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かしましくかがやいて  作者: 優蘭ミコ
愛・響き合う
59/77

6.残酷な優しさ

紗久良のあまりの窶れ具合に凜と莉子は不安と心配の視線を向けるが彼女は何も語らなかった。そして冬の真っ青な空を眩しそうに見上げる。

「何か有ったの?」

朝恒例の集団登校、と言っても凜と莉子と紗久良の三人組の恒例行事なのだが今朝は紗久良の姿が無かった。


「え、ううん……知らない」

「紗久良の家に寄ったら今日は休むって。お母さんに理由ははぐらかされたんだけど」

「どうしたんだろ、風でも引いたのかな。最近急に寒くなったもんね」

「そんな理由だったらはぐらかしたりしないでしょ」

「……そ、そっか」


曖昧な笑顔で莉子に応えた凜だったがその顔を裏がありそうな笑顔で視線を送る莉子は彼女の耳元で小さな声で呟いた。


「じゃぁ、今日一、凜君は私が独占ね」

「え?」

「ふふふふ、この日を待っていた様な気がするわ」


莉子は腕を広げて大きなアクションで抱き着こうとしたが凜はするりとそれをかわす。


「な、なんで逃げるのよ!!」

「え、いやその、こ、今野に悪いかなって思って」

「あれはまだ試供品だから気にしなくていいの」

「し、試供品って、それはあんまりじゃぁ」

「いいのいいの、さ、行きましょ!!」


莉子に引っ張っられる様に凜は学校に向けて歩き出す。冬は本格的な寒さを引き連れて都心にも足を延ばし、空っ風が紗久良の手編みのマフラーを撫でる様に吹き渡る。その乾きから一緒に買いに行ったリップクリームが唇を守る。紗久良は凜の生活の一部に何となくではあるが溶け込みつつ有って、それはごく当たり前で消え去ってしまう事など想像出来なくなりつつあった。


★★★


眠れなかったせいだろうか、それともひた隠しの涙のせいだろうか、紗久良の眼は赤く充血して少し痛々しくも有った。自室の勉強机を前に椅子に座り、頬杖を突きながら見るともなく向ける窓の外は雲が厚く垂れ込む冬空が広がっていた。出る者は溜息しかない、それに乗せて鬱々《うつうつ》とした気持ちも吐き出してしまいたいのだが事態はそう簡単ではない。もしかしたら訪れるかもしれない別れの時は自分の意思では無い虚無的な辛さ、それに拍車をかけるのは今持ち得ていない否定への権利。義務教育と言う枠の中に囚われている状態である現在、両親の手の届く範囲外の生活圏は存在しない。


……再びの溜息…暗転しそうな気分が晴れる事は無い。


紗久良は引き出しの中から便箋帳を取り出すと机の横のフックに引っ掛けていた通学鞄の中からペンケースを取り出して中に入っていた青色のボールペンを手にし徐に筆を走らせる。そして何行か書き込んだ後暫く考え込むと便箋帳から引き剥がしぐしゃぐしゃと丸めてゴミ箱のに放り込む。


それから又新しく何事かを書き始めるが同じく何行か書き進めてから動きを止め、考え込んでから引っぺがし、丸めてごみ箱に放り込む。まるでストーリー展開に行き詰った小説家の様にそれを何度も繰り返し、納得の行くものが出来上がったのは部屋の中が茜に染まる頃だった。結局、たった一枚の手紙を書くのに丸一日の時間を費やし、その時間すら忘れてしまうくらいに集中した作業が終了したことで全身を忘れていた疲労が襲う。


ふらりと椅子から立ち上がり、よろよろと歩きベッドにばたりと倒れ込むと激しい睡魔に襲われて紗久良はそのまま眠り込む。彼女が次に目覚めたのが次の日の午前二時を少し回った頃だった。


★★★


「……大丈夫なの、紗久良?」


朝、学校に向かう為に自宅玄関前に現れた紗久良の姿は凜が思わず引くくらいやつれたというか、覇気はきの無い姿だった。しかし彼女は無理矢理の笑顔を見せながら頷いて見せる。それが痛々しさに更に拍車をかけ凜の心配を増幅させる。


「無理しないでもう一日休んだ方が……」

「ううん、ホントに大丈夫。それに家に居ても気が滅入るだけだから」

「……気が、滅入る?」

「あ、いえ、何でもない、気にしないで」

「そんな事言われても……気になるよ」


自分を心配してくれる凜の優しさが身に染みるが彼女にこの現実を打開する力は無い。そう思ってしまうのは自分の冷たさと少し残酷な優しさに対する反発なのだろうかと頭の隅に浮かんだところで何故か可笑おかしさが込み上げて、彼女は軽く握ったっ拳を口元に当てながらくすくすと笑いだす。


「ね、ホントに紗久良ちょっと変だよ」

「そ、そうね、少し変かも知れないわね、さ、行きましょ」


くすくす笑いにそう言葉を挟み、言い終えると彼女はくるりと凜に背を向けて玄関の外に向けて歩き出す。その様子を見て莉子と凜は一瞬顔を見合わせてからかなり複雑な表情を見せながら紗久良の後ろをついて歩き始めた。そして、二、三歩進んだところで紗久良はぴたりと足を止めるとそれに合わせて後ろを歩いていた二人も足を止める。


紗久良は眩しそうな表情で昨日とは打って変わった冬の真っ青で一点の曇りもない空を見上げると小さな声で呟いた。


「この空って、どこに居てもこんな風に見えるのかな」


その言葉の意味を凜と莉子は理解出来ない。意味不明の呟きに二人は再び顔を見合わせ明らかに様子が変な紗久良に心配と不安が混じる視線を向ける。しかし彼女はそれにこたえる事は無く、眩しそうに冬の空を見上げるだけだった。紗久良は祈る、どこに居ても繋がる空の風景が変わる事が無い事を、凜が同じ空を見上げている事を。

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