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かしましくかがやいて  作者: 優蘭ミコ
硝子の心たち
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15.硝子のキス

凜の心は一つの結論を導き出す。そして病室のガラス越し、二人は初めてんキスを交わす・・・

硝子窓は要塞を守る鉄壁の壁の様だった。透明でお互いにその姿が見えている筈なのに触れる事も息遣いを感じる事は出来ないし暖かさに浸る事も出来ない。透明な一枚の壁は二人を完全に分断している、たった5ミリの壁なのに……


「……凜」

「は、い」


視線を逸らしたまま傑は凜に自分の本心を吐露する。


「怖いんだよ」

「……はい」

「夜が物凄く感じられて、朝が来ない様に感じられて、そしてもし本当に朝が来なかったら」


途切れる会話。凜は俯き無機質な床を捕らえていた視線をゆっくりと上げガラスの中に向けると、傑は右手で自分の頭を掴み肩を震わせている。それが自分の経験と重なって見える。自分も命を落としかけて照明の落とされた夜の病室で天井を見詰めている時に同じことを感じた事を思い出す。


夜が明けない、それは自分の終末を示す。その時、魂は体を離れ時からも解放されて何処かに旅立つのだろうか、それともそのまま永遠に消滅してしまうのだろうか。いずれにしても漠然とした恐怖は眠る事を許さず、闇の中に視線を泳がせるしかないのだ。


「だ、大丈夫ですよ先輩……だって…」


それ以降の言葉が見つからない、これを凜は恐れていたのだ。この先の言葉はあの日、告白されたあの日の傑に対する答えなのだ。


「良いよ凜、無理して応えてくれなくても。分かってるさ、君が答えを持ち合わせていない事なんか。いや、それ以前の問題なんだってね」

「そ、それは」

「凜は異性愛者のごく普通の男子がベースだろ、俺みたいな同性愛者とは感覚が違うからそもそも返事なんか出来る訳が無い、分かってたさそんな事は」


傑の言葉に否定すべき部分は無い。彼の言う通り、凜の基本は男の子で男子には今のところ興味を抱けない。だからと言って女子に興味が向けられているかと問われても決してそんな事は無い。ただ、それはまだ幼いからと言う見方が出来るのだが、そう思える決定的な人物が現れていないという意味も有る。


「初めて凜を見た時、とても不思議な感じがした。なんて言うのかな……運命って言ったら陳腐ちんぷかも知れないが出会うべくして出会った片割れの様な感じ…うまく言えてないな、でも、そう思ったんだよ」

「……片割れ?」

「これもまたおかしな話に聞こえるかもしれないが、添い遂げる運命の男女は赤い糸で繋がれてるって言うだろ、その糸が見えた様な気がして」


ゆっくりと顔を上げ凜に視線を向ける傑。憔悴したその面差しの原因は病気だけではなく自分に対するその思いも有るのではないかと感じた凜はその重さに目を伏せる。


「で、でも僕はその時は……」

「そう、当時の凜は中学に入学したばかりの男の子で、その子供過ぎる容姿になんでそんな事を感じたのか自分でも分からなかった、だが、今は納得出来る、そう言う事だったのかって」


どきりと心臓が大きく脈打つ。男の子しか愛せない傑と男子として出会い、その出会いが間違いだと言わんばかりに体の性が否定され女の子の体になった今、肯定されるべき状況は存在しても否定される材料は一つも無い、もしかしたら全てはこの瞬間の為に用意されていたのではないか、今迄の出来事はここに繋がる一本道ではなかったのか……


凜の心に運命という言葉が突き刺さる、そしてそれがひょっとしたら愛に変わる事が有るのではないかとも。


「凜……」


傑は緩慢な動作で椅子から立ち上がると両掌を窓ガラスに着け凜に顔を近づける。凜には彼が何を求めているのかを察し、周りを見回す。その視界に母と真知子の姿は入ってこなかった、いつの間にか二人きりになっていた。


「佐藤、先輩……」


廊下に響くのは鈍い空調の音だけで人の気配は無く、周りはしんと静まり返る。陽はいつの間にか西に傾き差し込む光で周りが乱反射してぼんやりとしたフォーカスの中、赤鴇色に包まれる。凜は一歩前に脚を踏み出し硝子につけられた傑の両掌に自分の手のひらを重ねる。そしてゆっくりと顔を近づける。それに合わせて傑は目を閉じ、二人はガラスを挟んで唇を重ねた。


二人にとってのファーストキスは温もりを感じられるものではなかったが、それは心を繋ぐ神聖な儀式。そして、傑の告白に対する凜の答えだった。その甘い時間の後、二人は再び硝子越しに額を合わせ柔らかに微笑み合う。


「退院したら、今度は本当に……しような」

「……はい」


頬を染める凜の心は初めての切なさで満たされる。そして思う、傑が無事に病院を出て、高校に進学したら同級生になれる事を。


★★★


硝子の冷たさが唇の温かさに変換されるのをなんとなく感じていた。病院から帰宅して、母とぎこちない夕食に時間を過ごし、一人湯船にその体を浸しながら天井を見上げると、さっきの出来事が鮮烈に思い出される。


「……ふう」


小さく溜息をついて自分の両手を見詰めると、傑の手のひらの温かさが残っている様に感じられた。全てはガラスを挟んでの体験だったがそれはリアルな感触となって凜の心に刻まれた。


凜が出した結論は傑に伝えられたわけだが、よく考えてみればそれによって問題が噴出した事は感じている。紗久良と莉子にはどう説明すればいいのか、麻耶とも接触しなければいけないかもしれないし、今野にも現状を説明する必要は有る。素直にハッピーエンドという訳には行かなそうな予感に高揚していた心が急に萎んで行く、そして再び溜息を一つ……その向こうに傑の笑顔が見えた様な気がした。

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