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かしましくかがやいて  作者: 優蘭ミコ
愛・響き合う
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10.招待状

着々と海外転校の準備を進める紗久良を凜は不安な表情で見詰める。そしてクリスマスコンサートの招待状を渡し、それが大切な人宛てであることを告げた。

「くしゅん!!」


教室で机に向かい何の前触れも無くくしゃみした凜に向かい、隣に椅子を置いて一緒に数学の問題を解いていた紗久良がごくごく自然に何の違和感もなく間髪入れずにぽつんとこう答えた。


Bless you(神の御加護を)


それを聞いた凜はゆっくりと顔を彼女の方に向けるとノートに視線を落とし、考え込んでいる紗久良に視線を移す。


「……何それ」


かなり怪訝そうな口調の凜に紗久良も数学の問題に対して答えが見いだせなかった事に少し困ったのか眉間に皺を寄せ目を少し細めた何ともとっつきにくい表情で顔を上げると凜に向けてゆっくりと視線を移す。


「英語圏でくしゃみした時のかえしなんだって」

「ふ~~~ん……」


そして紗久良は再び何事も無かった様にノートに視線を落とし、シャーペンのキャップの部分で額をコリコリと掻きながら書き込まれた公式を念仏の様にぶつぶつと読み始めた。


「なんか、進んでるみたいだね……」


その凜の一言に反応して紗久良は再び顔を上げると不思議そうな表情で尋ねる。


「え、何が?」

「……うん、その、転校準備」


少し寂しそうな表情を見せる凜を見ながら紗久良は慌てて笑顔を作ると軽めのノリで凜に応える。


「あらぁ、凜君てばそんなに寂しがってくれるなんてぇ」

「そ、そこまでは」

「あら、寂しくないの?」

「え、う、ん、まぁ……永遠の別れって言う訳でも無いし…」

「そうね、メールも有ればSNSも有るし…あ、SNSはまだおかぁさんに禁止されてるのか」


紗久良はまるで妹でも可愛がる様に凜の頭を左の掌でなでなでして見せる。それが何だか子ども扱いされている様に感じられた凜は思わずむっとして見せる。


「あはは、ごめんごめん、そう言うつもりじゃ無いから」

「そう言うつもりじゃ無けりゃどういうつもりさ」

「私の大好きな凜君って言う事よ」


そう言ってから紗久良はささっと教室の中の様子伺い、誰もこちらを気にしていない事を確認してから凜の頬にちゅっとキスを一つ。彼女の柔らかな唇を感じた凜は温もりが残る部分にぱっと掌を当て首から上を耳まで真っ赤に染める、その様子がいじらしくて紗久良は彼女の頭をなでなでして見せた。


「もう……」


生まれつきの女の子にはまだかなわないことを何となく実感しながら凜はちょっとだけ背中を丸めて机の横のフックに掛けていた通学鞄に手を伸ばし中から封筒を取り出して紗久良の目の前に翳して見せる。


「はいこれ」


突然目の前に翳されたのはクリスマスツリーやそれに飾る煌びやかなオーナメントがあしらわれたちょっと子供っぽくてファンシーな雰囲気の封筒だった。


「あら可愛い、なにこれ?」

「うん、吹奏楽部のクリスマスコンサートの招待状」

「へぇ」

「クリスマス当日じゃないんだけど、まぁ、一応そう言う事で」

「ふ~~~ん」


受け取った封筒の封を紗久良は注意深く開封し、中身を取り出すとその文面を読み満面の笑顔を浮かべて見せる。


「わぁ嬉しい凜君、絶対行くからね」


その笑顔に凜の機嫌も急速に回復して同じくらい嬉しそうな表情を見せた。


「クリスマスに一緒に過ごしたい大切な人を招待してね、だって」

「うふふ、私は大切な人の一人に入ったんだ」


凜は小さく頷いて見せると今度は紗久良が頬を染める。


「紗久良に見せられる、僕の最後の演奏になるかもしれないから、一生懸命練習するからね」

「……うん」


その言葉に紗久良の表情は少し複雑な物に変わる。この学校での生活はあと一年残されていた筈で、文化祭を含むイベントもあと一度有った筈だが急な話の展開でそれ望むことは出来なくなった。だから、凜が公の場所で演奏する姿を見るのはこれが最後になるのかも知れない。そう思った時、急に溢れる寂しさに瞳が潤みそうになった……が…。


「あらぁ、良いわねぇ、クリスマスコンサートの招待状」


後ろから来る圧倒的なプレッシャーを感じると同時にそれをだれが発しているのかを瞬時に簡易取った紗久良はそろそろとその方向に振り替える。そして予想は的中しててそこに腰に手を当てて仁王立ちしていたのは黒い笑みを浮かべる莉子だった。


「私の分は無いのかしら?」


どすが効いた重低音な呟きを聞きながら凜と紗久良は肩をくっつけ合いながら思わず後ずさったりして見せる。


「え、あ、その、ぼ、僕は、紗久良とおかぁさん招待しちゃったから……」


苦し紛れの言い訳を言っては見た物の莉子がそれで納得する訳も無く、激しく突っ込まれるのを覚悟したその瞬間、莉子は素早く何かを二人の目の前に翳して見せる。


「安心しなさい、ちゃんと今野から貰ってるから。紗久良、一緒に行こうね」


そう言ってちょこんとウィンクして見せた莉子はくるりと踵を返すとすたすたと自分の席に向かって戻って行った。そして、どかんと椅子に座ると招待状を眺めながら妙に嬉しそうにして見せる。その姿を暫くの間ぽかんと眺めてから二人は顔を見合わせてくすくすと笑い出す。どうやら莉子と今野の間も蝸牛かたつむりの歩みの様な速度ではあるが埋まりつつ有る様に感じられた。


凜と紗久良は再び顔を見合わせると可笑しさを堪えながらもくすくすと笑い出す。別れの時は容赦無くカウントダウンを始めているが、この時を大切にしようと心の中で誓い合った。

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