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かしましくかがやいて  作者: 優蘭ミコ
愛・響き合う
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3.つながる心

早朝、凜は白い息を吐きながら摩耶の自宅前にポツンと一人立ち尽くす。そして彼女が現れるのを只管待った。そして鶏の群れに誘われる様に彼女は自宅の窓から姿を現した。

「引き受けたのなら最後まで面倒見ないといけませんね」


茶釜を前に鳩羽(はとば)(ねずみ)色の(きく)(びし)柄の江戸小紋の着物を着て座布団の上にきっちりと正座する恵美子は年を感じさせない優い笑みで凜に対してそう言った。その表情を一応正座はしているが肩が下がり猫背気味の姿勢でぺたんと座り膝の上に茶碗を乗せて両手で支えながら凜は困り顔で見詰めた。そして聞き取りにくいはっきりしない口調でこう言った


「……そう、ですよね」


お茶のお稽古にはあまりにもふさわしくないその態度、普通は注意されたり叱られたりしそうなものだが恵美子は笑顔を崩さない。それが今の凜にとって一番必要な事だと考えているからだった。


「色々考えられるけど、バランスを失った心に必要なのは話す事だと思いますよ。本人が嫌がっても、うざったいと思われてもしつこいと思われても。もしも、そっとしておいた時間が十分に長いのならば、今度は話す事。それが一番だと私は思う。そうしないとその子はその体験を一生引き摺ってしまうわ」


しかし凜は更に背中を丸めてしまう。恵美子の言わんとする意味を分かってはいるのだが、具体的のどうすればいいのか思い付かなかったのだ。電話には出てくれないしメールの返信は来ないし勿論、学校へも来ていない、話したいけれども話す事が出来ないのだ


「うん、でも……」

「行動で示す事も大切よ。勿論、暴力行為やストーカー行為は絶対いけない、でも、確信が有るなら思い切って押し掛けちゃうって言うのも手なのよ」

「押し掛ける?」


恵美子はゆっくりと頷いて見せる。


「寂しい思いは思いっきり騒いで発散しちゃう、良いと思わない?」


その言葉を聞いて凜の表情に笑みが戻る。そして茶碗に口を付けると冷えてしまったお茶を一気に飲み干した。無作法なの味方だが恵美子は優しく見つめ、注意したり(たしな)めたりすることはしなかった。


★★★


次の日の日曜日、凜は行動を起こした。早朝、まだ朝日が少し斜めの時間帯から摩耶の自宅前で道路に面したおそらく彼女の部屋であろうと思われる二階の窓から見える位置に立ったのだ。窓にはカーテンがかけられて中の様子を伺うことは出来ないし人の気配も感じることは出来なかった。


「……ふう」


二階を見上げながら摩耶の自宅の向かいの家の壁に背中でもたれかかりながら、パーカーのフードを目深(まぶか)に被り両手をポケットに突っ込んで開かれる気配の無いカーテンをじっと見つめた。溜息は白く変わって目の前をふわりと通り過ぎて、間も無く本格的な冬へと季節は変わって行く事を感じさせた。若い時代、経過する時間は長く感じられると言われているが凜にとってはあっという間に過ぎ去ったと感じられた。


夏休み前までは男の子として暮らしていたのに、今、ここに立っている自分はスカートを身に着け、平たかった胸は丸みを帯びていたりする。人生の岐路(きろ)、そう呼ぶにはまだ早い年ごろなのかも知れないが彼女にとって一生忘れる事の出来ない時間を過ごして来た。自分に対する周りのミリ目もすっかり変わり、見上げる先にいる筈の摩耶は男の子時代に垣間見せた遠慮が良い意味で無くなり良い関係を築けていた。しかしその関係は脆くも崩れ去り跡形も無い状態に追い込まれてしまった。


試みる再構築に戦略的な意図は無い、ただ単純に友達として、吹部(すいぶ)の仲間としての関係を取り戻したい、ただただそれだけだった。青空は都心に近い立地条件でありながら透明で高層雲(こうそううん)が筋を成す見慣れたものだが凜の目にはなぜか新鮮に映り、飛び交う雀たちの群れに愛らしさを感じた。群れは楽しそうに(さえず)りながら上空を何回か旋回した後どこかに飛び去ったが、その声に反応するかの様にカーテンがふわりと揺れた後、ゆっくりと開かれた。そして、かなり疲れの見える摩耶が溜息と共に窓を開く。


彼女は暫くの間遠くに視線を向け、何か考え込んでいる様だったが不意に視線を下の道路に向けると、そこに凜が経っている事に気が付いた。凜はその視線に応える様にパーカーのフードを素早く取り去り視線を合わせ屈託無くにかっと笑って見せた。それに対する摩耶の答えは怪訝な表情、窓は瞬時にぴしゃりと閉じられる。


凜は唇をぎゅっと結んで顎に皺を寄せながらも只管待つことを心に誓う。これが最後の手段なのだ、これ以外に摩耶と接触する手段は無い、これはもはや根競べなのだと自分に言い聞かせながらその場に立ち続け、長期戦を覚悟した。


……しかし、意外な事に玄関ドアは直ぐに開かれ摩耶が姿を現した。髪の毛の手入れを怠っているのか以前の艶は失われてぼさぼさで、見た目で痩せた事がはっきりと分かる。おそらくあまり食事もしていないのだろう事が見て取れた。


「……寒いでしょ、入れば」

「え、いいの?」


丸一日かけても彼女とは接触出来ない事態を想定していたからこの素っ気無い展開にちょっと凜の気が抜ける。ただ、この展開は恵美子の言っていた通りだったから、彼女に心から感謝した。


「そんなところに一人で突っ立ってたら不審者と思われるかも知れないじゃない」

「あ、うん、そうだね。こんな朝っぱらからこんなところに一人で立ってたら警察に通報されるかも知れないね」


摩耶の手招きに凜は嬉しそうに歩き出し彼女の家の門の中に入ると少し媚びた態度を見せる。そして摩耶に腕を掴まれながら彼女の部屋に招き入れられた。凜はこれからするべきことを心の中でもう一度反芻(はんすう)する、そして自分に言い聞かせる、これが最後のチャンスなのだと。

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