第8話 "選択"
とりあえずポーションを取り出し飲みつつ、黒い転移扉の前、急ぎ思考をまとめようとする。
皆の機転のおかげで神樹の若木の苗は手に入った。
ミキだ、ミキが連れ去られている。連れ戻されたというべきかもしれないが、あの状態ではそうとしか言えない。
ミキの行動を制限できても、命令はできないのではなかったのか。あのチョーカー、いや、首輪か。
「みんな、とにかく、ありがとう。おかげで何とか苗は手に入り、生き残ることはできた」
紗雪から受け取ったカード2枚を見つめつつ、まずは仲間と語らう。
カードは”神樹の若木の苗”、”神樹の精霊の心の欠片“と書かれている。
「紗雪、よくぞ苗を手にくれてくれた。1歩間違えば紗雪を失っていたかと思うと肝が冷えるけれどね……」
「大丈夫よ、オーナー。私は常に貴方と共にあるわ」
「ティア、完璧な守り、本当に助けられたよ。何度死んでいたことか。傷はもう平気かい?」
「主様、はい。今度こそ盾となれたこと誇りです。ですが……」
分かっていると頷きを返し言葉を留める
「幻影、でいいのかな、すごく救われたよ。初めてなのに連携もすごかったね。龍相手に助けてくれたこと、も、覚えているのかな?」
「うん! ぬし様~♪ ちゃんと覚えてるよ! ずばばーって、かっこよかった!」
「そうか。俺の力不足で、こんな姿での召喚になってごめんね」
「ううん、大丈夫!」
ん?と、そこでふと疑問を覚える。ここは本庁舎地下、ダンジョンの外だ。この子は何故ここに具現化できているのか。
九尾のカードの裏面を見る。
「ぬし様の魂、おいちかったよ?」
見事に魂の譲渡が成立していた。初めて召喚した、完全な姿?の九尾の時だろう。
「そ、そうか……満足してもらえたなら、よかった?のかな」
「にへへ~。お名前も欲しいな!」
「元の名前は無いのかい?」
「ん~ぬし様につけて欲しい!」
状況が状況だけに考えもまとまらないが、名無しもあんまりと急ぎ考える。
匂い立つような美女の姿が強烈に印象に残っているが、今の姿は愛らしい、慕ってくれるような少女。
どのような姿にこの子がなっていくのか、あの九尾の姿に戻っていくのかわからないが、新たな始まり。
「朔、はどうかな?」
「ぬし様~朔は、これから、朔だね♪ 朔~さく~さくさく~朔~」
ぴょん、ぴょん、と、両手ちょこんと胸の前で垂らし、自分の名前を呼びながら踊り始める白狐の少女、朔。
あまりの可愛らしい姿に思わずほっこりしてしまう。
「と、とにかく。ミキを組合長の元から連れ出す」
苗と交換、と真っ先に思い浮かぶが、さまざまな前提が全く分かっていないのでは、交渉のしようも無い。
こうなってみると、いかに今の世界の理を知らないのか。
与えられた知識しか持っていないことを痛切に感じる。大崩壊前にあったといわれるような情報の共有、拡散のすべも今の世界には異星体にしかないのだ。
せいぜい、異星体向けエンターテインメントとして編集された探索者や、空想舞踏の映像。在りし日を再現した天然種コロニーに暮らす動植物の映像記録が見られる程度か。
「ミキさんが今すぐに害されることはないでしょう。まずは一度、お話をされませんか?」
足音は聞こえていた。スーツ姿の女性がそっと後ろに控え、声をかけてきた。
しっかりと、神樹の若木の苗は懐の九尾のカードと共に手に入れた保護ケースにしまい込み、
「はい、お願いします」
コロニー長との再度の面会を求めた。
今回通されたのはヴィクトリアンテイストのインテリアで揃えられた部屋だった。
品の良いソファーセットに腰かけると、ハーブで爽やかなまろやかさを加えたジンジャーティーとケーキスタンドにたくさんのお菓子とケーキ、さらにサンドイッチがサーブされ、アフタヌーンティーの様相を呈する。
「気も急いていることと思うが、簡単に状況の説明を願えるかの?」
「はい。結論として、苗は手に入れました。が、組合長と、フードを被った位階5を称する小柄な男が出現。神樹の精霊を殺害し、ミキに私の殺害を命令。ミキが腕を失う大けがをしたうえ、組合長に連れ去られました。詳しくは……」
極力手短に、先ほどまでの出来事を話す。黙って聞いていたコロニー長。
「まず、ナオ殿の一番の関心事から。ミキお嬢ちゃんは無事。少なくともすぐにどうこうされることはなく、また、怪我の治療もされておろう。神樹の雫なくば、組合長の地位が維持できず、利用価値がいまだ高い。
真っ先に苗との交換交渉などを持ち出し向かわなかったのも正解じゃ。
ミキお嬢ちゃんに仕掛けられている制約はこちらで解除はできず、想定外じゃった命令権を確立した方法が複数考えられ、特定ができぬ。交換が成立してもミキお嬢ちゃんは本質的に自由にならぬ。
が、悠長に構えることもできぬ。神樹の雫を神樹の精霊から生み出す方法は負担が大きい。これは後で説明しよう。
命令権の確立手段によっては猶予は数週間と無いかもしれぬ。その場合向こうも苗の奪取を急ぐだろうがの」
まずは何よりもと、不安の解消が図られた。どこまで信じ切ってよいのかに不安は抱きつつも、一定の理を認め、納得しうなづく。多少安心しておなかがすいてきたか、それぞれに出された軽食やスイーツをつまみだす。
「あとになったが、まず、困難な中目的の達成、深く感謝する。ありがとう。信じ切れておらんことじゃろう。苗はまだ持っておるとよい。」
譲歩をみせつつ話を進めるコロニー長。
「組合長は表向き、地球を離れ異星体の元へ上るのではなく、人類の与えられた範囲での最上の生活を極度に求める姿勢を見せておった。事実これに即した行動をとってきたが実態はコロニー長の座を狙っておる。そのための根回しや行動の結果、最終局面が今じゃ。すべてを説明するのはきりが無いのでの、端折ることは許して欲しいのじゃが、双方の現状はまとめるとこのようになる」
一つ一つ、列記するがごとく挙げられていく項目を聞く。
【コロニー長側】
・神樹の雫の生成が可能な形に神樹の苗を成長させ、生産が安定するには約6か月を要する
・このためのダンジョン”神樹の間“は、本庁舎地下の転移扉の先に用意可能
・ただし、ダンジョン管理局の支局長権限を組合長が持っている限り、いつでも、彼らは神樹を育てるダンジョンへの干渉が可能
・よって、先に組合長の排除が結局は必須
・コロニー長の任命は異星体が行う。交代の根回しがすでに組合長陣営により進められており、このままであれば来年の3月、約7か月後には解任となる可能性が高い。
・つまり、コロニー長陣営主導の”神樹の雫”安定供給にかかる日数6か月と、解任までの7か月の差、”1か月以内に組合長を排除し、新たな神樹の生育に着する事”が目標であり勝利条件
【組合長側】
・神樹の苗は数十年に一度のみ、”神樹の森“に生じる
・苗の入手阻止は失敗したものの、今回入手された苗を抹消できれば、交代前のコロニー長側”神樹の雫”安定供給の阻止は可能
・ミキを酷使してきたうえ、今回の命令権の確立により、ミキの心身がもたない可能性が高いと想定される。このため、ミキ以外の”神樹の雫”供給手段を用意している可能性がある。彼女を無理やり連れ帰ったことから代替手段切り替えは準備不足か時間がかかる可能性あり。が、急ぐ必要がある。
・つまり、”何らかの方法での苗の奪取か破壊”をもくろむと想定される
なお、コロニー長側が守りに徹した場合、探索者への干渉権限の問題で戦力はこのコロニー内では組合長が上のため厳しい。コロニー外へ脱出する場合、外部戦力はコロニー長が圧倒的に上だが、このコロニーを潰すことは異星体向けの娯楽の提供が滞るため選択肢になりえない。
「とまあ、おおよそこのようなわけでの。苗が手に入ったからにはあとは組合長の排除を残すのみ。政治的手段で、というのは異星体を害する事に他ならないため不可能での。要するに攻めて討ち取るか、捕縛するしかないのじゃよ」
「苗を使うにしても、生育するまでの6か月は神樹の雫が手に入らないのでは? その間はどうするのでしょう」
「時期はちょうど年の後半。新規探索者の生誕時期にあたる4月~6月からは外れておる。異星体のアバターは探索者パートナーとしての提供が需要のピークになる。9月から3月の間であれば、他の利や別コロニーでの娯楽を儂ならば提供できるでの。問題はおきぬようできるのじゃ。組合長は個人的な要望に対してという事でアバター提供をしているために、時期問わず、必要だったようじゃがの」
躊躇いなくコロニー長が応える。
「ミキお嬢ちゃんについて深く話すと、ミキを大切に思ってくれておるナオ殿に対しては、ちぃと人質交渉のようでズルくなるのでの? この段階で1度聞こうかの。組合長を落とすには、枷の外れた人間しかあてにできぬ。つまり、ナオ殿達と儂の腹心数名それと自動機械頼みの戦力程度じゃ。苗の防衛も必要なため、ダンジョン外、1区にある組合長の邸宅襲撃、攻める戦力はナオ殿達のみ。依頼として、受けてくれぬかの」
「私たちでは組合長と共にいた男に手も足も出ませんでした。とても成功できるとは思えません。本音で申し上げれば、組合長の進退に興味はありません。ミキを救い出したいだけ、ただしこれは何としても成し遂げたい。それが本心です。」
「ほほ、なるほどの。では話の続きじゃ。ちと刺激的な映像だでの」
部屋の照明が落とされ、大きな映像が宙に浮かぶ
蓋は開き、液体の抜かれた培養ポッドの中に、ミキが横たえられている。
身体の各所にチューブがつながれ、刺され。体液、薬液が透明な管の中を流れている。
「神樹は特殊な条件下で育成し、しかるべき成分を与えることで、神樹の雫をその花、桜のような花から抽出することができる。神樹の森の神樹は敵生体に守られており、条件を満たすことはできぬがの」
培養ポッド底面からせりあがった管が脳髄に差し込まれた。
激しく痙攣するミキの身体が培養ポッド内部からせりあがってきた金属の拘束具に押さえつけられる。
「神樹の精霊は本来、心を持たない。人の常かの、様々な実験が神樹の精霊に対しても行われた。装置を使い、契約者無しのまま地上で長く召喚された状態を維持し、偶然なのかの、心を得たのがミキじゃ。貴重なサンプルとして一度は儂の元に預けられ、人と同じに生活し、魂が芽生えないかと、実験という名を借りた平穏な時が過ぎた」
ミキの半開きの口からはうわごとが漏れている。
“だれ、知らない、だれ、好きなんて思うわけない、なんで、好き、好き、愛してる、知らない、誰、やめて入ってこないで、愛して、ミキに入ってこないで”
ひたすらそのように繰り返し、激しい嫌悪の表情、恍惚とした表情、嬉しそうな笑顔、表情が抜け落ち涙がこぼれる、目まぐるしく表情が変わる。
「ところが神樹が消滅し、神樹の雫が手に入らないとなった途端、組合長から進言があった。自分であれば、神樹の雫を、心持つ神樹の精霊ミキから抽出できる。異星体の判断は早かった。わしの庇護下を離れ、ミキは組合所属職員という立場の元、組合長の管理下に置かれた。生成過程の詳細を求めた資料のうち1つがこの映像じゃ」
“えへへ、愛しい貴方、あなたにミキの根を張っていいのね、ミキを受け入れてくれるのね”
夢見るような表情で枷から解放された腕を前に、天井に向けて広げる。
指先にうっすらと桜色の光が灯る。
一層恍惚と蕩けるミキの表情、横たわる培養ポッドから新たな管が伸び、彼女の身体に……
暗転
映像が消え、真っ白な画面に代わる。
「神樹の精霊からは雫そのものは手に入らない。代わりに蜜と呼ばれる液体を採取。これを精製することで雫と同等のものが得られる。
この蜜じゃがの、心を持った神樹の精霊が、愛する者のために分泌する花の蜜なのだそうな。本来は特別なただ一人を癒し支えるための習性らしい。しかも、その効果を発揮するのは愛を捧げ、想い、蜜を分泌した相手ただ一人に対してのみという特性が雫を生成しても残るそうな。
そこで、事もあろうにな、精神改造とでも言うのか、誰とも知れぬ者への愛を植え付け、蜜を採取、また別のものへの愛を……と、組合長とその配下共は繰り返しおったのじゃよ。ミキは繰り返される洗脳、精神改造に内側では身も心もボロボロになっていると、故に耐用年数だなどと、あ奴らはのたまいおる」
反吐の出るような話に、コロニー長もこぶしを握り締めているのが白いモニターの光に照らされて見える。
「この本庁舎ビル内であれば、コロニー外向けの防衛設備も使用できるゆえ安全じゃ。部屋を用意するでの、泊まるとよい。そのうえで、どうするか決めて欲しい。外には出ぬようにな。協力できぬと決めた場合であっても、この本庁舎内の宿泊を儂が権限を持っておる内は認める。明朝、結論を聞かせておくれ」
再び現れたスーツの女性に案内されたのは少し下がったフロアにある部屋だった。
大崩壊前のビジネスホテルのような清潔感のあるこじんまりとした部屋。
「職員の泊まり込みにも使われる設備ですので手狭で申し訳ありませんが、どうぞ、お使いください。ティアさん、朔さんのお部屋は両隣となります。お夕飯はお部屋にお持ちいたします。明朝、改めてお迎えにあがります」
とりあえず全員ナオの部屋に集まり、相談となった。
机の上に広げたのは今回の戦利品や手持ちの消耗品など。何か見落としている手が無いかと、一つ一つ確認していく。
龍他敵生体の魂石、神樹の若木の苗のカード、神樹の精霊の心の欠片のカード、ミキからもらっていた神樹の雫のカード。
薬品類多数、保存食、他探索の際の備品類。
現金資金がミキを除く3人で約80,000Neuro (8,000,000Yen)
「直接的な戦力になる新しいものは無いな」
「そうですね。わたくしも、何か主様のお役に立てる成長を今回の事で果たせていればよかったのですが」
ステータスの上昇はあるものの、新しいスキルや特性は誰も目覚めていなかった。
「朔はどんなことができるのかな」
カードを見てもよいのだが、直接本人から聞くべきと思い、聞く。
「んとね~狐火が出せるよ。えいやってぶつけて燃やすこともできるけれど、今はあんまり強くないの。代わりに、幻覚の魔法をうまく使えるようになるよ」
見た目以上に幼げな雰囲気になった白い狐っ子、朔が応えてくれる。
幻覚魔法が使えて、狐火を先に使っておくと、幻覚の効果が強化されるという事だ。小柄な男との戦闘で見せてくれたのがそれとの事。
「武器とかは使えないけれど~ぬし様が望んでくれるなら練習したいの!」
「ありがとう。今は余裕が無いけれど、これが終わって、ミキが帰ってきたら練習しようね」
えへんっと、胸を張り、わっさわっさと尻尾を振る朔の頭を撫でる。
「そういえば尻尾が2本に増えていたみたいだけれど、今は1本だね?」
「うん、本当は2本なんだけど、普段は1本しか見せてないの。力を使うときは尻尾を2本とも出すんだよ」
「オーナー」
部屋に集まってからずっと黙ってナオを見つめていた紗雪が声をかける
「オーナーは、ミキを救いたいのよね」
「あぁ。彼女には生まれてすぐ初めて会ってからずっとお世話になってきた。誰のどんな意志が影響していたとかは関係ない、少なくとも俺たちといてくれたミキは真実だと思っている」
「ダンジョンの外だから、転移での脱出も使えないわよ?」
「うん、わかっているさ。もっとも、もう使ってしまって無いけれどね」
「私は、貴方を愛している。貴方と離れたくない、失いたくない。貴方の一番でありたい。この身に変えても、貴方を危険から遠ざけたい。でも、貴方の貫きたい信念、想いの邪魔をするのはもっと嫌なの」
「紗雪? 有難いし、俺も、紗雪が大切だよ?」
「この前のパスで、人形師工房のサイトにアクセスして。私は少し休むわね」
ふわりと、紗雪の部屋のベッド、いつも部屋で寝るナオの枕元に身を横たえると、壁を向いて目をつむってしまった。
彼女の小さな背中を見つめ、少し迷いつつも、言われた通りアクセスする。
“人形種専用通販サイト内 : 人形師工房--招待制会員限定ページ”
黒い背景に抑えた金色の装飾文字で見出しが表示されている、高級感ある見た目のページ。
ドール用品の他に武装等もあるが、紗雪はここの何を見てほしかったのだろう。と、見ていくと、通知が1件。
メッセージが届いているようだ。
開くとそれはパトロンのオファーであった。
<特例オファー>
契約異星体:記載無し
契約者:”人形作家”
契約種別:パトロン
契約解除条件:指定無し
契約条件:
紗雪が認め、紗雪と共に在る限り、有効
“人形作家”ならびに人形師工房による支援
支援者による依頼へ可能な限り、優先的に対応する事
「主殿、これは?」
「紗雪の生みの親? からのお申し出、かな?」
今このタイミングで、しかも紗雪から言われたということはきっと意味があるのだろう。
少なくともこのページへのアクセスパスをもらったあの時にはメッセージはなかったはずだ。
今更彼女に改めて確認も野暮というものかと、メッセージ下部の「承諾」を押下した。
翌朝、コロニー長に組合長襲撃と、ミキ奪還の実行を宣言。
目的に対し合理的な範囲で引き起こすいかなる損害に対しても免責と、ミキ奪還成功の暁には彼女の処遇をナオに一任する確約を得る。
神樹の若木の苗は、本庁舎内でコロニー長の差配による防衛に託した。
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