雪の朝の足音
その日。
都心から電車を乗り継いで飛騨へと向かった。以前から遊びに行くと約束していた、学生時代の友人を訪ねたのである。
着いてみると彼から聞いていたとおりだった。
そこは田園の広がるのどかな田舎町で、はるか遠くには雪をかぶった高い山々が連なり、目を落とせば家のすぐそばを小さな川が流れ、幅二メートルほどの未舗装の道路が、その川に沿って築かれた土手の上を走っていた。
雪解けの時節ともなると、この川は一気に増水するのだろう。友人宅の前には、ちょうど対岸へ渡る小さな橋も架かっていて、それは人が渡るだけの木造の橋のように見えた。
そして川の少し下流には、周囲を高い金網で囲った広いグランドが見えた。
あれは学校の運動場であろう。
いっときそんなふうに、友人宅の二階の部屋の窓から眺めを楽しんでいると、やがて雪が降り始めた。そしてしばらくすると、それは大雪に変わり、私が帰りに乗るはずだった電車までも止めてしまった。
翌日の早朝。
私は物音で目を覚ました。
外がまだ薄暗い中、土手の方から軽い地響きのような音が聞こえてくる。
ダッダッダッダッ……。
乾いた音である。何人かがまとまって、あの木の橋を踏み鳴らして渡っているのだろう。
ダッダッダッダッ……。
その足音の数からすると、二、三十人ぐらいの集団が固まって走っているように聞こえる。
ダッダッ……。
みなが橋を渡り終ったのだろう、外が再び静かになった。
高校生の部活の朝練?
土手の道路には雪が積もっているはずで、この寒さの中、雪の上を走るのは辛いだろう。
「何の部活なんだろうな?」
私は布団から這い出して、二階の部屋のカーテンを開けようとした。
その私に、友人が忠告するように言った。
「やめとけ、どうせ何も見えん」
「何も見えんって?」
私はカーテンを開けようとした手を止めた。
「そのうちわかるよ」
友人はそう言って、話を続けた。
この時間に決まって今の足音がする。ただそれは足音だけで、いつ見てもそこに姿は見られないのだという。
「どういうことなんだ?」
「昨日、正面に高い山が見えただろう」
「ああ」
「あれは立山でな。ヤツら、あの立山の地獄に向かってるんだよ」
「ヤツらって誰なんだ?」
「信じられんだろうが、亡者たちだよ」
「で、地獄に?」
「ほら、うちの前に木の橋があっただろ。あれがどうも地獄へ堕ちる亡者たちの通り道になってるらしいんだ」
「まさか……」
私はカーテンを引いて土手を見た。
土手の道は積もった雪で真っ白だった。
木の橋の上もである。
そこには足跡ひとつない。
驚きのあまり口がきけない私に、友人は平然とした顔で言った。
「なっ、おれの言ったとおりだろ」
「がたがた橋」参考。
がたがた橋は飛騨小坂にあったといわれる橋にまつわる伝説。