したと言っていたけど、それでも魔総研や王宮付きの魔術師にならずに騎士団に入ったんだ。
ユリウス様が大好きなんだろうな。
今までの言動も、同担拒否だと思えば納得のいくことばかりで。
いつも一人でアランを追いかけて、同じファンの人とも交流してこなかったから、同担という響きがちょっと嬉しくもあった。
まあ絶賛拒否されてるんだけど。
「まあまあ、お互いユリウス様を大好きなもの同士、仲良くしましょうよ。」
私はもう一度デュカスさんの肩を叩いた。
「俺は、絶対に認めん…!!!」
同担を?
それともユリウス様を大好きなことを?
と聞こうと思ったけれど、
「行こうか。」とにこにこ顔のユリウス様が歩き出して、デュカスさんも再び護衛ポジションに戻っていってしまった。
デュカスさんとはそのうち話し合いの場が必要だな。
これから先も関わることが多そうだし、それに何より騎士としてのユリウス様の話も聞いてみたい。
いつかデュカスさんとキャッキャできる日が…来るといいな。




