地獄への入り口(中編)
僕は天瀬さんをダンジョンへと案内する。
彼女の顔色が真っ青を通り越して紫に近かったのは少し心配だったが、おそらくダンジョンに入り慣れてないのだろう。
他所のダンジョンだと普通に戦うこともありそうだし、天瀬さんは探索者みたいに戦う力は持っていなさそうなので、不安に思う気持ちも良くわかる。
でもそんな彼女だからこそ、僕の平和なダンジョンを見てもらえば考えを改めてくれるのでは、と考える。
ダンジョンは危険な場所。
確かにそういった側面はある。
しかし、中にはミィちゃんやティナのように危険ではない魔物もいることを知って欲しかった。
「ここが……そうなのですね」
庭のど真ん中にある石造りの階段。
明らかに場違いなそれが突然僕の家に現れたダンジョンの入り口であった。
一部、誰かの手によって入り口は拡張されており、なんとか元の形に近くなるように清掃したのが昨日だった。
「では、中に入りましょうか」
「は、はい……」
震える足で進む天瀬さん。
僕は既に数回入っており、もはや散歩気分で入ることができる。
そして、ダンジョンの一階層。
ミィちゃんにより大広間に拡張されたそこはトカゲたちが思い思いに横穴を開けたトカゲの巣となっていた。
「ひぃぃっ」
「みんな、ご飯だよ!」
僕がスーパーの半額肉を取り出すと穴からトカゲたちが十数体、姿を見せる。
「柚月さん、ダメです。これは危険ですよ。絶対に私たちがご飯になるやつですよ」
「あははっ、大丈夫ですよ。確かに爬虫類が苦手な人もいますけどみんなかわいいですよ」
群がってきたトカゲたちは肉の奪い合いを始めていた。
すぐに僕たちから離れていったことで天瀬さんはペちょっと地面に座り込んでしまっていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、あははっ……、腰が抜けちゃいました……」
「天瀬さん、もしかして爬虫類苦手でした? トカゲ君がたくさんいることを言っておくべきでした」
「と、トカゲは大丈夫なんですけどね……」
「あっ、確かにここのトカゲ君は少し大きいですもんね」
「人を丸呑みできそうな大きさは”少し”とは言わないんですよ……」
天瀬さんが立ち上がれるようになるのを待つと僕たちは更にダンジョンの奥へと進んでいく。
◇
二階層……とは名ばかりで一階層と全く同じ高さに地続きにあるのはミィちゃんが大穴を開けた影響だった。
そこに住む魔物はティナだけ。
でも、そのティナも地上の畑へ移住してしまったため実質トカゲ君たちの遊び場と化している。
大広間とは違い横穴がずっと続いているのは、ミィちゃんが開けた穴だからである。
「ここには何もない……のですね」
すっかり怯えてしまっている天瀬が震える声で言ってくる。
全く何もないと言うことではなく、この奥にはミィちゃんの爪置き場がある。
ただ、そんなゴミ置き場に案内しても仕方ないだろう。
「ここのダンジョンはこれだけしかないですからね」
「もっとダンジョンを広くするのか?」
「そうだね、手狭になってきたら広くしたいかもだね。でも勝手にダンジョンを広くしてしまったら色んな人に迷惑が掛かるんじゃないですか?」
確認の意味も込めて僕は天瀬さんに聞いてみる。
「そもそもダンジョンは地球とは違う異空間にあると言われています。だからダンジョンが広がっても迷惑が掛かるって事はないですね。そもそも他所のダンジョンは勝手に広がってますから」
「それなら安心なのだ!」
ミィちゃんが笑顔を見せる。
その口には魔力の固まりが形成されていた。
「ミィちゃん、いずれ……だからね」
「後も先も変わらないのだ!!」
ズドォォォォォォン!!
「ぐはっ!?」
ミィちゃんの口から衝撃弾が放たれると以前同様に大穴が出来上がる。
それと同時に何やら声が聞こえた気がするが、土の中に埋まってる人はいないので気のせいだろう。
空いた大穴は前とは違いまるで迷路のように入りくんだダンジョンに続いていた。
そして、その大穴を見つめる小柄な女性。その姿は満身創痍でそこら中に傷があるようだ。
「……わ、私、助かったの?」
銀髪の長い髪、動きやすいシャツとショートパンツ姿の少女。側には先が折れた短剣が二つ転がっており、空中には球状のドローンが浮かんでいる。
その姿はどこかで見たことがある気がしたが、他人の配信を邪魔するのはマナーの悪い行為とされているために、そっちの方を気にして少女が誰だったか思い出すことはなかった。
――も、もしかして、僕が配信の邪魔をしちゃったの!?
あわわっとその場で慌てふためく。
ただひとまずやらないといけないことは少女の手当だった。
――でも、僕、他人を治療することなんてできないよ……。
『お兄ちゃん、ティナができるの』
なぜか脳裏にティナの声が聞こえてくる。
もしかすると初めての人相手だから緊張して声を出してないのかも。
「ティナ、お願いして良いかな?」
『わかったの』
少女の側にティナを置くと彼女は頭の葉っぱから一滴の水を少女の傷に掛けていた。
その瞬間に少女は光に包まれ、傷は一瞬で癒えていた。
「こ、これで元通り……かな?」
「……傷が癒えてる!? 嘘……」
「ご、ごめんなさい。まさかミィちゃんがダンジョンに穴を開けたら知らないところに続いてたなんて知らなくて……。も、もしかして、その武器も?」
「これは……」
探索者の武器はそれなりに値段がする。
それこそ僕の一年分の食費を使っても足りないほどに。
慌てふためく僕は何を思ったのか、ゴミ置き場から転がってきたミィちゃんの爪を差し出す。
「あ、あの……、武器の費用、こ、これはどうですか?」
「これってドラ……」
「い、今手元にあるのがこれしかなくて……」
「……もらってもいいの?」
「もちろんです」
ミィちゃんの爪を置くと少女は驚きの表情を浮かべていた。
「本当にライブを邪魔してしまってごめんなさい。ぼ、僕はもう行くので失礼します」
「あっ、ちょっと待――」
ペコッと一度お辞儀をしたあと、逃げるように自分のダンジョンへと戻っていく。
「ミィちゃん、その道、埋めておいて!」
「わかったのだ!」
ミィちゃんが再び天井に衝撃弾を放つと天井が崩れ、別ダンジョンへの入り口は完全に埋まってしまうのだった――。
◇
「はぁ……、はぁ……。び、びっくりしたよ……」
穴を開けたら全く別のダンジョンへ繋がる。
ダンジョンが異空間にあるからこその出来事であった。
「私も今のは初めて見ましたね。これは所長に報告しておかないと……。でもあの人って確かAランク探索者のユキさんじゃなかったかしら……」
探索者の職員である天瀬さんも聞いたことのない状況らしく、ブツブツと考え事をしている様子だった。
「い、今のライブを妨害してしまった事ってなにかお咎めあるのですか?」
何よりもそれが一番怖かった。
しかし、天瀬さんは首を横に振る。
「さすがにあれは不慮の事故ですからね。ダンジョンの壁を壊したらよそのダンジョンに繋がるなんて……。そもそもダンジョンの壁って壊せないはずじゃ……」
「えっ? ミィちゃんは当たり前のように壊してますから普通に壊れますよ?」
「それはミィちゃんさんだからですよ。それにもし武器を壊してたとしても十分すぎるほどの保証をされてましたから……」
「保証って……。ミィちゃんの爪を押しつけちゃっただけなんですけど……」
「本人が納得されてましたからね。これ以上の保証はないかと」
探索者協会の天瀬さんに言われて、僕はホッとする。
ただでさえ出費がミィちゃんたちの食費で出費がかさんでいるのだ。
これ以上の支出は抑えたかった。
「えっと、ダンジョンの調査はこのくらいでよろしいですか?」
「はい、十分です。十分すぎます! あっ、最後に一つだけその……、お願いがあるのですけど……」
天瀬さんは少し言いにくそうに言葉を詰まらせながら言う。
「なんでしょうか? 僕にできることでしたら」
「その……、私もミィちゃんさんの爪をもらいたいな……って」
どうしてあんなものを欲しがるのだろう?
正直掃いて捨てるほど大量に転がっているので、持っていくなら好きなだけ持っていって欲しいほどである。
「いいですよ」
「そ、そうですよね。貴重なものですし、そうやすやすと……って良いのですか!?」
「えっと、何本欲しいのですか? さすがにちょっと重いのでたくさんは持てないと思いますが――」
「い、い、い、一本で十分です。こ、これに見合ったお返しをいずれさせていただきます」
「オーバーですよ。どうぞ」
転がっている爪を一つ、天瀬さんに渡すと彼女はそれを大事そうに抱えていた。
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