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いろんな意味で、というかほんとに死んだ(1)

「ははっ、死ねる…」


私はチケット当落結果のメールを開いてぽつりと呟いた。


推しに推している俳優アランの初めての主演舞台

「偽りの三銃士」


公演が決まった時はほんとうに嬉しかった。

だって大好きなアランを2年間ずっと応援してきてやっと決まった大きな箱での主演。


ただし、この舞台にはもう1人の主役がいた。

そう、ダブル主演ってやつ。


相手はダンスボーカルユニットSelfishのリーダーJIN。


人気急上昇中のアイドルグループなだけあってメディアでも取りあげられることが多かった。


私がアランを推すように、JINのファンもまた必死。

チケット取りは戦場。落選者には死あるのみ。


主演がアラン1人だったら、こんなことにはならなかったんだろうな。



Selfishに文句があるわけじゃないんだよ。


舞台出身でずっと演劇畑にいたけど実はミュージシャンにもなりたいアランと、事務所の方針でキラキラした衣装で歌って踊ってるけど、実は舞台をやりたいJIN。


そんな2人が舞台でダブル主演だなんて、むしろ配役を決めた偉い人にありがとうとハムを送りたい。



アランとJIN。

2人から生まれる葛藤や衝突、お互いへのリスペクトとか友情とか嫉妬とか。


同世代で努力家な2人だから、きっといろんな熱いものが芽生えると思うんだ。


それを想像するだけでもう尊い。泣ける。

ね?そんな舞台、見逃せるわけないでしょう?


でも、小さな個人事務所に所属しているアランには残念なことにファンクラブがない。


そして私も、抽選申し込みの協力を頼めるような親しい人も家族もいない。


かろうじてアランがやっているラジオの先行販売枠があるだけで、あとは丸腰で戦わなければならないのだ。



背水の陣とはこのこと。

私はここぞという時の有給を使い倒すつもりで全15公演の抽選を申し込んだ。



一次抽選に落ちても二次抽選に落ちても次がある。

つづけて落ちてるのだから一般発売は絶対とれるはず。

どこか一日は当たるでしょ。

末席でも全然いいし。


そう思っていたあの頃の私に言ってやりたい。

ぬるい、甘い、大手(Selfishファン)をナメるなと。


私が申し込んだすべての抽選の結果メールには



―残念ながらお席をご用意することができませんでした



という悲しい一言がそえられていた。


悲しみに浸りきった仕事の帰り道、初めてアランを好きになった日のことを思い出す。




そう、あれはいい舞台だった。

会社の先輩に、急に友達が行けなくなったからと誘われていった舞台の上に、アランはいた。


ヒロインに想いを寄せながら、それをひた隠しにして彼女の恋を応援する当て馬の役だったけど、私はその一途な想いに心打たれて気づけば号泣していた。



プログラムを買い、誘ってくれた先輩に暑苦しいほどお礼をいって家に帰ると、そこからひたすらアランについて検索するという作業が始まった。



困ったことに、調べても調べても悪いところがひとつも見当たらない。


え、こんなに良い子なのにどうしてもっと売れないの?

人の世で天使が目立ちすぎてはいけないから?why?


私は過去にアランが出演したドラマや映画のディスク、インタビューののっている雑誌を買いあさった。


舞台やイベントがあればそれがどんなに小さくても地方でも駆けつけたし、在宅中のBGMはアランの出演作品だった。


誕生日にはケーキを買ってひとりお祝いもしたし、うざがられない程度に布教活動もした。



アランが美術館での『アイルランド・ケルトの遺産展』の音声ガイドを担当した時にはその展覧会に18回通ったなぁ。


最終的に受付のお姉さんに顔をおぼえられたので、音声ガイドの機械を買い取れないか聞こうと思ったけどさすがに大人として我慢した。


アイルランドと日本のハーフであるアランが、ケルト文化について語りながら、ちょっとだけ自分のルーツについて語る時に一瞬テンションがあがる、その一瞬が尊いんだこれが!



ああ、やっぱり音声データだけ売ってくれないかな。

いくらでも払うからと実はいまだに思っていたりする。



そんな私、須田梨々香23歳。


日々つつましく暮らす短大卒の事務職、兼若手俳優オタの今現在の心境は、そういうわけで「死ねる」の一言に尽きた。



歩道橋の上でスマホを取りだし、アランの公式SNSをチェックする。


タイムラインでは「今日も稽古場です」と頭にタオルを巻いてVサインをしているヤンチャ可愛いアランが笑っていた。


コメント欄には「初日行きます」や「お休みとりました!」

「JIN担ですが、アランくんとのかけあい楽しみです♪」

などといういうチケット勝者たちの歓声がひたすら続く。



どんなに素晴らしい舞台でも、私は観に行けない。

こんなに好きなのに、私のためにチケットは用意されなかった。 


その事実に泣けてくる。


涙でぼやけた視界のまま、よろよろと歩道橋の階段を降りようとしたその時。



グキっ…


足首から嫌な音がした。


しまった、階段を踏み外したと思った瞬間、私の視界はぐるりと揺れた。


そのまま何度か身体を叩きつけられて、最後に後頭部にものすごい衝撃を受け、耳の奥に鋭い痛みがはしった。



やっと止まった…そう思いながらかすかに聞こえたのは「救急車呼んで!」という誰かの悲鳴じみた声だった。

 


ヤバい、死ぬのかな。

ぼんやりとそんなことを考えていたら視界が真っ白になった。


あったかくて柔らかい光に包まれる。


あーこれ、アランが笑った顔を光にしたらきっとこんな感じだろうな。

そっか、アランって天使じゃなくて天国そのものだったんだ。うん、納得。



最期に思ったのは、やっぱりアランのことだった。

 

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