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かしましくかがやいて  作者: 優蘭ミコ
硝子の心たち
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5.まぐれあたりのディナータイム

夕食のメニューはハンバーグ。しかし紗久良は実はハンバーグを焼くのがあまり得意では無かったりするのだが奇跡は起きる。そして夕食後紗久良は……

キッチンのテーブルに向かい合わせに座って、手を合わせて同時に頂きますをした後、二人だけの夕食が始まる。そして、ちょっと慌てた様子で最初にハンバーグに手を付けたのは紗久良だった。


「あ、美味しい美味しい、ちゃんと食べられるから安心して凜君」

「……た、食べられるって紗久良実はハンバーグ焼くの自信無かったの?」

「う、うふふふふ……」


お箸をくわえながら頬を染め、意味不明の野太い笑い声をあげる紗久良を見ながら凜は怪訝けげんそうな表情を見せる。


「じ、自信が無かったわけじゃぁ無いけどほら、こういう焼き物ってどのくらい火が通ったか表面を見ただけじゃ分からないじゃない」

「……だからひょっとして火を入れ過ぎて焦がす事が多かった…とか」


凜の指摘に紗久良は激しく頬を染める。


「……ず、図星だったのね」


紗久良は乾いた笑顔を張り付けながらこの会話を終わらせて誤魔化す方法を必死で検索し始めるがあまり良い考えは出てこない。ただ、味は結構良かったからそっちに話題を振ろうと全思考を振り向ける。


「でも、今日はなんか運が良い様な気がしない?」


不意な言葉に紗久良は不思議そうな表情を浮かべながら凜を見詰める。


「運がいい、どうして?」

「だって、まぐれ当たりかもしれないけどハンバーグは美味しいし、奇跡的に宿題が一つも無い」


まぐれ当たりと言う言葉に少し引っ掛かったが確かに全教科宿題無しと言うのはここ最近珍しい事だっから今夜は凜とのんびり過ごせると思うと何だか心が弾んで眠れるかどうかが心配だった。


「あ……」


凜が急に小さく声を上げたから紗久良は少し心配そうな表情で彼女に視線を送る。ハンバーグの中に何か入ってたのかとちょっと心配したからだったが声を上げた原因は全く関係ない物だった。凜は一度箸を置いて、ジーンズ地のスカートのポケットに手を入れるとスマートフォンを取り出した。


「ちょっとごめん、おかぁさんから」

「あ、電話ね」


スマートフォンを耳に当てると凜は母と会話を始める。表情をくるくると変えながら合図地あいずちを打ったりしながら進める会話の中に今、紗久良が来てくれている事も含まれていた。それに対する母の反応は中々良かった様だった。


「じゃぁ、うん、心配しなくても大丈夫だから。おかぁさんも無理しないでね、うん、じゃぁ」


電話を切ってスマートフォンをポケットの中にしまうと凜は紗久良に視線を向ける。


「紗久良が来てくれてるって言ったらおかぁさんなんか物凄く安心したみたい」

「あら、頼りにされて嬉しいわ」

「まぐれ当たりのハンバーグがめちゃめちゃ美味しいって言ったら笑いこけてた」

「……だからそのまぐれ当たりって言うのは、やめて」


少し膨れて見せる紗久良が妙に可愛らしく見えて凜は右手の甲を口元に当てながらくすくすと笑い始める。その仕草が今度は紗久良の眼にキュートに見えて頬を染めながら同じ様に肩を震わせながら笑い始める。


穏やかな夕食の時間は緩やかな小川の流れの様に過ぎて行く。しばし、幼馴染同士に戻ってじゃれ合う子猫にも似た会話と笑顔と癒されて行く心。紗久良の中に芽生えた恋愛感情がもたらす不安感と焦燥感しょうそうかんは少しの間忘れて安らぎの中に心を泳がせる。


ひょっとしたらこの関係を続ける事がベストなのかもしれないという考えが紗久良の心を過るが、それは後悔の素にしかならない筈だ。私は凜を愛している、その思いを伝えなければいけないのだと。そして、その後の事は凜が判断する事だと。


★★★


食事が終わって二人揃っての後片付け。横に立ちシンクで洗い物をする凜をちらっと横目で見た紗久良は彼女がスカートを履いている事に気が付いた。ごくごく自然に身に着けていたから全く違和感が無くて全く気にならなかったのだ。


「……あの、凜君」

「ん、なぁに」

「スカート履いてたんだね、気が付かなかった」

「え、う、うん……やっぱり、おかしいかな…」


凜はちょっと恥ずかしそうな表情で露になっているひざ小僧こぞうを擦り合わせる。


「ううん、全然、とっても素敵、可愛いわ」

「そ、そう……」


可愛と言う言葉に反応して頬を染める凜は女の子の生活にゆっくりとだが馴染みつつある。


だとすれば、将来もし男の子に告白されればそれに応じる可能性が有るのではないか。事実、凜は一人の男の子から愛を告げられている。今のところどう返事をすべきか苦慮しているが、近い将来、それに応じる可能性が有るのではないか。だとしたら自分に残されている時間は意外と短いのではないのだろうか。


紗久良の心がちくりと痛む。魚の小骨でも刺さった様な感覚は、酷く違和感が有って致命的な痛みではないがそれが酷く気になって身を捩りたくなるような感覚に襲われる。そして表情を曇らせた彼女の変化に気が付いて凜が心配そうに声をかける。


「紗久良、どうしたの、なんか気分でも悪いの?」


不安そうな表情を見せる凜にはっとした視線を移すと紗久良は取り繕ったようにしか見えない和顔施わかんせを作り心配させてしまった後悔をひた隠しにする。


「え、あ、ううん、何でもないから、うん、全然気にしないで」


支離滅裂しりめつれつな発言をしている自覚が有りつつもそれを修正する思考に切り替える事が出来ずに只管ひたすら紗久良は焦りまくる。その原因が自分であることを知らない凜は不思議そうな瞳を彼女に向けるだけだった。


そして二人きりの夜はゆっくりと過ぎて行く。その様子を見詰める星々は煌めくだけで何も語らず、その物語はほぼ白紙に近かった。

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