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第一話:初めましては血の香り

 咽せ返るような重く、鉄臭い血の香りが始まりの記憶だ。

 意識を取り戻した瞬間に、鼻をついた臭いに転生だのなんだのと、浮かれ切った頭は瞬く間に冷え切って、しかしこの状況を理解し、最善の行動をすぐに打てるほど平和な日本で生きていた俺に生きる為の賢さなんて備わっている訳もなく……


「──え?」


 隠れていたいや、隠して貰っていた衣装棚の薄暗い中から、小声ですらない至って普通の間の抜けた声を出してしまった。


「ん?おい、誰かいるのかぁ!!」


「どうしましたお頭?」


「声が聞こえた。ガキのまだ、若い声だ」


 不味いと思った時には既に遅く、外まで聞こえてるんじゃないかという心臓の音にビビりながら、溢れる吐息の音を少しでも抑える為に、小さな手で口を押さえた。

 頼む……頼むからバレないでくれ……神様なんて、微塵も信じていない一生を送った平々凡々な男だったが、この時ばかりは縋る先を求めてただ只管に、胸の中で神へと祈りを捧げる──だが、所詮は信者ですらない男の哀れな祈り、誰も聞き届ける事はなく、隠れられそうな場所を破壊していた音がこっちに近づいてきて、木製の衣装棚を破壊する音共に顔スレスレに手入れのされていない槍が突き刺さった。


「ひぃ!!」


「お?なんだ、やっぱり居るじゃねぇか。手間かけさせんなよ」


 槍が引き抜かれ、衣装棚が乱雑に開け放たれると、漂っていた血の香りはより一層、強くなり恐怖心も相まって、えずいてしまうが、厳つい体格の男──恐らくお頭と呼ばれていた男──は、丸太のように太い腕を伸ばし、恐怖で身を丸める俺の腰まで伸びた長いプラチナブロンドの髪を掴み上げ、無理やり目を合わせてきた。


「ほぅ……母親に似て美人に育ちそうだが……おい、ガキ。テメェ、男か?」


「は?お頭、目ぇ腐ってんですか?この美しいツラは女で決まりっすよ!!早いとこ奴隷として売りに」


「少し黙ってろ。で、どうなんだ?」


 お頭が鬼の様な形相で睨みつけてくる為、中身、成人男性の俺でも恐怖心に支配された今じゃ、何かを返すなんて意思表示が出来るわけもなく、寧ろ、どうしてこんな転生になったんだと、叶うなら俺を元の日本に戻してくれと、転生した時の記憶すらないのに後悔ばかりが積み重なり、目元にどんどんと涙が溜まっていく。


「あー、もうめんどくせぇ。最初からこうすりゃ、よかったんだ!」


 俺の態度に我慢出来なくなったお頭は、勢いよく俺の衣服を破り捨て視線を下に、所謂、股間に向けてやっぱりなという顔を浮かべた。


「女のツラで男とくれば……それなりに利用価値はある。おい、ガキ、此処で死ぬのと俺らに着いてくるどっちか選べ。それくらいの選択はしてみせろ」


 もう何もかも頭がゴチャゴチャだった。

 なにをするのが正しくて、間違いなのか……なに一つとして分からなくなった俺は、生物として最も原始的な欲求に従った。

 例え、この選択が間違いであったとしてもこの時の俺が生きながらえるのにはこれしかなかった。


「……つい、て……いく」


「賢い選択だ。俺は盗賊団『黄昏の夜明け』の頭領、マルガだ。取り敢えず、俺の名前だけ覚えておけ。下っ端は入れ替わりが激しいからな」


 ──こうして、俺は盗賊団の仲間入りを果たした。

 この後の展開は早く、マルガは俺を米俵の様に担ぐと、適当に衣装棚の中から服を取り、横でずっと驚いた顔で固まっていた部下に投げ渡すと、全く俺を気遣っていないのが分かる揺れが酷い歩き方で、ズンズン歩いていき、部屋で金品を漁っていた奴ら、調理済みの飯を食らって酒を飲んでいる奴ら、俺の母親と思われる女性にのしかかっていた奴らなど、総勢百名を歩きながらの号令で集め、屋敷を出て手慣れた様子で燃やす。


「……ごめん、なさい……」


 俺としての意識は芽生えたばかりで、しかも恐らく芽生える前にあった人格を塗り潰しているらしく、あの火の中で消えていく家や、父親、母親に対しまるで物語の中にいる登場人物に向ける様な、実感のない申し訳なさしかない。

 けれど、何故かこの言葉だけは出さなければならないと思い、形だけの謝罪をマルガの肩の上で溢した。


「心を強く持てよ。お前には俺らの犯罪、その片棒を担いで貰わなきゃならんのだから、狂われても困る」


 その言葉に返事をする事はなかったが、マルガが俺に期待していた事、それを見事に十年後の俺は成し遂げる事となる。


「あんっ……乱暴ですのね、デバンナ子爵」


 ()の喉を震わせて、紡がれる高く美しい鈴の音の様な声は、我ながら発している内容とは全く別の、まるで意中の男性に押し倒されて喜んでいる女性の声そのものであり、自分が罠に掛けられていると微塵も想像していないデバンナ子爵は貴族特有の脂ぎった顎を摩りながら、下卑た視点を私に向ける。


「その割には嬉しそうではないかマリナよ」


「まさか、私の様な女がデバンナ子爵の様な貴族様に見初められるなんて思わず……ふふっ、淫らな女はお嫌いですか?」


 誘う様に()()()から与えられた上物のスカートを、ゆっくりと持ち上げ、スラリとした白い足を覗かせ、隠しておかなければならないギリギリで止める。

 デバンナ子爵がゴクリと喉を鳴らしたのと同時に、彼へと視線を合わせ、淫らに唇を濡らし、挑発する様に微笑む。


「ッッ!!た、堪らん!!お主を儂色に染め上げてやるわ!!」


「キャッ!……なーんて、扱い易くて感謝するよ豚」


「は?」


 デバンナ子爵が、私に抱きついたのと同時に前もって隠しておいたナイフを、枕の裏から素早く抜き取り、アホ面を晒しているデバンナ子爵の頸動脈を斬り裂く。

 反射的に頸動脈を押さえるデバンナ子爵を確実に殺すために、重く汚い肉体を蹴り飛ばし、無造作になった脇の下にナイフを刺し込み、どう足掻いても出血死する状況を作ってから、誘う為に着ていた薄い上着を丸めて口に突っ込み悲鳴を上げさない様にして死ぬまで見守り続ける。


「……漸く死んだか。まぁ、恨むなら領地の民を苦しめてまで金を溜め込んだ自分を恨むんだな。金がなきゃ、マルガの奴に目をつけられる事もなかっただろうに」


 証拠隠滅の為、涎で汚れた服を口から抜き取り、ナイフを包み丸めこの部屋の窓を開ける。

 するとすぐに鉤縄が伸びてくる為、掴み窓の縁に固定してから汚い物を下にいるマルガの部下へと投げ落とすと手筈通り、次々に黄昏の夜明けの団員が、鉤縄を攀じ登り部屋を物色し始める。


「んじゃ、私は帰るから」


「あいよ。今回も見事な手際だったな」


 殺しの技術(こんなの)褒められたってなにも嬉しくないっての、少しは他人の感情を探るって事を覚えろ下っ端。

 まぁ、こんなのはいつもの事だから無視して鉤縄を使って、下へと降りる……マルガの奴が俺に期待した役割、それがこれって訳だ。

 純粋な女を使うには、黄昏の夜明けはいずれ、手を出す馬鹿が現れて組織を乱す結果に繋がるし、何か計画に問題が起きた時にか弱い奴は信用出来ないと、奴は男で色仕掛けを出来る存在を探してたらしい。


「終わったよマルガ。あの屋敷も燃やすの?」


「はんっ、当て付けの様に言うんじゃねぇよ。燃やしても良いが、利用価値があるらしい」


「そう。盗賊団も大変だね、上に媚び諂って生きるのは」


「その盗賊団に媚び諂って、男娼までしてるのは何処のどいつだったかなマリナ」


「……」


「ケッ、睨むなら初めから雑に喧嘩売ってくるんじゃねぇよ。キモかったか?デバンナ子爵」


「キモい」


 ああいうのを生理的に受け付けないって言うんだろうな……まぁ、殺したけど。

 『俺』も随分と、コイツらに馴染んでしまったなぁ。


「次の仕事までは休んどけ。お前には俺がのし上がるまで元気でいて貰わなきゃ困るんでね」


「ヘマしないでよ。此処までして私は生きてるんだ、マルガの失敗一つで終わりなんて許さないから」


 血に濡れて、女の真似をして、生きられるのなら他の全てを捨ててきたんだ……あーあ、血生臭いなぁ俺の異世界生活ってやつはよ。

 けど、いつか絶対、マルガの奴をぶっ殺して俺は自由を手に入れてやる……!

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