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かしましくかがやいて  作者: 優蘭ミコ
硝子の心たち
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8.三角形の行方

お茶のお稽古の最中、大きく溜息をついた凜を見た恵美子はその意味を訪ねる。そしてその不安の原因は本当に好きな人が分かっているからではないかと指摘される。

「ほぉ~~~そういうことをしてた訳だ……いい度胸じゃない」


凜の自宅の玄関から揃って出てきた二人に交互に視線を送りながら憮然とした表情を見せる莉子の顔を二人は頬を染め、少しばつの悪そうな表情で見詰める。


莉子は紗久良の家を訪れて何時もの様に二人で凜の家に向かおうとしたのだが、彼女の母に紗久良は凜の家にいるから拾って行ってあげてねと言われたところで思考が暴走した。二人に近づいて感じたその香りは明らかに一緒に夜を過ごした事を物語り、思わぬ伏兵ふくへいが現れたことを直感したのだ。


実際問題、莉子が想像した事とは全く関係の無い……とも言い切れない一晩を過ごした訳だが、それは紗久良の告白であり、莉子がした事と大きな差は無い筈だ。吹奏楽部の元部長は焦りを見せた、莉子は涙を見せた、私は肌を合わせた、ただそれだけの違いでしかない。三者三様の告白は終わり、ボールは凜に託されたのだ。


「恋愛対象には含まれないって言ってたわよね、紗久良」

「ん、ま、まぁ、基本的に変わりはない……とは言えないかもしれない事になりかけてる様な気がしなくも無くて、でもなんかこう、う~~~ん、ねぇ……」

「はいはいはいはい、分かりましたよ。でも、私はライバルが多けりゃ多い方が燃えるたちなの、そう簡単に白旗は降らないから覚悟しなさい」

「は、はぁ……」

「負けるまで負けないのが、あ・た・し」


言葉を区切り、にやりと笑いながらウィンクし、右手で拳を作り親指を立てて自分を指差して見せるスポーツ少女らしい健康的で明るい快活な敵対心の莉子の姿が紗久良の眼には健気に映る。もしも、時分が莉子の立場だったら多分、動けなくなる位落ち込んで、確実に寝込むだろう。いや、ひょっとしたらそう言う気分なのかも知れないが、それを跳ね返す強さを羨ましく思った。


もっとも、莉子は紗久良が思う程強くはない……


「さ、行きましょ、遅れたら面倒だよ」


莉子は凛にするするっと近寄ると手を取り柔らかく引っ張りながら玄関の外に出る様に促す。そして、凛の耳元でこしょこしょと小さな声で囁いた。


「私なら紗久良より気持よくして上げられるよん」


微妙な笑顔を貼り付けて横目で彼女に視線を向ける凛の頬が完熟トマトの様に真っ赤に染まり、瑞々しい肌がほんのりと汗ばんで、明らかな狼狽ろうばいを見せる。


「あ、いや、別に……そう言う事は…」

「大丈夫、遠慮しないでお姉さんに任せなさい」


少し馴れ馴れしく肩に腕を回して頬を摺り寄せ少し含みの有るニヤニヤを浮かべながら莉子は凜の耳元で呟いて見せる。その様子を見ながら紗久良ははぁっと小さく溜息をついたがまぁ、高を括って少し余裕の笑顔を見せながらその様子を見詰めた。そして空を見上げて降り注ぐ朝日の眩しさに胸を打たれた。


★★★


「……ふぅ」


茶碗の中の玉露を飲み干して凜は思わずほおっと大きく溜息をつく。


「あら、凜ちゃんどうかしたの?」


佐々木恵美子お婆ちゃんが凜の自宅の近所で営む茶道教室。すでに何度か通ってお稽古を体験しているから一連の作法は身に付きつつあるのだが今日に限って何故か凜は無作法な姿を見せる。


「あ、す、すみません、無作法でした」

「うふふ、良いのよ。作法がどうのこうのの前にどうしたらお茶が美味しく飲めるか、そっちの方が大切なの」


その無作法さが何ともかわいく見えて恵美子の顔から思わず笑顔が零れるのだが、その笑顔は直ぐに消えて少し心配そうな表情を見せる。


「何か、有ったの?」

「え、あ、いえ、大した事じゃ無いんで……」

「あら、その顔は大した事じゃない様には見えないわね」

「……そ、そうですか」


肉厚で凜の目から見ると少し不格好な茶碗を両手で挟み込むように持ち、正座した膝の上に置いてもてあそびながら視線を落とす。


「良かったら話してみない?私の知恵では若い子の抱えている問題は解決出来ないかも知れないけど、ひょっとしたら少しだけでも心を楽にしてあげられるかも知れないわ」

「いえ……その…はい…」

「勿論、無理にとは言わないわ」


八十年以上の人生を生きて刻み込まれた顔の皺は凜の目に恵美子の温和さの中に有る芯の強さを表している様に見えた。太平洋戦争に突入する直前に生まれ、悪夢の様な戦争を体験して戦後の混乱の真っただ中を生き抜いてきた彼女の血の滲む様な苦労はおそらく凜が体験する事は無い筈だ。


今の日本で体験する事は無いであろう極めて特殊な環境の中で育ってきた彼女の経験は、もしかしたら心のつかえを溶かしてくれるかも知れない、そう思った時、凜はゆっくりと口を開いた。


「あの、その、本当に…もしもの……本当にもしもの話なんですけど…」

「うん」


一旦言葉を区切る凜、そして伏せていた視線を上げ、それを真直ぐに恵美子に向ける。


「もしも複数の人の好きだって告白されたら、どうすればいいと思いますか……」

「その中に意中の人がいればその人を選ぶのが良いわ」


あまりにも当たり前な答えに凜の目が点になる。


「でも、そこが難しいのよね。その中に意中の人がいない可能性がいない可能性が有るし、いたとしてもそれが誰なのか分からない事も有るかもしれないわよね」

「は、はぁ……」

「凜ちゃんはひょっとして後者なんじゃないの?一番好きな人が誰なのか分からない。だから断る事も出来ないし、かと言って放置する訳にも行かないわよね」


顎に右手の人差し指を当て、何事かを考える恵美子は天井に視線をやりながら更に語り出す。


「ね、凜君はひょっとして分かってるんじゃないかしら?」

「え?何をですか……」

「凜君が一番好きな人の事をよ」


凜は再び黙り込む。瞳を伏せて戸惑い、何も言葉を発する事が出来ない彼女の姿を恵美子は温かい視線で見詰め続ける。

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